精霊界移住相談カフェ「ケルークス」

空乃参三

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第三章

何もしない一日

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 私が朝起きてリビングへ行くと、カーリンがソファでくつろいでいた。
「おはようございます、アーベルさん、今日はお酒造りの作業がないのでゆっくりしています」
「おはよう。それはいいね。私もゆっくりさせてもらおうかな」
 今日は「ケルークス」に出勤する予定もないし、特に用事もない。

 カーリンがお酒造りの作業をしない日というのは月に二日ほどある。
 詳しいことは解らないのだが、造っている最中に「休ませる」必要があるのだそうだ。
 今日はその日に当たるらしい。

「ふふ、リーゼはちゃんとアーベルさんを満足させましたか? まだ下りてこないようですけど」
「しっかり楽しませてもらったからね。もうちょっと休んでからここに来ると思う」
 昨日はリーゼの番だった。姉のカーリンとしては妹が粗相をしていないか気になるのだそうだ。

 リーゼはしっかり者だし、私の方が粗相をしていないか気になる。カーリンの心配は杞憂というやつだ。
 私がカーリンにそう伝えると、
「それなら良かったです。今度はリーゼと一緒にアーベルさんの寝室にお邪魔しようかな……」
 とつぶやいて何か考え始めた。

 素直で快活なイメージの彼女だが、こういうときは妙に妖艶な表情を見せる。
 邪魔をしては悪いし、次に彼女が寝室に来るときのお楽しみ、としておこう。

 何というか今日は何かをしようという気にならない。
 時間はいくらでもあるのだし、せこせこと動き回るのは精霊界に合わないと自分に言い訳しながら、ソファでだらんと手足を伸ばす。
 まるで「ケルークス」にいるときのアイリスみたいな恰好だが、私は彼女と違って手足が長くないので、よりだらしなく見えるだろう。

「……カーリン、おはよ……あ、アーベルぅ、起きてたんだ!」
 寝ぼけ眼をこすりながらメラニーがリビングに入ってきたが、私を見つけて突進してきた。
 そしてがばっと左腕に抱きつく。家の中ではここが彼女の定位置だ。

「メラニー、おはよう。朝から絶好調かな?」
「もっちろんっ! だって今夜は私の番だしぃ。今から楽しみ」
 リーゼの次はメラニーの番だからそうなるか。

 少ししてリーゼ、ニーナもリビングにやってきた。

「おはようごさいます。アーベルさま、お姉ちゃん」
「おはようごさいます、アーベル様」
 リーゼは私がゆっくり休んでいいと言ったので、その言葉に従ったのだと思う。
 ニーナは私たちがいつでも風呂に入れるよう、準備をしてきたのだそうだ。
 ウンディーネである彼女はいつの間にか家の水回りを管理する役を担っている。

「ニーナ、そこまで慌てて準備しなくても大丈夫だよ」
「も、申し訳ございません。わ、わたくしが落ち着きませんでしたので……」
「ニーナが落ち着かないのならすまない。私のことを気にしてだったら、無理はしなくていい」
「承知しました」
 ニーナは放っておくと頑張りすぎるところがあるから、このくらいでいい。

「あ、あの……皆さん、どうかされたのでしょうか?」
 ニーナがキョロキョロと慌てた様子で私たちを見回した。

「別に何かあったという訳ではないですよ、ニーナ」
「??」
 カーリンがさらっと答えたが、ニーナは納得がいかない様子だ。

「ニーナ、私にもきっちりと説明できないのだけど、どうも今日は何かをしようとという気にならないんだ」
「そ、そうでしたか……それならお休みになられますか?」
「寝るのも悪くないけど、何もせずのんびり過ごすというか……」
 私にも明確にどうしたい、という案があるわけではない。
 何となく精神的なエネルギーが切れている、そんな状況なのだ。

「ニーナ、私は今からベッドに行ったら嬉しいけど、それだと他のみんなは退屈すると思わない?」
「それはメラニーの言う通りですが……」
 ニーナが言葉に詰まる。
 私も魂霊にしては気が短いと言われるのだが、ニーナも精霊にしては忙しく動いているタイプだ。結論がすぐに出ない状態は落ち着かないのではないかと思う。

「変な言い方だけど、今日は何もせずにぼーっとしていようかと思う。カーリンもお酒造りはお休みだそうだし、どうだろうか?」
「はあ……わたくしも急ぎで何かすることがあるわけではないのですが……」
 ニーナが考え込んだ。

「アーベルさま。泉にいかだが浮いたままになっています。そこで横になったり、お茶を飲んだりしたらどうでしょうか?」
 リーゼが手を挙げて提案した。
「悪くないね。お茶とマナを用意したら皆でいかだに行くか!」
 私はリーゼの案に乗ることにした。他の皆も反対ではないようだ。
 ぼーっとすることが決まったのに俄然やる気が出てくるから不思議だ。

 私はお茶の準備をして、ニーナにマナを準備してもらう。
 ニーナには働いてもらうことになったけど、このくらいは仕方ないか。

「アーベルさん、私、敷くものを持っていきますね」
 カーリンがピューっと地下へと向かって飛んでいった。そうだ、カーリンもどちらかというと忙しく動くタイプだ。
 ただ、彼女の場合ニーナと違ってオンとオフがはっきりしている。

 ━━十数分後━━
「これはいいね。砂浜でぼーっとするのとは違った感触だ!」
 前に「光の砂浜」へ旅行に行ったときは、砂浜で横になっていたけど、いかだの上とは趣が異なる。
 いかだは水の上に浮いているから、わずかにだが揺れる。
 それがいい塩梅になっているように思われる。

「アーベルさん、気が向いたらこちらにも来てくださいね」
「アーベルさま、お待ちしています」
 カーリンとリーゼの姉妹はいかだには乗らず、泉の水面で横になって浮いている。気持ちよさそうだ。
 さすがはニンフ、水の上はお手のものだ。自らが管理している泉ということもあるのだろう。

「じゃあ、こうしよう」
 私は足を泉に投げ出すようにして横になった。
 水がほどよく冷たくて気持ちよい。
 背中側には少し背の高いクッションがあるので、完全に横になるというより、椅子に深く寄り掛かったような感じだ。

「あ、私もやる!」
 メラニーが私の左隣で横になって、同じように膝から下を水に入れた。

「ニーナも来てみたら?」
「はい。わたくしはこちらに」
 ニーナがメラニーと反対側、すなわち私の右隣で同じように膝から下を水に入れた。
 今日は皆、水着ではないが薄着だ。
 全員薄い生地のさらっとしたワンピースを身に着けている。
 水の中に入ったとしても動きやすいというのがその理由のようだ。

「こうやって何もしないで浮いているのもいいですよね」
 カーリンが水面に浮いたまましみじみとつぶやいた。
「アーベルさまや皆が近くにいるのを感じるし、しばらくこのままこうしていたいです」
 リーゼはゆっくりと私の足元に向けて流れてきた。そのままニーナと私の足の間に頭を入れるような恰好で仰向けに浮いている。
「あ、それいいかな。私も行きますね」
 カーリンもリーゼに倣ってメラニーと私の足の間に頭を入れるような恰好で浮いている。

 最近になって泉の周囲の木に葉が生い茂るようになったので、いかだに乗っていてもそれほど陽が強く当たることはない。
 じわじわと身体にエネルギーが溜まっていくような感触がある。これはいい。
 横になったままカーリンとリーゼの方に目を向けてみると、ワンピースの生地に水が滲みてきてぴったりと身体に張り付いている。
 そのため下着や身体のラインがはっきりと見える状態だ。
 カーリンとリーゼの姉妹は四体のパートナーの中では比較的凹凸が少なめだが、それでも出るところは出ている。
 見慣れているはずなのだが、それでも飽きを感じさせないのが彼女たちの魅力だろうか。

 一方、私の両脇で横になっているメラニーとニーナの恰好も目の毒……いや保養になる代物だ。
 どちらもワンピースのスカートを太腿のかなり上の方までめくり上げている。
 足を水につけるためにそうしているのだが、これがなかなか艶めかしい。
 また、ワンピースの生地の関係もあり、上半身は身体のラインがはっきりと出ている。

 メラニーはグラマーそのものといった体型で、横になっていても胸の部分が高く盛り上がっているのがわかる。
 ニーナはメラニーほどではないが、バランスの取れたスタイルだ。
 腰の部分を布のベルトでぎゅっと縛っているので、その細さがよくわかる。

 寝室ならパートナーたちを可愛がるだろうし、パートナーたちの方も私を求めてくるであろう。
 でも今日はのんびりする。目で彼女たちの姿を楽しむにとどめておこう。
 彼女たちが嫌がれば話は別だが、私に目を向けてもらえない方が辛いと言ってくれるので、お言葉に甘えることにする。

 四体のパートナーたちの姿と、泉の水の冷たさ、そして陽の柔らかい暖かさを楽しみながらただただ時間が過ぎるのを待つ。
 もうちょっとしたら、お茶を口にしようか。
 お茶とマナを楽しんだら、また横になろう。

 こういう日があってもいい。
 これが精霊や魂霊あり方のひとつなのではないか、と私は思う。

 魂霊として生きている、そう感じる瞬間だ。
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