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祭りの後
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障子を細く明け幸成は中の様子を窺った。
行灯の灯りが部屋の中を明るく照らし、布団が一組敷かれている。
黒曜が言った通り“誰かの寝所”だとは分かるが、やはりあの山神が眠るにしては小さすぎるし、獣の身体に布団が必要なのかも分からなかった。
黒曜が去ってしばらくは庭にいたが、誰かがいる気配も、山神が戻ってくる気配も無く、幸成は諦めて縁側へ上がり込んでいた。
黒曜の言葉が頭の中で繰り返されたが、全てが今更だと解っている。
今逃げれば清吉達が殺される……。
しかしその思いが逆に幸成の腹を括らせた。
家の奥からも人の気配も、生き物の気配すらしない。
幸成は部屋へ静かに入り、隅に腰を下ろした。
人間の家となんら変わらない部屋を見回す。
違和感があると言ったら、明るすぎる行灯だろうか。
別段そう大きくもない行灯が部屋を煌々と照らす程の灯りを放っている。
それは昼と変わらないようにさえ感じられた。
───『すぐ脱げるようにしておけ』
一組だけの布団を見つめる。
もし……本当に山神が自分を抱く気があるなら……
喉笛を掻き切ることも……あながち無理では無いかもしれない。
しかし、それが上手くいかなかったら……。
先程山神は幸成を食うか村人を食うか……と言っていた。
それはつまり、幸成が仕損じて山神を怒らせる様なことになれば間違いなく村を襲うだろうと、容易に想像がつく。
─── 一体どうすればいい…………
布団を見つめていた顔が微かに歪み、幸成は懐剣を取り出すと立ち上がり布団の下に隠した。
そして土と砂で汚れた白無垢を脱ぎ、薄桃色の襦袢姿になると布団のすぐ横に再び腰を下ろした。
しばらくするとバタバタと小さな足音と共に子供の楽しそうな話し声が聞こえ幸成は顔を上げた。
「べっこう飴、すげー美味かった!また行ってもいいだろ!?」
「……ああ、また来年な」
「今日琥珀と寝る!祭りの話聞かせてやるよ!」
「今日はダメだ。……ほらちゃんと足の汚れを落とせよ。こらッ蒼玉、お前もだッ!」
数人の子供の賑やかな声と、若い男の声も聞こえる。
「……ん?どうした蛍?」
「………琥珀と一緒に寝る……お祭りの話したい……」
「……すまん。今日はどうしてもダメだ。明日、一緒に寝よう。な?明日聞かせてくれよ」
「蛍!こいつどうせ黒曜んとこ行ってまた酒飲む気だぜ」
「……え……琥珀これから出かけるの……?」
「出掛けねぇよ!──翡翠!余計なことばっか言ってねぇで早く部屋行け!」
キャッキャっと笑う声と言葉はきついが優しい声に、幸成はいつの間にか笑顔になっていた。
自分が教えていた子供達を思い出す。
それでもまだ楽しそうに話す子供達の声が遠のくのと逆に、ひとつの足音が幸成のいる部屋に近付いてきた。
しかし明らかに人の足音で山神のものだとは思えず、早くなる鼓動と共に膝の上で握りしめていた手に僅かに汗が滲んだ。
布団の下に隠した懐剣をチラッと確認するのと同時に部屋の襖が音も立てず開いた。
咄嗟にそちらを向いた幸成を一人の男が見下ろしている。
背の高い見覚えのある姿。
銀の髪と、琥珀色の瞳。
幸成の目が大きく見開かれた。
「桃色の襦袢とはまた……なかなか唆るじゃねぇか」
“フッ”と鼻を鳴らしニヤリと笑うその男に、幸成は眉をしかめた。
行灯の灯りが部屋の中を明るく照らし、布団が一組敷かれている。
黒曜が言った通り“誰かの寝所”だとは分かるが、やはりあの山神が眠るにしては小さすぎるし、獣の身体に布団が必要なのかも分からなかった。
黒曜が去ってしばらくは庭にいたが、誰かがいる気配も、山神が戻ってくる気配も無く、幸成は諦めて縁側へ上がり込んでいた。
黒曜の言葉が頭の中で繰り返されたが、全てが今更だと解っている。
今逃げれば清吉達が殺される……。
しかしその思いが逆に幸成の腹を括らせた。
家の奥からも人の気配も、生き物の気配すらしない。
幸成は部屋へ静かに入り、隅に腰を下ろした。
人間の家となんら変わらない部屋を見回す。
違和感があると言ったら、明るすぎる行灯だろうか。
別段そう大きくもない行灯が部屋を煌々と照らす程の灯りを放っている。
それは昼と変わらないようにさえ感じられた。
───『すぐ脱げるようにしておけ』
一組だけの布団を見つめる。
もし……本当に山神が自分を抱く気があるなら……
喉笛を掻き切ることも……あながち無理では無いかもしれない。
しかし、それが上手くいかなかったら……。
先程山神は幸成を食うか村人を食うか……と言っていた。
それはつまり、幸成が仕損じて山神を怒らせる様なことになれば間違いなく村を襲うだろうと、容易に想像がつく。
─── 一体どうすればいい…………
布団を見つめていた顔が微かに歪み、幸成は懐剣を取り出すと立ち上がり布団の下に隠した。
そして土と砂で汚れた白無垢を脱ぎ、薄桃色の襦袢姿になると布団のすぐ横に再び腰を下ろした。
しばらくするとバタバタと小さな足音と共に子供の楽しそうな話し声が聞こえ幸成は顔を上げた。
「べっこう飴、すげー美味かった!また行ってもいいだろ!?」
「……ああ、また来年な」
「今日琥珀と寝る!祭りの話聞かせてやるよ!」
「今日はダメだ。……ほらちゃんと足の汚れを落とせよ。こらッ蒼玉、お前もだッ!」
数人の子供の賑やかな声と、若い男の声も聞こえる。
「……ん?どうした蛍?」
「………琥珀と一緒に寝る……お祭りの話したい……」
「……すまん。今日はどうしてもダメだ。明日、一緒に寝よう。な?明日聞かせてくれよ」
「蛍!こいつどうせ黒曜んとこ行ってまた酒飲む気だぜ」
「……え……琥珀これから出かけるの……?」
「出掛けねぇよ!──翡翠!余計なことばっか言ってねぇで早く部屋行け!」
キャッキャっと笑う声と言葉はきついが優しい声に、幸成はいつの間にか笑顔になっていた。
自分が教えていた子供達を思い出す。
それでもまだ楽しそうに話す子供達の声が遠のくのと逆に、ひとつの足音が幸成のいる部屋に近付いてきた。
しかし明らかに人の足音で山神のものだとは思えず、早くなる鼓動と共に膝の上で握りしめていた手に僅かに汗が滲んだ。
布団の下に隠した懐剣をチラッと確認するのと同時に部屋の襖が音も立てず開いた。
咄嗟にそちらを向いた幸成を一人の男が見下ろしている。
背の高い見覚えのある姿。
銀の髪と、琥珀色の瞳。
幸成の目が大きく見開かれた。
「桃色の襦袢とはまた……なかなか唆るじゃねぇか」
“フッ”と鼻を鳴らしニヤリと笑うその男に、幸成は眉をしかめた。
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