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第三章

家でのんびりゲーム

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「では、失礼します」
 移住希望者や精霊界に興味を持つ者に対する反吐が出るような偏見の数々を見せられて、私はすっきりしない気分で「ケルークス」を後にした。
 ここからは切り替えてパートナーたちと楽しく過ごすことにする。
 存在界からザカリーが持ってきた荷物の中には、私が注文していたゲームと存在界の菓子が含まれていた。
 ゲームはリーゼへの、菓子はメラニーへの土産だ。

 私の足取りは軽くはなかったが、いつもより短い時間で我が家まで到着した。
「戻ったよ。リーゼ、メラニーいるかい?」
「アーベルさま。みんないますよ。メラニーを呼んでくればいいですね」
 リビングの方からリーゼが顔を出してきた。
「手間をかけるけどお願いできるかな。新しいゲームが入荷していたから、メラニーに荷物を渡したら一緒に遊ぼうか」
「はい! ぱっと行ってきちゃいます」
 リーゼが勢いよく階段を上がっていった。

 少ししてメラニーが滑るように階段を降りてきた。
「あ、アーベル、戻ってきたんだ!」
 そして、私の左腕にガシッと抱きついてきた。
 荷物を持っているのが右手でよかったが、そのくらいはメラニーも気を付けているように思う。

「『ケルークス』にお菓子が入荷していたから持ってきた」
 私は右手に持っていた二つの袋のうち、大きい方をメラニーに手渡した。

「やった! 後で皆で食べよ。ありがとぉ♡」
 犬の尻尾がついていたら、間違いなくぶんぶん振り回していただろうというくらいの勢いでメラニーが袋を受け取った。
 彼女は私のパートナーの中では、最も感情が表情に出るタイプだ。
 割と周りをよく観察しているので、気を遣ってくれている可能性はある。
 あまり気を遣わせたくはないが、素直に喜んでくれるのは嬉しいものだ。

「アーベルさま。お姉ちゃんとニーナも呼んできました」
 リーゼがカーリンとニーナを連れて戻ってきた。
「アーベル様。今日はリーゼと遊ばれた後、お食事はとられますか? それとお酒はどうされますか?」
 ニーナが折り目正しく尋ねてきた。
 そこまで丁寧にしなくても良いのだが、彼女はこの方が落ち着くそうだ。
「皆がよければそうしたいけど、どうかな?」
 精霊界に移住してから気分が落ち込むということはあまりなかったのだけど、どうも今日はすっきりしない。
 パートナーたちに甘えることにはなってしまうが、私が沈んでいるのを隠す方が彼女たちは嫌がると思う。

「私はアーベルと食事したい。お菓子も出すから!」
 真っ先に左腕に抱きついたままメラニーが手を挙げた。
「……そうですね。私もちょっと飲みたい気分です」
「わたくしもご一緒したいです」
「ゲームの後なら喜んで、です」
 皆に気を遣わせてしまったようだが、それでも勝手に一人で塞ぎこんでいるよりは良いのだろう、と私は信じることにした。

「なら、三時間後から食事、でいいかな?」
「承知しました。本日の準備はわたくしにやらせてください」
 ニーナが名乗り出た。カーリンはアンブロシア酒造りの作業がまだ残っているらしいし、私はリーゼとゲームをすることになっている。
 私が準備に参加するとリーゼが私と過ごす機会を奪うことになるので、そうしないよう取り決めている。
 メラニーは料理が苦手だし、家の周囲の木の面倒を見る仕事がある。

 ニーナに食事の準備を任せて、私はリビングでゲームの準備を始めた。
 今回入荷したのはゲーム機用のソフト。ゲーム機はアイリスに頼んで魔法をかけてもらい魔力で動作する精霊界仕様にしてもらったので問題ない。
 ちなみにゲームはシリーズ物のRPGだ。第一作は私が高校生くらいのときに発売されたものだから、八〇年以上続いているのではないだろうか?
 人間の感覚だと恐ろしく長いシリーズだと思う。多分、最初の方の作品を作った人たちは生きていないだろうな。

「アーベルさま、隣で見せてください」
 リーゼが私にもたれかかるようにソファに座った。
 この手のゲームを遊ぶときは、最初に私がプレイしてリーゼはそれを見ている。
 私がクリアすると今度はリーゼがプレイして、私がそれを見る、という形だ。

 これで楽しいのかって?
 はじめのうちは私も疑わしいと思っていたが、慣れてくると案外これが楽しい。
 人間だったころは、時間に追われるように遊んでいた記憶があるが、今は時間は無限にある。
 その余裕があるのが良いのだろう。

「設定が終わったら始めるからちょっと待ってて」
「はい、大丈夫です」
 ポチポチと設定を終えて、チュートリアルが始まった。
 前作とゲームシステムに大きな差はなさそうなので、軽く流していく。

「アーベルさま、存在界のゲームや本は続きが出るのが早くていつもびっくりします」
 リーゼがじっと画面に見入っている。
 私はこのシリーズを第一作からすべて遊んでいるが、今作と前作の間は五年開いたはずだ。
 確かに精霊界の時間の流れからすると非常にサイクルが短い。

 まだ話をしたことはないと思うが、精霊界にも話を創作する精霊はいる。
 こうした話は祭りの場で精霊自身によって語られたり、劇として演じられたり、歌として歌われたりする。
 祭りは短いもので二十年周期、長いものだと数千年周期で行われるので、続き物の話の場合次作は最短で二十年後ということになるらしい。
 かくいう私も祭りにはまだ片手の指で数えられるくらいの回数しか行ったことがないのだが。

「人間の寿命は長くないからね。短いものだと年一回くらいのペースで続きを出していたと思う。本なんか二ヶ月とかだったりするけど」
「はあ……追いかけるの大変そうですね」
 リーゼが目を丸くしている。彼女は漫画なども読むのだが、一冊読むのに一ヶ月くらいかけている。
 彼女が追いかけているシリーズはいくつかあるが、幸いにして刊行速度がゆっくりなので、読み終えてないものが積み上がることはない。
 精霊や魂霊には時間が無限にある。
 実は私は四体のパートナーの年齢を詳しく知らないのだが、彼女たちはとてつもなく長い時間生きてきているはずだ。

 かなり昔に精霊は数を増やすことを止めてしまっているので、一番若い精霊でも十億単位の年齢であるという話はアイリスから聞いたことがある。

「時間はいくらでもあるのだし、ゆっくり追いかければいいんじゃないかな」
「アーベルさまの仰る通りですね。あっ!」
 リーゼが声をあげたのは、ゲームで初見殺し的な攻撃を受け、こちらがピンチに陥ったからだ。
「このくらいなら……アイテムを使えば押し戻せるはず……よし!」
 今まで封印していたアイテムを使って、体勢を立て直した。
「さすが……アーベルさまです!」
 無事、敵を撃退して私とリーゼはハイタッチで祝った。
 一人で遊んでいるときと違って、リーゼの反応があるのが嬉しい。

 最初の区切りのポイントまでゲームを進めると、二時間弱が経過していた。
 あと一時間ちょっとで食事だ。
 ゲームを三時間で区切っているのは、ゲーム機の動作時間の関係だったりする。
 うちのゲーム機は魔力タンクを接続して使うが、この魔力タンクに貯めておける魔力が概ね三時間ちょっと分なのだ。

「ここで止めるか、もう少し進めてみるか……」
 このゲームは区切りを過ぎるとしばらく中断できるタイミングがない。
「アーベルさま、もうちょっとだけ進めてください」
「わかった。少し急ぐか」
 リーゼの言葉に背中を押されてゲームを先に進める。
 私も先が気になっていたから、リーゼの言葉が無くても先に進めたとは思うが、判断に時間がかかった可能性がある。

「うーん、いっぱい情報が入ってきますね……」
 ゲームの登場人物や行ける場所が一気に増えた。
 先ほどまでは本編への導入部みたいな感じだったから情報が限られていたが、ここから本編突入ということなのだろう。
 説明が終わったところで四〇分近く経っている。さすがに長い。

「今回行ける場所は五ヶ所か。一ヶ所だけ回って今日は区切りにしよう」
「はい。続きはできるだけ早く始めてほしいです」
「明日カーリンを手伝ってから続きをするかい?」
「はい!」
 明日は「ケルークス」に出勤しないし、カーリンのアンブロシア酒造りの手伝いも午前中で十分なはずだ。
 リーゼをだしにしてゲームを進めるという後ろめたさを若干感じるが、それはメラニーとニーナに埋め合わせをすることで勘弁してもらおう。

「アーベル様。あと十分くらいで準備ができます」
「ニーナ、ありがとう。もう少しで区切りになるから」
 食事の時間を知らせにきたニーナに心の中で詫びながら、私はゲームの途中経過をセーブした。

「アーベルさま、明日が楽しみです」
 私を気遣ってくれているのかもしれないが、リーゼが満面の笑みを見せてくれた。
 これだけでもゲームを進めた価値があるというものだ。
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