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第四章
地に足のついていない精霊たち
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「ええっと……ちょっと待って、誰か行けそうなのがいるといいのだけど……」
ある日私が「ケルークス」店内のカウンター席でお茶を引いていると、不意に店員のピアが独り言のように話し始めた。
念話で離れた場所にいる誰かと話をしているのだ。
先ほどは「お茶を引いている」と書いたが、この日既に私は二件の相談に対応していた。これは我が相談所としてはかなり忙しい方になる。
他にもエリシア、フランシスが出勤していたが、既に二人とも退勤している。
私は習慣で出勤時の勤務時間は七時間程度と決めているので、あと二時間半ほど勤務するつもりだ。
「所長~、イルマタルのところのシルフから出前してほしいって連絡が来たんだけど……」
ピアが困惑した様子で奥の席にいるアイリスに尋ねてきた。
イルマタルは大気を司る風属性の初期の精霊で、アイリスと同じくらいの大物だ。
一方、シルフは空気の流れを司る風属性の中期の精霊となる。
一体のイルマタルに数体から数十体のシルフがグループになって生活するパターンは比較的多い。
「アイツか……って今日はハーウェックがいないから私はここを空けられないし、誰かいるかしら?」
アイリスが店内を見回して首を横に振った。誰かに配達を頼もうとしたのだろうが、適任がいないようだ。
「アイリス、私が行こうか?」
「アーベル、ありがたいけど魂霊じゃ行けない場所よ?」
「メラニーに頼んでみます」
「彼女なら大丈夫か……」
イルマタルという精霊は空中をぷかぷかと漂って生活している。シルフも同じだ。
風属性の精霊や光、闇属性の精霊に結構いるのだが、文字通り地に足をつけずに生活しているのだ。
彼らの中には住居を持たない者も多いが、ピアに連絡を取ってきたグループは人間が住むのと同じような家を持っていたはず。
こうした家は宙に浮いている。
だから空を飛べない魂霊の私が行くことはできないが、空を飛ぶのが比較的上手なメラニーと一緒なら問題ない。
「わかった。メラニーには私から連絡するから、アーベルは持っていく荷物をピアから受け取って」
アイリスなら念話が使えるのでメラニーとの連絡は任せてしまった方がいい。
私は指示に従って配達する荷物を受け取って出発に備える。
「アーベル、イルマタルのところに出前するんだって?!」
一〇分ほどでメラニーが「ケルークス」の店内に飛び込んできた。
「そうなんだ。イルマタルの住処に興味があるから、悪いのだけど私を運んでくれないかな?」
「わかった、やるやる!」
嫌な顔をすることはないと思ったが、メラニーのテンションが高い。
「ありがとう。運ぶ荷物は私が抱えるけど……どうすればいい?」
注文の品物が入ったのは四〇センチ四方くらいの肩掛け鞄だ。
首に紐をかけて私は鞄を前抱きにした。中味は缶詰半ダースと柿の種、ポテチなどの菓子だ。
「表に出て立っていて。行き先はわかっているしこっちで準備するからアーベルは私に身を任せてくれればいいから!」
メラニーはそう言って私の肩をポンと叩くと、アイリスの方に向かっていった。何か確認するのだろうか?
私はメラニーの言葉に従って、建物の外に出て彼女が来るのを待った。
「アーベル、お待たせ」
少ししてメラニーは二本のベルトのようなものを手に私のところへやってきた。
「それは何だろうか?」
「落ちても怪我とかはしないと思うけど、荷物があるしね。落ちないように私とアーベルと荷物を括りつけるの」
何度かメラニーに抱えてもらって空を飛んだことはあるが、ごく短時間のことだったし、今回の様に荷物を持って飛んだことはないはずだ。落下の対策は必要だろう。
「それじゃ、アーベル。背中を向けて両腕を真横に広げて」
メラニーの指示通り、私はメラニーに背中を向けて両腕を広げた。
「じゃ、いっくよー」
ぽよん
むぎゅっ、むぎゅっ、むぎゅぅぅぅぅ
メラニーの合図の直後に背中に柔らかいものが押し付けられる。私のパートナーの中ではメラニーが一番大きいからなぁ……
「よいしょ。これでいいかな。アーベル、準備はいい?」
「大丈夫だ。いつでもいいよ」
「じゃ、行くね」
ふわりと私の身体が持ち上がった。
「あれ? イルマタルの住処ってもっと上じゃなかったか?」
メラニーが高度を上げるのを止めて水平方向に飛び始めたので、思わず尋ねてしまった。
というのも、地上からの高さが三階建ての我が家より少しだけ高い位置を飛んでいるからだ。
精霊界では空を舞う精霊たちのため、建物の高さは厳しく制限されている。
原則として三階建てより高い建物は建てられないのだ。
「上の方にシルフがたくさん飛んでいるから。近くなったら上に行くよ」
どうも今の高度が障害が少ないということらしい。
「なるほど。ここのレイヤは高さがないからな」
実は精霊界は水平方向にはそれなりに広いのだけど、垂直報告は案外狭い。
相談所の近くや私の家あたりは、十階建てのビルくらいの高さしかない。
もう少し高さのあるレイヤもあるそうだけど……
「これはこれでいい景色だ。メラニーに来てもらってよかったよ」
「ふふん、それならよかった。ドライアドの名に懸けてアーベルを飽きさせないから!」
メラニーが鼻を鳴らした後、背後から私に抱きついてきた。
ドライアドはパートナーを飽きさせないことにプライドがある精霊だ。メラニーも私を飽きさせないことには一生懸命だ。
あまり無理はしてほしくないのだが、今のところは楽しみながらやってくれているようなのでそのまま見守ることにしている。
「私は空を飛べないし、こちらには高い建物がないからなぁ。高いところから景色を見るのは新鮮だよ」
「だったら、荷物を届けた後に一番上まで行こうか」
「お願いするよ」
メラニーと言葉を交わしているうちに、宙に浮いている丸太小屋が見えてきた。
平屋建てで人間なら七、八人くらいが寝泊まりできるくらいだろうか?
これが目的地となるイルマタルの住処だ。
イルマタルとシルフはいずれも人間女性型の精霊で、確かこの丸太小屋では一体のイルマタルと五体のシルフとが共同で暮らしていたはずだ。
「すみませーん! 『ケルークス』からご注文の品を届けに参りました!」
私は入口の扉をノックした。
「はーい。ってあら? メラニーじゃない。一緒にいるのは契約パートナー?」
扉が開いて中から小柄な女性が顔を出した。シルフだ。
「そう。アーベルっていうの。デートのついでに配達なの」
シルフとメラニーは知り合いのようだ。
「いいわね。ちょっと待って、確認するから」
私が鞄ごと荷物を手渡すと、シルフは鞄を開けて中味を確認した。
「……全部そろっているわね、二二〇ドロップね。これでいいかしら?」
シルフが瓶に入った魔力を鞄に入れて私に差し出した。
「……ちょうどありますね。ありがとうございました」
代金となる魔力がちょうどあるのを確認して、私は鞄の口を閉じた。
「メラニー、またねー」
「そのうち遊びに行くわ。またねー」
メラニーがシルフに挨拶すると、シルフが扉をそっと閉めた。
「じゃ、上に行こう」
「頼むよ」
先ほどの言葉通り、メラニーが上昇を始めた。少しして柔らかいマットにめり込むような感触が、少し遅れて背中にむぎゅっと柔らかいものが押し付けられる感触が伝わってきた。
「アーベル、天井を触ってみて」
「わかった、ってレイヤのてっぺんって柔らかいんだな」
私が天井を手で押すと、手が柔らかく弾き返されるような感覚があった。ベッドのマットレスを押している感覚に近い。
「そう。私の胸ほどじゃないけどね。あはは」
メラニーが笑った。やはり背中に感触があったのは意図的にやったのだな。
「そうだね。いつも楽しませてくれて感謝するよ」
私を飽きさせないための行動だし、メラニー本人は望んでやっているそうなのでここは素直にご厚意に甘えることにしておく。
「私の番は……明日か。私を楽しむのは明日の夜にして、アーベル、今は景色を楽しまない?」
「わかった。お言葉に甘えよう。あれは……相談所の建物か」
私は少し先に見える特徴のある建物を指差した。「ケルークス」の店舗は出入口のある側がガラス張りなのだが、精霊界にはこのような建物が他に存在しないのだ。
また、ウバメガシの大木が目印となるのでわかりやすい。
「私は見慣れているけど。アーベルの反応は新鮮ね。空を飛ばない人間はどうやって上から下を見るのだっけ?」
「空を飛ぶ機械に乗るか、高い建物に上るか、映像を映し出す機械を空を飛ぶ機械に載せる、って方法もあったな……」
メラニーはリーゼと違って存在界のことにそれほど詳しくないから、彼女にわかる言葉で答えた。
「そっか。リーゼが言っていたけど存在界の空は広いのでしょ? 建物とか人間とかがもっと小さく見える?」
メラニーは精霊界を出たことがほとんどないから、逆に存在界の空のことをよく知らない。
「そうだな……この何百倍か高いところから下を見たことはあるけど、さすがに人や建物はわからなかったな。海とか川ならわかるけど」
「……ちょっと想像がつかない。リーゼの本に載っているかもしれないから今度借りて見てみるね!」
メラニーが食いついた。私を飽きさせないためのサービスの部分はあるのだろうが、まるで興味がないという訳ではなさそうだ。
「家は……あっちか。カーリンとリーゼの泉があるからわかりやすいな」
我が家はこの場所からだと隅の方に何とか見えるくらいだ。
我が家の周辺にはカーリンやリーゼと同じニンフが多く住んでいるので池や泉などは多いが、建物が面しているのはうちくらいだ。
それに精霊界では珍しい三階建てである。相談所の建物だって二階建てなのだ。
だから我が家はすぐに特定できる。
「三階建てだと目立つよね。もう少し広くしたらもっと目立つかな?」
「そういえばリーゼが前に広くしたいような話をしていたな。メラニーもそうなのか?」
カーリンの作業場と全員に個室がある関係で今の家は相当広いと思っていたのだが、どうもパートナーたちは必ずしもそう思っていないようだ。
「私は今はいいのだけどね。リーゼに聞いてみたら?」
メラニーがそう答えて私の肩をぽんぽんと叩いた。何か考えがあるようだが、今は話してくれなさそうだ。
「そうしてみるよ。広げるときはみんなに相談しながらやろう」
「わかった、楽しみにしてる」
どうやら近い将来に家の拡張をやることになりそうだ。
何のための拡張なのかよくわからないので、リーゼにそのあたりを聞いておく必要があるな。
家の拡張のことを考えながら私はメラニーと知っている場所を上空から探し続けた。
知っている建物のネタが尽きるまでそれを続け、相談所に戻ったのは出発してから一時間半ほど経ってからのことになった。
少し休憩が長すぎたかもしれないが、たまにはこういうのも良いかもしれない。
ちなみに所長のアイリスや店長のユーリからのお咎めはなかった。
ある日私が「ケルークス」店内のカウンター席でお茶を引いていると、不意に店員のピアが独り言のように話し始めた。
念話で離れた場所にいる誰かと話をしているのだ。
先ほどは「お茶を引いている」と書いたが、この日既に私は二件の相談に対応していた。これは我が相談所としてはかなり忙しい方になる。
他にもエリシア、フランシスが出勤していたが、既に二人とも退勤している。
私は習慣で出勤時の勤務時間は七時間程度と決めているので、あと二時間半ほど勤務するつもりだ。
「所長~、イルマタルのところのシルフから出前してほしいって連絡が来たんだけど……」
ピアが困惑した様子で奥の席にいるアイリスに尋ねてきた。
イルマタルは大気を司る風属性の初期の精霊で、アイリスと同じくらいの大物だ。
一方、シルフは空気の流れを司る風属性の中期の精霊となる。
一体のイルマタルに数体から数十体のシルフがグループになって生活するパターンは比較的多い。
「アイツか……って今日はハーウェックがいないから私はここを空けられないし、誰かいるかしら?」
アイリスが店内を見回して首を横に振った。誰かに配達を頼もうとしたのだろうが、適任がいないようだ。
「アイリス、私が行こうか?」
「アーベル、ありがたいけど魂霊じゃ行けない場所よ?」
「メラニーに頼んでみます」
「彼女なら大丈夫か……」
イルマタルという精霊は空中をぷかぷかと漂って生活している。シルフも同じだ。
風属性の精霊や光、闇属性の精霊に結構いるのだが、文字通り地に足をつけずに生活しているのだ。
彼らの中には住居を持たない者も多いが、ピアに連絡を取ってきたグループは人間が住むのと同じような家を持っていたはず。
こうした家は宙に浮いている。
だから空を飛べない魂霊の私が行くことはできないが、空を飛ぶのが比較的上手なメラニーと一緒なら問題ない。
「わかった。メラニーには私から連絡するから、アーベルは持っていく荷物をピアから受け取って」
アイリスなら念話が使えるのでメラニーとの連絡は任せてしまった方がいい。
私は指示に従って配達する荷物を受け取って出発に備える。
「アーベル、イルマタルのところに出前するんだって?!」
一〇分ほどでメラニーが「ケルークス」の店内に飛び込んできた。
「そうなんだ。イルマタルの住処に興味があるから、悪いのだけど私を運んでくれないかな?」
「わかった、やるやる!」
嫌な顔をすることはないと思ったが、メラニーのテンションが高い。
「ありがとう。運ぶ荷物は私が抱えるけど……どうすればいい?」
注文の品物が入ったのは四〇センチ四方くらいの肩掛け鞄だ。
首に紐をかけて私は鞄を前抱きにした。中味は缶詰半ダースと柿の種、ポテチなどの菓子だ。
「表に出て立っていて。行き先はわかっているしこっちで準備するからアーベルは私に身を任せてくれればいいから!」
メラニーはそう言って私の肩をポンと叩くと、アイリスの方に向かっていった。何か確認するのだろうか?
私はメラニーの言葉に従って、建物の外に出て彼女が来るのを待った。
「アーベル、お待たせ」
少ししてメラニーは二本のベルトのようなものを手に私のところへやってきた。
「それは何だろうか?」
「落ちても怪我とかはしないと思うけど、荷物があるしね。落ちないように私とアーベルと荷物を括りつけるの」
何度かメラニーに抱えてもらって空を飛んだことはあるが、ごく短時間のことだったし、今回の様に荷物を持って飛んだことはないはずだ。落下の対策は必要だろう。
「それじゃ、アーベル。背中を向けて両腕を真横に広げて」
メラニーの指示通り、私はメラニーに背中を向けて両腕を広げた。
「じゃ、いっくよー」
ぽよん
むぎゅっ、むぎゅっ、むぎゅぅぅぅぅ
メラニーの合図の直後に背中に柔らかいものが押し付けられる。私のパートナーの中ではメラニーが一番大きいからなぁ……
「よいしょ。これでいいかな。アーベル、準備はいい?」
「大丈夫だ。いつでもいいよ」
「じゃ、行くね」
ふわりと私の身体が持ち上がった。
「あれ? イルマタルの住処ってもっと上じゃなかったか?」
メラニーが高度を上げるのを止めて水平方向に飛び始めたので、思わず尋ねてしまった。
というのも、地上からの高さが三階建ての我が家より少しだけ高い位置を飛んでいるからだ。
精霊界では空を舞う精霊たちのため、建物の高さは厳しく制限されている。
原則として三階建てより高い建物は建てられないのだ。
「上の方にシルフがたくさん飛んでいるから。近くなったら上に行くよ」
どうも今の高度が障害が少ないということらしい。
「なるほど。ここのレイヤは高さがないからな」
実は精霊界は水平方向にはそれなりに広いのだけど、垂直報告は案外狭い。
相談所の近くや私の家あたりは、十階建てのビルくらいの高さしかない。
もう少し高さのあるレイヤもあるそうだけど……
「これはこれでいい景色だ。メラニーに来てもらってよかったよ」
「ふふん、それならよかった。ドライアドの名に懸けてアーベルを飽きさせないから!」
メラニーが鼻を鳴らした後、背後から私に抱きついてきた。
ドライアドはパートナーを飽きさせないことにプライドがある精霊だ。メラニーも私を飽きさせないことには一生懸命だ。
あまり無理はしてほしくないのだが、今のところは楽しみながらやってくれているようなのでそのまま見守ることにしている。
「私は空を飛べないし、こちらには高い建物がないからなぁ。高いところから景色を見るのは新鮮だよ」
「だったら、荷物を届けた後に一番上まで行こうか」
「お願いするよ」
メラニーと言葉を交わしているうちに、宙に浮いている丸太小屋が見えてきた。
平屋建てで人間なら七、八人くらいが寝泊まりできるくらいだろうか?
これが目的地となるイルマタルの住処だ。
イルマタルとシルフはいずれも人間女性型の精霊で、確かこの丸太小屋では一体のイルマタルと五体のシルフとが共同で暮らしていたはずだ。
「すみませーん! 『ケルークス』からご注文の品を届けに参りました!」
私は入口の扉をノックした。
「はーい。ってあら? メラニーじゃない。一緒にいるのは契約パートナー?」
扉が開いて中から小柄な女性が顔を出した。シルフだ。
「そう。アーベルっていうの。デートのついでに配達なの」
シルフとメラニーは知り合いのようだ。
「いいわね。ちょっと待って、確認するから」
私が鞄ごと荷物を手渡すと、シルフは鞄を開けて中味を確認した。
「……全部そろっているわね、二二〇ドロップね。これでいいかしら?」
シルフが瓶に入った魔力を鞄に入れて私に差し出した。
「……ちょうどありますね。ありがとうございました」
代金となる魔力がちょうどあるのを確認して、私は鞄の口を閉じた。
「メラニー、またねー」
「そのうち遊びに行くわ。またねー」
メラニーがシルフに挨拶すると、シルフが扉をそっと閉めた。
「じゃ、上に行こう」
「頼むよ」
先ほどの言葉通り、メラニーが上昇を始めた。少しして柔らかいマットにめり込むような感触が、少し遅れて背中にむぎゅっと柔らかいものが押し付けられる感触が伝わってきた。
「アーベル、天井を触ってみて」
「わかった、ってレイヤのてっぺんって柔らかいんだな」
私が天井を手で押すと、手が柔らかく弾き返されるような感覚があった。ベッドのマットレスを押している感覚に近い。
「そう。私の胸ほどじゃないけどね。あはは」
メラニーが笑った。やはり背中に感触があったのは意図的にやったのだな。
「そうだね。いつも楽しませてくれて感謝するよ」
私を飽きさせないための行動だし、メラニー本人は望んでやっているそうなのでここは素直にご厚意に甘えることにしておく。
「私の番は……明日か。私を楽しむのは明日の夜にして、アーベル、今は景色を楽しまない?」
「わかった。お言葉に甘えよう。あれは……相談所の建物か」
私は少し先に見える特徴のある建物を指差した。「ケルークス」の店舗は出入口のある側がガラス張りなのだが、精霊界にはこのような建物が他に存在しないのだ。
また、ウバメガシの大木が目印となるのでわかりやすい。
「私は見慣れているけど。アーベルの反応は新鮮ね。空を飛ばない人間はどうやって上から下を見るのだっけ?」
「空を飛ぶ機械に乗るか、高い建物に上るか、映像を映し出す機械を空を飛ぶ機械に載せる、って方法もあったな……」
メラニーはリーゼと違って存在界のことにそれほど詳しくないから、彼女にわかる言葉で答えた。
「そっか。リーゼが言っていたけど存在界の空は広いのでしょ? 建物とか人間とかがもっと小さく見える?」
メラニーは精霊界を出たことがほとんどないから、逆に存在界の空のことをよく知らない。
「そうだな……この何百倍か高いところから下を見たことはあるけど、さすがに人や建物はわからなかったな。海とか川ならわかるけど」
「……ちょっと想像がつかない。リーゼの本に載っているかもしれないから今度借りて見てみるね!」
メラニーが食いついた。私を飽きさせないためのサービスの部分はあるのだろうが、まるで興味がないという訳ではなさそうだ。
「家は……あっちか。カーリンとリーゼの泉があるからわかりやすいな」
我が家はこの場所からだと隅の方に何とか見えるくらいだ。
我が家の周辺にはカーリンやリーゼと同じニンフが多く住んでいるので池や泉などは多いが、建物が面しているのはうちくらいだ。
それに精霊界では珍しい三階建てである。相談所の建物だって二階建てなのだ。
だから我が家はすぐに特定できる。
「三階建てだと目立つよね。もう少し広くしたらもっと目立つかな?」
「そういえばリーゼが前に広くしたいような話をしていたな。メラニーもそうなのか?」
カーリンの作業場と全員に個室がある関係で今の家は相当広いと思っていたのだが、どうもパートナーたちは必ずしもそう思っていないようだ。
「私は今はいいのだけどね。リーゼに聞いてみたら?」
メラニーがそう答えて私の肩をぽんぽんと叩いた。何か考えがあるようだが、今は話してくれなさそうだ。
「そうしてみるよ。広げるときはみんなに相談しながらやろう」
「わかった、楽しみにしてる」
どうやら近い将来に家の拡張をやることになりそうだ。
何のための拡張なのかよくわからないので、リーゼにそのあたりを聞いておく必要があるな。
家の拡張のことを考えながら私はメラニーと知っている場所を上空から探し続けた。
知っている建物のネタが尽きるまでそれを続け、相談所に戻ったのは出発してから一時間半ほど経ってからのことになった。
少し休憩が長すぎたかもしれないが、たまにはこういうのも良いかもしれない。
ちなみに所長のアイリスや店長のユーリからのお咎めはなかった。
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