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ゴールして
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船上にいる4人は誰一人として、大きな声で弱音を吐くことはない。しかし、心の中では、ぬぐいきれない気持ちがそれぞれにあって、たまにポロッと弱音を吐く。
「もうそろそろ、着くよ」
海に浮かぶ不自然なブイ。それは、紛れもなく全員が納得して決めた太平洋の中心だった。旅の後半四分の一は驚くほどに順調だった。魚もたくさん釣れたし、嵐には遇わなかったし、夜も休まず進み続けた。
「蒼士、私にも操縦桿を握らせて」
「アイアイサー」
操舵室からの梯子をカンカンカンと下りてきた蒼士に雑巾を渡す。今日が、最終日になると予想がたった日から最終日には大掃除をしようと決めていた。
「部屋のなか、ベッドの隙間よろしく」
「任せとけ」
念入りに念入りに。僅か1ヶ月だけお世話になった船にありったけの感謝を込める。
「あのさ、僕。」
「どうしたの?翠」
甲板を掃除する翠と琥珀。
「スマホ、買うよ」
翠は立ち上がってどこか清々しい。
「え!今まで持ってなかったの?行く前のやり取りとかも、学校介してパソコンでやってたし知らなかった」
紅葉が知らないのも無理はない。勝手に、自分達で連絡を取るのはルール違反だったからだ。
「でも、なんでだ?いきなり急に。」
いきなりの宣言に琥珀は当然の反応である。
「僕、このプロジェクトが終わってもみんなと連絡が取りたいから。」
「そっか、良いね!」
「全員でさ、グループとかも作ろ」
「そうだな、紅葉」
あと少しで終わる旅。何を話そうか、話したいことが多くて、多くて。
「みんな、大学はどこにしたの?」
「俺は、関大」
「僕は、広大」
「私は、東理大。そういう琥珀は?」
翠は国立大学。流石だ。翠は高校生トップクラスの頭脳の持ち主である。それは、知っていたが、実は、蒼士も紅葉もかなり頭が良かったりするのだ。特に、蒼士に至っては頭が良い印象は少ないのではないだろうか。
「まだ決められないんだよなぁ」
「やっぱり東京?」
翠が聞いてくる。
「うん、それはそう。だいどう も手伝いながらになるとは思うし」
「そっかぁ、それは大変だね」
蒼士が何か思い出したみたいに、パンと手を叩く。
「やっべ、忘れるところだった。琥珀、あの約束覚えてるよな。」
「なんの?」
「だいどうの高級料理、ご馳走してくれるんだったよな。俺は、忘れてないからな」
さっきまでしっかり、忘れていたくせに。
「一流料理人、大堂琥珀に二言はない!もちろん、東京についたら、振る舞うよ。大統領も絶賛したコースを。」
船からは、おぉ と言う声が聞こえる。
「もしや、それは、富士の朝日 梅」
「翠、よく知ってるね」
琥珀は少し嬉しそうにそう言った。
「ラジオで大統領が召し上がったと聞いたから。それを、偶然覚えてただけだって。」
「ラジオ!?」
なんか突っ込みどころがあったんですけど。
「ほら、僕んちってテレビが存在しないから。ラジオなんだよ。でも、ラジオって音しかないし、想像力鍛えられるよ」
「翠、スマホと同時にテレビも買った方が良い。一台あったら便利だぜ。」
それは、思う。蒼士の意見に紅葉も琥珀も賛成だ。
「そろそろ、減速始めるよ」
紅葉が初めてこの操舵室に入って舵をとった日。キックという現象が起きないように細心の注意を払って、船が大海原に乗り出した日。船に命が吹き込まれた日といっても、過言ではない。ずっとずっと、4人を乗せて走り続けた船が止まろうとしているのだ。
「そっか、本当にもうすぐなんだな」
船にはブレーキがないので推進力を止めることでストップする。ブイが間近に迫って、本当にもうすぐなんだ。という気持ちになる。それは、蒼士に限ったことではなくて、4人の気持ちだ。
「全員でさ、ゴールしようよ」
「うん、賛成だよ。僕ら、みんなでゴールしよう」
ブイの横では、政府が運用する船が見える。まずは小さい船に乗り移ってから、大きな船に乗り移る。
「そーだな。」
キリッとした表情が決まったところで、船はいよいよ、幼児が歩くくらいの速度になって、停止した。ブイが船のすぐ後ろ。船尾から、数メートル。これで、いろ丸はしっかりとゴールテープを切ったのだ。
「よっしゃー!!」
四人は肩を組んで、自分自身と仲間を称えた。喜びを分かち合った。達成感?そんな言葉で表すことができるようなものではない。
「お疲れさまでした。こっちの船に、移ってください。」
あのスーツの女性だ。船上でも、スーツにタイツそしてパンプスという服装を崩さない。寝ているときもこの格好なのでは?そんなことをふとおもってしまう紅葉。
「はい」
大荷物を背負うというよりも担いで、船に乗り移る。
食糧とかは、中に置いといて構わない という連絡は受けていたが、なぜか荷物が増えた気がする。
「一ノ瀬さん、藤原さん、大堂さん、加賀さんの順番で中に入ってください」
簡易的な橋が二隻の間には渡されて一人ずつ慎重に渡る。ここで落ちたら、洒落にもならない。
全員が渡りきると、橋はあっという間に片付けられて、いろ丸には、プロジェクトを支えたであろう知らない男が乗り込んで、敬礼を一度すると、一気に遠ざかって行ってしまった。
「見たことなかった。僕、いろ丸が走ってるところ」
「ま、確かにな、どっちかってなら、俺らが乗ってたときは歩いてるって言うか、スピードはそんなに出してなかったからな」
特別免許では制限時速が低めに設けられていた。
「いや、蒼士、そうじゃなくて。今までは、自分が乗っていたから、いろ丸がどんな風に海の上を移動するのか知らなかったっていうことだよ。ずっと、乗ってたのに」
「なぁんだ、そういうことか。確かにな。近くにあって、触れて感じて洗って磨いて、それでも、知らなかったことがあるなんてな。」
「まもなく、大型船に乗り込みます。忘れ物はありませんか?」
「大丈夫です!」
「船では、マスコミの方と中継が繋がっています。ですから、これを着てください」
そう言って、渡されたのはそれぞれのイニシャルが刻まれた、パーカーと長ズボンジャージ、半ズボンジャージだった。
「分かりました」
ジャパンブルーのパーカーに、白地に赤いラインが入った長ズボンジャージと半ズボンジャージ。
「なんか、日本代表のサッカーのユニフォームみたい。」
「俺もそれ思った。それと、長か半かどっちにしよっかな?」
琥珀は、知らない人がいる前では あたし を封印。一人称は俺。
「僕、半」
「私は、長」
結局、琥珀が手に取ったのは、半ズボンだった。トイレで一瞬で履き替えてきた。
「準備完了ですね」
大きな船、それは小さめフェリーであった。通りで、凄く遠くにあるように錯覚したわけだ。だいたい、大きな船では乗り移れないではないか。
命綱をカチャンと二つの穴に通したら、梯子に足をかけて目の前の高さの段をギュット握る。すると、上でガラガラガラという音がするのと同時に体が上がっていく。ただ、風が吹いたときの恐怖は半端ない。
「最後の最後にとんだ大仕事だなぁ」
翠は、フーッと息を吐く。
そのフェリーみたいな船。実は、結構な人が寝泊まりできるらしく、埃ひとつ落ちていないような綺麗な船だった。
「さ、こっちへ」
担当委員の女性が船の奥へと案内する。
「結構、広いな」
蒼士が耳打ちするように紅葉に話しかける。至るところからの視線を感じる。
「うん」
最低限の返事して前を向く。たくさん人がいると、そして自分達に興味を向けられていると思うと、自然と声が小さくなるものだ。
「ここで」
そう言って、女性は船内で一番広いと思われる部屋まで案内すると、蒼士の背中をポンと押した。
「え?」
蒼士が驚くのも無理はない、部屋を埋めるカメラとカメラと人と人。
「一番奥のお席から」
パイプ椅子が4脚並んでいる。
「蒼士、早く行きなよ」
「行っていいのか?」
振り替えって、不安そうな顔。
「良いんだよ」
スッパリ言い切る紅葉。
第十七章 記者会見
記者会見というのは、あのとき以来だ。最初の最初、ペアが決まったときにしたくらいだ。
「高校生更生プロジェクト代表参加者の皆様です。」
4人は一礼する。
「お疲れさまでした。このプロジェクトはどうでしたか?一言づついただけないでしょうか?」
司会までいる記者会見。
「一ノ瀬です。」
蒼士は、大人相手で好青年になる。
「僕は、凄く楽しかったです。船上での生活には不便なこともありましたが、協力して自分一人ではできないようなことを達成するのが面白かったです。面白かったよな紅葉」
蒼士の瞳はキラキラと輝きイキイキとしていた。最後にニカッと歯を見せて笑う。
「うん。私はこの旅を通して、大きく成長することができたと思います。工夫する力が身に付いたと感じているからです。毎日、同じ海の景色ですが、流れる時間は毎日違い、特に夜の見張りの時やオリジナルゲームをするとき、凄く楽しかったです。」
急に回ってきたバトンしっかりと受けとる。細かく、言ったことをメモされるというのは緊張する。けれど、悪い気はしない。
「大堂さんは、どうでしたか?」
「僕は、自分の本当の姿、気持ちに気づけました。そして、当たり前の生活がどれだけ恵まれていたのかそれにも気づけました。水を作るところから初めて、双眼鏡を覗いて、その中で、今まで悩んでいたことが小さく思えて、何か見えないガラスの天井を破れた気がします。ペアと、蒼士、紅葉には感謝しかありません」
翠の肩にポンと手を置く。
「僕は、このプロジェクトは大成功だと胸を張って言えます。凄く楽しくて、面白くて、そして何より、3人が僕のことを支えてくれて、人との関わりの大切さを学べました。一ノ瀬くんが言っていたように、自分一人ではできないことを協力して達成するというのは本当に僕にとって、掛け替えのない体験になりました。」
まっすぐと未来を見つめる8つの目を誰も疑うことはしなかった。
「質疑応答に入ります。」
「どんな質問されるんだろう?」
一気に手をあげる記者に若干の驚きを隠せない。
「大丈夫だ。変な質問なんかされないよ、向こうもプロだ。」
「そうかなぁ?」
「経産新聞さん」
「先ほどのお話の中で、皆様口を揃えて楽しかったとおっしゃっていましたが、不安などはありましたか?」
「ありましたが、案ずるよりも産むが易し。無人島に上陸して、数日後にはそんな不安はすぐに吹き飛ばされてしまいました。」
パッと答えた蒼士。言っていることも、まとまっている。
「ありがとうございます」
「枚日新聞さん」
「船で一番大変だったことは?」
「ダントツで雨のです。まず、舵をとろうにも雨で視界不良、下着まで濡れてしまいます。それと、赤道付近の湿度の高い、ムシムシとした暑さです。船の上にできる日陰は限られているので、」
琥珀の言っていることは3人も思っていることである。特に、翠は深く共感している。
「本当にお疲れさまでした」
いくつかの質問後、、、
「PPPテレビ局さん」
「4人の色というのは見つけられましたか?」
「はい。ズバリ、一言で言うならば ソーダ色です。」
「ソーダ色?」
「前にテレビでも言ったのですが、きっと虹色とかそんな色ではないと思うんです。4人でなら色々なものに変わっていける。何色にでも染まっていける。それでいて、刺激があって、甘くて、爽やかで。そんな4人なので。」
ワッと笑いが起きる。紅葉が出した解はちょっと想像とは違ったけれどインパクトがあって、納得できるものだった。
「KBSテレビ局さん」
「皆さんはこれから何をしたいですか?」
蒼士が目配せをする。そんなの決まったことだろう?というような感じだ。紅葉にも翠にも琥珀にもうん、うん。というような、共通認識がある。
「せーの、、、」
蒼士が反対の端に座る翠までギリ届く声で合図する。二拍空けて
「にゃすをたあい!」
確かに息だけはピッタリ。
「え?」
記者らがざわざわする。それは、4人も例外ではない。
「俺は、肉を食べたいって言ったけど」
「私、シャワー浴びたい」
「俺も、肉を食べたい」
「僕は、シャワー浴びたい」
互いに顔を見合わせる。思わず吹き出してしまいそうになった。
「えっと、さっきは何とおっしゃったのですか?」
「蒼士と琥珀が肉を食べたいで、私と翠がシャワー浴びたいです。」
高校生らしい回答と、さっきの にゃすをたあい が効いているのか、記者たちは、笑う。
「フシテレビさん」
「賞金の使い道は?」
「車の免許取得にあてようと思っています。それと、父と母に感謝の気持ちを伝えるために、二人を海外旅行に招待するのもありかなって言う感じです。」
蒼士の賞金の使い方は、紅葉が思っていたのとおんなじだ。
「僕は、留学費用に。海外で色々学びたいことがあるので」
琥珀は留学費用にするのか。初耳だった。けれど、親に縛られたくないといっていたし、確かにそういうのもありかな。何てことを思う。
「僕は、妹のために。新しい服を欲しがっていたし、まずはそれを買おうかなと思っています。」
「私は、家族で海外旅行に行くというのと、数学についてもっと学びたいのでそういう環境が整った所に行く費用にしたいです。」
色々な記者が必死にメモをする。それくらい、この質問は多くの記者がしようと思っていたのだ。
「ありがとうございました、では4人の代表参加者の方は、こちらに」
どうやら写真を撮られるらしい。さっき、フラッシュが少なかったのはそういうことか。一人で納得。
「一ノ瀬、藤原ペアから」
わらわらと記者が寄ってくる。
「ポーズって何する?」
「何でもいいんじゃないの?ピースとか」
「肩を組ってのはどうだ?」
いきなりの発案にえっ?とは思ったが、確かに支え合ってた感を出すのには最適なポーズだ。
多くのフラッシュでどのカメラに写っているのも目をつぶってしまったのではないかと不安になる。
「大堂、加賀ペア」
ゾロゾロと移動する。
「僕らも肩を組まない?支え合ってた感じを出すのには最適だからさ」
にこぉ っと笑う翠。ドキッと琥珀。
「お、おう」
結局、琥珀と翠も肩を組む。
一歩下がって、紅葉と蒼士。
「さすが、画になるな」
キラリと光る白い歯と、海が似合う肌の色。そして、その大人びた端正な顔。筋肉のつき方。何をとっても、画になる。隣に並ぶ5センチほど小さい童顔少年も出発前と比べて日に焼けたなぁ。と思わせる。はたから見れば、蒼士も紅葉も似たようなものである。
「映画の宣伝ポスターだね」
「翠とか、もっとシャイボーイだったのにな」
ニヤッと笑う蒼士。
「ねぇ、蒼士、更生ってどういう意味か知ってる?」
「更生?生き返らせるとか、良い状態に戻すとか?」
「私たちって、どんな状態から更生したのかな?良い状態に戻すって」
これは、紅葉が抱いていた小さい違和感だった。
「俺には、なんか分かった気がする。実は、誰もがさ何か飾りをつけて生きてるんだよ。それを、崩すことでイキイキと生活できるっていうか」
「なるほど」
目の前の二人と、隣の蒼士。言われてみればそうかもしれない。
「もうそろそろ、着くよ」
海に浮かぶ不自然なブイ。それは、紛れもなく全員が納得して決めた太平洋の中心だった。旅の後半四分の一は驚くほどに順調だった。魚もたくさん釣れたし、嵐には遇わなかったし、夜も休まず進み続けた。
「蒼士、私にも操縦桿を握らせて」
「アイアイサー」
操舵室からの梯子をカンカンカンと下りてきた蒼士に雑巾を渡す。今日が、最終日になると予想がたった日から最終日には大掃除をしようと決めていた。
「部屋のなか、ベッドの隙間よろしく」
「任せとけ」
念入りに念入りに。僅か1ヶ月だけお世話になった船にありったけの感謝を込める。
「あのさ、僕。」
「どうしたの?翠」
甲板を掃除する翠と琥珀。
「スマホ、買うよ」
翠は立ち上がってどこか清々しい。
「え!今まで持ってなかったの?行く前のやり取りとかも、学校介してパソコンでやってたし知らなかった」
紅葉が知らないのも無理はない。勝手に、自分達で連絡を取るのはルール違反だったからだ。
「でも、なんでだ?いきなり急に。」
いきなりの宣言に琥珀は当然の反応である。
「僕、このプロジェクトが終わってもみんなと連絡が取りたいから。」
「そっか、良いね!」
「全員でさ、グループとかも作ろ」
「そうだな、紅葉」
あと少しで終わる旅。何を話そうか、話したいことが多くて、多くて。
「みんな、大学はどこにしたの?」
「俺は、関大」
「僕は、広大」
「私は、東理大。そういう琥珀は?」
翠は国立大学。流石だ。翠は高校生トップクラスの頭脳の持ち主である。それは、知っていたが、実は、蒼士も紅葉もかなり頭が良かったりするのだ。特に、蒼士に至っては頭が良い印象は少ないのではないだろうか。
「まだ決められないんだよなぁ」
「やっぱり東京?」
翠が聞いてくる。
「うん、それはそう。だいどう も手伝いながらになるとは思うし」
「そっかぁ、それは大変だね」
蒼士が何か思い出したみたいに、パンと手を叩く。
「やっべ、忘れるところだった。琥珀、あの約束覚えてるよな。」
「なんの?」
「だいどうの高級料理、ご馳走してくれるんだったよな。俺は、忘れてないからな」
さっきまでしっかり、忘れていたくせに。
「一流料理人、大堂琥珀に二言はない!もちろん、東京についたら、振る舞うよ。大統領も絶賛したコースを。」
船からは、おぉ と言う声が聞こえる。
「もしや、それは、富士の朝日 梅」
「翠、よく知ってるね」
琥珀は少し嬉しそうにそう言った。
「ラジオで大統領が召し上がったと聞いたから。それを、偶然覚えてただけだって。」
「ラジオ!?」
なんか突っ込みどころがあったんですけど。
「ほら、僕んちってテレビが存在しないから。ラジオなんだよ。でも、ラジオって音しかないし、想像力鍛えられるよ」
「翠、スマホと同時にテレビも買った方が良い。一台あったら便利だぜ。」
それは、思う。蒼士の意見に紅葉も琥珀も賛成だ。
「そろそろ、減速始めるよ」
紅葉が初めてこの操舵室に入って舵をとった日。キックという現象が起きないように細心の注意を払って、船が大海原に乗り出した日。船に命が吹き込まれた日といっても、過言ではない。ずっとずっと、4人を乗せて走り続けた船が止まろうとしているのだ。
「そっか、本当にもうすぐなんだな」
船にはブレーキがないので推進力を止めることでストップする。ブイが間近に迫って、本当にもうすぐなんだ。という気持ちになる。それは、蒼士に限ったことではなくて、4人の気持ちだ。
「全員でさ、ゴールしようよ」
「うん、賛成だよ。僕ら、みんなでゴールしよう」
ブイの横では、政府が運用する船が見える。まずは小さい船に乗り移ってから、大きな船に乗り移る。
「そーだな。」
キリッとした表情が決まったところで、船はいよいよ、幼児が歩くくらいの速度になって、停止した。ブイが船のすぐ後ろ。船尾から、数メートル。これで、いろ丸はしっかりとゴールテープを切ったのだ。
「よっしゃー!!」
四人は肩を組んで、自分自身と仲間を称えた。喜びを分かち合った。達成感?そんな言葉で表すことができるようなものではない。
「お疲れさまでした。こっちの船に、移ってください。」
あのスーツの女性だ。船上でも、スーツにタイツそしてパンプスという服装を崩さない。寝ているときもこの格好なのでは?そんなことをふとおもってしまう紅葉。
「はい」
大荷物を背負うというよりも担いで、船に乗り移る。
食糧とかは、中に置いといて構わない という連絡は受けていたが、なぜか荷物が増えた気がする。
「一ノ瀬さん、藤原さん、大堂さん、加賀さんの順番で中に入ってください」
簡易的な橋が二隻の間には渡されて一人ずつ慎重に渡る。ここで落ちたら、洒落にもならない。
全員が渡りきると、橋はあっという間に片付けられて、いろ丸には、プロジェクトを支えたであろう知らない男が乗り込んで、敬礼を一度すると、一気に遠ざかって行ってしまった。
「見たことなかった。僕、いろ丸が走ってるところ」
「ま、確かにな、どっちかってなら、俺らが乗ってたときは歩いてるって言うか、スピードはそんなに出してなかったからな」
特別免許では制限時速が低めに設けられていた。
「いや、蒼士、そうじゃなくて。今までは、自分が乗っていたから、いろ丸がどんな風に海の上を移動するのか知らなかったっていうことだよ。ずっと、乗ってたのに」
「なぁんだ、そういうことか。確かにな。近くにあって、触れて感じて洗って磨いて、それでも、知らなかったことがあるなんてな。」
「まもなく、大型船に乗り込みます。忘れ物はありませんか?」
「大丈夫です!」
「船では、マスコミの方と中継が繋がっています。ですから、これを着てください」
そう言って、渡されたのはそれぞれのイニシャルが刻まれた、パーカーと長ズボンジャージ、半ズボンジャージだった。
「分かりました」
ジャパンブルーのパーカーに、白地に赤いラインが入った長ズボンジャージと半ズボンジャージ。
「なんか、日本代表のサッカーのユニフォームみたい。」
「俺もそれ思った。それと、長か半かどっちにしよっかな?」
琥珀は、知らない人がいる前では あたし を封印。一人称は俺。
「僕、半」
「私は、長」
結局、琥珀が手に取ったのは、半ズボンだった。トイレで一瞬で履き替えてきた。
「準備完了ですね」
大きな船、それは小さめフェリーであった。通りで、凄く遠くにあるように錯覚したわけだ。だいたい、大きな船では乗り移れないではないか。
命綱をカチャンと二つの穴に通したら、梯子に足をかけて目の前の高さの段をギュット握る。すると、上でガラガラガラという音がするのと同時に体が上がっていく。ただ、風が吹いたときの恐怖は半端ない。
「最後の最後にとんだ大仕事だなぁ」
翠は、フーッと息を吐く。
そのフェリーみたいな船。実は、結構な人が寝泊まりできるらしく、埃ひとつ落ちていないような綺麗な船だった。
「さ、こっちへ」
担当委員の女性が船の奥へと案内する。
「結構、広いな」
蒼士が耳打ちするように紅葉に話しかける。至るところからの視線を感じる。
「うん」
最低限の返事して前を向く。たくさん人がいると、そして自分達に興味を向けられていると思うと、自然と声が小さくなるものだ。
「ここで」
そう言って、女性は船内で一番広いと思われる部屋まで案内すると、蒼士の背中をポンと押した。
「え?」
蒼士が驚くのも無理はない、部屋を埋めるカメラとカメラと人と人。
「一番奥のお席から」
パイプ椅子が4脚並んでいる。
「蒼士、早く行きなよ」
「行っていいのか?」
振り替えって、不安そうな顔。
「良いんだよ」
スッパリ言い切る紅葉。
第十七章 記者会見
記者会見というのは、あのとき以来だ。最初の最初、ペアが決まったときにしたくらいだ。
「高校生更生プロジェクト代表参加者の皆様です。」
4人は一礼する。
「お疲れさまでした。このプロジェクトはどうでしたか?一言づついただけないでしょうか?」
司会までいる記者会見。
「一ノ瀬です。」
蒼士は、大人相手で好青年になる。
「僕は、凄く楽しかったです。船上での生活には不便なこともありましたが、協力して自分一人ではできないようなことを達成するのが面白かったです。面白かったよな紅葉」
蒼士の瞳はキラキラと輝きイキイキとしていた。最後にニカッと歯を見せて笑う。
「うん。私はこの旅を通して、大きく成長することができたと思います。工夫する力が身に付いたと感じているからです。毎日、同じ海の景色ですが、流れる時間は毎日違い、特に夜の見張りの時やオリジナルゲームをするとき、凄く楽しかったです。」
急に回ってきたバトンしっかりと受けとる。細かく、言ったことをメモされるというのは緊張する。けれど、悪い気はしない。
「大堂さんは、どうでしたか?」
「僕は、自分の本当の姿、気持ちに気づけました。そして、当たり前の生活がどれだけ恵まれていたのかそれにも気づけました。水を作るところから初めて、双眼鏡を覗いて、その中で、今まで悩んでいたことが小さく思えて、何か見えないガラスの天井を破れた気がします。ペアと、蒼士、紅葉には感謝しかありません」
翠の肩にポンと手を置く。
「僕は、このプロジェクトは大成功だと胸を張って言えます。凄く楽しくて、面白くて、そして何より、3人が僕のことを支えてくれて、人との関わりの大切さを学べました。一ノ瀬くんが言っていたように、自分一人ではできないことを協力して達成するというのは本当に僕にとって、掛け替えのない体験になりました。」
まっすぐと未来を見つめる8つの目を誰も疑うことはしなかった。
「質疑応答に入ります。」
「どんな質問されるんだろう?」
一気に手をあげる記者に若干の驚きを隠せない。
「大丈夫だ。変な質問なんかされないよ、向こうもプロだ。」
「そうかなぁ?」
「経産新聞さん」
「先ほどのお話の中で、皆様口を揃えて楽しかったとおっしゃっていましたが、不安などはありましたか?」
「ありましたが、案ずるよりも産むが易し。無人島に上陸して、数日後にはそんな不安はすぐに吹き飛ばされてしまいました。」
パッと答えた蒼士。言っていることも、まとまっている。
「ありがとうございます」
「枚日新聞さん」
「船で一番大変だったことは?」
「ダントツで雨のです。まず、舵をとろうにも雨で視界不良、下着まで濡れてしまいます。それと、赤道付近の湿度の高い、ムシムシとした暑さです。船の上にできる日陰は限られているので、」
琥珀の言っていることは3人も思っていることである。特に、翠は深く共感している。
「本当にお疲れさまでした」
いくつかの質問後、、、
「PPPテレビ局さん」
「4人の色というのは見つけられましたか?」
「はい。ズバリ、一言で言うならば ソーダ色です。」
「ソーダ色?」
「前にテレビでも言ったのですが、きっと虹色とかそんな色ではないと思うんです。4人でなら色々なものに変わっていける。何色にでも染まっていける。それでいて、刺激があって、甘くて、爽やかで。そんな4人なので。」
ワッと笑いが起きる。紅葉が出した解はちょっと想像とは違ったけれどインパクトがあって、納得できるものだった。
「KBSテレビ局さん」
「皆さんはこれから何をしたいですか?」
蒼士が目配せをする。そんなの決まったことだろう?というような感じだ。紅葉にも翠にも琥珀にもうん、うん。というような、共通認識がある。
「せーの、、、」
蒼士が反対の端に座る翠までギリ届く声で合図する。二拍空けて
「にゃすをたあい!」
確かに息だけはピッタリ。
「え?」
記者らがざわざわする。それは、4人も例外ではない。
「俺は、肉を食べたいって言ったけど」
「私、シャワー浴びたい」
「俺も、肉を食べたい」
「僕は、シャワー浴びたい」
互いに顔を見合わせる。思わず吹き出してしまいそうになった。
「えっと、さっきは何とおっしゃったのですか?」
「蒼士と琥珀が肉を食べたいで、私と翠がシャワー浴びたいです。」
高校生らしい回答と、さっきの にゃすをたあい が効いているのか、記者たちは、笑う。
「フシテレビさん」
「賞金の使い道は?」
「車の免許取得にあてようと思っています。それと、父と母に感謝の気持ちを伝えるために、二人を海外旅行に招待するのもありかなって言う感じです。」
蒼士の賞金の使い方は、紅葉が思っていたのとおんなじだ。
「僕は、留学費用に。海外で色々学びたいことがあるので」
琥珀は留学費用にするのか。初耳だった。けれど、親に縛られたくないといっていたし、確かにそういうのもありかな。何てことを思う。
「僕は、妹のために。新しい服を欲しがっていたし、まずはそれを買おうかなと思っています。」
「私は、家族で海外旅行に行くというのと、数学についてもっと学びたいのでそういう環境が整った所に行く費用にしたいです。」
色々な記者が必死にメモをする。それくらい、この質問は多くの記者がしようと思っていたのだ。
「ありがとうございました、では4人の代表参加者の方は、こちらに」
どうやら写真を撮られるらしい。さっき、フラッシュが少なかったのはそういうことか。一人で納得。
「一ノ瀬、藤原ペアから」
わらわらと記者が寄ってくる。
「ポーズって何する?」
「何でもいいんじゃないの?ピースとか」
「肩を組ってのはどうだ?」
いきなりの発案にえっ?とは思ったが、確かに支え合ってた感を出すのには最適なポーズだ。
多くのフラッシュでどのカメラに写っているのも目をつぶってしまったのではないかと不安になる。
「大堂、加賀ペア」
ゾロゾロと移動する。
「僕らも肩を組まない?支え合ってた感じを出すのには最適だからさ」
にこぉ っと笑う翠。ドキッと琥珀。
「お、おう」
結局、琥珀と翠も肩を組む。
一歩下がって、紅葉と蒼士。
「さすが、画になるな」
キラリと光る白い歯と、海が似合う肌の色。そして、その大人びた端正な顔。筋肉のつき方。何をとっても、画になる。隣に並ぶ5センチほど小さい童顔少年も出発前と比べて日に焼けたなぁ。と思わせる。はたから見れば、蒼士も紅葉も似たようなものである。
「映画の宣伝ポスターだね」
「翠とか、もっとシャイボーイだったのにな」
ニヤッと笑う蒼士。
「ねぇ、蒼士、更生ってどういう意味か知ってる?」
「更生?生き返らせるとか、良い状態に戻すとか?」
「私たちって、どんな状態から更生したのかな?良い状態に戻すって」
これは、紅葉が抱いていた小さい違和感だった。
「俺には、なんか分かった気がする。実は、誰もがさ何か飾りをつけて生きてるんだよ。それを、崩すことでイキイキと生活できるっていうか」
「なるほど」
目の前の二人と、隣の蒼士。言われてみればそうかもしれない。
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
僕たちのトワイライトエクスプレス24時間41分
結 励琉
青春
トワイライトエクスプレス廃止から9年。懐かしの世界に戻ってみませんか。
1月24日、僕は札幌駅の4番線ホームにいる。肩からかけたカバンには、6号車のシングルツインの切符が入っている。さあ、これから24時間41分の旅が始まる。
2022年鉄道開業150年交通新聞社鉄道文芸プロジェクト「鉄文(てつぶん)」文学賞応募作
(受賞作のみ出版権は交通新聞社に帰属しています。)
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
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