19 / 98
・・・
しおりを挟む
昨夜の気怠さが残る体でダイニングルームの扉を開けると、見慣れた明るい笑顔が目に映り、和志の表情が自然と笑顔に変わった。
「おはようございます、和志さん」
ふっくらとした体つきに似合の、柔らかく耳触りの良い声に
「おはようございます、光恵さん」
和志も明るく返した。
この家の家政婦として働く光恵は、和志が来た時から一切変わらないように見える。
どうやら秀行が幼い頃から働いているらしいこの女性は、年齢も見た目も和志の母とは似ても似つかないが、どこか『母親』を想像させる。光恵も光恵で、同年代の孫がいるらしく、和志をよく気にかけていた。そのせいもあってか、和志が唯一ここで気を許せる人間といってよかった。
「おはよう。……和志も起きたことだし、朝食を運んで貰えるかな?光恵さん」
扉から一番離れた席に座る秀行の声に和志の表情が一瞬で強ばった。
夜、いつの間にか姿を消す秀行とこうして顔を合わせる朝が、今でも慣れない。
「……おはようございます」
俯き、光恵に返した声とはまるで変わった罪悪感とも羞恥心ともつかない思いを含んだ声に秀行は軽く笑った。
「座ったらどうかな?……それとも立ったままで食べるかい?──あぁ……もし……体の調子が悪いのなら部屋に運ばせるがどうする?──昨夜は大変だったろう?何しろ年寄りとは言え……2人の相手をしていたのだから」
そして穏やかな笑顔の奥の嫌悪感を隠すことさえされない言葉に、和志は俯いたまま自分の席に着いた。
「……お気遣いありがとうございます。けど……大丈夫です」
───慣れてますから…………
そう言おうとして和志は言葉を呑み込んだ。
和志の役目を承知している光恵の顔が見なくても分かったからだ。光恵にまでこれ以上醜悪な自分を知らせたくない。そして、その思いを理解っていて秀行がわざわざ言葉にしているのも承知している。
和志が席に着き少しすると、部屋を満たす空気とは不似合いの、温かな食事が目の前に置かれた。
朝食はあまり食べない秀行と和志の為に毎朝用意される、野菜をふんだんに使ったスープと焼きたてのパンが良い香りを立てている。
和志はパンを一口大にちぎると、軽くスープに浸し口に運んだ。食欲は無いが、優しい味に緊張した体が解れていくのが分かる。
数口それを繰り返すと、秀行が食べる手を止め思い出したように口を開いた。
「言い忘れていたが……今日から杉本に違う仕事をしてもらいたい。和志には……以前のように登下校は電車とバスを使ってもらいたいんだが……構わないかな?」
突然話を振られ、和志は驚いたように顔を上げた。
まさか秀行が朝から自分に話し掛けて来るとは思ってもいなかったのだ。
「…………え……?」
「登下校くらいは1人でしたい……以前お前が言ったことだろう?」
確かに高等部に上がってすぐに、登下校くらいは“普通”でいたい、と自分が頼んだことだった。それでも決められた時間のバスと電車に乗り、自由とは程遠いものだったが、それでもそれを言い出した『目的』を知られることも無く果たせていた。
それに今は、もしかしたら哲太と少しでも一緒に過ごせるかもしれない……その思いに和志はつい冷静さを欠いていた。
「おはようございます、和志さん」
ふっくらとした体つきに似合の、柔らかく耳触りの良い声に
「おはようございます、光恵さん」
和志も明るく返した。
この家の家政婦として働く光恵は、和志が来た時から一切変わらないように見える。
どうやら秀行が幼い頃から働いているらしいこの女性は、年齢も見た目も和志の母とは似ても似つかないが、どこか『母親』を想像させる。光恵も光恵で、同年代の孫がいるらしく、和志をよく気にかけていた。そのせいもあってか、和志が唯一ここで気を許せる人間といってよかった。
「おはよう。……和志も起きたことだし、朝食を運んで貰えるかな?光恵さん」
扉から一番離れた席に座る秀行の声に和志の表情が一瞬で強ばった。
夜、いつの間にか姿を消す秀行とこうして顔を合わせる朝が、今でも慣れない。
「……おはようございます」
俯き、光恵に返した声とはまるで変わった罪悪感とも羞恥心ともつかない思いを含んだ声に秀行は軽く笑った。
「座ったらどうかな?……それとも立ったままで食べるかい?──あぁ……もし……体の調子が悪いのなら部屋に運ばせるがどうする?──昨夜は大変だったろう?何しろ年寄りとは言え……2人の相手をしていたのだから」
そして穏やかな笑顔の奥の嫌悪感を隠すことさえされない言葉に、和志は俯いたまま自分の席に着いた。
「……お気遣いありがとうございます。けど……大丈夫です」
───慣れてますから…………
そう言おうとして和志は言葉を呑み込んだ。
和志の役目を承知している光恵の顔が見なくても分かったからだ。光恵にまでこれ以上醜悪な自分を知らせたくない。そして、その思いを理解っていて秀行がわざわざ言葉にしているのも承知している。
和志が席に着き少しすると、部屋を満たす空気とは不似合いの、温かな食事が目の前に置かれた。
朝食はあまり食べない秀行と和志の為に毎朝用意される、野菜をふんだんに使ったスープと焼きたてのパンが良い香りを立てている。
和志はパンを一口大にちぎると、軽くスープに浸し口に運んだ。食欲は無いが、優しい味に緊張した体が解れていくのが分かる。
数口それを繰り返すと、秀行が食べる手を止め思い出したように口を開いた。
「言い忘れていたが……今日から杉本に違う仕事をしてもらいたい。和志には……以前のように登下校は電車とバスを使ってもらいたいんだが……構わないかな?」
突然話を振られ、和志は驚いたように顔を上げた。
まさか秀行が朝から自分に話し掛けて来るとは思ってもいなかったのだ。
「…………え……?」
「登下校くらいは1人でしたい……以前お前が言ったことだろう?」
確かに高等部に上がってすぐに、登下校くらいは“普通”でいたい、と自分が頼んだことだった。それでも決められた時間のバスと電車に乗り、自由とは程遠いものだったが、それでもそれを言い出した『目的』を知られることも無く果たせていた。
それに今は、もしかしたら哲太と少しでも一緒に過ごせるかもしれない……その思いに和志はつい冷静さを欠いていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
「俺の子を孕め。」とアルファ令息に強制的に妊娠させられ、番にならされました。
天災
BL
「俺の子を孕め」
そう言われて、ご主人様のダニエル・ラーン(α)は執事の僕、アンドレ・ブール(Ω)を強制的に妊娠させ、二人は番となる。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは
マフィアのボスの愛人まで潜入していた。
だがある日、それがボスにバレて、
執着監禁されちゃって、
幸せになっちゃう話
少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に
メロメロに溺愛されちゃう。
そんなハッピー寄りなティーストです!
▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、
雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです!
_____
▶︎タイトルそのうち変えます
2022/05/16変更!
拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です
2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。
▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎
_____
陵辱クラブ♣️
るーな
BL
R-18要素を多分に含みます。
陵辱短編ものでエロ要素満載です。
救いなんて一切ありません。
苦手な方はご注意下さい。
非合法な【陵辱クラブ♣️】にて、
月一で開かれるショー。
そこには、欲望を滾せた男たちの秘密のショーが繰り広げられる。
今宵も、哀れな生け贄が捧げられた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる