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君を選んだ
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翠と琥珀の例の事件から、数日が経過しているが、どうも良好な関係とは言い難い。ギクシャクしている。琥珀は翠への当たりがキツイし、翠は琥珀を避けているように思える。だが、この船に居るのだから顔を会わさないというわけにもいかない。顔を会わす度、なんとも言えない空気が漂う。蒼士はそんな空気を吹き飛ばそうと、ちょこちょこ面白い事を言おうとしているのは犇々と伝わってくつのだが、どれもイマイチ。端的に言うならば、スベっている。元々、笑いのセンスの欠片もないような男だ。仕方がない。
「えっと、今日の釣は翠と俺が午後、今日の晩の分が釣れたら終わる。琥珀は、船の掃除を午前、翠と一緒に頼めるか?んで、紅葉は、26時間TVの取材を受けてくれ。俺が午前はメインで舵をとる」
毎夏恒例の超長時間テレビの取材があるので、ちょっときれいな服を、紅葉は用意していた。いつかのような事は言わせない。それが、紅葉の目標だ。紅葉のみに批難が来るのは100歩譲って耐えられるが、他の三人の存在を否定されるような言葉は耐えられそうにない。
「アイアイサー」
翠と琥珀と紅葉は、返事をする。特に、蒼士の意見に対して不満はない。掃除だって、ずっと隣でやっているわけではない。
「オッケー、作業にとりかかろーぜ」
蒼士は、操舵室に向かい、翠と琥珀は雑巾を取り出す。紅葉は、パソコンをセッティング。着々と準備が進む。最近は、SNSも落ち着いている。人の興味は移ろいやすいものだ。
掃除が始まった。二人は、業務的な内容の言葉を交わすだけ。気まずいのだろうか。
「琥珀、そっちは僕がやった」
琥珀に背を向けている翠。
「あっそう。」
それぞれが、雑巾一枚を右手に持つ。
「仲直りすればいいのに」
「別に喧嘩してないし」
蒼士の声に俊敏な反応を見せる琥珀。キリッと睨まれた蒼士は肩をすくめる。紅葉は苦笑い。
「みんな、準備できたよ」
最後、Skypuを開ける。後は、待つだけ。画面越しにスタジオの慌ただしい音だけが聞こえる。ちょっと、時差があるからまだ向こうでは始まっていないみたいだ。
「オッケー、紅葉、頑張れよ!」
「分かってる、なんせ向こう(日本)ではこの番組、超有名だもんね」
微妙な関係の二人とやる気漲る二人を乗せた船は、徐々に速度を落とす。
「掃除、終わったよ」
琥珀と翠が蒼士に報告する。
「さすがだな、船がピカピカだ。ありがとー」
「後、15分で始まるよ」
下から、紅葉の声が聞こえる。今日は晴れているからと甲板にパソコンを持ち出している。
蒼士も甲板に降りる。
「翠、出たくなかったら出なくてもいいんだぜ」
「ここで、出なかったら 当たってたから出られないんだ って誤解されそうだから、出るよ」
4人とも暇じゃない。故に、どうしても画角に入ってしまう。翠は前回テレビに出演したとき批判が殺到した経験を持つ。本当だったら、顔をさらすことすら容易ではないと思わせるレベルだ。毎晩、友希と連絡をとっている事や、賞金の使い道も知らない人に批判される。きっと、批判している側には想像出来ない気持ちを味わっている。
「カメラ、オンにするよ」
「うん」
琥珀が、画面を覗きこむようにする。紅葉は一度深呼吸をしてカメラボタンをクリックした。琥珀は、横にはけていく。
「おはようございます」
デレクターがカメラの前に立っているようだ。
「あ、おはようございます」
「えっと、藤原さんかな?」
「はい、今日は、よろしくお願いします」
「よろしく!それは、本当に見える景色?凄い綺麗!」
穏やかな波が、船を撫でる。空はスカッとした青色。いかにも南国の海と空って感じだ。
「本当の景色です」
画面越しに、二十歳くらいの女の人が景色に感動しているのが伝わってくる。
「いいですね」
胸をときめかせる少女のような感じをまとった人だ。
「雨の日は、大変ですけどね」
「その話、番組内で聞きますね」
そのスタッフは、笑顔を見せる。ちょっと、緊張がほぐれるような笑顔。
「そうでしたね。うまく、お話しできるかちょっと不安ですけど」
「緊張しないで、大丈夫」
「頑張ります」
「アンケートは答えてもらったかな?」
アンケート。それは、パソコンで入力するものだった。「何をよく食べていますか?」「何時くらいに寝ますか?」「辛いことは何ですか?」視聴者から寄せられた質問に答える。凡庸で平凡な質問が多かったが中には、ユニークな質問もあった。例えば、「4人を色に例えるなら何色ですか?」アンケートの回答は、蒼士と紅葉が頭を付き合わせて考えた。
「はい」
「ありがとね。じゃぁ、まず、船での生活について質問があるから、それを答えて。まぁ、アンケートの順番通りに聞く感じだから」
「わかりました」
数分後
芸人や俳優、アナウンサー。テレビで見ているような人たちが、紅葉に挨拶をする。変な感じだ。船のリアルタイム映像がスタジオに置かれたテレビ的なものに写し出されているらしい。紅葉は、3人を画面の前に呼ぶ。そして、4人で頭を下げ、挨拶をする。それが動けない我々にとっての最善の策に思えたからだ。
あっという間に、番組はスタートした。スタジオでは皆が同じデザイン違う色のTーシャツを身に纏う。紅葉も是非、着てみたいが、生憎それは叶わなかった。なぜなら、この番組では相次ぐ高校生更正プロジェクトへの批判を受け、当初は、代表参加者に出演してもらうつもりはなかったからだ。まぁ、今となればそれはどうでもいい。ただ、目の前の役割を精一杯やりきることが大切なのだから。
「はい、スタジオにはオンラインですが、政府主導の計画。高校生更正プロジェクトの代表参加者、藤原紅葉さんに出演して頂いてます!」
「よろしくお願いします!」
紅葉が画面越しに頭を下げると、拍手が聞こえてくる。
「今、どの辺りなんですか?」
聞き慣れた女性アナウンサーの声。
「見えるところには島ひとつ無いくらいの場所で、赤道の少し北側の辺りです。それで、東経150度くらいですね」
「まだ、もう少し目標地点までかかりそうですか?」
「そうですね、船の進む速度も速くは出来ないので」
緊張の割にはきちんと話せている。
「代表参加者の方に視聴者の皆さんから質問が届いています、いくつか質問に答えて頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい」
「では、まず、青森県にお住まいのY.M.さんからの質問です。船の上では何を食べますか?」
紅葉はあらかじめ用意した答えを一度頭の中で読み返し、次はマイクを介してスタジオそして視聴者に伝わるように話す。
「主には魚とご飯です。釣った新鮮な魚を、擂り身にしたり、干物や、ムニエルにしたり、ホイル焼きにしたり、いろいろな形に変えて飽きない工夫をしながら食べています。」
スタジオからオォと声が聞こえる。悪くない気分だ。
「いいですね!そういうの。食べてみたいなぁ」
最近話題のアイドルグループのメンバーがキラキラと目を輝かせる。
「船ではいつも何してますか?沖縄県 T.Tさんからの質問です」
予測通りに投じられた球をバットの芯でとらえる。
「舵をとったり、釣り、料理、掃除、水作りに割く時間が多いです。全員で交代交代でやっています。一応、高校生なので、空いた時間には勉強もしています」
へぇーという声が聞こえる。
「大変そう」
「大変ですけど、その分、達成したときの喜びは大きいですよ」
一通りの質問が終わる。
「今、皆さんが乗っている船は いろ丸 という名前ですが、なんでその名前にしたんですか?」
「それは、4人の名前には全員、色が入っているからです。私は、紅葉で紅。蒼士は、あお。翠は、みどり。琥珀は、琥珀色。なんとなく、赤青黄緑になっているので、いろ丸という名前を船に付けました。」
「しっかりした由来があるんですね!ズバリ、4人を色で表すと何色ですか?」
「きっと、4人を足して虹色とかそんなありきたりな色ではなくて、式で例えるならば、x=yです。 xが私であり、蒼士でもあり、翠で琥珀。そして、4人の色でしょう。yは自分を除く三人。誰一人欠けても、この式は成立しません。言い換えれば、xーy=0 そんな感じなんです。まぁ、まだ解である4人の色は見つけられていませんけど。今は、1日1日を4人で生活することが大変で。これから、見つけたいと思います。ただ、今、私の声を聞いている人には、4人で、いや、4人じゃないと いろ丸 は動かなくなってしまう。ということが伝えたくて。互いが互いを必要としている事は間違いないので。」
紅葉が強く訴える。まだ、それらしい色はないけど、それでも紅葉が言える確かな事を伝えるために。
「ありがとうございます。互いが互いを必要としている。私たちも見習うべき姿勢ですね。その解が見つかる日が待ち遠しいです。あーっと、もうお時間がやって参りました。楽しい一時をありがとうございました!」
紅葉の言ったことに対して理解のある人間で良かった。いきなり、xとか持ち出されれば数学アレルギー持ちは聞く気を失う。
「ありがとうございました」
紅葉は、笑顔でお辞儀する。やがて、CMに入り、紅葉はスタジオから姿を消した。スタッフとの通信も切りようやく一息つける。
と、思ったのだが、そうはいかなかった。
ジャボン!何かが水に落ちる音。紅葉は、音がした方を見る。紅葉の角度からは、何が落ちたのか分からなかった。琥珀が慌てて海に飛び込むまでは。
琥珀は、船の縁にグルリと設置された金属の手すりに手をかけ、軽く飛び越える。しかし、その焦りに満ちた顔を見れば誰でも大変なことが起きていることに察しがつく。Tーシャツがひらめき、気耐え抜かれた腹筋がチラリと見える。
「た、助けて」
琥珀が、海に飛び込む。腰に巻いたオレンジでペチャンコの袋が膨らむ。空気が入り、浮き輪のようになる。車のエアバックをイメージしてほしい。海面にあたった勢いで膨らんだのだ。
助けを求める翠のは、一切膨らんでいない。
翠は、水面をバチャバチャと叩くが、海面からなかなか鼻と口を出すことが出来ない。
「力抜け!」
「私、連絡してくる!」
「頼んだ!」
蒼士は身を乗り出して、声をかけるが、溺れている人に声は届かない。一生懸命に手を伸ばすが、海面から甲板には思いの外、高さがある。紅葉は走って、無線で応援を頼むが、政府の並走する船は双眼鏡を使わなければハッキリと見えない位置に居る。分かってはいたが、すぐにはこれない。
琥珀は、膨らんだのだオレンジ色の浮き輪を、翠に持たせる。翠は、辛うじて呼吸ができるようになった。しかし、グッタリとしていて、体は熱い。琥珀は、そんな翠に、浮き輪をつかむよう指示し、懸命に声をかけ、船によじ登るサポートをする。それは、紅葉が連絡をしている僅かな間の出来事だった。最後は、蒼士が引っ張りあげた。琥珀は、自力で梯子をのぼり戻ってくる。健康体であっても船に戻るのは難しい。そして、直ぐに翠に駆け寄った。
「しっかりして、翠」
翠は、反応はするものの正常ではない。明らかにおかしい。琥珀に頬を数回叩かれる。心拍数は、異常なくらい速い。そして、手先や足先がピクピクと痙攣している。
「向こうに運ぼう」
琥珀は、ベッドがある方を指差す。琥珀は脱力した翠を背負う。紅葉が先回りして扉を開ける。この際、ビチョビチョな状態でベッドに乗られても構わない。蒼士が濡らしたタオルを翠の首に巻く。それに習うように、琥珀が頭にタオルを乗せ、脇にも冷えたペットボトルを挟ませる。ちょっとしか入らない冷蔵庫にここまで恩恵を感じたのは初めてだ。
しばらくして、翠の痙攣はおさまる。せっせと、琥珀はそんな翠を団扇であおぐ。こんなことしか出来ないなんて。琥珀は、濡れたタオルを取り替える。直ぐに、温くなってしまうからだ。
翠は、ゆっくりと目を開けた。一番に視界に入ってきたのは、ただただ、ジーッと翠を見続ける琥珀の姿。翠が目を開けたことに気付くと、琥珀は、ツーと涙を流した。
「、、、琥珀、ごめ」
額に置かれた濡れたタオル。そして、この全身を包む極度のだるさ。熱中症であることは聞くまでもない。
翠が「ごめん」と言おうとしたその瞬間、琥珀の端正な顔が崩れる。
「翠、本当に心配したんだから!」
優しく体が包まれる。一番近くで、琥珀の泣き声が聞こえる。背中に手をまわしたり、翠にはできなかった。猛烈なだるさもあったが、翠はあることを決めたからだ。
「琥珀、泣かないで。僕はもう大丈夫だから」
翠は力ない声でそう言う。
「大丈夫なわけないじゃないか!」
グスリグスリと鼻をすすりながらの琥珀。
「僕はもう、リタイアするよ」
「え?」
予想の上をいく返答に琥珀の涙は止まる。
「もう、琥珀には心配をかけたくないし、足も引っ張りたくない」
今回の出来事で、リタイアの四文字が翠の頭をよぎった。琥珀が、海に飛び込んだこともハッキリと覚えている。前々から、翠が困っていると、琥珀は助けようと頑張りすぎる癖があった。「ペアだから」と助けてくれるのはありがたいことなのだが、そのせいなのか、琥珀は体に湿布を貼ってから寝ている。翠が貧弱なばかりに、琥珀が大変な思いをしている。本来、生物学的に力がある男がやるべき仕事も女である琥珀がする。そんなことは、日常茶飯事。いくら、頭の回転が早くても、海の上でそれが役立つときは限られている。今日だって、きっと体力がないから熱中症になったんだ。船の掃除だって、面積的に言えば、琥珀が多かったがように思う。
「バカなこと言わないで!あたし、翠がいないと、、。とにかく!足を引っ張ってるとかそんな風に思ったことは微塵もない!あたしは、翠と一緒にゴールがしたい」
翠は冗談なんか言えるヤツじゃないから、嘘とかつかないヤツだから。琥珀は強く訴えかける。
「きっと、僕は琥珀の期待には到底及ばない無力な男だ。偶然、機械に選ばれてペアが決まって。僕がもし琥珀の立場なら嫌気が差すよ」
ここまで、マイナス思考な翠は初めて。こんな翠を見て、「はい、そうですね。リタイアして良いよ」なんて言える訳がないじゃないか。
「何言ってんの?翠は、あたしにとっては無力な男じゃない。翠がペアだから良かったって感じることの方が辛いことなんかよりも、多いんだから。お願い、リタイアするなんて言わないで。ペアを選んだのは、AIだったけど。それでも、そこにたどり着くまで数多の決断と判断の先に君が居た。だったら、翠をペアにするって、今 ここにいる君をペアにするって、あたしが決めた。って言うのとそんなに差はないよ」
翠の肩をがっしりと掴んで、しっかり目を見て、自分が選んだ相手に自分の考えを伝えるように。言葉はぐちゃぐちゃだけど。それでもいい。それでいい。
「琥珀、、ありがとう」
「琥珀、翠には安静が必要だ、その肩をつかんだりするのは良くないんじゃない?」
上から、二人の会話を静かに聴いていた紅葉に気づかないのか。この男は、蒼士はあっという間に中にはいってしまった。折角いい雰囲気だったのに。紅葉はフーッと息を吐いた。ま、それは蒼士がここに居る以上仕方がないとして。紅葉は、等式が崩れないことそれがいかに奇跡のバランスなのかを、思い知らされた瞬間を目の当たりにした時でもあった。
「えっと、今日の釣は翠と俺が午後、今日の晩の分が釣れたら終わる。琥珀は、船の掃除を午前、翠と一緒に頼めるか?んで、紅葉は、26時間TVの取材を受けてくれ。俺が午前はメインで舵をとる」
毎夏恒例の超長時間テレビの取材があるので、ちょっときれいな服を、紅葉は用意していた。いつかのような事は言わせない。それが、紅葉の目標だ。紅葉のみに批難が来るのは100歩譲って耐えられるが、他の三人の存在を否定されるような言葉は耐えられそうにない。
「アイアイサー」
翠と琥珀と紅葉は、返事をする。特に、蒼士の意見に対して不満はない。掃除だって、ずっと隣でやっているわけではない。
「オッケー、作業にとりかかろーぜ」
蒼士は、操舵室に向かい、翠と琥珀は雑巾を取り出す。紅葉は、パソコンをセッティング。着々と準備が進む。最近は、SNSも落ち着いている。人の興味は移ろいやすいものだ。
掃除が始まった。二人は、業務的な内容の言葉を交わすだけ。気まずいのだろうか。
「琥珀、そっちは僕がやった」
琥珀に背を向けている翠。
「あっそう。」
それぞれが、雑巾一枚を右手に持つ。
「仲直りすればいいのに」
「別に喧嘩してないし」
蒼士の声に俊敏な反応を見せる琥珀。キリッと睨まれた蒼士は肩をすくめる。紅葉は苦笑い。
「みんな、準備できたよ」
最後、Skypuを開ける。後は、待つだけ。画面越しにスタジオの慌ただしい音だけが聞こえる。ちょっと、時差があるからまだ向こうでは始まっていないみたいだ。
「オッケー、紅葉、頑張れよ!」
「分かってる、なんせ向こう(日本)ではこの番組、超有名だもんね」
微妙な関係の二人とやる気漲る二人を乗せた船は、徐々に速度を落とす。
「掃除、終わったよ」
琥珀と翠が蒼士に報告する。
「さすがだな、船がピカピカだ。ありがとー」
「後、15分で始まるよ」
下から、紅葉の声が聞こえる。今日は晴れているからと甲板にパソコンを持ち出している。
蒼士も甲板に降りる。
「翠、出たくなかったら出なくてもいいんだぜ」
「ここで、出なかったら 当たってたから出られないんだ って誤解されそうだから、出るよ」
4人とも暇じゃない。故に、どうしても画角に入ってしまう。翠は前回テレビに出演したとき批判が殺到した経験を持つ。本当だったら、顔をさらすことすら容易ではないと思わせるレベルだ。毎晩、友希と連絡をとっている事や、賞金の使い道も知らない人に批判される。きっと、批判している側には想像出来ない気持ちを味わっている。
「カメラ、オンにするよ」
「うん」
琥珀が、画面を覗きこむようにする。紅葉は一度深呼吸をしてカメラボタンをクリックした。琥珀は、横にはけていく。
「おはようございます」
デレクターがカメラの前に立っているようだ。
「あ、おはようございます」
「えっと、藤原さんかな?」
「はい、今日は、よろしくお願いします」
「よろしく!それは、本当に見える景色?凄い綺麗!」
穏やかな波が、船を撫でる。空はスカッとした青色。いかにも南国の海と空って感じだ。
「本当の景色です」
画面越しに、二十歳くらいの女の人が景色に感動しているのが伝わってくる。
「いいですね」
胸をときめかせる少女のような感じをまとった人だ。
「雨の日は、大変ですけどね」
「その話、番組内で聞きますね」
そのスタッフは、笑顔を見せる。ちょっと、緊張がほぐれるような笑顔。
「そうでしたね。うまく、お話しできるかちょっと不安ですけど」
「緊張しないで、大丈夫」
「頑張ります」
「アンケートは答えてもらったかな?」
アンケート。それは、パソコンで入力するものだった。「何をよく食べていますか?」「何時くらいに寝ますか?」「辛いことは何ですか?」視聴者から寄せられた質問に答える。凡庸で平凡な質問が多かったが中には、ユニークな質問もあった。例えば、「4人を色に例えるなら何色ですか?」アンケートの回答は、蒼士と紅葉が頭を付き合わせて考えた。
「はい」
「ありがとね。じゃぁ、まず、船での生活について質問があるから、それを答えて。まぁ、アンケートの順番通りに聞く感じだから」
「わかりました」
数分後
芸人や俳優、アナウンサー。テレビで見ているような人たちが、紅葉に挨拶をする。変な感じだ。船のリアルタイム映像がスタジオに置かれたテレビ的なものに写し出されているらしい。紅葉は、3人を画面の前に呼ぶ。そして、4人で頭を下げ、挨拶をする。それが動けない我々にとっての最善の策に思えたからだ。
あっという間に、番組はスタートした。スタジオでは皆が同じデザイン違う色のTーシャツを身に纏う。紅葉も是非、着てみたいが、生憎それは叶わなかった。なぜなら、この番組では相次ぐ高校生更正プロジェクトへの批判を受け、当初は、代表参加者に出演してもらうつもりはなかったからだ。まぁ、今となればそれはどうでもいい。ただ、目の前の役割を精一杯やりきることが大切なのだから。
「はい、スタジオにはオンラインですが、政府主導の計画。高校生更正プロジェクトの代表参加者、藤原紅葉さんに出演して頂いてます!」
「よろしくお願いします!」
紅葉が画面越しに頭を下げると、拍手が聞こえてくる。
「今、どの辺りなんですか?」
聞き慣れた女性アナウンサーの声。
「見えるところには島ひとつ無いくらいの場所で、赤道の少し北側の辺りです。それで、東経150度くらいですね」
「まだ、もう少し目標地点までかかりそうですか?」
「そうですね、船の進む速度も速くは出来ないので」
緊張の割にはきちんと話せている。
「代表参加者の方に視聴者の皆さんから質問が届いています、いくつか質問に答えて頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい」
「では、まず、青森県にお住まいのY.M.さんからの質問です。船の上では何を食べますか?」
紅葉はあらかじめ用意した答えを一度頭の中で読み返し、次はマイクを介してスタジオそして視聴者に伝わるように話す。
「主には魚とご飯です。釣った新鮮な魚を、擂り身にしたり、干物や、ムニエルにしたり、ホイル焼きにしたり、いろいろな形に変えて飽きない工夫をしながら食べています。」
スタジオからオォと声が聞こえる。悪くない気分だ。
「いいですね!そういうの。食べてみたいなぁ」
最近話題のアイドルグループのメンバーがキラキラと目を輝かせる。
「船ではいつも何してますか?沖縄県 T.Tさんからの質問です」
予測通りに投じられた球をバットの芯でとらえる。
「舵をとったり、釣り、料理、掃除、水作りに割く時間が多いです。全員で交代交代でやっています。一応、高校生なので、空いた時間には勉強もしています」
へぇーという声が聞こえる。
「大変そう」
「大変ですけど、その分、達成したときの喜びは大きいですよ」
一通りの質問が終わる。
「今、皆さんが乗っている船は いろ丸 という名前ですが、なんでその名前にしたんですか?」
「それは、4人の名前には全員、色が入っているからです。私は、紅葉で紅。蒼士は、あお。翠は、みどり。琥珀は、琥珀色。なんとなく、赤青黄緑になっているので、いろ丸という名前を船に付けました。」
「しっかりした由来があるんですね!ズバリ、4人を色で表すと何色ですか?」
「きっと、4人を足して虹色とかそんなありきたりな色ではなくて、式で例えるならば、x=yです。 xが私であり、蒼士でもあり、翠で琥珀。そして、4人の色でしょう。yは自分を除く三人。誰一人欠けても、この式は成立しません。言い換えれば、xーy=0 そんな感じなんです。まぁ、まだ解である4人の色は見つけられていませんけど。今は、1日1日を4人で生活することが大変で。これから、見つけたいと思います。ただ、今、私の声を聞いている人には、4人で、いや、4人じゃないと いろ丸 は動かなくなってしまう。ということが伝えたくて。互いが互いを必要としている事は間違いないので。」
紅葉が強く訴える。まだ、それらしい色はないけど、それでも紅葉が言える確かな事を伝えるために。
「ありがとうございます。互いが互いを必要としている。私たちも見習うべき姿勢ですね。その解が見つかる日が待ち遠しいです。あーっと、もうお時間がやって参りました。楽しい一時をありがとうございました!」
紅葉の言ったことに対して理解のある人間で良かった。いきなり、xとか持ち出されれば数学アレルギー持ちは聞く気を失う。
「ありがとうございました」
紅葉は、笑顔でお辞儀する。やがて、CMに入り、紅葉はスタジオから姿を消した。スタッフとの通信も切りようやく一息つける。
と、思ったのだが、そうはいかなかった。
ジャボン!何かが水に落ちる音。紅葉は、音がした方を見る。紅葉の角度からは、何が落ちたのか分からなかった。琥珀が慌てて海に飛び込むまでは。
琥珀は、船の縁にグルリと設置された金属の手すりに手をかけ、軽く飛び越える。しかし、その焦りに満ちた顔を見れば誰でも大変なことが起きていることに察しがつく。Tーシャツがひらめき、気耐え抜かれた腹筋がチラリと見える。
「た、助けて」
琥珀が、海に飛び込む。腰に巻いたオレンジでペチャンコの袋が膨らむ。空気が入り、浮き輪のようになる。車のエアバックをイメージしてほしい。海面にあたった勢いで膨らんだのだ。
助けを求める翠のは、一切膨らんでいない。
翠は、水面をバチャバチャと叩くが、海面からなかなか鼻と口を出すことが出来ない。
「力抜け!」
「私、連絡してくる!」
「頼んだ!」
蒼士は身を乗り出して、声をかけるが、溺れている人に声は届かない。一生懸命に手を伸ばすが、海面から甲板には思いの外、高さがある。紅葉は走って、無線で応援を頼むが、政府の並走する船は双眼鏡を使わなければハッキリと見えない位置に居る。分かってはいたが、すぐにはこれない。
琥珀は、膨らんだのだオレンジ色の浮き輪を、翠に持たせる。翠は、辛うじて呼吸ができるようになった。しかし、グッタリとしていて、体は熱い。琥珀は、そんな翠に、浮き輪をつかむよう指示し、懸命に声をかけ、船によじ登るサポートをする。それは、紅葉が連絡をしている僅かな間の出来事だった。最後は、蒼士が引っ張りあげた。琥珀は、自力で梯子をのぼり戻ってくる。健康体であっても船に戻るのは難しい。そして、直ぐに翠に駆け寄った。
「しっかりして、翠」
翠は、反応はするものの正常ではない。明らかにおかしい。琥珀に頬を数回叩かれる。心拍数は、異常なくらい速い。そして、手先や足先がピクピクと痙攣している。
「向こうに運ぼう」
琥珀は、ベッドがある方を指差す。琥珀は脱力した翠を背負う。紅葉が先回りして扉を開ける。この際、ビチョビチョな状態でベッドに乗られても構わない。蒼士が濡らしたタオルを翠の首に巻く。それに習うように、琥珀が頭にタオルを乗せ、脇にも冷えたペットボトルを挟ませる。ちょっとしか入らない冷蔵庫にここまで恩恵を感じたのは初めてだ。
しばらくして、翠の痙攣はおさまる。せっせと、琥珀はそんな翠を団扇であおぐ。こんなことしか出来ないなんて。琥珀は、濡れたタオルを取り替える。直ぐに、温くなってしまうからだ。
翠は、ゆっくりと目を開けた。一番に視界に入ってきたのは、ただただ、ジーッと翠を見続ける琥珀の姿。翠が目を開けたことに気付くと、琥珀は、ツーと涙を流した。
「、、、琥珀、ごめ」
額に置かれた濡れたタオル。そして、この全身を包む極度のだるさ。熱中症であることは聞くまでもない。
翠が「ごめん」と言おうとしたその瞬間、琥珀の端正な顔が崩れる。
「翠、本当に心配したんだから!」
優しく体が包まれる。一番近くで、琥珀の泣き声が聞こえる。背中に手をまわしたり、翠にはできなかった。猛烈なだるさもあったが、翠はあることを決めたからだ。
「琥珀、泣かないで。僕はもう大丈夫だから」
翠は力ない声でそう言う。
「大丈夫なわけないじゃないか!」
グスリグスリと鼻をすすりながらの琥珀。
「僕はもう、リタイアするよ」
「え?」
予想の上をいく返答に琥珀の涙は止まる。
「もう、琥珀には心配をかけたくないし、足も引っ張りたくない」
今回の出来事で、リタイアの四文字が翠の頭をよぎった。琥珀が、海に飛び込んだこともハッキリと覚えている。前々から、翠が困っていると、琥珀は助けようと頑張りすぎる癖があった。「ペアだから」と助けてくれるのはありがたいことなのだが、そのせいなのか、琥珀は体に湿布を貼ってから寝ている。翠が貧弱なばかりに、琥珀が大変な思いをしている。本来、生物学的に力がある男がやるべき仕事も女である琥珀がする。そんなことは、日常茶飯事。いくら、頭の回転が早くても、海の上でそれが役立つときは限られている。今日だって、きっと体力がないから熱中症になったんだ。船の掃除だって、面積的に言えば、琥珀が多かったがように思う。
「バカなこと言わないで!あたし、翠がいないと、、。とにかく!足を引っ張ってるとかそんな風に思ったことは微塵もない!あたしは、翠と一緒にゴールがしたい」
翠は冗談なんか言えるヤツじゃないから、嘘とかつかないヤツだから。琥珀は強く訴えかける。
「きっと、僕は琥珀の期待には到底及ばない無力な男だ。偶然、機械に選ばれてペアが決まって。僕がもし琥珀の立場なら嫌気が差すよ」
ここまで、マイナス思考な翠は初めて。こんな翠を見て、「はい、そうですね。リタイアして良いよ」なんて言える訳がないじゃないか。
「何言ってんの?翠は、あたしにとっては無力な男じゃない。翠がペアだから良かったって感じることの方が辛いことなんかよりも、多いんだから。お願い、リタイアするなんて言わないで。ペアを選んだのは、AIだったけど。それでも、そこにたどり着くまで数多の決断と判断の先に君が居た。だったら、翠をペアにするって、今 ここにいる君をペアにするって、あたしが決めた。って言うのとそんなに差はないよ」
翠の肩をがっしりと掴んで、しっかり目を見て、自分が選んだ相手に自分の考えを伝えるように。言葉はぐちゃぐちゃだけど。それでもいい。それでいい。
「琥珀、、ありがとう」
「琥珀、翠には安静が必要だ、その肩をつかんだりするのは良くないんじゃない?」
上から、二人の会話を静かに聴いていた紅葉に気づかないのか。この男は、蒼士はあっという間に中にはいってしまった。折角いい雰囲気だったのに。紅葉はフーッと息を吐いた。ま、それは蒼士がここに居る以上仕方がないとして。紅葉は、等式が崩れないことそれがいかに奇跡のバランスなのかを、思い知らされた瞬間を目の当たりにした時でもあった。
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リツの両親は春に離婚しており、妹は不登校となって、なにかと不安定な状態だったが、不愛想な鉄子と少しずつ打ち解けあい、鉄子に触れないように気をつけながらも関係を深めていく。
表面上は鉄面皮であっても、内面はリツ以上に不安定で苦しみ続けている鉄子のために、内向的過ぎる状態からだんだんと変わっていくリツだったが、ある日とうとう鉄子と接触してしまう。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
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