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第四章

精霊界への適性 後編

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「本日はご足労いただきありがとうございます。今日のインタビューの目的ですが……」
 移住者にインタビューを実施すると決まってから十日ほどが過ぎた。
 私は移住者の一人、ジュリアさんという女性の担当になった。
 今日はそのインタビュー当日で、私とジュリアさんは相談所の二階にある応接室にいる。

「移住に向いている人の性質を調べるのね? 私、結構毒舌って言われるから……本当に私でいいの?」
 ジュリアさんは不安そうな顔をしている。
「色々な人にインタビューして意見を集めるのでその点は心配いらないと思います。気軽に話していただいて大丈夫ですよ」
 結局相談所のメンバーで話し合った結果、アイリスとハーウェックを除く六名の相談員が、一人ずつの移住者に話を聞くことになった。
 「ケルークス」の近くに住んでいて、移住してからある程度の期間過ごしており、かつ移住前に日本に居住していた者という条件を満たす移住者がこれだけしかいないからだ。
 ちなみにこの場には私とジュリアさんしかいないけど、アイリスとハーウェックが別の部屋から魔術を使って会話を聞いている。

「そう? それなら遠慮なく話すわね」
「よろしくお願いします。最初に移住の前にどんな暮らしをされていたのかをお話ししていただきたいです」
 質問事項は予め相談員で意識を合わせているので、私が迷うことはない。
 手元のメモに従って聞いていくだけだ。

 ジュリアさんが精霊界に移住してからもうすぐ五〇年になるのだそうだ。
 実は私とジュリアさんが同学年だということが判明して驚いた。
 お互い住んでいた場所が離れていたから、存在界で顔を合わせたことはないのだけど。

「……結構早くから精霊界への移住は考えていたのだけど、一人娘だったし両親を放っておくわけにもいかなかったから、結構時間かかっちゃったのよね……」
 そう言ってジュリアさんはやれやれと首を横に振ってみせた。あまり話したくないことだったかもしれない。
 両親を見送ってから一年くらいかけて身辺整理をして精霊界に移住してきたそうだ。
 私も身辺整理を済ませて移住してきた身だから、何となく気持ちはわかる気がする。
 ジュリアさんと私の違いが兄弟姉妹がいるかいないかだ。

「精霊界への移住を考えるようになったきっかけは? 私の場合は存在界がちょっと合わないな、と思ったからですが……」
 この質問は重要だ。移住を考えるきっかけを知れば、どのような案内をすれば移住希望者に届くか明らかにできるかもしれない。
 私も簡単にきっかけを話してジュリアさんが話しやすいようにする。

「私も似たようなものよ。大きい会社の子会社に勤めていたのだけど、成長しろ、新しいことにチャレンジしろ、ってうるさくってね……」
 どうやらジュリアさんの場合はこのあたりに移住の理由があるようだ。

「そんなにイケイケというか、意識の高い会社だったのですか?」
「全然。むしろ安定だけがウリみたいな会社だったのだけどね……」
 ジュリアさんが露骨に嫌そうな顔をした。

「……私は子供のころから望まない競争をさせられたり、いつもと違うことを強制されるのが嫌で仕方なかった。あまり当時の存在界のあり方に向いていなかったのよね……」
 ジュリアさんの言葉はきついが、話し方はどちらかというと淡々とした感じだ。
 それなのに嫌で仕方なかった、というところの口調だけは実感がこもっていた。本当に嫌だったのだろう。

「……こんな場だし、アーベルさんは私のことをとやかく言うようなタイプじゃないと思うから話すけどね。私のものの考え方や感じ方って存在界の多くの人が受け入れられないような気がしているのね」
 ジュリアさんの言葉を聞いて、これは慎重に対応しなければならないと気を引き締める。
 こちらを信用してもらって話してくれているのだ。下手な取り扱いはできない。

「……不都合がなければ詳しくお話ししていただきたいです。秘密は守りますし、ジュリアさんに不利になるようなことはしませんので」
「いいわよ。最初に私からアーベルさんに質問するけど、アーベルさんは移住する前の身辺整理はどうしたの?」
「私の場合は時間制限がありました。生前葬の形で知人と食事会をしたのと、弟がいたので彼に話をしたくらいですが……」
 私の場合は寿命が尽きる前に移住を済ませなければならないという事情があったので、身辺整理はバタバタだった。

「私の場合は、両親を見送った後は仕事を辞めて家を引き払うだけだった……親しい知人を作れば足枷になるのはわかっていたから、敢えてそういう人も作らなかったしね……」
 私はジュリアさんの話を聞きながら、必死でメモを取った。

 彼女はかなり早い時期から周到に準備を進めて移住してきたらしい。
 二〇代のときに精霊界の存在を知り、両親を見送ったら移住すると決めていたのだそうだ。
 移住の足枷とならないよう、他者と親しい関係を築かないようにもしていた。

「……変な話かも知れないけど、私、同じことをするのになかなか飽きがこないタイプみたいなの。今は毎日契約している精霊たちと同じような話をして、お茶を飲んで……そんな生活が合っているの。今が一番幸せなの」
 ジュリアさんは淡々と話しているが、表情を見るとにじみ出てくる嬉しさを噛みしめているような感じだ。
 私も他人のことは言えないが、彼女は感情を表に出すのが得意ではないタイプに見える。

「精霊界は合う人には過ごしやすい、という感じでしょうか?」
「そう。チャレンジしろ! 新しいことをやれ! って命令にあたふたしていたのが馬鹿みたい。別にそういうのが好きな人はそれでいいけど、そうじゃない人に無理矢理同じようにしろ! というのはどうしても受け付けなかったの。存在界にいると満足している状況でも無理矢理に不満や不足がある、飢えていると思うことを強制されるみたいだった。そういうのは嫌」
「……」
 ジュリアさんの言葉に私は返す答えがなかった。
 彼女の言っていることを私は半分も理解できていないだろう。
 だが、何となくわかるというか共感する部分があるような気がする。
 これを「理解した」と判断するのは危険だが、言いたいことを言葉にしてくれたという感謝の気持ちが湧いてきた。

「……こんなこと言うと良い顔をしない人もいると思うけど、精霊界に移住してきた人ならわかるかな、ってね」
 ジュリアさんが力なく笑った。
 確かに存在界の人にこんな話をしたら、良い顔をする人は多くないのではないかと思う。

「いえ、私にはしっくりきたというか、言いたいことを言ってくれたように思います」
「……しっくりくる、か。別にやりたい人たちが勝手にやる分にはいいけど、やりたくない人を無理矢理巻き込むのと、そういう人たちが受け取っていい何かを奪うことは許容できなかった。ということなのだけど……伝わっているかな?」
「……私の理解力が十分だとは思えませんが、知りたいことを教えていただいたような気がします。他の相談員にも報告して移住に関する知恵にできれば、と思います」
 私は素直にそう思ったのだが、ジュリアさんは恐縮した様子で、
「そ、そんなに真面目に受け取られるとちょっと困るって!」
 と慌てて手を振った。
 彼女の言葉が私に刺さったのは恐らく言葉として形にしてほしいことを形にしてくれたからだと思う。
 彼女は自分自身のことをよく観察して、言葉を見つけ出したのだろう。

「すみません。楽に話していただいて大丈夫ですよ」
 その後は他愛もない話に終始したが、個人的には満足できる答えが引きだせたと思った。
 ジュリアさんを見送ってから応接室に戻って片づけをしていると、不意にアイリスが中に入ってきた。

「アーベル、どうだった? 少し話を聞かせてもらえるかしら?」
「……承知しました」
 アイリスの表情が冴えないのが気になる。
 これは「揺らぐぞ」と脅されるパターンだろうかと、私は軽く身構えた。といっても話を聞いて答える準備をするだけなのだが。

「ジュリアさんの話、アーベルはどう思ったかしら?」
 意外にもアイリスは「揺らぐぞ」と脅しはせず、ジュリアの意見に対する私の感想を聞いてきた。

「……そうですね、言葉にできなくてモヤっとしていたことを明らかにしてくれたような気がします」
「そう……アーベルにも悪いことをしてしまったわね……」
 アイリスが目を閉じて首を横に振った。明らかにいつもと様子が違う。
 いつものように「意見を出せ」 (これはアイリスが「揺らぐぞ」と私を脅すときの言葉だ)と言われるよりもよほど危ない状況だ、と私は直感した。

「ちょっと待ってください。アイリス、どうかしていませんか? 大丈夫か?!」
「……ごめんね。精霊界への移住に向いた人たちにこういう思いをさせていたんだ、ってことに気付いたから……」
 アイリスの言葉で私は、はっとさせられた。
 彼女は精霊や人間を造った側だ。それもかなり上の方だと聞いている。
 その責任を感じているのではないだろうか?

「……アイリスが責任を感じることではないと思いますが。それに我々相談員にはやるべきことがあります」
「え? 何かしら?」
 言動に残念なところは多々あるが、本来アイリスは仕事ができるし仕事に没頭する仕事精霊のはずだ。私が気付くようなことに気付かないわけがない。

「精霊界に移住したい、すべき人たちに精霊界の情報を確実に伝えること、だと思います」
「……そうね。ありがとう」
 アイリスが素直にうなずいた。彼女がこういう態度を見せるのは珍しい。
 やはり、人間を造ったということに相当の責任を感じているのだろう。

「精霊は精霊だけでは安心して生きていけないし、安心するために色々な生物を造ってしまったから……造ってしまった生物がどう感じているかまではよく考えなかった……」
 不意にアイリスが過去を思い出して述懐し始めた。

「……アイリスも長老会議のメンバーとかの指示でやったのでは?」
「……それは否定しないわ。でも人間や生物を造ったのは事実だし、単なる精霊のエゴだから……」
「少なくとも私はそのエゴのおかげで今は幸せにやっていますのでね。人間時代はともかく」
「……本当にそう思っている?」
 アイリスが疑わし気に尋ねてきた。その目は救いか許しを求めているように私には思われた。

 私の答えは初めから決まっている。
「もちろん。素敵なパートナーたちにも恵まれていますので。当然引き合わせてくれたアイリスにも感謝していますよ」
「……わかった、ありがとう」
 アイリスが今まで私が見たことのないような裏のない何かが晴れたような笑みを浮かべていた。
 恐らくこれで良かったのだと思う。

 この日、アイリスと今後の存在界における宣伝活動をどうするかについて少し話して私は職場を後にした。
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