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第五章
保養地開発 後編
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「戻って来たね。今度はコースに行ってみようか」
ブルースと斜面の上に戻ると、そこにアヤンが待ち受けていた。
「アーベルがまだブレーキを使ってねえと言っていたから、橙のコースなんていいんじゃねえか?」
ブルースがアヤンにそう言ったが、「橙」というのは何か危険そうな気がする。
「こっちは初心者なんだ。お手柔らかに頼むよ」
「橙は長めのコースだから色々試せるんだ。ブレーキの練習にはちょうどいいよ」
アヤンが歩き出したので、私は後ろをついて行った。
橙についてアヤンは上級者向けとも初級者向けとも答えなかったが、距離の長いコースならそれほど急ではないだろうと私は考えることにした。
最初の練習用コースの端まで歩くと、道が二つに分岐している場所に当たった。
道、と言っても狭い方で幅二、三〇メートルはありそうだ。広い方はその倍くらいある。
「ここが橙のコースのスタート地点だ。紫の方は上級者コースだから行くならもう少し慣れてからの方がいい。ブルースが下で待っているから、終わったら彼と合流すれば上まで戻ってこられるから」
「……わかった」
アヤンの言葉通り、雪だるま、じゃなかったブルースの姿はない。先に下に行ったようだ。
紫が上級者コースとわざわざ口にしたということは、橙は上級者コースではないのだろう。
幅の広い方が橙だ。スタート地点からしばらくは最初に滑った練習用コースと似たり寄ったりだ。
「じゃ、行ってくる」
私はキトロンの上に腹ばいになった。
「楽しんできて」
アヤンに見送られて私はキトロンを滑らせた。
「おっと、ここで右にカーブか」
ゆっくりした速度で少し進んだ後、前方に右を向いた矢印が描かれた看板が見えた。
看板の下の方に橙色の帯があるが、これは橙のコースを意味しているのだろう。
この速度ならそのまま曲がっても問題ないはずだ。
「いいぞ……ってわおっと!」
右に曲がると一気に斜度がきつくなった。
キトロンのスピードもグンとアップする。
「えっ?! 今度は左か!」
不意に前方に左向きの矢印が描かれた看板が現れた。
慌ててハンドルを左に切ったが、スピードが出すぎていて曲がり切れない!
「うおっ!」
キトロンが右に横滑りし、コースを外れる。
私はキトロンごと空中に投げ出された。
ズンッ!
「ぶおっ!」
私はキトロンと一緒に新雪の積もった何もない原っぱに落下した。
雪がクッションになったおかげで、キトロンは無事だ。私は魂霊だから怪我などしないし、落下の痛みも感じない。
仮に私が人間であったとしても、かなりクッションがきいていたから、恐らく無事だったと思う。
「ぷはっ! えらい目にあったなぁ。コースに復帰するには……」
私は雪の中から顔を出して、周囲を見回した。
私が飛び出したコースの端までは距離もあるだけではなく、高さもあるのでキトロンを引きずって上れそうもない。
身体を捻って斜面の下の方を見ると、コースのものと思われる看板が見える。
右向きの矢印と下の方に橙色の帯が見えるから、看板の位置まで移動すればコースに復帰できそうだ。
こちら側は下りで看板の方が私の顔よりかなり下になるから、這いずるか転がるかすれば移動できるだろう。
「さて、キトロンは、っと……」
今度は乗っていたキトロンを探す。
キトロンは私よりも遠くに飛ばされたようで、数メートル先の大穴の下にあるようだ。
私は雪をかき分けながらキトロンを回収した。
雪は水分が少ないのか粉砂糖のようで、上に出ようとしても身体が埋まってしまう。
そこで私はキトロンに乗り、斜面に対して斜めになるようゆっくりと滑っていった。
どのくらい時間がかかったかわからないが、どうにかコースに復帰し、ここでキトロンから降りた。
「なるほど、こうなっているのか……」
看板の脇からコースを見下ろすと、橙のコースは斜面をジグザグに下りていく形になっている。
よく見ると下の方に行くにつ入れて、ジグザグの幅が大きくなっている。
これならカーブを曲がり切れずにコースアウトしても、下に向かえばコースに復帰できるというようにしている。よく考えられているものだ。
「さっきはちょっとスピードが出過ぎたな。ブレーキを使いながら調整するか」
私はキトロンに乗り込んで、コースにそっと滑らせた。
ある程度スピードが出たところで、ハンドルを引いてこれ以上スピードが上らないようにする。
「……結構力がいるな。でも、これなら……」
先ほどの失敗を繰り返さないよう、キトロンのスピードは街中を走る自転車くらいに抑えている。
実は私はスピードの出る乗り物が苦手だ。絶叫マシーンの類は乗りたいとも思わないし、人間時代は原付の運転ですら嫌だった。
キトロンがカーブをズモモ、と音をたてながら曲がっていく。
顔と地面が近いから実際よりもスピードが出ているように感じられるのではないかと思うが、これくらいなら何とかなる。
削れた雪が顔にかかって視界が遮られるのはちょっと気になるが。
「……いいぞ。次はもう少しスピードを上げてみるか」
今度はハンドルを引く力を少し弱めてみた。
キトロンが立てる音がズモモというものから、シャーッっというものへと変わる。
思った以上にスピードが上がるのが早い。
「うわっと!」
慌ててブレーキを引くと今度は、身体が前に投げ出されそうになった。
何とかハンドルを操作して、キトロンを斜面の上の方に曲げて止める。二度目のコースアウトは免れたようだ。
スピードの調整に四苦八苦しながら、私は徐々にだがコースを進んでいった。
運転が得意とか、運動神経が良い者ならすぐに操作に慣れると思うのだけど、私はどちらのスキルも持ち合わせていない。
それでも自分がカーブを曲がることができるスピードというのは段々つかめてきた。それまでに何度かのコースアウトと急停止を繰り返したけど。
上手な人なら自動車くらいのスピードを出せるのではないかと思うが、私の場合は原付よりちょっと遅いくらいが限界のようだ。
それでもそれなりの楽しさというのはある。私なりの楽しみ方で今回はよしとしよう。
滑っているうちに、何となくだが私のパートナーだとカーリンあたりが上手に滑りそうに思えてきた。
このアトラクションが一般公開されたら、彼女に紹介してみるのもいいかもしれない。
「よう、ずいぶんゆっくりだったな」
コースの終点にブルースが待ち構えていた。
「何度かコースの外に放り出されたからね。私はこういうのがあまり上手じゃないんだ」
考えてみれば私は人間時代にスキーやスノボの経験が殆どない。
学生時代に課外授業でスキーを教わったことがあるくらいだ。
「まあ、慣れるまではちょっと厄介かもな。何度かやっているうちに自分のスタイルができるはずだぜ」
「……そうだな。このコースでもう少し練習するとするよ」
橙のコースの終点は、練習用のコースの終点のすぐ脇だった。
ブルースが操る「籠」に乗って、私は再び上へと向かった。
「お疲れ、どうでした?」
上に戻ったところ、アヤンから声をかけられた。
「何度かコースから飛び出したな。速度の調整が案外厄介だ」
「もう一度橙のコースに行かれますか? それとも他のコースにされますか?」
「その前にどんなコースがあるのか教えてくれ」
確認したところ、練習用を含めて全部でコースは六つあるそうだ。
練習用を除くと、難易度の低い方から順に黄橙赤紫青になるらしい。
さっき橙のコースを滑っているときに紫のコースが一部見えたが、私には崖にしか見えなかった。それよりも難しいコースもあるのか……
「ブレーキをかけて曲がるのなら橙が一番いいですよ。曲がる回数が多いですから。青のコースはジャンプ台なんかもあってスリリングですけどね」
「もう一回橙に行く」
結局私はもう一度橙のコースに行くことにした。
二度目の橙コースは、コースアウト一回で済んだ。最初に比べればかなり短い時間で下りてきたはずだ。
やはりスピードを出しすぎたときの制御は慣れないが、先ほどよりははるかにスピードを出せるようになってきた。
ブレーキのタイミングもかなりマシになったと思う。
次は赤のコースに行くことにした。
赤は中級者用で、六つのコースのうち最も長いのだそうだ。
「こっちは……湖側の斜面になるのか……」
六つのコースのうち、練習用、橙、紫が湖と反対側の斜面、残りが湖側の斜面になる。
コースに視界を遮る木などはないので、湖が良く見える。といっても、水が凍っていてその上に雪が積もっているから、白い原っぱにしか見えない。
橙のコースと較べると幅が狭く、やや急なので、ハンドル操作には気を遣うが、滑っていて気持ちの良いコースだ。
しばらく滑っていると「折り返し」という看板が見えてきた。
このコースは湖の周りをを半周して戻ってくるような形になっている。
折り返しと言ってもキトロンが斜面を滑るものであるため、行きと帰りは異なる道を進むことになる。
「氷と雪だけかと思ったけど、結構精霊が出入りしているんだな……」
帰りのコースは行きよりも湖に近いため、湖面の様子がよく見える。
さっきは氷と雪しかないと言ったが、よく見るとあちこちで湖に住む精霊たちが氷を割って顔や身体を外に出したり引っ込めたりしているのがわかった。
私には何の目的で彼らがそうしているのかまではわからないのだが……
何度かキトロンから投げ出されたりすることはあったものの、無事にコースの終点まで戻ってきた。
「おお、戻って来たか。悪いがそろそろ時間なのでな。彼らに感想を伝えて欲しい」
終点にはドナートが待ち構えていた。
赤のコースはかなり長かったから、時間というのはこちらもある程度予想していた。
「ブルースとアヤンは?」
「ここなら練習用コースの終点にすぐ移動できるからな。そこで待っている。悪いがキトロンを引いてついてきてくれ」
言われるがままにドナートについて行くと、練習用コースの終点でブルースとアヤンが待っていた。
「キトロンはどうだったかい? イエティやジャックフロストの間ではよく遊ばれているのだが……」
「俺らの遊びと言ったらキトロンだからな!」
人型のアヤンはわかるのだが、雪だるまのジャックフロストはどうやってキトロンで遊ぶのだろうか?
そんな疑問を抱きつつも私は二人の質問に答えることにした。
「楽しかった。うちのパートナーでも楽しみそうなのがいると思う。私はほとんど経験がなかったのだが、魂霊でもスキーやスノボの経験がある奴なら、もっと上手に遊ぶと思う」
私は思った通りに二人に答えた。
「そうか! よかったぜ。オープンするまでにもうちょっと改良するからよ、オープンしたらアーベルも遊びに来いよな!」
「宿泊施設も建てますし、食事なども考えていますので是非」
ブルースとアヤンは私の反応に手応えを感じているようであった。
色々聞いてみると、保養地としてのオープンは一年くらい後になるそうだ。
まだまだやらなければならないことは多いようだが、少なくともキトロンが楽しい遊びということは私にもわかる。
時間だとドナートに言われて、私はブルースとアヤンに別れを告げた。
ドナートの先導で相談所まで戻るのだ。
この保養地が完成し、キトロンで遊べるようになれば魂霊の移住者の楽しみも増えるだろう。
精霊界は娯楽が少ない退屈な世界だと言われることも少なくない。
だが、この保養地が完成することでこうした評価が少しでも覆るよう願ってやまない。
ブルースと斜面の上に戻ると、そこにアヤンが待ち受けていた。
「アーベルがまだブレーキを使ってねえと言っていたから、橙のコースなんていいんじゃねえか?」
ブルースがアヤンにそう言ったが、「橙」というのは何か危険そうな気がする。
「こっちは初心者なんだ。お手柔らかに頼むよ」
「橙は長めのコースだから色々試せるんだ。ブレーキの練習にはちょうどいいよ」
アヤンが歩き出したので、私は後ろをついて行った。
橙についてアヤンは上級者向けとも初級者向けとも答えなかったが、距離の長いコースならそれほど急ではないだろうと私は考えることにした。
最初の練習用コースの端まで歩くと、道が二つに分岐している場所に当たった。
道、と言っても狭い方で幅二、三〇メートルはありそうだ。広い方はその倍くらいある。
「ここが橙のコースのスタート地点だ。紫の方は上級者コースだから行くならもう少し慣れてからの方がいい。ブルースが下で待っているから、終わったら彼と合流すれば上まで戻ってこられるから」
「……わかった」
アヤンの言葉通り、雪だるま、じゃなかったブルースの姿はない。先に下に行ったようだ。
紫が上級者コースとわざわざ口にしたということは、橙は上級者コースではないのだろう。
幅の広い方が橙だ。スタート地点からしばらくは最初に滑った練習用コースと似たり寄ったりだ。
「じゃ、行ってくる」
私はキトロンの上に腹ばいになった。
「楽しんできて」
アヤンに見送られて私はキトロンを滑らせた。
「おっと、ここで右にカーブか」
ゆっくりした速度で少し進んだ後、前方に右を向いた矢印が描かれた看板が見えた。
看板の下の方に橙色の帯があるが、これは橙のコースを意味しているのだろう。
この速度ならそのまま曲がっても問題ないはずだ。
「いいぞ……ってわおっと!」
右に曲がると一気に斜度がきつくなった。
キトロンのスピードもグンとアップする。
「えっ?! 今度は左か!」
不意に前方に左向きの矢印が描かれた看板が現れた。
慌ててハンドルを左に切ったが、スピードが出すぎていて曲がり切れない!
「うおっ!」
キトロンが右に横滑りし、コースを外れる。
私はキトロンごと空中に投げ出された。
ズンッ!
「ぶおっ!」
私はキトロンと一緒に新雪の積もった何もない原っぱに落下した。
雪がクッションになったおかげで、キトロンは無事だ。私は魂霊だから怪我などしないし、落下の痛みも感じない。
仮に私が人間であったとしても、かなりクッションがきいていたから、恐らく無事だったと思う。
「ぷはっ! えらい目にあったなぁ。コースに復帰するには……」
私は雪の中から顔を出して、周囲を見回した。
私が飛び出したコースの端までは距離もあるだけではなく、高さもあるのでキトロンを引きずって上れそうもない。
身体を捻って斜面の下の方を見ると、コースのものと思われる看板が見える。
右向きの矢印と下の方に橙色の帯が見えるから、看板の位置まで移動すればコースに復帰できそうだ。
こちら側は下りで看板の方が私の顔よりかなり下になるから、這いずるか転がるかすれば移動できるだろう。
「さて、キトロンは、っと……」
今度は乗っていたキトロンを探す。
キトロンは私よりも遠くに飛ばされたようで、数メートル先の大穴の下にあるようだ。
私は雪をかき分けながらキトロンを回収した。
雪は水分が少ないのか粉砂糖のようで、上に出ようとしても身体が埋まってしまう。
そこで私はキトロンに乗り、斜面に対して斜めになるようゆっくりと滑っていった。
どのくらい時間がかかったかわからないが、どうにかコースに復帰し、ここでキトロンから降りた。
「なるほど、こうなっているのか……」
看板の脇からコースを見下ろすと、橙のコースは斜面をジグザグに下りていく形になっている。
よく見ると下の方に行くにつ入れて、ジグザグの幅が大きくなっている。
これならカーブを曲がり切れずにコースアウトしても、下に向かえばコースに復帰できるというようにしている。よく考えられているものだ。
「さっきはちょっとスピードが出過ぎたな。ブレーキを使いながら調整するか」
私はキトロンに乗り込んで、コースにそっと滑らせた。
ある程度スピードが出たところで、ハンドルを引いてこれ以上スピードが上らないようにする。
「……結構力がいるな。でも、これなら……」
先ほどの失敗を繰り返さないよう、キトロンのスピードは街中を走る自転車くらいに抑えている。
実は私はスピードの出る乗り物が苦手だ。絶叫マシーンの類は乗りたいとも思わないし、人間時代は原付の運転ですら嫌だった。
キトロンがカーブをズモモ、と音をたてながら曲がっていく。
顔と地面が近いから実際よりもスピードが出ているように感じられるのではないかと思うが、これくらいなら何とかなる。
削れた雪が顔にかかって視界が遮られるのはちょっと気になるが。
「……いいぞ。次はもう少しスピードを上げてみるか」
今度はハンドルを引く力を少し弱めてみた。
キトロンが立てる音がズモモというものから、シャーッっというものへと変わる。
思った以上にスピードが上がるのが早い。
「うわっと!」
慌ててブレーキを引くと今度は、身体が前に投げ出されそうになった。
何とかハンドルを操作して、キトロンを斜面の上の方に曲げて止める。二度目のコースアウトは免れたようだ。
スピードの調整に四苦八苦しながら、私は徐々にだがコースを進んでいった。
運転が得意とか、運動神経が良い者ならすぐに操作に慣れると思うのだけど、私はどちらのスキルも持ち合わせていない。
それでも自分がカーブを曲がることができるスピードというのは段々つかめてきた。それまでに何度かのコースアウトと急停止を繰り返したけど。
上手な人なら自動車くらいのスピードを出せるのではないかと思うが、私の場合は原付よりちょっと遅いくらいが限界のようだ。
それでもそれなりの楽しさというのはある。私なりの楽しみ方で今回はよしとしよう。
滑っているうちに、何となくだが私のパートナーだとカーリンあたりが上手に滑りそうに思えてきた。
このアトラクションが一般公開されたら、彼女に紹介してみるのもいいかもしれない。
「よう、ずいぶんゆっくりだったな」
コースの終点にブルースが待ち構えていた。
「何度かコースの外に放り出されたからね。私はこういうのがあまり上手じゃないんだ」
考えてみれば私は人間時代にスキーやスノボの経験が殆どない。
学生時代に課外授業でスキーを教わったことがあるくらいだ。
「まあ、慣れるまではちょっと厄介かもな。何度かやっているうちに自分のスタイルができるはずだぜ」
「……そうだな。このコースでもう少し練習するとするよ」
橙のコースの終点は、練習用のコースの終点のすぐ脇だった。
ブルースが操る「籠」に乗って、私は再び上へと向かった。
「お疲れ、どうでした?」
上に戻ったところ、アヤンから声をかけられた。
「何度かコースから飛び出したな。速度の調整が案外厄介だ」
「もう一度橙のコースに行かれますか? それとも他のコースにされますか?」
「その前にどんなコースがあるのか教えてくれ」
確認したところ、練習用を含めて全部でコースは六つあるそうだ。
練習用を除くと、難易度の低い方から順に黄橙赤紫青になるらしい。
さっき橙のコースを滑っているときに紫のコースが一部見えたが、私には崖にしか見えなかった。それよりも難しいコースもあるのか……
「ブレーキをかけて曲がるのなら橙が一番いいですよ。曲がる回数が多いですから。青のコースはジャンプ台なんかもあってスリリングですけどね」
「もう一回橙に行く」
結局私はもう一度橙のコースに行くことにした。
二度目の橙コースは、コースアウト一回で済んだ。最初に比べればかなり短い時間で下りてきたはずだ。
やはりスピードを出しすぎたときの制御は慣れないが、先ほどよりははるかにスピードを出せるようになってきた。
ブレーキのタイミングもかなりマシになったと思う。
次は赤のコースに行くことにした。
赤は中級者用で、六つのコースのうち最も長いのだそうだ。
「こっちは……湖側の斜面になるのか……」
六つのコースのうち、練習用、橙、紫が湖と反対側の斜面、残りが湖側の斜面になる。
コースに視界を遮る木などはないので、湖が良く見える。といっても、水が凍っていてその上に雪が積もっているから、白い原っぱにしか見えない。
橙のコースと較べると幅が狭く、やや急なので、ハンドル操作には気を遣うが、滑っていて気持ちの良いコースだ。
しばらく滑っていると「折り返し」という看板が見えてきた。
このコースは湖の周りをを半周して戻ってくるような形になっている。
折り返しと言ってもキトロンが斜面を滑るものであるため、行きと帰りは異なる道を進むことになる。
「氷と雪だけかと思ったけど、結構精霊が出入りしているんだな……」
帰りのコースは行きよりも湖に近いため、湖面の様子がよく見える。
さっきは氷と雪しかないと言ったが、よく見るとあちこちで湖に住む精霊たちが氷を割って顔や身体を外に出したり引っ込めたりしているのがわかった。
私には何の目的で彼らがそうしているのかまではわからないのだが……
何度かキトロンから投げ出されたりすることはあったものの、無事にコースの終点まで戻ってきた。
「おお、戻って来たか。悪いがそろそろ時間なのでな。彼らに感想を伝えて欲しい」
終点にはドナートが待ち構えていた。
赤のコースはかなり長かったから、時間というのはこちらもある程度予想していた。
「ブルースとアヤンは?」
「ここなら練習用コースの終点にすぐ移動できるからな。そこで待っている。悪いがキトロンを引いてついてきてくれ」
言われるがままにドナートについて行くと、練習用コースの終点でブルースとアヤンが待っていた。
「キトロンはどうだったかい? イエティやジャックフロストの間ではよく遊ばれているのだが……」
「俺らの遊びと言ったらキトロンだからな!」
人型のアヤンはわかるのだが、雪だるまのジャックフロストはどうやってキトロンで遊ぶのだろうか?
そんな疑問を抱きつつも私は二人の質問に答えることにした。
「楽しかった。うちのパートナーでも楽しみそうなのがいると思う。私はほとんど経験がなかったのだが、魂霊でもスキーやスノボの経験がある奴なら、もっと上手に遊ぶと思う」
私は思った通りに二人に答えた。
「そうか! よかったぜ。オープンするまでにもうちょっと改良するからよ、オープンしたらアーベルも遊びに来いよな!」
「宿泊施設も建てますし、食事なども考えていますので是非」
ブルースとアヤンは私の反応に手応えを感じているようであった。
色々聞いてみると、保養地としてのオープンは一年くらい後になるそうだ。
まだまだやらなければならないことは多いようだが、少なくともキトロンが楽しい遊びということは私にもわかる。
時間だとドナートに言われて、私はブルースとアヤンに別れを告げた。
ドナートの先導で相談所まで戻るのだ。
この保養地が完成し、キトロンで遊べるようになれば魂霊の移住者の楽しみも増えるだろう。
精霊界は娯楽が少ない退屈な世界だと言われることも少なくない。
だが、この保養地が完成することでこうした評価が少しでも覆るよう願ってやまない。
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