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第五章

ロトスの実を求めて

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「メラニー、そろそろ行こうか」
 外出の準備を整えて、私はリビングからメラニーを呼んだ。
 今日は彼女と一緒なのだ。

「オッケー! じゃ、行くよっ!」
 上から階段で下りてきたメラニーが、私の左腕に抱きつく。ここが彼女の定位置だ。

「ニーナ、悪いけど後を頼む。じゃ、行ってくる」「じゃねー」
 私たちはキッチンにいるニーナに声をかけてから家を出た。

 今日はロトスの実を手に入れるためにメラニーを連れて火のレイヤに行くのだ。
 資料館で調べた結果、ロトスの実を加工することで米やイモに近い食感のものを作ることができることがわかった。
 しかし、家や勤務している相談所のあたりにはロトスの木が生えていない。そこで生息地へ行って実を分けてもらうことにしたのだ。

「ユーリやブリス、シンさんからも手に入れて欲しいと言われたけど、大丈夫かな?」
 ロトスの話を「ケルークス」のメンバーにしたところ、ぜひ手に入れて欲しいと言われた。興味があるのだそうだ。
 どこで入手できるかはアイリスに教えてもらった。
 ただ、彼女もロトスの生息地に知り合いの精霊がいないらしく、実を分けてもらうよう頼むことはできなかった。

「それは私に任せてよ。精霊もそんなにたくさんのロトスの実を必要とはしないだろうから大丈夫だと思うよ」
 メラニーの答えが頼もしい。
 そもそも精霊が生きていくのに必要なものはほとんどない。
 モノを作るのも必要なときに必要なだけ、という姿勢なのであまり余計なものがない。

 植物は比較的豊富だけど、これは精霊の生活で活用する機会が多いからという理由なので、余剰があるかどうかはわからない。

「火の黄緑の六レイヤだっけ? 行ったこともないところだからどんなところだか見当がつかないな……」
「木や草がパラパラと生えた赤い土に覆われた土地、って聞いているけど……」
 メラニーも行き先がどのような場所かはよく知らないそうだ。

「これが火の黄緑の六レイヤか……何か南米っぽいな」
 ゲートで目的のレイヤまで移動して、周囲を見回した私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
 赤茶色い岩に土のだだっ広い平原が広がっている場所だったのだ。
 サボテンはないけど、ところどころに背の低い草や木が生えている。

「ナンベイ?」
 メラニーが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
 存在界の地名など彼女が知るわけないから無理もない。

「すまない。存在界にこんな場所があるな、って思ったんだ。南米は存在界の地名だよ」
「なるほどね。存在界の地名って個性的っていうか変わったのが多いよね!」
 メラニーの答えに私は感心させられた。
 精霊界の地名は基本レイヤで示すので、属性、色、数字の三要素の組み合わせでしかない。
 知らないところに行くのにこれで不便ではないのかと思うのだが、案外どうにかなってしまうものだ。
 定住型の精霊は決まった場所にしか行き来しないし、移動型の精霊は目的地を決めて移動することがほぼないから、というのが主な理由だ。
 あともう二つ、精霊は空間把握能力が非常に高く一度行った場所はすぐに覚えてしまうし、地図などでこれを表現する能力も高い。
 今回も目的の場所まではアイリスに地図を作ってもらって、それを頼りに移動している。

「メラニーと二人で地面を歩くというのは新鮮だな。最近は二人のときは運んでもらってばかりだったからな」
「アーベル、飛びたかった?」
「いや、知らないところはまずは自分の足で歩いてみたいからこのままにしてくれると助かる」
 初めての場所はいろいろ見ておきたいので、空を飛ぶのは丁重に? お断りした。
 メラニーにとって歩くのと飛ぶのとどちらが楽なのかはわからないが……

「アーベル、向こう! 木がたくさん見える!」
 メラニーが先の方を指差した。
「これは……果樹園みたいだな」
 先の方に整然と数百本の木が並んで植わっている場所がある。あれが目的のロトスの木だろうか?

「すみません、こちらの木を管理されている方はいらっしゃいますか?」
 数分歩いて木が植わっている場所の近くまでたどり着いたので、私が周囲に呼びかけた。

「この感じは……ドライアドが管理している木じゃないわね……」
 メラニーが周囲をキョロキョロと見回している。

 周囲に植わっている木は高さ二、三メートルで、管理が行き届いているのかつやつやの青々とした葉が茂っている。
 葉は私の靴くらいの大きさの細長いもので、人間時代に見たビワの葉に似ている。
 よく見ると、十円玉くらいの大きさのやや細長い赤い実がたくさんついている。これがロトスの実だろうか?

「はーい、どちらさま?」
 少しして奥の方からのんびりした女性の声が聞こえてきた。

「緑の地の一レイヤの精霊界移住相談所に所属している者です。ご相談したいことがあるのですが」
 私は相談所の名前を出して、相手と話をしようとした。魂霊だというより、こちらの方が相手の信頼を得やすいと思ったからだ。
「相談所の方? 契約相手を探してくれるのかしら?」
 声の主が徐々に近づいてきた。
 オーバーオールのジーンズに赤いTシャツ姿の小柄な女性型精霊だ。肌は木の幹に近い褐色をしている。

「アーベル、ポモナだわ」
 メラニーが小声で教えてくれた。
「ポモナって、果実を司るのだっけ?」
「そう。地属性で木に合った土を作るのが上手。だから彼女のところもいい実がなっているはず」
 メラニーの言葉通りなら、ロトスの実の品質は期待できそうだ。

「申し訳ない。そうではなくて、うちの相談所では料理や酒を出す場所を提供しているのだが、その材料としてこちらのロトスの実を分けて欲しいのだが……」
「少し遠いレイヤだけど実を分けてくれたら、あなたも来て飲んだり食べたりするといいわよ」
 私とメラニーの頼みに、目の前のポモナはがっかりした表情を見せた。
 そして、ちょっと待ってと言ってどこかへと飛んでいった。

「……すまない。マズいことを言ったみたいだ」
「うーん、多分大丈夫だと思う。あのコは揺らいでいないみたいだったけど……」
 ロトスの木の前に取り残されたメラニーと私は途方に暮れた。
 待っていてとは言われたが、果たしてポモナは戻ってくるのだろうか?

 十数分が経過しただろうか、先ほどのポモナが四体に増えて戻ってきた。
 困ったことに四体とも顔や体格がそっくりで、皆同じTシャツにオーバーオール姿だ。

「お待たせしましたー」
 四体のうちの一体が私の前に来た。

「先ほどは申し訳ない。不躾なお願いだが、ロトスの実を分けてもらいたい。対価が必要ならこちらで用意できるものがあれば……」
「アーベル、ちょっとゴメン」
 私がポモナと交渉しようとしているところに、メラニーが割って入った。

「ゴメンね。そこの白いシャツのキミと……緑のシャツのキミ、『揺らぎ』は大丈夫かしら?」
 メラニーが二体のポモナに声をかけた。
 よく見ると四体のポモナは着ているシャツの色が違う。
 私の目の前にいるのは赤いシャツだから、最初に声をかけたポモナだ。
 残りの三体はそれぞれ白、黒、緑のシャツを着ている。

 メラニーは「揺らぎ」と口にしていた。彼女に教わったやり方で四体を見てみると、緑のシャツのポモナは私にも「揺らいで」いるのがわかった。

「私はまだ平気。セーラも今は大丈夫だと思うけど……」
 白いシャツのポモナが答えた。
「私は隣にいるアーベルと契約しているのだけど、もしかしたら手伝えるかもしれないわ。話を聞かせて」
 メラニーがそう言うと、四体のポモナたちが家へと案内してくれた。

 四体のポモナたちは姉妹なのだそうだ。精霊で四姉妹というのは非常に珍しい。
 私のパートナーであるカーリンとリーゼも姉妹だが、二人姉妹だって珍しいのだ。

 姉妹は上から順に
 白いTシャツがサーラ
 黒いTシャツがシーラ
 赤いTシャツがスーラ
 緑のTシャツがセーラ
 となるようだ。

 彼女たちはこの地でロトスの栽培を行っていて、収穫した果実は周囲の精霊たちに配っているそうだ。
 だが、二〇年ほど前から徐々にロトスの実りが悪くなり始めた。
 サーラとセーラに「揺らぎ」の兆候が出た影響らしい。
 今のところロトスの実が不足することはないが、将来的にどうなるかわからない。

「……ということで今はいいですけど、申し訳ないのですが先のことはお約束できないんです。相談所にも相談しているのですが、『揺らぎ』がそれほど大きくないのでなかなか順番が回って来なくって……」
 白Tシャツの長姉サーラが申し訳なさそうに話した。
 確かにサーラとセーラの「揺らぎ」のレベルでは、相談所もすぐにパートナー候補を探さないだろう。特にサーラは私では「揺らぎ」がわからないレベルだ。

「なるほど……相談員としても何とかしたいな……メラニー、ちょっといいか?」
 それでも私は何とかしたいと思った。正直安定的にロトスの身を調達できるかも、という下心はあるのだけど。
「アーベル、何?」
「ポモナって魔力はどのくらいあるんだ? 四、五〇ドロップくらいは何とかなるのか?」
「あまり魔力の多い種族ではないけど、そのくらいは大丈夫よ。アーベル、『ケルークス』的には大丈夫なの?」
 私の問いにメラニーはピンときたようで、すぐに答えを返してくれた。

 私が思いついたのは彼女たちに客として「ケルークス」に来てもらうことだった。
 飲み食いすることや他の精霊と話すことで「揺らぎ」の進行を抑えるだけではなく、運が良ければ相談客の中からパートナーを見つけてもらおうと考えたのだ。
 通常、精霊界に移住してきたばかりの魂霊に精霊の知り合いはいないから、相談所からパートナー候補を紹介してもらうことになる。
 その逆も然りで、精霊の側も移住してきたばかりの魂霊に知り合いがいないのが普通だ。

 しかし、既に知っている相手であれば本人が望めばパートナー候補に指名することは可能なのだ。
 一応相談所には縄張りがあって、メラニーはそれを気にかけたのだろうけど、相談所併設の飲食店を精霊が訪れる場合は問題にならない。

「ちょっと相談だけど、アーベルがいる相談所に食べ物や飲み物を出すところがあるのだけど来てみる気はない? 運が良ければ魂霊になりたいって人間も来る場所よ」
「えっ?! そんな場所があるのですか? 魔力がどうとか仰られていましたけど……」
 メラニーの誘いにサーラが食いついてきた。

「飲み物や食べ物は魔力と交換なの。一回五〇ドロップくらいだけど大丈夫?」
「メラニーさん、そのくらいなら大丈夫です!」「はい、大丈夫です」「はーい」「うん」
 四姉妹から大丈夫だと返事が返ってきた。

「なら一度『ケルークス』に来て飲み食いしてほしい。最初は私が魔力を支払うから。それでロトスの実を分けてもらえるか判断してくれないか?」
 私は四姉妹にそう持ちかけた。四姉妹も乗ってくれた。

「では、近いうちに全員で『ケルークス』に行きます」
 サーラとそう約束し、私とメラニーは四姉妹の家を出た。

「さあ、どうなるかな……」
 家への帰り道、思わず私の口から懸念が言葉になって出てしまった。
 恐らく何度かはロトスの実を分けてくれると思うが、彼女たちの「揺らぎ」が大きくなって支障が出るようになりやしないか心配なのだ。

「アーベル、精霊にとって約束はものすごく大事なことなの。だから大丈夫よ。あのコたちの『揺らぎ』が大きくなるまではまだまだ時間があるし、それまでにパートナーが見つかるわよ」
 そう言ってメラニーが私の左腕を力強く抱きなおした。
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