思い出を探して

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恋人

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怜は、男性恐怖症を克服できずに大学へ進学。

 
 そこで、彼と出会う。名前は、勇元賢太郎  同じゼミの仲間の一人で温厚で誠実な態度は仲間の中でも好評だった。そこで、彼と出会うといっても、関西の高校が一緒で、彼が積極的に話しかけに来るので、ちょっとウザくて、本を薦めて、私に対して静かにさせようと画策したことのある人物。
 ただ、怜とゼミ以外での繋がりは希薄だった。怜が父以外に唯一、おしゃべりをする人ではあったが、そこに特別な感情があったわけではない。怜が何度かツンと冷たくしても、避けたりしても、彼はあくまで普通に接していたのだ。だから、そのうちにゼミの時は喋るようになった。


「なぁ、怜、お願い!今日の合コン来てや」
友達が、手を合わせて怜に頼み込む。どうしても、人数が合わないのだとか。一番仲のいい友達だが、この願いにたいして快く引き受けられない。
「行かない。私、そういうのはホントにいいから」
「えー、そんなん言わんといて。な、今日は怜のゼミからも来るらしいで」
「じゃぁ、尚更行かない」
怜はテキパキとルーズリーフをまとめて教科書をリュックに入れる。
「ちょいちょい、待ち」
講義室を出ようとする怜を、友達の陽葵は押さえる。
「な、一生のお願い」
怜は考える。一生のお願いと言われたのだ、応えないのも可哀想。
「あぁ、もう分かった、分かった」
「やった!」
陽葵は勝ち誇ったような顔にポーズ。



「あ、明神さん!」
「どうも、勇元さん」
こちらに気がついた勇元が、笑顔で会釈する。そして、その隣には中学の時のクラスメイトもいるではないか。なんという偶然。怜はパッと顔を伏せる。
「陽葵、前行って」
「前とかないで、横並びやもん」
「ちょっと待って」
陽葵は怜の席をポンポンとする。
怜は仕方ない、この時間を抜ければという感じで意を決して合コンに参加。


「飲まへんの?」
「飲まない」
荒山が酒酒と言っていたからか、酒に対しては嫌悪感が強かった。陽葵は、頬を薄ピンクにしていた。陽葵は持ち前の明るさで、会話も盛り上がっているようだった。

「ごめん、私、帰るわ」
二軒目の話が持ち上がった時点で、怜はお会計だけ机に置いて帰ろうとした。
「えー、待って、あと一人来るから」



「遅れてすまーん」
男は右耳にピアスを二つ。そして気だるそうな歩き方。顔を見てピンときた。
「ん?あ、もしかしてお前って荒山?」
最悪だ。向こうも気がついた?
「荒山さんちゃうで、明神さんやで」
勇元がそう言うが、男はちょっとバカにしたような口調で怜に言ってきた。
「そっか、明神かぁ。小学生の頃の名字に戻ったんだ」
「ちょっと何言ってんの?どういうこと?」
陽葵は眉間にシワを寄せる。
「あぁ、コイツ、DV受けてたの。中学と高校の頭くらいだな。お母さんの再婚相手に。だから、鉄みたいだろ。冷たいし、なびかないし」
ガタッと音をたてて、怜は席を立った。じんわりと視界が滲んで輪郭がぼやける。
ずっと隠してきたのに。ずっと思い出したくなかったのに。
「待って!」
勇元は怜を追う。
「明神さーん!どこー?」
参ったな、見失った。もう暗いし危ないよな。勇元は辺りを探す。駅の前まで来たときにようやく怜を見つけた。
「やっと見つかった。もう、暗いし危ないって思ってたんやけど」
勇元は、ベンチに腰を掛けていた怜にアイスコーヒーを渡す。そこの自販機で買ったものだ。自販機の明かりは煌々としていて眩しいが、それ以上に人々の雑踏は騒々しく帰路を急ぐ者があちこちで見受けられた。
「ごめんなさい。雰囲気も悪くしてしまって」
怜はアイスコーヒーを受けとりはしない。
「ありゃ、あの男の方が悪いやろ。デリカシーに欠けるな」
しまった、うっかり敬語も忘れてそのまま。同い年だから良いのかな?
「いえ、彼が言ったことは事実なので」
怜は敬語だ。勇元はそれにあわせる。
「僕にはそう思えないですけど?明神さんは明るいですし、一緒に研究とかすごくやりやすいです。僕よりずっと博識ですし、レポとかも参考になります。それに楽しくできます。細やかな気遣いとかほんとに凄く助かってます」
賢太郎は去ろうとする怜を引き留めようと話す。
「お話は終わりましたか?お代は向こうに置いてきたので、もう帰ります」
ツンと冷たい怜。
「あの、これから何かあったら僕に話してください。いくらでも相談乗ります」
「機会があれば」
相談しないときの返事である。怜は下ろしていた髪を、一つにまとめて、鞄を手に取り、ベンチから立ち上がった。
「僕、好きです。明神さんのこと。
…別にそのただ僕の気持ち言っただけなので気に止めなくても良いんですけど」
怜は無視をして改札をくぐった。
賢太郎が顔をあげる頃には、怜の背中は改札の奥、随分小さくなっていた。賢太郎は差し出して無視をされた手をグーパーと握ったり開いたりする。

電車に揺られながら、怜はボーッと窓の外の移り行く景色を眺めていた。いくつもの光の粒が夜の大都会を照らし出す。
どうして、私がこんな目にあわないといけなかったのか考えても答えはなく、ただつり革に手をかけて電車の揺れに引っ張られないようにする。

「ただいま」
玄関ドアを開けると電気がつく。
「おかえり、今日は飲みに行くって聞いてたからもっと遅くなるのかと思っていたよ」
リビングではお父さんがパソコンに向き合っていた。カタカタと手は忙しなく動き、時折マウスをカチカチと操作する。
「まぁ、私、お酒飲まないからさ」
「そうか、風呂なら沸けてるから好きなときに入っておいで」
「ありがと」

風呂上がり髪を乾かしてから、2階の自室に行く。机の上には半分ほど進めた課題がページを開けてそのまま放置されていた。横目にそれを見てから、怜はベッドに突っ伏した。
「勇元くんはどういうつもりであんなことを言ったんだろう?」
スマホを取り出し、ラインを開く。賢太郎の横に赤い丸がついていて、新着のメッセージが入っていた。
「今日は、ゴメン🙏💦」
陽葵からも心配するラインが入っていた。と同時に、鉄と揶揄した男に一発ガツンと言ったこともちょっと面白げに書かれていた。

でも、あの元同級生が言ったことはどこか的を射ているような雰囲気がして…深く傷つけられた。それと、同時に賢太郎の顔が浮かぶ。どういうことだったのか、思考はやがて迷子の果てに歩むのを止めた。




5年後
賢太郎はあれから、怜に親身になって寄り添うことで怜を振り向かせてみせた。
互いに仕事が落ち着いたことをキッカケに次のステージについて話し合うことも増えていた。怜は法科大学院に大学卒業後進学をして、猛勉強の末、弁護士資格を取得。異例のスピード合格。大学では法学部ではなく、まったく関係のない学部だったので、大変で大変でとにかく大変だったが、いまは父の事務所で働いている。賢太郎は、子供の頃からの夢である消防士になっていた。


「僕と結婚してください」

賢太郎はキラリと光輝く婚約指輪を怜に差し出した。夜景の見える展望台。港まで見渡すことができる絶景を前に、賢太郎は跪き、怜は指輪を指にはめた。
「これが、私の答え」
怜は、指輪をつけた手で、賢太郎の手をそっと握った。緊張していたのか、夏場だと言うのに賢太郎の手は冷えていた。
「一生をかけて幸せにします。僕と一緒に幸せになりましょう」
「うん!」
賢太郎の言葉に大きく頷いた。

それは、幸せの絶頂とも捉えられる瞬間だった。今までの苦悩や苦痛から一気に解放されたような、これからの生活に胸を踊らせるようなそんな感じだ。
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