鳥籠の花

海花

文字の大きさ
上 下
81 / 98

・・・

しおりを挟む

「狂ってる?そうかもしれんな……」

 雅臣は鼻で笑うと、今までとは違う鋭い眼差しで和臣を見据えた。

「しかし、私の手に一体どれ程の人間の生活が掛かっているか分かるか?千や二千とは訳が違う。それを最優先にするのは当然のことだろう?この家を……本多グループを守り、更に発展させることこそ、私に……本多家の長兄に与えられた最大の使命だ」

 顔色ひとつ変えずに言い切った雅臣に、和臣の頭の奥が熱くなった。
 ここで見たものが、聞いた全てが、勘違いでも思い過ごしでも無いことを決定付けたのだ。

「───だからって……秀行が犠牲になるのはおかしいだろッ!!」

 そう怒鳴りながら、この気持ちの行き場が無いことなど、既に理解していた。
『本多の当主として』それが父の正義であり、全てなのだ。父である事も、それに紐づけられた“役目”でしかない。
 秀行も自分も、父にとって役目を果たす為の道具でしかないのだ。

「………お前は、何をもって“犠牲”と言っている?何かしらの目的を持って産まれてきた者が、その目的を遂行する。それは当たり前のことだろう。犠牲とは言わん」

『言葉が届かない』

 初めて感じた思いに、身体が僅かに震えた。恐らくどんな言葉を使っても、どんなに必死で伝えようとしても、父に決して届くことは無い───。
 そう理解っているのに、行き場の無い怒りだけが胸の中で膨らみ続ける。

「それに秀行とてもう二十歳だ。この先、そう何年も続けられまい。そうすれば、当然それなりの椅子を用意する」

「…………それで……次は俺の子供を犠牲にしろって……?」

「何度も言わせるな。犠牲では無い」

「───ふざけるなッ!」

「──和臣さんッ!」

 雅臣の胸ぐらを掴んだ和臣の肩を、近藤が慌てて止めた。

「犠牲じゃなきゃ、なんだって言うんだよ!───産まれる前から決まってた!?そんなのあんたが勝手にそう思ってるだけだろッ!」

 秀行のそう広くは無い部屋に、和臣の怒声が響いた。

「そんなことさせられてッ……誰だって平気な訳ねぇだろッ!!」

 こんなに感情を剥き出しにした和臣を見るのは、この場にいる誰しもが初めてだった。

「…………言いたいことはそれだけか?」

 しかし、それにすら揺らぐことの無い無機質な声が、それを諌めた。

「そんな甘い考えで、本多の全てを守っていけるつもりか……?お前のくだらん感情ひとつで“数十万”の人間の生活を壊すことになるんだぞ」

───くだらない感情…………

 和臣は唇をキツく噛み締めると、雅臣のシャツの襟首を掴む手に力を込めた。

「だったらこの先もあんたがやればいい───俺は真っ平御免だ」

 突き放すように両手を離すと、和臣は踵を返しドアへ向かった。
 今手にあるものを無くし、この先一から自分が全てを築かなければならなくても、父のように“我が子を犠牲にしている“ことすら解らなくなるような、そんな生き方を選べる筈が無かった。
 愛する人の身体の中に宿った、小さな命すら、和臣を『父』に変え始めているのだ。

 そして──父の言うまま、全てを黙って受け入れていた秀行も、理解出来なかった。
 何故、打ち明けてくれなかったのか、何故、直隠しにしたのか……。
 
「───兄さんッ…………」

 和臣を呼び止めた震える声にも、隠された想いを知ることの無い背中が、立ち止まることは無かった。





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

「俺の子を孕め。」とアルファ令息に強制的に妊娠させられ、番にならされました。

天災
BL
 「俺の子を孕め」  そう言われて、ご主人様のダニエル・ラーン(α)は執事の僕、アンドレ・ブール(Ω)を強制的に妊娠させ、二人は番となる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

俺の彼氏には特別に大切なヒトがいる

ゆなな
BL
レモン色の髪がキラキラに眩しくてめちゃくちゃ格好いいコータと、黒髪が綺麗で美人な真琴は最高にお似合いの幼馴染だった。 だから俺みたいな平凡が割り込めるはずなんてないと思っていたのに、コータと付き合えることになった俺。 いつかちゃんと真琴に返すから…… それまで少しだけ、コータの隣にいさせて……

処理中です...