鳥籠の花

海花

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「───構いませんッ!あの──俺、自分で行きます!」

 つい立ち上がり、興奮気味に口にした言葉に、秀行の冷たい視線が向けられる。

「あ…………すみません…………僕…………です……」

 その視線から逃げるように俯くと、和志は呟くように言い直し、腰を下ろした。

「……和志は余程、杉本が嫌いみたいだね。まぁ……杉本の無愛想は筋金入りだからね」

 そう言うと、共に食事をしていた杉本に向き、秀行は冗談ぽくクスッと笑った。

「雇用主の僕にすら……変わらない」

 その言葉にすら、一瞬秀行に視線を向けただけで食事を続けている杉本が、その評価の正しさを肯定している。

「別に……そういう訳じゃ……」

「そう?じゃぁ……そういう事にしておこう。……では今日の帰りから──」

 会話を遮るように木製の扉を叩く乾いた音が響き、秀行は言葉を止め扉の方へ向いた。すると少し前から通い始めたまだ若い家政婦が、躊躇いながら入ってくるとおずおずと頭を下げた。

「お食事中申し訳ありません……あの……『筧さま』とおっしゃる方からお電話で……どうしても旦那様に繋いでほしいと……」

 家政婦の言葉に、ただでさえ朝に似つかわしく無い淀んだ空気が、張り詰めた糸のような緊張感を携えた。

 しかもそれが秀行だけではなく、杉本からも感じられ和志は2人へチラリと視線を向けた。
 2人の表情が今までと明らかに違う。
 几帳面で神経の細い秀行と違い、杉本が感情を表に出すのを少なくとも和志は初めて見た。

「…………僕の部屋に回して」

 短い沈黙の後秀行はそう口にすると

「……とにかく……今日から自分で帰っておいで。当然だが……以前と同じ電車とバスを使いなさい」

 立ち上がり、ほとんど食べていない朝食を光恵に片付けるように指示をして、ダイニングルームを後にした。
 秀行の背中を隠すように扉が閉まると、和志は小さく息を吐いた。

 あの冷たい眼差しが今でも恐い。
 あの瞳に見つめられると、自分が酷く愚かで汚い生き物なのではないかと思わされるのだ。
『筧』と言う名前は聞いたことが無かったが、少なくとも今は助けられた。
 
 

 この邸とも言える佇まいのこの家に来て、全てを和志に仕込んだのは秀行本人だった。
 そしてここで生活する為に出された約束の1つが『本多の名に恥じない風格』であった。
 決して取り乱さず、何があっても本音を晒すような事はしてはならない。
 今まで普通に生きてきた和志にとってその約束は、今までの時間全てを否定されるようなものだった。
 話し方から立ち振る舞い、笑い方に至るまで全て正された。どんな小さなことであれ、秀行が「違う」と言えば、それは間違っているのだと教えこまれた。
 まだ12歳にもならない、逃げ場すら無い和志を支配するのは、秀行にとって雑作もなく、あの冷たく蔑んだ眼差しだけで充分だったのだ。

「…………和志さん」

 食事の手を止め、その瞳を手元に向けたまま杉本は口を開いた。

「“私の目だけ”が全てだと思わない方がいい」

 酷く抽象的で、冷たくさえ聞こえた言葉に和志は体を強ばらせた。
 恐らく杉本は“哲太のこと”を言っていて、その存在までとはいかないにしろ、秀行が何かしらに気付いていると忠告しているのだ。

「………解ってます……」

 胃に負担を掛けないように、具材が細かく刻まれたスープに視線を落とすと和志はぼつりと答えた。
 哲太と会っている事で表れた、自分のちょっとした変化に秀行は気付いているのだ。
 そしてその正体を知れば、秀行は狡猾に抜け目なくそれがどんなに愚かな間違いかを自分に教えるだろう。
 秀行に逆らうことがどんなに愚劣だったか、真綿で首を絞めるように後悔させるのだ、一番効果的なやり方で…………。




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