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第五章
パートナーたちの違い
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「ただいま。戻ってきたよ。メラニーにポテチと皆にクッキーを買ってきた」
私は家に戻ってきて、リビングにいるメラニーにそう告げた。
「アーベル、お帰りっ! お茶にするのね。皆を呼んでくるから!」
ソファに腰掛けていたメラニーが突進してきて私の左腕に抱きついた後、リビングから飛び出していった。
「さて、ユーリにも叱られたし、皆のことを知ろうとしないとな……」
私はそう呟いてキッチンに向かった。お茶の支度をするのだ。
実は相談所の仕事を終えて、メラニーに持っていくポテチを注文しているときにユーリから「ちょっと」と声をかけられた。
そのまま厨房の方に引っ張っていかれたのだが、そこでユーリから苦言を呈されたのだ。
※※
「アーベル、さっきジゼルに答えたことだけど……」
「??」
「パートナーの違いを答えるときに定住型とか移動型とか言ったけど、他の違いは把握していないの?」
「……嗜好の違いとなると真っ先に思い浮かぶのがそれだったのだが……それ以外に違いもあるけど、寝室の中の話はどうかと思ったし、それ以外となると言葉で説明するのが難しいというか……」
「アーベル、ちゃんとパートナーたちを見てあげている? 皆、望んでいるものは同じじゃないかもしれないんだよ?!」
ユーリに詰め寄られて私はタジタジとなってしまう。
正直私は人の心の機微に疎いし、精霊が相手でも同じではないか?
「……努力する」
私にはそう答えるしかできなかった。
「だったら、次来たときに服装とか髪型とか外見の情報でいいから違いを私に説明して! それとポテチはメラニーのでしょ? 他の三人にお土産持っていきなさい。ちょうどいいクッキーがあるから!」
ユーリに宿題を出された上に、クッキーを買うことになった。
これもパートナーたちのためということなのだろう。
※※
「全員連れてきたわ。ってアーベルは?」
「ああ、お茶の準備をしていた」
リビングからメラニーの声が聞こえたので、私はお茶の道具を持ってキッチンを出た。
「アーベルさま、このクッキーは?」
リーゼがクッキーを手に取って物珍しそうに見ている。
「ああ、ユーリのおすすめらしい。どうだった?」
今まで見たことのないタイプだ。
ひとつひとつ丁寧に包まれているし、サイズが大き目だ。
「いいんじゃない? 甘すぎないし、ざくっとした食感は好きだよ」
メラニーは結構気に入ったようだ。
私は他愛もない話をパートナーたちとしながら、ユーリの宿題に当たっていた。
最初はカーリンから。観察する順番は契約順にしようと思う。
彼女は妹のリーゼと顔や背格好がよく似ている。
正確な身長は聞いたことがないけど、一五〇センチ台前半くらいだろうか?
スタイルは平均的、としておこう。
四体の中では一番年上 (私より八桁か九桁上だ)なのだけど、妹のリーゼと同じで童顔寄りだ。
精霊や魂霊は、意図的に魔術などで変えない限り外見が変化しないので、恐らく造られたときのままの外見なのだと思う。
髪型は水色でウェーブのかかったショートボブ、瞳の色は髪の色と同じだ。
今日もだが、最近はゆったりしたシャツにショートパンツ姿が多い。
アンブロシア酒造りのために動きやすい恰好を好むように思う。
次に妹のリーゼ。
カーリンとの違いを重点的に整理していく。
身長はカーリンよりちょっとだけ低い。ただ、身長だけで姉と見分けるのは二人並んだ状態でないと難しい。
声や動作に違いがあるので簡単に区別はつくのだが、外見で見分けるなら髪型だ。
髪の長さは伸ばせば肩くらいまであるし、髪を束ねて正面から見て右側、すなわちリーゼ自身から見れば左側に垂らしている。
また、コスプレ、とは少し違うのかもしれないが、存在界のゲームや本に描かれている服装を好む。
それも主人公とか主要キャラのものではなく、モブキャラの服装を選ぶのが特徴かな。
今は白のカッターシャツにデニムっぽいフレアスカート姿だ。
最近はデニムのスカートやパンツがお気に入りなのだそうだ。
メラニーは一番背が高い。手足が長く一番グラマーなのが彼女だ。
カーリンより頭半分くらい高いといった感じだ。
緑のロングヘアで、軽いウェーブがかかっている。
瞳は薄目のブラウン、カーリンとリーゼよりは大人びて見えるが、実は姉妹より年下だ。
髪や瞳の色と同系統の色で装飾が少ない服を好むのだが、樹木に溶け込んだように見せたいのが理由なのだそうだ。
今日は薄いブラウンのシャツに深緑のスカート姿だ。
ニーナは背・スタイルともに、カーリンとメラニーの間をとったような感じだ。
特徴的なのはプラチナブロンドのストレートヘア。一部を編んでいるときもあり、今日もそうしている。
瞳の色は薄目のグリーン。耳は尖っていないが、尖っていたらファンタジーものに出てくるエルフそのもののような外見だと思う。
一番大人びて、そして落ち着いて見えるのが彼女だ。
服を作るのが好きで、家のこともいろいろやってくれるので助かっている。
ちょっと変わっているな、と思うのは言動がメイドというより執事風であることと、町娘のような丈が短めのワンピースを好んで着ていることだ。
今日も薄いグレーのワンピース姿である。
外見の情報といえば、化粧とかも含まれるのだったな。
そこで、私はパートナーたちにそれとなく聞いてみることにした。
「参考までに聞きたいのだが、皆は魔術とかで髪型を変えたり、肌の感じを変えたりはしているのかい?」
「わたくしは、髪を編んだりほどいたりするときだけです。肌に魔術などをかけたりはしておりませんが……」
「ニーナはそうですね。アーベルさま、相談でお化粧のこととかを聞かれたのでしょうか?」
ニーナが最初に質問に答えた後、リーゼが助け船のような質問をしてくれた。これは助かる。
「ああ、相談所で質問されてね……」
「ケルークス」も相談所の建物の中にあるので、私の答えは嘘ではない。
「アーベルさん、私は髪型もお肌の方も何もしていませんよ」
カーリンが答えた。彼女は恐らくそうだろうなと思ったが、予想通りだ。
「アーベルさま。私もお姉ちゃんと同じです。ゲームの中のキャラクターの髪型や肌の色を真似するときには魔術を使いますけど……」
リーゼの場合はコスプレのとき限定、ということだろう。
「私はお風呂のときに髪を上に束ねるだけだね。肌をいじるのは木が嫌がるからやらないし」
メラニーが髪をさっとかき上げた。
どうやら私のパートナーたちはまるで化粧っ気が無いようだ。
精霊はそれが一般的らしいし、彼女たちはその方が魅力的に映るのでそれでいいと思う。
「アーベル、次の出勤っていつ? どんなお菓子が入荷しているか見に行きたいんだけど」
メラニーが半分くらいになったクッキーを見つめながら尋ねてきた。
よく見るとこのクッキー、かなり大きい。丸型なのだけど、直径はジョッキを置くコースターより一回り大きいし、厚さも一センチ半くらいある。
「アーベルさん。三日後なら私も一緒に行きたいです。今回納品分から樽を変えたのでユーリかブリスに取扱いを説明します」
カーリンが手を挙げた。今度の出勤はカーリンお手製のアンブロシア酒の納品に合わせる予定だから、彼女の言う通り三日後になる。
「……わかった。三人で行こうか」
こうして三日後に三人で出勤することが決まった。
「お化粧のお話は大丈夫でしょうか?」
ニーナが心配そうに尋ねてきた。
「私はニーナたちの話をするだけで十分だから、もう大丈夫だ」
ニーナは恐らく相談員として私が彼女たちの化粧事情を話すのだろうと思っているのだろうが、実際はユーリからの宿題の対応だからなぁ……
仮に相談への対応としても、知るべきことは一緒だから問題ない。
「終わりましたね。でしたら、お話とお菓子を楽しみませんか? 私、存在界のお菓子のお話が聞きたいです」
リーゼの一声で、この後は存在界のお菓子について話すことになった。
私も好きだが、皆お菓子が好きなようだ。
※※
三日後、三人で出来上がったアンブロシア酒の納品に「ケルークス」を訪れた。
「こんにちは、納品に来ましたー」
「ちょ、ちょっと待って! ブリスを呼んでくる!」
カーリンがカウンターの前で奥にいるユーリに向かって挨拶すると、慌てた様子でユーリが厨房へと引っ込んだ。
「?? まあいいか」
私は定位置のカウンター席の隅に陣取った。
カーリンとメラニーはアンブロシア酒の樽を持って厨房の中へと入っていった。
店内を見回すと相談員はハーウェックと私だけだ。
その代わり客が多いので満席に近い。
「アーベルさん、今日はホラッツさんやジゼルさんが来ないですから気楽にやりましょう」
奥の席からハーウェックが声をかけてきた。
「今日は火曜ですからね。相談客も少なさそうです」
私が近くに掲げられているカレンダーを見て答えた。
実は精霊界にも曜日という概念があり、存在界のそれと同じなのだ。
ただし、精霊界では曜日はあまり意味を持たない。
敢えて言えば、特定のお祭りの日が曜日で指定されているので、その時に利用するくらいだ。
相談客が多いのは水曜、金曜、土曜で、一番少ないのが火曜だ。
結局この日はハーウェックとお茶を引いて一日を終えることとなった。
珍しくユーリが一度も厨房から出てくることなく、注文やタイマーの管理はピアが担当してくれた。
そのピアが飲み物を運んできたときに、
「この前アーベルが帰った後からユーリが滅茶苦茶凹んでいたけど、何かあった?」
と尋ねられた。恐らく宿題の件と関係があるのだろうが……
「……パートナーの説明をするときに、ちょっと無神経な発言をしてしまったかもしれない。それだと思うのだが……」
私もこう答える以外に良い表現を思いつかなかった。
カーリンとメラニーは用事を済ませて先に帰ってしまっていたので、私は一人で家に向かうことになった。
メラニーが帰るときに私に「帰りがけに厨房に行ってユーリに声をかけてきて」と言ってきたから、その言葉に従って厨房に顔を出すことにする。
「ええっと、ユーリ、宿題の件だけど……」
「ひゃいあっ?! あ、アーベル……」
私が声をかけると、ユーリが飛び上がって驚いた。悪いことをしてしまったな。
「あ、申し訳ない。宿題の回答をしようと思うけど、その前にクッキーを勧めてくれてありがとう。皆喜んでいたし、私もいただいたけど、品の良い感じで良かった」
「そ、そう。それなら良かった……」
「それで宿題の答えを説明すればいいのだろうか?」
「あ、そうして」
ユーリの態度が落ち着かないのが気になるが、私は宿題の答えを説明しだした。
「そ、それだけ観察していればいいと思うわ。カーリンやメラニーと話をしたけど、かなり惚気ていたから私の心配が間違っていたみたい。ゴメンっ!」
私が説明を終えると、ユーリが両手を合わせて謝罪してきた。謝罪される筋合いはないと思うのだが……
「今回は自分のやり方を見直すきっかけになったと思う。だから助かったし、ユーリが謝る必要もないと思う。じゃ、また」
そう言って私は厨房を後にした。
最初に相談に来る際に私が手助けしたこともあって、ユーリは時々そのことを意識しすぎる傾向があるように思う。
さきほどの妙な態度もこれが原因ではないかと思う。
早いところ良いパートナーを見つけて欲しいところだ。
私は家に戻ってきて、リビングにいるメラニーにそう告げた。
「アーベル、お帰りっ! お茶にするのね。皆を呼んでくるから!」
ソファに腰掛けていたメラニーが突進してきて私の左腕に抱きついた後、リビングから飛び出していった。
「さて、ユーリにも叱られたし、皆のことを知ろうとしないとな……」
私はそう呟いてキッチンに向かった。お茶の支度をするのだ。
実は相談所の仕事を終えて、メラニーに持っていくポテチを注文しているときにユーリから「ちょっと」と声をかけられた。
そのまま厨房の方に引っ張っていかれたのだが、そこでユーリから苦言を呈されたのだ。
※※
「アーベル、さっきジゼルに答えたことだけど……」
「??」
「パートナーの違いを答えるときに定住型とか移動型とか言ったけど、他の違いは把握していないの?」
「……嗜好の違いとなると真っ先に思い浮かぶのがそれだったのだが……それ以外に違いもあるけど、寝室の中の話はどうかと思ったし、それ以外となると言葉で説明するのが難しいというか……」
「アーベル、ちゃんとパートナーたちを見てあげている? 皆、望んでいるものは同じじゃないかもしれないんだよ?!」
ユーリに詰め寄られて私はタジタジとなってしまう。
正直私は人の心の機微に疎いし、精霊が相手でも同じではないか?
「……努力する」
私にはそう答えるしかできなかった。
「だったら、次来たときに服装とか髪型とか外見の情報でいいから違いを私に説明して! それとポテチはメラニーのでしょ? 他の三人にお土産持っていきなさい。ちょうどいいクッキーがあるから!」
ユーリに宿題を出された上に、クッキーを買うことになった。
これもパートナーたちのためということなのだろう。
※※
「全員連れてきたわ。ってアーベルは?」
「ああ、お茶の準備をしていた」
リビングからメラニーの声が聞こえたので、私はお茶の道具を持ってキッチンを出た。
「アーベルさま、このクッキーは?」
リーゼがクッキーを手に取って物珍しそうに見ている。
「ああ、ユーリのおすすめらしい。どうだった?」
今まで見たことのないタイプだ。
ひとつひとつ丁寧に包まれているし、サイズが大き目だ。
「いいんじゃない? 甘すぎないし、ざくっとした食感は好きだよ」
メラニーは結構気に入ったようだ。
私は他愛もない話をパートナーたちとしながら、ユーリの宿題に当たっていた。
最初はカーリンから。観察する順番は契約順にしようと思う。
彼女は妹のリーゼと顔や背格好がよく似ている。
正確な身長は聞いたことがないけど、一五〇センチ台前半くらいだろうか?
スタイルは平均的、としておこう。
四体の中では一番年上 (私より八桁か九桁上だ)なのだけど、妹のリーゼと同じで童顔寄りだ。
精霊や魂霊は、意図的に魔術などで変えない限り外見が変化しないので、恐らく造られたときのままの外見なのだと思う。
髪型は水色でウェーブのかかったショートボブ、瞳の色は髪の色と同じだ。
今日もだが、最近はゆったりしたシャツにショートパンツ姿が多い。
アンブロシア酒造りのために動きやすい恰好を好むように思う。
次に妹のリーゼ。
カーリンとの違いを重点的に整理していく。
身長はカーリンよりちょっとだけ低い。ただ、身長だけで姉と見分けるのは二人並んだ状態でないと難しい。
声や動作に違いがあるので簡単に区別はつくのだが、外見で見分けるなら髪型だ。
髪の長さは伸ばせば肩くらいまであるし、髪を束ねて正面から見て右側、すなわちリーゼ自身から見れば左側に垂らしている。
また、コスプレ、とは少し違うのかもしれないが、存在界のゲームや本に描かれている服装を好む。
それも主人公とか主要キャラのものではなく、モブキャラの服装を選ぶのが特徴かな。
今は白のカッターシャツにデニムっぽいフレアスカート姿だ。
最近はデニムのスカートやパンツがお気に入りなのだそうだ。
メラニーは一番背が高い。手足が長く一番グラマーなのが彼女だ。
カーリンより頭半分くらい高いといった感じだ。
緑のロングヘアで、軽いウェーブがかかっている。
瞳は薄目のブラウン、カーリンとリーゼよりは大人びて見えるが、実は姉妹より年下だ。
髪や瞳の色と同系統の色で装飾が少ない服を好むのだが、樹木に溶け込んだように見せたいのが理由なのだそうだ。
今日は薄いブラウンのシャツに深緑のスカート姿だ。
ニーナは背・スタイルともに、カーリンとメラニーの間をとったような感じだ。
特徴的なのはプラチナブロンドのストレートヘア。一部を編んでいるときもあり、今日もそうしている。
瞳の色は薄目のグリーン。耳は尖っていないが、尖っていたらファンタジーものに出てくるエルフそのもののような外見だと思う。
一番大人びて、そして落ち着いて見えるのが彼女だ。
服を作るのが好きで、家のこともいろいろやってくれるので助かっている。
ちょっと変わっているな、と思うのは言動がメイドというより執事風であることと、町娘のような丈が短めのワンピースを好んで着ていることだ。
今日も薄いグレーのワンピース姿である。
外見の情報といえば、化粧とかも含まれるのだったな。
そこで、私はパートナーたちにそれとなく聞いてみることにした。
「参考までに聞きたいのだが、皆は魔術とかで髪型を変えたり、肌の感じを変えたりはしているのかい?」
「わたくしは、髪を編んだりほどいたりするときだけです。肌に魔術などをかけたりはしておりませんが……」
「ニーナはそうですね。アーベルさま、相談でお化粧のこととかを聞かれたのでしょうか?」
ニーナが最初に質問に答えた後、リーゼが助け船のような質問をしてくれた。これは助かる。
「ああ、相談所で質問されてね……」
「ケルークス」も相談所の建物の中にあるので、私の答えは嘘ではない。
「アーベルさん、私は髪型もお肌の方も何もしていませんよ」
カーリンが答えた。彼女は恐らくそうだろうなと思ったが、予想通りだ。
「アーベルさま。私もお姉ちゃんと同じです。ゲームの中のキャラクターの髪型や肌の色を真似するときには魔術を使いますけど……」
リーゼの場合はコスプレのとき限定、ということだろう。
「私はお風呂のときに髪を上に束ねるだけだね。肌をいじるのは木が嫌がるからやらないし」
メラニーが髪をさっとかき上げた。
どうやら私のパートナーたちはまるで化粧っ気が無いようだ。
精霊はそれが一般的らしいし、彼女たちはその方が魅力的に映るのでそれでいいと思う。
「アーベル、次の出勤っていつ? どんなお菓子が入荷しているか見に行きたいんだけど」
メラニーが半分くらいになったクッキーを見つめながら尋ねてきた。
よく見るとこのクッキー、かなり大きい。丸型なのだけど、直径はジョッキを置くコースターより一回り大きいし、厚さも一センチ半くらいある。
「アーベルさん。三日後なら私も一緒に行きたいです。今回納品分から樽を変えたのでユーリかブリスに取扱いを説明します」
カーリンが手を挙げた。今度の出勤はカーリンお手製のアンブロシア酒の納品に合わせる予定だから、彼女の言う通り三日後になる。
「……わかった。三人で行こうか」
こうして三日後に三人で出勤することが決まった。
「お化粧のお話は大丈夫でしょうか?」
ニーナが心配そうに尋ねてきた。
「私はニーナたちの話をするだけで十分だから、もう大丈夫だ」
ニーナは恐らく相談員として私が彼女たちの化粧事情を話すのだろうと思っているのだろうが、実際はユーリからの宿題の対応だからなぁ……
仮に相談への対応としても、知るべきことは一緒だから問題ない。
「終わりましたね。でしたら、お話とお菓子を楽しみませんか? 私、存在界のお菓子のお話が聞きたいです」
リーゼの一声で、この後は存在界のお菓子について話すことになった。
私も好きだが、皆お菓子が好きなようだ。
※※
三日後、三人で出来上がったアンブロシア酒の納品に「ケルークス」を訪れた。
「こんにちは、納品に来ましたー」
「ちょ、ちょっと待って! ブリスを呼んでくる!」
カーリンがカウンターの前で奥にいるユーリに向かって挨拶すると、慌てた様子でユーリが厨房へと引っ込んだ。
「?? まあいいか」
私は定位置のカウンター席の隅に陣取った。
カーリンとメラニーはアンブロシア酒の樽を持って厨房の中へと入っていった。
店内を見回すと相談員はハーウェックと私だけだ。
その代わり客が多いので満席に近い。
「アーベルさん、今日はホラッツさんやジゼルさんが来ないですから気楽にやりましょう」
奥の席からハーウェックが声をかけてきた。
「今日は火曜ですからね。相談客も少なさそうです」
私が近くに掲げられているカレンダーを見て答えた。
実は精霊界にも曜日という概念があり、存在界のそれと同じなのだ。
ただし、精霊界では曜日はあまり意味を持たない。
敢えて言えば、特定のお祭りの日が曜日で指定されているので、その時に利用するくらいだ。
相談客が多いのは水曜、金曜、土曜で、一番少ないのが火曜だ。
結局この日はハーウェックとお茶を引いて一日を終えることとなった。
珍しくユーリが一度も厨房から出てくることなく、注文やタイマーの管理はピアが担当してくれた。
そのピアが飲み物を運んできたときに、
「この前アーベルが帰った後からユーリが滅茶苦茶凹んでいたけど、何かあった?」
と尋ねられた。恐らく宿題の件と関係があるのだろうが……
「……パートナーの説明をするときに、ちょっと無神経な発言をしてしまったかもしれない。それだと思うのだが……」
私もこう答える以外に良い表現を思いつかなかった。
カーリンとメラニーは用事を済ませて先に帰ってしまっていたので、私は一人で家に向かうことになった。
メラニーが帰るときに私に「帰りがけに厨房に行ってユーリに声をかけてきて」と言ってきたから、その言葉に従って厨房に顔を出すことにする。
「ええっと、ユーリ、宿題の件だけど……」
「ひゃいあっ?! あ、アーベル……」
私が声をかけると、ユーリが飛び上がって驚いた。悪いことをしてしまったな。
「あ、申し訳ない。宿題の回答をしようと思うけど、その前にクッキーを勧めてくれてありがとう。皆喜んでいたし、私もいただいたけど、品の良い感じで良かった」
「そ、そう。それなら良かった……」
「それで宿題の答えを説明すればいいのだろうか?」
「あ、そうして」
ユーリの態度が落ち着かないのが気になるが、私は宿題の答えを説明しだした。
「そ、それだけ観察していればいいと思うわ。カーリンやメラニーと話をしたけど、かなり惚気ていたから私の心配が間違っていたみたい。ゴメンっ!」
私が説明を終えると、ユーリが両手を合わせて謝罪してきた。謝罪される筋合いはないと思うのだが……
「今回は自分のやり方を見直すきっかけになったと思う。だから助かったし、ユーリが謝る必要もないと思う。じゃ、また」
そう言って私は厨房を後にした。
最初に相談に来る際に私が手助けしたこともあって、ユーリは時々そのことを意識しすぎる傾向があるように思う。
さきほどの妙な態度もこれが原因ではないかと思う。
早いところ良いパートナーを見つけて欲しいところだ。
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