神殺しの花嫁

海花

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納屋の中から聞こえてくる泣く声に、成一郎はそっと扉を開けた。
すると奥の長持ちの影でうずくまり、小さな身体をまだ小さく丸め、余程泣いていたのかしゃくりあげている幸成を見つけた。

「また……泣いていたのか……?」

「…………あ……あにうぇ……」

成一郎の顔を見た途端、また大粒の涙が次から次へと頬をつたい落ち始めた。

「また…父上に叱られたのか?」

ひっくひっくと小さな声を上げ、幸成は頷いた。

「ち…父上は……おれのことが…………キライだから……」

そう言ってまた涙を流す、十近く離れた、自分の半分程しかない弟を抱き寄せると成一郎は膝の上に乗せた。

「そんな事ない。父上は……お前のことをちゃんと想っている。ただ……今は少し…疲れておいでなのだ」

そう言葉にして微笑むと、絹の様に細い髪を撫でた。
まだやっと五歳になろうという幸成を、何度こうして慰めたか分からない。
成一郎の目から見ても、幸成へ対する父の態度は余りにも冷たい様に思える。
しかしまだ幼い幸成に、嘘でも“そんなことは無い”と言ってやりたかった。

「……お前が母上の腹の中にいた時は……本当にみんながお前が産まれてくるのを待ち侘びていた」

母親譲りの色素の薄い大きな瞳が成一郎を見上げた。

「兄上も?」

「──え……俺…か?」

意外な言葉に思わず聞き返すと、涙で潤んだ不安そうな顔が、また僅かに歪んだ。

「……父上が………兄上も…………おれを疎んでいるって…………」

───クソッ…………あの人は………どこまで幸成を…………

胸の中で吐き捨てると、成一郎は深く息を吸い再び微笑んだ。
これ以上幸成を不安にさせたくない一心だった。

「もちろん俺も待ち侘びていた。それに──」

恐らく同い年の男子より軽い幸成を抱き上げ、膝の上に乗せ直すと

「お前が生まれた日……母上に呼ばれ約束したんだ。ずっと……お前を守ると」

優しく抱きしめた。
人より小さく生まれた幸成を案じたのか……或いは自分の未来さきを感じ取っていたのか……幸成を生んだばかりの母に呼ばれ、幸成を守って欲しいと、二人で共に生きていくのだと言い聞かされた。

「……母上と……?」

父の後妻を母だと信じて疑わない幸成に“お前の母はあの女では無い”……そう口から出掛けた言葉を飲み込むと、もう一度触り心地の良い髪を撫でた。

「……そうだ。だから俺がお前を疎む様なことは無い。だいたい……疎んでいたらこんな真似する筈ないだろ?」

そう言うと悪戯っぽく笑い、懐から竹皮に包まれた握り飯を出した。

「ほら………腹が減っているのだろ?食え」

父に叱られた日は、幸成が食事を与えられないのをよくよく知っている。
その度にこうして、自分の飯をバレない様に握り、幸成へ持ってくるのだ。
差し出された握り飯を受け取ると嬉しそうにぱくりとそれにかぶりついた。
涙の跡を残し、頬張る幸成を見ている成一郎の顔もまた嬉しそうに笑った。

まだ本当の赤子だった幸成を育てるのに一番関わってきたと言っても過言では無い。
それ程可愛がっていた。

しかし、自分の飯を握ってきたという事は当然自分は食べていない。空いたままの腹の虫が、幸成が頬張るのと同時にきゅるきゅると騒ぎ出した。
必死で噛んでいた口が止まり、微かに頬を赤らめ目を逸らした成一郎を幸成の真直ぐな瞳が見詰めた。
そして何も言わず手に持っていた食べかけの握り飯を、ぽろぽろと飯粒を落としながら半分に割ると、大きな方を成一郎に差し出したのだ。

「半分こ」

口の中の飯粒を慌てて飲み込んだ口が、そう言って笑っている

「…………幸成……」

「兄上の分!」

目を赤く腫らし涙の跡だらけの顔が、つい少し前まで泣きじゃくっていた瞳が、嬉しそうに笑った。

「………幸成……」

幸成の差し出した握り飯を受け取りながら、成一郎はその瞳を見つめ返した。

「俺は…………もっともっと強くなる」

───お前を守る為に……父上も……

「…………兄上?」

───神すら跪かせる程に…………

「お前は……ずっと俺のそばにいろ……幸成……」

「──はいッ」




「……………………幸……成…………」

胸から突き出した刀身の先が鈍く血を滴らせいるのを瞳だけで捉えると、成一郎は振り向き幸成を見据えた。


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