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番外編『ちゅう❤︎』
しおりを挟む「…………なぁ、今何してたんだよ……」
突然翡翠に呼び止められた黒曜は足を止め自分の腰ほどまでしかない、興味津々といった碧眼を振り返った。
「なぁ!今、あの木の影で女と何してたんだよ!?」
無言で見つめるキツい眼差しにも臆せず、翡翠は同じ質問を繰り返した。
「…………見てんなよ……マセガキ」
相変わらず突っ慳貪な言い方も気にせず翡翠は黒曜の小袖の袖を掴んだ。
「ちゅうしてただろ!? 頬っぺじゃなくて、口にちゅうしてただろ!?」
「…………うるせぇな……」
「なぁ!なんで口にちゅうしたんだよ!?」
「……うるせぇよ…………」
「なぁって!!なんで女と口にちゅうしてたんだよ!?教えてくれよ!」
辺り一面響く様な大声になった翡翠の口を抑えると、黒曜は近くに琥珀がいないのを確かめる様に周りを見渡した。
「うるせぇって!………俺のことが好きだからしてくれって言われて……仕方なくしたんだよッ!!」
睨みつける顔が微かに紅くなっていて、その迫力はいつもより半減している。
「好きだと口にちゅうすんのか!?……じゃぁ、琥珀ともちゅうしてんのか!?黒曜は琥珀が好きなんだろ!?」
「───バッッ……」
ただ純粋に気になって口にした質問だった。
しかし初めて見る程顔を真っ赤にした黒曜に翡翠は思わず目を丸くした。
「バカ野郎ッ!するわけねぇだろッッ!!」
これもまた今までに無いくらい自分を睨みつけ、そのまま背を向け足早に去っていく背中を見つめながら翡翠は首を傾げた。
「…………なに……慌ててんだよ…………しかも全然恐くねぇし…………」
───好きだと……口にちゅうすんのか………
小首を傾げたまま「ふーん……」と鼻を鳴らすと翡翠は黒曜とは逆の方へ感慨深げに歩き出した。
行灯の灯りが部屋を明るく照らしている。
夕餉も食べ、今日は珍しく怒られる前に風呂でちゃんと身体も洗った。
なにしろ琥珀に『おやすみのちゅう』をしてもらわなければならない。
「ほら……ふざけてねぇでさっさと布団入れ」
三つ並んだ布団の上でキャッキャッとじゃれ合う蒼玉と蛍、そして翡翠をどうにか布団に寝かせると琥珀はホッと笑顔で息を吐いた。
「おやすみ。……早く寝ろよ?」
今夜は珍しい酒が手に入ったとかで黒曜と酒を飲む話になっている。
「なぁ…ちゅうしてくれよ?」
「あ?……仕方ねぇなぁ」
立ち上がりかけた琥珀へ、翡翠は声を掛けた。
布団から首から上だけを出し、ねだる翡翠に苦笑いしながらいつもの様に頬に口付けしようとした琥珀の口を、しかしねだった本人が止めた。
「頬っぺじゃねぇよ。口にッ!」
「───はぁ!?」
翡翠と横並びに寝ていた蒼玉と蛍が身体を起こし、そのやり取りに興味を持ち出した。
「……何処でそんな事覚えてきたんだよ…………あのなぁ……それは普通……」
「──昼間、黒曜が女と口にちゅうしてたし!その女は黒曜が好きなんだって!だから“してくれ”って言われた
からしたって言ってた!好きなら口にちゅうすんだろ!?おれも琥珀好きだから口にしてよッ!」
「それ…………黒曜の……彼女…………?」
翡翠の言葉にいち早く反応した蛍がボソリと口を挟む。
「彼女?……なにそれ?……黒曜は言われたから仕方なくしたって言ってた」
「……彼女でもないのに…………ちゅうしてたんだ…………黒曜……最低…………」
いつも穏やかで、感情を出すことの無い蛍の言葉に棘があるのが分かる。
しかし言っていることが理解出来ず翡翠は眉を顰めた。
「……彼女って何?」
見て分かる程機嫌が悪くなっている蛍に聞けない翡翠は、徐に琥珀に向き直した。
「──え!?……あー……彼女ってのはだな……」
「……黒曜…………最低…………」
「……………………」
琥珀はまだボソボソと文句を言っている蛍に溜息を吐くと
「───もういいから……とっとと寝ろ!」
昼間の黒曜程では無いにしろ、琥珀も少し照れた様に話を無理に終わらせると、文句を言っている翡翠に布団を被せ、行灯の明かりを消した。
琥珀は酒のつまみにと用意しておいた火で炙った干し魚を乱暴に皿へと移した。
「…………ったくッ!……あのマセガキ……せめてちび共に見られねぇ様にやれよ…………」
呆れた様に溜息を吐くと、不意に出会った時のことを思い出した。
血塗れになった小さな身体と、今にも消えてしまいそうな息遣い。
自分の腕の中でそれでも必死に生きようとしていた。
「……いつの間にかでっかくなりやがって………しかも年々生意気になりやがる……」
懐かしそうにポツリと漏らすと自分では気付かないうちに笑顔になっている。
しかしこのしばらく後、酔っ払った琥珀に黒曜は説教されることになり、翌日この出来事をペラペラと喋った翡翠は黒曜に追い回される事になるのは……言うまでもない。
「……蒼玉?」
“口にちゅう”をする事に疑問と興味をもったままの翡翠は寝付けず、隣の蒼玉の身体を揺すった。
その隣の蛍は既に寝息を立てている。
蒼玉もまだ起きていたのか月明かりが差し込む中、翡翠へと身体の向きを変えた。
「……蒼玉、おれのこと好きか?」
コクリと蒼玉が頷く。
「………ちゅうする?」
翡翠の言葉に嬉しそうに頷くと、蒼玉は身体を起こし翡翠の唇へ自分の唇をあてた。
「へへ……」
嬉しそうに笑う翡翠に、蒼玉もた嬉しそうに笑う。
「おれ、蒼玉大好きだよ」
翡翠の笑顔に蒼玉はもう一度唇を合わせると、二人は手を繋ぎやっと眠りの中へと落ちていったのだった。
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