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第五章
人間の想像(創造)力と残念な現実 後編
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「バネッサ、アンタねぇ……」
アイリスが呆れかえっているが、無理もない。
精霊が溢壊したり揺らいだりすることでできた境界に人間が入り込んだ場合の危険性についてアイリスが話しているのだが、バネッサはそれを理解していない様子だった。
存在界で広報活動をする精霊として問題なような気がするのだが……
「まあいいわ。精霊が人間を造ってからそれほど経っていない頃の話だけど、ある精霊が『揺らいで』大きな境界を作っちゃったのよ。不幸なことに人里からあまり離れていない場所にね」
これ以上バネッサの相手をしても無駄だと悟ったのか、アイリスが強引に話を元に戻した。
「……それは危険ですね」
これ以上脇道に逸れられると話が進みそうもないので、私は相槌をうった。
横でユーリがコクコクとうなずいていたから、私の判断は間違ってなかったと思う。
「そう。でも、様子を確認するために精霊たちが出入りしていたら、面倒なことに人間たちが『神様の住む洞窟だ』と言い出して殺到するようになったのよ」
このことは、資料館の記録で目にしていたので知っている。
精霊たちが周囲の人間に自分が神だと教えていた地域だから、そうなるのも無理はないと思う。
精霊たちは、この頃の人間は存在界を生き抜いていくために十分な知識も経験もなかったため必要な知識や経験を授ける必要があると考えていたようだ。
自身を神だと教えたのもそのためらしい。
これを知ったら、精霊たちに何てことをしてくれたのだと腹を立てる人もいるかもしれない。
私個人は、今私が暮らしている環境が精霊たちによって用意されたものであり、未来永劫それが保証されるはずなので、精霊たちに対しては感謝しかないのだが。
「魔術か何かで入口を塞いじゃえば良かったのに」
「ユーリの言う通りにできたら苦労しなかったのだけどね。境界は洞窟だったのだけど馬鹿みたいに入口が大きかったし、妖精状態の精霊じゃどうにもならなかったのよ。重機でもあれば何とかなったかも知れないけど」
精霊は存在界に行って妖精になると人間並みの性能になるから、入口を塞げなかったのは仕方ないのかもしれない。
「なら、どうやって人が入らないようにしたのですか?」
私は話を進めようと尋ねた。
実は私は記録に目を通しているので、その答えを知っている。
それにアイリスがこの話をしたがる理由も何となく見当がついている。
彼女の要望に応えようではないか。
「人間に境界へ立ち入らせないように教えたのよ。アーベル……は答えを知ってそうだから、ユーリ、どうやって教えたかわかる?」
アイリスがニヤニヤしながらユーリに尋ねた。答えを知っている者に尋ねても面白くないから、相手にユーリを選んだのも当然だろう。
「え? どうせロクな答えじゃないんでしょ。ロープを張ったとか? 『これが黄色と黒のロープの起源だー!』とか言って」
ユーリが眉間にしわを寄せながら答えた。
答えは間違っているが、「ロクな答えじゃない」という部分は正解だ。
私のパートナーにはそんな面がないが、一部の古い精霊には共通してツッコミ待ち体質があるのではないかと疑ってしまう。
「ブッブー! 答えを言うけど『寸劇で境界に入っては危険だと教えた』のよ」
「何それ?」
ユーリが先ほどバネッサに向けたのよりも更に強烈なジト目をアイリスに向けた。
低学年の小学生とかに教えるのでないのだからもう少しやり様があるだろう、と記録を見た私も思ったくらいだから無理もない。
もっとも、この頃の精霊は人間を小学校低学年くらいのレベルだと考えていたのだろうな、とも思う。
「私も境界の調査に参加していたのだけど、上の方が寸劇で人間に教えるなんて決めたときは頭を抱えたくなったわよ……」
寸劇で人間に教えると決めたのはすべて原初の精霊で、ハデス、ペルセポネ、ナギ、ナミという四体だ。
四体ともベネディクトのパートナーであるメイヴと同じく、精霊としての種類名と本人の名前が一致している。
「……四体のうちナミは人間の前に姿を表したことがなかったから、彼女を人間ということにして人間たちの前で『境界に立ち入るとこんな危ないことになるぞ』って寸劇をやったのよ。ベルセポネの力で彼女に惚れた男どもが集まったから、やたら観客が多かったし。私も現場にいたけど、笑いを堪えているのが辛かったわ!」
アイリスが興奮気味にまくし立てた。
原初の精霊といえば、精霊の中でもトップクラスのお偉いさんだ。
アイリスも初期の精霊であり精霊の中では古参の部類だが、さすがに先輩となる原初の精霊の前で笑い転げる訳にもいかなかっただろう。演じている当人たちは大真面目だったそうだから。
「……ハデスが調子に乗って『我は死の国の王である』なんて言ったものだから、人間たちがものすごく誤解したのよね……」
アイリスの口から話された「寸劇」の内容は次の通りだ。これは私が見た記録と一緒だから間違いないのだと思う。
境界に人間がいると死の国の毒に侵され、やがて死の国の住人へと変化し人間の世界に帰ることができなくなる。
それを数分の劇で演じたらしい。
「……何かどこかで聞いたことがある話だと思ったけど、内容、かなり違ってない?」
ユーリが首を傾げている。
「ハデスたちが演じたのは私が言った通りの内容よ。そんなに長い劇じゃなかったし」
「冥界の食べ物を口にすると地上に帰れなくなるとか、後ろを振り向くなとか、そういう話はないの?」
「子供にも伝わるようにしたから、そんなにたくさん注意事項を詰め込んだりしなかったわよ! それと『冥界の食べ物』には心当たりあるけど、『後ろを振り向くな』はよくわからないのよね……」
「心当たりある、って?」
ユーリの表情が疑わし気なものに変わっていった。まあそうなるよなぁ。
私も「冥界の食べ物」のきっかけとなった出来事については知らないから興味はある。
「寸劇の直前にナギが人間に食べられる木の実を教えていたのだけど、人間たちが怖がって食べないから人間のフリをしていたナミが食べてみせたのよ。多分それじゃないかしら?」
話を整理するとこうなるようだ。
寸劇の直前、ナギは人間に食べられる木の実を教えた。
人間が口にしないので、人間のフリをしていたナミがそれを口にした。
その後、寸劇が始まり、ナミは境界に居続けたため存在界に戻れなくなったと人間に思わせた。
寸劇の後、ナミは異常が元に戻るまで境界となった洞窟に籠ったまま外に出ることはなかった。
一方、存在界に戻れなくなることを恐れた人間たちは洞窟に近寄らなかったため、人間たちが再びナミの姿を見ることはなかった。
そのため、人間たちはナミが本当に死の国の住人となったと思い込んだ。
ベルセポネの力で彼女に惚れ込んだ者たちが大勢寸劇の現場にいたから、情報が広まるのも早かったそうだ。
「……存在界で読んだ話と事実とが違いすぎる……残念を通り越してなんて言っていいかわからない……」
ユーリが茫然としている。
「ユーリ、気持ちはわかるが……これ以上言ってくれるな……」
記録を読んで内容を知っていた私ですら、脱力するしかなかった。
「それにしてもアイリス、詳しいね」
無邪気にバネッサが尋ねた。
「アンタ……生みの親の話なのに知らない方が問題! それとこの記録を書いたのは私よ!」
「はぁ……大変だったね」
あまりに能天気な反応にアイリスがガクッと崩れ落ちた。
そう、記録のこの部分はアイリスが書いたものだった。資料館で見た記録にも彼女の署名があったのを私は見ていたのだ。
「……ユーリ、今は人間の創造力とか妄想力を誇るべきときなのかな……と思う……」
いつまで経ってもユーリが茫然としていて他人の声が聞こえないようなので、見ていられなくなり声をかけた。
我ながら苦し紛れだが、これ以上私に言える言葉はない。
「あ、うん……そうだよね……」
ユーリが反応したが、辛うじて意識の一部を現実に向けただけ、といった様子だ。
「コラ! バネッサ! 最後まで話を聞きなさい!」
そろりそろりと外へ出ようとするバネッサを再度アイリスが止めた。
「え? ナニナニ?」
「とぼけたってダメ! アンタも産んだ主みたいに人間に誤解されるような言動は慎みなさい! 前科あるのだから!」
「はーい。じゃ、急いでいるから!」
アイリスのお小言を聞き流してバネッサが外へと飛び出していった。
多分、聞いていないだろうな……まあ、バネッサだから仕方ない。
「すみません、アイリス。勤務中ですけどエール飲んでいいですか?」
何故かどっと疲れた私は、どうでもいい気分になって、投げ槍気味にアイリスに尋ねた。
「あら? アーベルにしては珍しいわね。魂霊は酔わないんだし、別に勤務中の飲酒も禁止していないからいいんじゃない?」
アイリスの言う通り、勤務中の飲酒は禁じられていない。
だが、何となく許可を得てから飲みたい気分だったのだ。
「……アイリスは存在界のエール、大丈夫ですか? 大丈夫ならユーリの分も合わせて大みっつお願いします」
「アーベルのオゴり? 冷えてないのなら大丈夫よ」
アイリスが舌なめずりした。彼女は冷たい飲み物は苦手だが、ぬるめのエールなら大丈夫らしい。
「私もいいのね? じゃ、大エールみっつ注文しておくわね」
エールの言葉に反応したのか、ユーリの意識がこちらに戻ってきた。
「つまむものもあった方がいいだろうから、柿の種の大皿も一つ入れておいて」
何となくだが、今日は存在界のものだけで飲みたい気分なので、つまみも存在界の柿の種だ。
「はーい」
気を取り直してユーリがすっくと立ちあがり、厨房へと向かった。
「お待たせ―。大エールみっつと、柿の種の大皿ね。アイリスのは少しぬるめにしているから」
少ししてユーリがトレーにジョッキと柿の種の皿を乗せて戻ってきた。
私もアイリスのテーブルへと移動する。
「アーベルのおごりなのだから、アーベルが乾杯やったら?」
「……そうします」
アイリスに言われるがままに私はジョッキを掲げた。
「人間の創造力、想像力に乾杯! あの現実から神話を作り上げた人間は凄かったよ!」
半ばやけくそで乾杯の音頭をとった。
「……そうか、そう考えればいいか……」
ユーリが苦笑しながらジョッキをぶつけてきた。
「人間って、時には精霊の想像しないようなことを考えたりするのよね……造った側が言っちゃいけないんだけどさ」
アイリスもユーリ同様苦笑している。
私は精霊が人間にしてきたことが事実として人間に広まれば、存在界は大混乱になると思っていた。
だけど、人間なら事実から面白おかしく、時には一大スペクタクルを創り出して、それを楽しんでしまうかもしれない。
そういうのも悪くないか、と私は思うことにした。
アイリスが呆れかえっているが、無理もない。
精霊が溢壊したり揺らいだりすることでできた境界に人間が入り込んだ場合の危険性についてアイリスが話しているのだが、バネッサはそれを理解していない様子だった。
存在界で広報活動をする精霊として問題なような気がするのだが……
「まあいいわ。精霊が人間を造ってからそれほど経っていない頃の話だけど、ある精霊が『揺らいで』大きな境界を作っちゃったのよ。不幸なことに人里からあまり離れていない場所にね」
これ以上バネッサの相手をしても無駄だと悟ったのか、アイリスが強引に話を元に戻した。
「……それは危険ですね」
これ以上脇道に逸れられると話が進みそうもないので、私は相槌をうった。
横でユーリがコクコクとうなずいていたから、私の判断は間違ってなかったと思う。
「そう。でも、様子を確認するために精霊たちが出入りしていたら、面倒なことに人間たちが『神様の住む洞窟だ』と言い出して殺到するようになったのよ」
このことは、資料館の記録で目にしていたので知っている。
精霊たちが周囲の人間に自分が神だと教えていた地域だから、そうなるのも無理はないと思う。
精霊たちは、この頃の人間は存在界を生き抜いていくために十分な知識も経験もなかったため必要な知識や経験を授ける必要があると考えていたようだ。
自身を神だと教えたのもそのためらしい。
これを知ったら、精霊たちに何てことをしてくれたのだと腹を立てる人もいるかもしれない。
私個人は、今私が暮らしている環境が精霊たちによって用意されたものであり、未来永劫それが保証されるはずなので、精霊たちに対しては感謝しかないのだが。
「魔術か何かで入口を塞いじゃえば良かったのに」
「ユーリの言う通りにできたら苦労しなかったのだけどね。境界は洞窟だったのだけど馬鹿みたいに入口が大きかったし、妖精状態の精霊じゃどうにもならなかったのよ。重機でもあれば何とかなったかも知れないけど」
精霊は存在界に行って妖精になると人間並みの性能になるから、入口を塞げなかったのは仕方ないのかもしれない。
「なら、どうやって人が入らないようにしたのですか?」
私は話を進めようと尋ねた。
実は私は記録に目を通しているので、その答えを知っている。
それにアイリスがこの話をしたがる理由も何となく見当がついている。
彼女の要望に応えようではないか。
「人間に境界へ立ち入らせないように教えたのよ。アーベル……は答えを知ってそうだから、ユーリ、どうやって教えたかわかる?」
アイリスがニヤニヤしながらユーリに尋ねた。答えを知っている者に尋ねても面白くないから、相手にユーリを選んだのも当然だろう。
「え? どうせロクな答えじゃないんでしょ。ロープを張ったとか? 『これが黄色と黒のロープの起源だー!』とか言って」
ユーリが眉間にしわを寄せながら答えた。
答えは間違っているが、「ロクな答えじゃない」という部分は正解だ。
私のパートナーにはそんな面がないが、一部の古い精霊には共通してツッコミ待ち体質があるのではないかと疑ってしまう。
「ブッブー! 答えを言うけど『寸劇で境界に入っては危険だと教えた』のよ」
「何それ?」
ユーリが先ほどバネッサに向けたのよりも更に強烈なジト目をアイリスに向けた。
低学年の小学生とかに教えるのでないのだからもう少しやり様があるだろう、と記録を見た私も思ったくらいだから無理もない。
もっとも、この頃の精霊は人間を小学校低学年くらいのレベルだと考えていたのだろうな、とも思う。
「私も境界の調査に参加していたのだけど、上の方が寸劇で人間に教えるなんて決めたときは頭を抱えたくなったわよ……」
寸劇で人間に教えると決めたのはすべて原初の精霊で、ハデス、ペルセポネ、ナギ、ナミという四体だ。
四体ともベネディクトのパートナーであるメイヴと同じく、精霊としての種類名と本人の名前が一致している。
「……四体のうちナミは人間の前に姿を表したことがなかったから、彼女を人間ということにして人間たちの前で『境界に立ち入るとこんな危ないことになるぞ』って寸劇をやったのよ。ベルセポネの力で彼女に惚れた男どもが集まったから、やたら観客が多かったし。私も現場にいたけど、笑いを堪えているのが辛かったわ!」
アイリスが興奮気味にまくし立てた。
原初の精霊といえば、精霊の中でもトップクラスのお偉いさんだ。
アイリスも初期の精霊であり精霊の中では古参の部類だが、さすがに先輩となる原初の精霊の前で笑い転げる訳にもいかなかっただろう。演じている当人たちは大真面目だったそうだから。
「……ハデスが調子に乗って『我は死の国の王である』なんて言ったものだから、人間たちがものすごく誤解したのよね……」
アイリスの口から話された「寸劇」の内容は次の通りだ。これは私が見た記録と一緒だから間違いないのだと思う。
境界に人間がいると死の国の毒に侵され、やがて死の国の住人へと変化し人間の世界に帰ることができなくなる。
それを数分の劇で演じたらしい。
「……何かどこかで聞いたことがある話だと思ったけど、内容、かなり違ってない?」
ユーリが首を傾げている。
「ハデスたちが演じたのは私が言った通りの内容よ。そんなに長い劇じゃなかったし」
「冥界の食べ物を口にすると地上に帰れなくなるとか、後ろを振り向くなとか、そういう話はないの?」
「子供にも伝わるようにしたから、そんなにたくさん注意事項を詰め込んだりしなかったわよ! それと『冥界の食べ物』には心当たりあるけど、『後ろを振り向くな』はよくわからないのよね……」
「心当たりある、って?」
ユーリの表情が疑わし気なものに変わっていった。まあそうなるよなぁ。
私も「冥界の食べ物」のきっかけとなった出来事については知らないから興味はある。
「寸劇の直前にナギが人間に食べられる木の実を教えていたのだけど、人間たちが怖がって食べないから人間のフリをしていたナミが食べてみせたのよ。多分それじゃないかしら?」
話を整理するとこうなるようだ。
寸劇の直前、ナギは人間に食べられる木の実を教えた。
人間が口にしないので、人間のフリをしていたナミがそれを口にした。
その後、寸劇が始まり、ナミは境界に居続けたため存在界に戻れなくなったと人間に思わせた。
寸劇の後、ナミは異常が元に戻るまで境界となった洞窟に籠ったまま外に出ることはなかった。
一方、存在界に戻れなくなることを恐れた人間たちは洞窟に近寄らなかったため、人間たちが再びナミの姿を見ることはなかった。
そのため、人間たちはナミが本当に死の国の住人となったと思い込んだ。
ベルセポネの力で彼女に惚れ込んだ者たちが大勢寸劇の現場にいたから、情報が広まるのも早かったそうだ。
「……存在界で読んだ話と事実とが違いすぎる……残念を通り越してなんて言っていいかわからない……」
ユーリが茫然としている。
「ユーリ、気持ちはわかるが……これ以上言ってくれるな……」
記録を読んで内容を知っていた私ですら、脱力するしかなかった。
「それにしてもアイリス、詳しいね」
無邪気にバネッサが尋ねた。
「アンタ……生みの親の話なのに知らない方が問題! それとこの記録を書いたのは私よ!」
「はぁ……大変だったね」
あまりに能天気な反応にアイリスがガクッと崩れ落ちた。
そう、記録のこの部分はアイリスが書いたものだった。資料館で見た記録にも彼女の署名があったのを私は見ていたのだ。
「……ユーリ、今は人間の創造力とか妄想力を誇るべきときなのかな……と思う……」
いつまで経ってもユーリが茫然としていて他人の声が聞こえないようなので、見ていられなくなり声をかけた。
我ながら苦し紛れだが、これ以上私に言える言葉はない。
「あ、うん……そうだよね……」
ユーリが反応したが、辛うじて意識の一部を現実に向けただけ、といった様子だ。
「コラ! バネッサ! 最後まで話を聞きなさい!」
そろりそろりと外へ出ようとするバネッサを再度アイリスが止めた。
「え? ナニナニ?」
「とぼけたってダメ! アンタも産んだ主みたいに人間に誤解されるような言動は慎みなさい! 前科あるのだから!」
「はーい。じゃ、急いでいるから!」
アイリスのお小言を聞き流してバネッサが外へと飛び出していった。
多分、聞いていないだろうな……まあ、バネッサだから仕方ない。
「すみません、アイリス。勤務中ですけどエール飲んでいいですか?」
何故かどっと疲れた私は、どうでもいい気分になって、投げ槍気味にアイリスに尋ねた。
「あら? アーベルにしては珍しいわね。魂霊は酔わないんだし、別に勤務中の飲酒も禁止していないからいいんじゃない?」
アイリスの言う通り、勤務中の飲酒は禁じられていない。
だが、何となく許可を得てから飲みたい気分だったのだ。
「……アイリスは存在界のエール、大丈夫ですか? 大丈夫ならユーリの分も合わせて大みっつお願いします」
「アーベルのオゴり? 冷えてないのなら大丈夫よ」
アイリスが舌なめずりした。彼女は冷たい飲み物は苦手だが、ぬるめのエールなら大丈夫らしい。
「私もいいのね? じゃ、大エールみっつ注文しておくわね」
エールの言葉に反応したのか、ユーリの意識がこちらに戻ってきた。
「つまむものもあった方がいいだろうから、柿の種の大皿も一つ入れておいて」
何となくだが、今日は存在界のものだけで飲みたい気分なので、つまみも存在界の柿の種だ。
「はーい」
気を取り直してユーリがすっくと立ちあがり、厨房へと向かった。
「お待たせ―。大エールみっつと、柿の種の大皿ね。アイリスのは少しぬるめにしているから」
少ししてユーリがトレーにジョッキと柿の種の皿を乗せて戻ってきた。
私もアイリスのテーブルへと移動する。
「アーベルのおごりなのだから、アーベルが乾杯やったら?」
「……そうします」
アイリスに言われるがままに私はジョッキを掲げた。
「人間の創造力、想像力に乾杯! あの現実から神話を作り上げた人間は凄かったよ!」
半ばやけくそで乾杯の音頭をとった。
「……そうか、そう考えればいいか……」
ユーリが苦笑しながらジョッキをぶつけてきた。
「人間って、時には精霊の想像しないようなことを考えたりするのよね……造った側が言っちゃいけないんだけどさ」
アイリスもユーリ同様苦笑している。
私は精霊が人間にしてきたことが事実として人間に広まれば、存在界は大混乱になると思っていた。
だけど、人間なら事実から面白おかしく、時には一大スペクタクルを創り出して、それを楽しんでしまうかもしれない。
そういうのも悪くないか、と私は思うことにした。
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