君の手の温もりが…

海花

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黒い嫉妬

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「コンビニ行ってたの?」
家に入ると葵が尋ねた。
「電話したけど出なかったから焦ったんだけど」
「…葵、遅かったから…暇だし散歩がてらな……」
ソファーの上で俊輔のスマホが転がっている。
「スマホくらい持ってけよ」
「ごめんごめん…」
俊輔が笑いながら謝る。
本当はシャワーを浴びてから1人で家にいるのが恐くなって、外に出ていた。
俊輔がふと
「さっきの人…莉央さん?……キレイな人だな。上司の友人て言ってたけど…」
そう言って葵を見る。
俊輔が見た時抱き合ってキスしていたように見えた……。

俊輔の鼓動が少しづつ早くなっている…。

「藤井さんの彼女な」
俊輔も『藤井』という名前は聞いていた。
確かバイト先のマネージャーで、最近葵が時々ゲームをさせてもらいに行ってると話していた。
「…ふぅん…」
上司の彼女と…キスするか……?
さっき莉央が言った『噂のお兄さん』という言葉にも引っかかっていた。
「メシは?」
そう言いながら葵が何気にコンビニの袋に目をやる。「…お前…コーラなんて飲むの?」
びっくりして俊輔に目をやる。
「あ…これは、明日薫の家に持ってくやつ」
葵の顔が強ばった。

…また───片山薫………

「…――そいつんち行くの……?」
俊輔は冷蔵庫の前にいて葵の変化には気付いていない。
「今日参考書貰ったから、そのお礼」
言いながら冷蔵庫の中から葵の夕食を取り出し、レンジで温める。
……今日…貰った……って…
「……今日も行ったんだ…」
葵の中に黒い嫉妬が渦巻く。
「発作起こした時来てくれたから。お礼も言ってなかったし…」
振り向いて初めて葵の様子がおかしいのに気付いた。「…──葵…?」
俊輔の目に冷めたい目の葵が映る。
「……お前と…片山ってヤツ……。いったいなんなの……?」
「なんなのって……」
葵が黙って側まで行くと俊輔の手首を強く掴んだ。
「首のキスマークだって…そいつんちから帰ってからだろ……?」

──葵は怒りと嫉妬で自分を止められなくなっていく──

──俊輔の心臓が『ドクンッ』と激しく音を立てる───

「……何言って…」
俊輔が苦しくなる鼓動に気付かれないように目を逸らした。
「───いったい男相手になにやってんの?」
葵の冷たい言葉が俊輔に追い打ちをかけた。
夢の中の言葉が頭の中に蘇る。
俊輔の呼吸が一瞬で乱れ、葵が掴む手が震え出す。
身体の中に一気に溢れた恐怖に心まで飲まれそうになる。
葵がやっと俊輔への仕打ちに気付いた。
「──俊!……ごめん…俺……」
いつもの様に抱きしめようとする葵の手を、微かに残った自制心が振りほどいた。

…──部屋に──行かなくちゃ……。

俊輔が転がるように葵の手を逃れると、恐怖に支配される前に部屋へ急いだ。
苦しくて涙が溢れ出す。
葵に嫌われる事が怖かった。
これ以上情けない姿を見せたくなかった。

『お前…みっともないよ』

夢の中の葵の言葉が耳に張り付いて離れない。
自分の部屋に入り、鍵をかける。
出しっぱなしの薬を口に入れ飲み込んだ。
その途端……部屋の中が水で溢れていることに気付いた─────…。
──!?──死んでしまう………!!
俊輔は部屋を満たす黒い水に溺れないようにうずくまった。

葵は呆然と立ち尽くした…。
俊輔は明らかに発作を起こし掛けていた。
いつも自分が抱きしめ安心させると酷い発作にならずに済む…。
お互いそれを解っていた。
俊輔がその手を振りほどいたことなんて、今まで一度だって無かった……。
葵には今起こったことが理解出来ていなかった。
しかも、今発作に繋がる要因は無かったのに…。
確かにプールで溺れて以来、酷くなっているのは葵にも分かっていた。
しかし今、目の前に水も無ければ、それを連想させる物も無かった……。
「…───俊!?」
葵が我に返り、俊輔の後を追いドアに掛かった鍵に気づく。
「俊!鍵開けろ!」
ドアの向こうから俊輔の酷い呼吸音が聞こえる。
完全に過呼吸を起こしている。
「俊!!」
葵がドアを叩く。
聞いているだけで苦しくなる様な呼吸音に心臓が締め付けられる。
「俊!!……俊!!……」
葵が何度も名前を叫びドアを叩いた。
「頼むから……鍵…開けてくれよ……」
葵の目からも涙が溢れ出した…。


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