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しおりを挟む「狂ってる?そうかもしれんな……」
雅臣は鼻で笑うと、今までとは違う鋭い眼差しで和臣を見据えた。
「しかし、私の手に一体どれ程の人間の生活が掛かっているか分かるか?千や二千とは訳が違う。それを最優先にするのは当然のことだろう?この家を……本多グループを守り、更に発展させることこそ、私に……本多家の長兄に与えられた最大の使命だ」
顔色ひとつ変えずに言い切った雅臣に、和臣の頭の奥が熱くなった。
ここで見たものが、聞いた全てが、勘違いでも思い過ごしでも無いことを決定付けたのだ。
「───だからって……秀行が犠牲になるのはおかしいだろッ!!」
そう怒鳴りながら、この気持ちの行き場が無いことなど、既に理解していた。
『本多の当主として』それが父の正義であり、全てなのだ。父である事も、それに紐づけられた“役目”でしかない。
秀行も自分も、父にとって役目を果たす為の道具でしかないのだ。
「………お前は、何をもって“犠牲”と言っている?何かしらの目的を持って産まれてきた者が、その目的を遂行する。それは当たり前のことだろう。犠牲とは言わん」
『言葉が届かない』
初めて感じた思いに、身体が僅かに震えた。恐らくどんな言葉を使っても、どんなに必死で伝えようとしても、父に決して届くことは無い───。
そう理解っているのに、行き場の無い怒りだけが胸の中で膨らみ続ける。
「それに秀行とてもう二十歳だ。この先、そう何年も続けられまい。そうすれば、当然それなりの椅子を用意する」
「…………それで……次は俺の子供を犠牲にしろって……?」
「何度も言わせるな。犠牲では無い」
「───ふざけるなッ!」
「──和臣さんッ!」
雅臣の胸ぐらを掴んだ和臣の肩を、近藤が慌てて止めた。
「犠牲じゃなきゃ、なんだって言うんだよ!───産まれる前から決まってた!?そんなのあんたが勝手にそう思ってるだけだろッ!」
秀行のそう広くは無い部屋に、和臣の怒声が響いた。
「そんなことさせられてッ……誰だって平気な訳ねぇだろッ!!」
こんなに感情を剥き出しにした和臣を見るのは、この場にいる誰しもが初めてだった。
「…………言いたいことはそれだけか?」
しかし、それにすら揺らぐことの無い無機質な声が、それを諌めた。
「そんな甘い考えで、本多の全てを守っていけるつもりか……?お前のくだらん感情ひとつで“数十万”の人間の生活を壊すことになるんだぞ」
───くだらない感情…………
和臣は唇をキツく噛み締めると、雅臣のシャツの襟首を掴む手に力を込めた。
「だったらこの先もあんたがやればいい───俺は真っ平御免だ」
突き放すように両手を離すと、和臣は踵を返しドアへ向かった。
今手にあるものを無くし、この先一から自分が全てを築かなければならなくても、父のように“我が子を犠牲にしている“ことすら解らなくなるような、そんな生き方を選べる筈が無かった。
愛する人の身体の中に宿った、小さな命すら、和臣を『父』に変え始めているのだ。
そして──父の言うまま、全てを黙って受け入れていた秀行も、理解出来なかった。
何故、打ち明けてくれなかったのか、何故、直隠しにしたのか……。
「───兄さんッ…………」
和臣を呼び止めた震える声にも、隠された想いを知ることの無い背中が、立ち止まることは無かった。
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