君の手の温もりが…

海花

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すれ違い

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「俊…」
葵がドアの前から声を掛ける。
中からは何の反応も無い。
「俊!空けるぞ」
いつもなら何の前触れもなく開けるドアを気を使いながら開けた。
ベットで俊輔が寝息をたてている。
服のまま、何も掛けずに。
葵は少し拍子抜けして笑顔になる。
起こそうか迷ったが、そっと身体を抱き上げ肌掛けが掛かるようにする。
フッと俊輔がいつも使うシャンプーの香りが鼻腔に届く。
うっすらと開いた形の良い唇から寝息が聞こえる。
再び葵の鼓動が早くなる。
葵の唇が引き寄せられる様に俊輔の唇へ近づいていく。
しかし息がかかる程の距離で止まった。
葵は俊輔に背を向けて、ベットに寄りかかり座る。
「…それはダメだろ…」
寝ている俊にならキスをしてもバレないかな…とか…。
「……最低だな…」
床に下ろした手に『カサッ』と何かが触れた。
手に取ろうとした途端ポケットのスマホが音を立てて主張しだす。
「バッ…!マズイマズイ……」
俊輔を振り返り慌てて電話に出ると静かに部屋を後にした。
床には俊輔の飲んだ抗不安薬の袋が残されたままだった。

「…葵くん?」
電話から藤井の声が聞こえる。
「藤井さん…?。お疲れ様です」
葵は慌てて電話を持ち直す。
「今大丈夫だった?」
「あ、はい。大丈夫っす」
そう言いながら自分の部屋へ入っていく。
「今日もご迷惑お掛けしてすみませんでした」
「気にしなくていいから」
優しい声が安心させるように言う。「お兄さんどう?明日は大丈夫そうかな?……もしまだ調子悪いなようなら無理しなくて大丈夫だよ?」
藤井の優しさが伝わってくる。
「ありがとうございます。けど大丈夫です。明日は行けます」
葵が答えると
「そっか。それならお願いするよ。昨日より声も元気そうだしね」
と、藤井が安心したように笑った。
ヤバ…俺…昨日電話で泣いたんだっけ…。
思い出して恥ずかしくなった。
「それじゃ明日お願いします。急に電話して悪かったね」
「いえ!こっちから連絡しなくちゃなのに…俺こそすみませんでした」
藤井の気遣いがありがたかった。
電話を切ると葵は軽くため息をつき
「頭冷やそ…」
そう言ってリビングへ向かった。

「マネージャー!」
電話を終えるとチーフが後ろで待ちかまえていたように声を掛けた。
「どうしたの?」
藤井が振り向くと
「今日はもう帰ってください」
怒った顔で睨みつけている。
「えー…僕がいると邪魔ってこと?」
藤井がにこやかに返す。
「その逆です!今日で9連勤ですよね?また倒れたらどうするんですか?」
「千尋くん…最近貫禄ついたね」
チーフの上野千尋は藤井のとんちんかんな返答に本気でイラッときながら
「今日は平日ですし、もう混まないと思うので帰って休んで下さい」
何とか平静を保って言った。
千尋くんと言っても女性である。
藤井と千尋は5年近い付き合いで、この店をオープンするに当たって藤井が本店から連れてきた。
「心配してくれてるの?でも…どうかな…まだ混みそうな気がするけど…」
藤井は時計を見ながら首を傾げ考えている。
「大丈夫です!それなりのメンバーですし」
千尋も譲らない。
「僕、15勤まではしたことあるから大丈夫だよ?」
「知ってます!それで、その後倒れましたよね?」
「…あれ?そうだっけ?」
そうだっけじゃないわ!!と怒鳴りたい気持ちを抑えて
「とにかく今日は帰ってください。明日は藤井さんにいてもらわないと困りますから」
藤井はしばらく千尋を見つめ笑顔になると
「じゃぁお言葉に甘えさせて貰おうかな…」
そう言って座った。
それと同時に藤井のスマホが鳴り出す。
千尋が『どうぞ』と手でやると藤井が軽く頭をさげ電話に出た。
「はい、……歩夢?」
千尋が何となく居心地悪そうに防犯カメラに視線をやる。
「うん…。もう帰るよ。千尋くんが帰っていいって…。うん、うん、…分かった」
藤井が電話を切る。
「歩夢くんですか?」
何となく視線は防犯カメラのまま千尋が尋ねる。
「うん。最近休み無しだったから心配してるみたい」
藤井が苦笑いする。
歩夢も元々同じ店でバイトをして、千尋も知っていた。
もちろん二人の関係も…。
「とにかく、今日はもう帰って休んで下さいください」
千尋がようやく微笑む。「いいですね?休んで下さいね。言ってる『意味』解りますよね?」
「千尋くん…やっぱり貫禄すごいよ」
藤井が再び苦笑いした。
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