鳥籠の花

海花

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 昨夜の気怠さが残る体でダイニングルームの扉を開けると、見慣れた明るい笑顔が目に映り、和志の表情が自然と笑顔に変わった。

「おはようございます、和志さん」

 ふっくらとした体つきに似合の、柔らかく耳触りの良い声に

「おはようございます、光恵さん」

和志も明るく返した。

 この家の家政婦として働く光恵は、和志が来た時から一切変わらないように見える。
 どうやら秀行が幼い頃から働いているらしいこの女性は、年齢も見た目も和志の母とは似ても似つかないが、どこか『母親』を想像させる。光恵も光恵で、同年代の孫がいるらしく、和志をよく気にかけていた。そのせいもあってか、和志が唯一ここで気を許せる人間といってよかった。

「おはよう。……和志も起きたことだし、朝食を運んで貰えるかな?光恵さん」

 扉から一番離れた席に座る秀行の声に和志の表情が一瞬で強ばった。
 夜、いつの間にか姿を消す秀行とこうして顔を合わせる朝が、今でも慣れない。

「……おはようございます」

 俯き、光恵に返した声とはまるで変わった罪悪感とも羞恥心ともつかない思いを含んだ声に秀行は軽く笑った。

「座ったらどうかな?……それとも立ったままで食べるかい?──あぁ……もし……体の調子が悪いのなら部屋に運ばせるがどうする?──昨夜は大変だったろう?何しろ年寄りとは言え……2人の相手をしていたのだから」

 そして穏やかな笑顔の奥の嫌悪感を隠すことさえされない言葉に、和志は俯いたまま自分の席に着いた。

「……お気遣いありがとうございます。けど……大丈夫です」

───慣れてますから…………

 そう言おうとして和志は言葉を呑み込んだ。
 和志の役目を承知している光恵の顔が見なくても分かったからだ。光恵にまでこれ以上醜悪な自分を知らせたくない。そして、その思いを理解わかっていて秀行がわざわざ言葉にしているのも承知している。
 和志が席に着き少しすると、部屋を満たす空気とは不似合いの、温かな食事が目の前に置かれた。
 朝食はあまり食べない秀行と和志の為に毎朝用意される、野菜をふんだんに使ったスープと焼きたてのパンが良い香りを立てている。
 和志はパンを一口大にちぎると、軽くスープに浸し口に運んだ。食欲は無いが、優しい味に緊張した体が解れていくのが分かる。

 数口それを繰り返すと、秀行が食べる手を止め思い出したように口を開いた。

「言い忘れていたが……今日から杉本に違う仕事をしてもらいたい。和志には……以前のように登下校は電車とバスを使ってもらいたいんだが……構わないかな?」

 突然話を振られ、和志は驚いたように顔を上げた。
 まさか秀行が朝から自分に話し掛けて来るとは思ってもいなかったのだ。

「…………え……?」

「登下校くらいは1人でしたい……以前お前が言ったことだろう?」

 確かに高等部に上がってすぐに、登下校くらいは“普通”でいたい、と自分が頼んだことだった。それでも決められた時間のバスと電車に乗り、自由とは程遠いものだったが、それでもそれを言い出した『目的』を知られることも無く果たせていた。
 それに今は、もしかしたら哲太と少しでも一緒に過ごせるかもしれない……その思いに和志はつい冷静さを欠いていた。
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