50 / 146
第二章
アーベル、パートナーと旅行する その6
しおりを挟む
「説明はこんな感じですけど、お姉ちゃん、メラニー、ニーナ、質問とかはないですか?」
リーゼの声が砂浜に響いた。
私とパートナーたちは「光の砂浜」に広げた草を編んだシートの上でボードゲームを開始しようとしていた。
砂浜で、それも水着姿でボードゲームをしているというのは傍から見れば異様かもしれないが、周囲に他の精霊や魂霊の姿はない。
受付のヴァルキリーたちも必要最低限の巡回しかしていないし、たとえ巡回があったとしてもとやかく言われることはないだろう。
「ニーナは水着を変えたのか? 昨日のシルバーのも似合っていたけど、これはこれで雰囲気が変わるな」
「ありがとうございます。実はリバーシブルなんです。シルバーだと光が反射してしまうので……」
ニーナは昨日のシルバーではなく、水色の花柄のビキニを身に着けていた。
その上に白のレースのウェアを羽織っている。
確かに昨日のシルバーの水着だと、日光が反射してまぶしいかもしれない。
「ふふ、それでは始めます。まずはどちらに進みましょうか?」
リーゼが私たちに尋ねてきた。
今回のゲームは魔法使いたちが力を合わせて、悪の魔法使いを倒すというもの。
まずは敵となる悪の魔法使いがいる場所を特定しなければならない。
「今は街にいるのね? なら街の人たちに聞き込みをしましょうか?」
「聞く内容と相手を明確にすべきです。敵の魔法使いの目撃情報を道具屋と飲み屋、そして魔法ギルドに聞きに行きましょう」
「だったら二手に分かれた方が時間が短縮できるわね。アーベルと私が飲み屋、他の三人は道具屋とギルドに行くのがいいわ」
「「「……それ、メラニーがアーベルさん (さま)(様)と一緒にいたいだけですよね?」」」
メラニーの不用意な発言にカーリン、リーゼ、ニーナが非難の視線を向けた。
「そ、そうかな? 理にはかなっていると思うけど? ♪~」
メラニーが視線を逸らして口笛を吹いた。
ただ、それほど悪い選択でもないと思う。
私とメラニー、そしてカーリンが使っているキャラクターは魔法ギルド内での地位が低いのでギルドで話を聞きに行くメンバーとしてはあまり適していない。
また、ギルドと道具屋は密接な関係があるため、ギルドでの地位の高いキャラクターが話を聞きに行った方が良さそうだ。
「酒場で荒事に巻き込まれた場合、対処できそうなのはメラニーだけか……私とカーリンでサイコロ振ってどっちが酒場に行くか決めた方が良さそうだな……」
ギルドと道具屋へ行く方は人数が多く必要なので、こちらは三人にしたい。
となると必然的にカーリンと私が別行動を取るのがゲーム的には良いだろう。
「……仕方ないか。アーベルさん、サイコロを振って大きい目が出た方が酒場に行くということで」
カーリンが残念そうな表情でサイコロを手にした。
「やっ」「それ!」
私もカーリンとほぼ同時にサイコロを振った。
「……私がギルドへ行くのですね。アーベルさん、メラニー、酒場の方はお願いします」
「任されたわ!」
カーリンと対照的にメラニーの表情は晴れやかだ。
このことが私のパーナーたちの間に禍根を残すことにはならないと思うが、やはりゲームには注意が必要そうだ。
━━数十分後━━
「敵の魔術師の居場所はわかったけど、二つあるうちのどちらのルートを選ぶかが悩ましいな……」
「アーベルさま、街道を通っていくルートだと日数がかかりそうです」
いつの間にかリーゼが私の右側にもたれかかっている。
メラニーが左側、カーリンは背中だ。
「アーベル様、森を抜けるルートは敵が多そうですが……」
ニーナはボードを挟んで私の正面に座っているが、何故か顔が近い。
「「「「……」」」」
パートナーたちは私にルートを選んでほしそうな顔をしているが、彼女たちに選んでほしいという気はする。
こういうとき、口火を切ってくれそうなのは……
「メラニー、森で何度か戦ってみるかい? それとも移動力をフル活用して街道を行くというのもアリだと思うが……」
「そうね……ちょっと戦ってみたい気もするわ。私とリーゼのキャラが強そうだから、リーゼが戦ってくれると助かるわね」
単純な攻撃能力だとメラニーとリーゼのキャラが強い。
私のキャラは能力強化や回復が得意な支援型、ニーナのキャラは隠密行動が得意で知識が豊富なタイプだ。
街道を通った場合、敵の魔法使いとの戦いまでメラニーとリーゼのキャラクターの出番が少なくなる可能性があるからメラニーが森を通りたくなるのもわかる。
「うーん、私はどうしたらいいかなぁ? 敵を引き付けることはできるかもしれないけど、敵がこっちを狙ってくれるかなぁ……」
カーリンが頭を抱えている。
彼女のキャラクターは防御に強いタイプだ。この手のタイプは敵の攻撃を集めてもらうのに適しているが、残念ながら彼女のキャラクターには敵の攻撃を集める魔法や技能がない。
ここは助け船を出した方が良さそうだ。
「カーリン、私のキャラには敵から狙われやすくする魔法がある。ただ、防御は紙なのでカーリンのキャラに守ってもらえるとありがたいが」
「そ、それなら喜んで! ですが、防御が紙、って何ですか? ってごめんなさい!」
カーリンが私の肩に回した手に力を入れたが、その直後に頭をこつんとぶつけてきた。
謝られたところから推測するに、首を傾げたときにぶつけてしまったようだ。
「お姉ちゃん、『紙』は薄っぺたいです。『防御が紙』は守りが薄いとか弱いという意味です。アーベルさまがいた存在界ではそのような言い方をします」
「そうか……なるほどね」
リーゼの説明にカーリンは納得してくれたようだ。
迂闊にも存在界の物言いをしてしまったが、リーゼは本やゲームで慣れ親しんでいるので、このような場合に彼女の存在はありがたい。
考えてみればボードゲームなど、存在界の言葉や文化が思いっきり入り込んでいる代物だ。
ゲームや本にあまり馴染みのないメンバーは、精霊界のそれらとのギャップに首を傾げたり悩んだりすることになるだろう。
「では、森を進む、ということにいたしましょう。僭越ながら最初の出来事を決めるカードをわたくしが引かせていただきます。これは……」
ニーナが引いたカードは敵襲を示すものであった。
「えっ?! いきなり敵なの?! ってワイルドボアって何?」
荒れ狂うイノシシが描かれたカードを見てメラニーが首を傾げた。
「昔に偉い精霊たちが存在界で造った生物にそんなのがいたと思うけど……」
カーリンがカードを覗き込んで不思議そうな顔をしている。
考えてみたら、普通の精霊は精霊と魂霊、植物以外の生物を見聞きしたりする機会がほとんどない。
「存在界に住んでいる人間じゃない生き物、なのだが……あまり強い敵じゃないから戦いの練習にはもってこいだ」
私もその程度の説明しかできない。
「アーベル様、存在界では日常的にこのような生物との戦いが発生しているのでしょうか?」
「えっ?! 確かに狩りの対象となる生物ではあるのだが、多くの人間はそんな経験をしていないと思うが……」
ニーナから質問されて、思わず吹き出しそうになった。
精霊と人間の文化的ギャップの大きさを思い知った。
「えっ? アーベルさま。存在界で戦いは一般的ではないのですか? 本やゲームでは頻繁に行われているように書かれていますが?」
リーゼまで不思議そうな顔をして私に尋ねてきた。
ニーナは私と契約してから日が浅いが、リーゼはカーリンと一緒に最初に契約している。
それなりに長い (といっても精霊から見れば短いのだろうが)期間付き合っているが、未だにパートナーのことをわかっていないのだと気付かされた。
リーゼの場合は、私の本やゲームの選択が偏っていたのかもしれない。
もう少し日常を書いた本も勧めてみるべきだったか。
ワイルドボアとの戦闘の説明だけで十数分を要してしまったが、パートナーたちには楽しんでもらえたようだ。
大して強い敵ではなかったので、戦闘はあっさり終わってしまった。
「いい連携だったよ。この調子で進んでいこう」
その後も何度か戦闘が発生し、敵についてはその都度いろいろと説明しなければならなかったが、それを除けば順調に進むことができた。
私と違ってパートナーたちは飲み込みが早いし、連携するのは得意なようだ。
戦闘が精霊であるパートナーたちの性格に合うかどうか、ゲーム開始前には少し不安はあったのだけど、その心配は杞憂に終わったようだ。
遊びの中で架空の生物相手の戦闘なら、そうと割り切れている。
味方同士、この場合はパートナー同士の争いにならないのも割り切れる要因になっていると思う。
しかし、このときの私の認識は少し甘かったのかもしれない。
「アーベルさん、森の出口ですが敵が待ち構えています。えーと、これは……?!」
カードを開いたカーリンが一瞬固まった。
「どれどれ、何があったの? ってコレと戦えるの? 何かすごい恰好にされているけど……」
メラニーがカードを覗き込んでポカンとしている。
「アーベルさま。トロールです。厳しい戦いになるかも、です」
リーゼの表情は険しかったが、これは単純に戦闘に勝てるかどうかを気にしているだけだ。
カーリンやリーゼが固まっているのは別の理由だ。
「あの……アーベル様。カーリンやメラニーはトロールが存在界でどのような扱いになっているかご存知ないのでは?」
意外にもニーナは状況を正しく理解しているようだ。彼女に存在界の本やゲームを楽しむ趣味はなかったと思ったのだが……
こんな状況になったのは、トロールは立派な精霊だからだ。
穴ぐらなどを司る地属性の精霊で、精霊界では人間より少し背が低く、動物の耳と尾をもつ人の姿をしている。
カードに描かれていたトロールは毛むくじゃらの醜悪な巨人であり、精霊界で見られるそれとはかなり異なる。
「カーリン、メラニー。トロールは存在界へ行って妖精になるとそのカードに描かれているような姿になることもできるのです。もちろん、人間の姿にもなります」
ニーナが説明してくれた。なるほど、妖精としてのトロールの姿は正しく存在界に伝わっているのか。
「私も実際にトロールが存在界で何をしたのかは知らないのだが、存在界では人を襲うタイプや、悪戯をするタイプ、友好的なタイプがいると考えられているみたいで、創作だと人を襲うタイプが一番多そうだ」
「そう思われているのだと、ちょっと可愛そうですね」
カーリンの言うことも理解できる。トロールは存在界では云われなき不名誉を負わされているとも考えられるからだ。
私も迂闊なことは言えないので、少し考えてから口を開いた。
「確かにな……ただ、存在界のゲームや本には敵役も必要で、それらは存在界の生物や、存在界に来た妖精がモデルになっているのが少なくないと思う。ただ、人間が彼らに悪意を持っているというのとは違う気がするな」
「どのような意図から、なのでしょうか?」
「想像になるが、人間のよくないところを現すのに他の生物や妖精の姿を借りたのではないかと思っている。人間を悪く描くと角が立つだろうけど、他の生物や妖精の存在は知らない人間が多いからね」
私は妖精やモンスターなどの敵役は人間が想像で描いていると考えている者がほとんどだ、ということを言いたかったのだが、この言葉で伝わっただろうか?
カーリンは少し考えていたが、不意にそうか、と手を叩いた。
「何となくですがわかったような気がします! 私たち精霊も噂話は好きですし、そこでネタになる精霊がいますよね? そういった感覚に近い気がします! その場にいる精霊をネタにはしませんから」
「なるほど。そういう考え方もあるのか。確かにその場にいない者をネタにしているという点では同じかもしれないな。人間はこのゲームに登場するような敵は存在していないと思っている者がほとんどだから、誰も傷つけないで済むと考えているのだろう」
「そうよね。いないと思っているものをどう描こうと勝手だものね。ここに出てくる敵は精霊と関係ない! って考えればいいことだし、たまたま名前が一緒ということなら笑うこともできるわよね」
メラニーはフィクションというものを理解してくれたようだ。
「メラニーのいう通りです。お姉ちゃん、それにこの描かれ方に問題があるなら、存在界に行っている精霊たちが直しにかかるはずです。それがない、ということは受け入れられていると思います」
実はリーゼも存在界における一部の精霊や妖精の描かれ方に不快感を訴えたことがあった。
そのとき私は、今回ほど上手に説明できなかった。
しかし、リーゼは本を読み込んだりゲームをやりこんだりしていくうちに、人間の感覚を理解してくれるようになった。
さっきの言葉は、存在界での精霊や妖精の描かれ方に関するリーゼなりの理解なのだと思う。
「皆さんが納得できたところで戦いを始めましょう。僭越ながらわたくしが先頭になって切り込みます」
ニーナがダイスを手に取った。
結局この日は夜になるまで砂浜でゲームを続けた。
存在界のゲームの面白さを皆、理解してくれたのだと思う。
精霊界移住相談所としてはもう少し広報活動のやり方を考えなければならないかもしれないな、と私は思った。
リーゼの声が砂浜に響いた。
私とパートナーたちは「光の砂浜」に広げた草を編んだシートの上でボードゲームを開始しようとしていた。
砂浜で、それも水着姿でボードゲームをしているというのは傍から見れば異様かもしれないが、周囲に他の精霊や魂霊の姿はない。
受付のヴァルキリーたちも必要最低限の巡回しかしていないし、たとえ巡回があったとしてもとやかく言われることはないだろう。
「ニーナは水着を変えたのか? 昨日のシルバーのも似合っていたけど、これはこれで雰囲気が変わるな」
「ありがとうございます。実はリバーシブルなんです。シルバーだと光が反射してしまうので……」
ニーナは昨日のシルバーではなく、水色の花柄のビキニを身に着けていた。
その上に白のレースのウェアを羽織っている。
確かに昨日のシルバーの水着だと、日光が反射してまぶしいかもしれない。
「ふふ、それでは始めます。まずはどちらに進みましょうか?」
リーゼが私たちに尋ねてきた。
今回のゲームは魔法使いたちが力を合わせて、悪の魔法使いを倒すというもの。
まずは敵となる悪の魔法使いがいる場所を特定しなければならない。
「今は街にいるのね? なら街の人たちに聞き込みをしましょうか?」
「聞く内容と相手を明確にすべきです。敵の魔法使いの目撃情報を道具屋と飲み屋、そして魔法ギルドに聞きに行きましょう」
「だったら二手に分かれた方が時間が短縮できるわね。アーベルと私が飲み屋、他の三人は道具屋とギルドに行くのがいいわ」
「「「……それ、メラニーがアーベルさん (さま)(様)と一緒にいたいだけですよね?」」」
メラニーの不用意な発言にカーリン、リーゼ、ニーナが非難の視線を向けた。
「そ、そうかな? 理にはかなっていると思うけど? ♪~」
メラニーが視線を逸らして口笛を吹いた。
ただ、それほど悪い選択でもないと思う。
私とメラニー、そしてカーリンが使っているキャラクターは魔法ギルド内での地位が低いのでギルドで話を聞きに行くメンバーとしてはあまり適していない。
また、ギルドと道具屋は密接な関係があるため、ギルドでの地位の高いキャラクターが話を聞きに行った方が良さそうだ。
「酒場で荒事に巻き込まれた場合、対処できそうなのはメラニーだけか……私とカーリンでサイコロ振ってどっちが酒場に行くか決めた方が良さそうだな……」
ギルドと道具屋へ行く方は人数が多く必要なので、こちらは三人にしたい。
となると必然的にカーリンと私が別行動を取るのがゲーム的には良いだろう。
「……仕方ないか。アーベルさん、サイコロを振って大きい目が出た方が酒場に行くということで」
カーリンが残念そうな表情でサイコロを手にした。
「やっ」「それ!」
私もカーリンとほぼ同時にサイコロを振った。
「……私がギルドへ行くのですね。アーベルさん、メラニー、酒場の方はお願いします」
「任されたわ!」
カーリンと対照的にメラニーの表情は晴れやかだ。
このことが私のパーナーたちの間に禍根を残すことにはならないと思うが、やはりゲームには注意が必要そうだ。
━━数十分後━━
「敵の魔術師の居場所はわかったけど、二つあるうちのどちらのルートを選ぶかが悩ましいな……」
「アーベルさま、街道を通っていくルートだと日数がかかりそうです」
いつの間にかリーゼが私の右側にもたれかかっている。
メラニーが左側、カーリンは背中だ。
「アーベル様、森を抜けるルートは敵が多そうですが……」
ニーナはボードを挟んで私の正面に座っているが、何故か顔が近い。
「「「「……」」」」
パートナーたちは私にルートを選んでほしそうな顔をしているが、彼女たちに選んでほしいという気はする。
こういうとき、口火を切ってくれそうなのは……
「メラニー、森で何度か戦ってみるかい? それとも移動力をフル活用して街道を行くというのもアリだと思うが……」
「そうね……ちょっと戦ってみたい気もするわ。私とリーゼのキャラが強そうだから、リーゼが戦ってくれると助かるわね」
単純な攻撃能力だとメラニーとリーゼのキャラが強い。
私のキャラは能力強化や回復が得意な支援型、ニーナのキャラは隠密行動が得意で知識が豊富なタイプだ。
街道を通った場合、敵の魔法使いとの戦いまでメラニーとリーゼのキャラクターの出番が少なくなる可能性があるからメラニーが森を通りたくなるのもわかる。
「うーん、私はどうしたらいいかなぁ? 敵を引き付けることはできるかもしれないけど、敵がこっちを狙ってくれるかなぁ……」
カーリンが頭を抱えている。
彼女のキャラクターは防御に強いタイプだ。この手のタイプは敵の攻撃を集めてもらうのに適しているが、残念ながら彼女のキャラクターには敵の攻撃を集める魔法や技能がない。
ここは助け船を出した方が良さそうだ。
「カーリン、私のキャラには敵から狙われやすくする魔法がある。ただ、防御は紙なのでカーリンのキャラに守ってもらえるとありがたいが」
「そ、それなら喜んで! ですが、防御が紙、って何ですか? ってごめんなさい!」
カーリンが私の肩に回した手に力を入れたが、その直後に頭をこつんとぶつけてきた。
謝られたところから推測するに、首を傾げたときにぶつけてしまったようだ。
「お姉ちゃん、『紙』は薄っぺたいです。『防御が紙』は守りが薄いとか弱いという意味です。アーベルさまがいた存在界ではそのような言い方をします」
「そうか……なるほどね」
リーゼの説明にカーリンは納得してくれたようだ。
迂闊にも存在界の物言いをしてしまったが、リーゼは本やゲームで慣れ親しんでいるので、このような場合に彼女の存在はありがたい。
考えてみればボードゲームなど、存在界の言葉や文化が思いっきり入り込んでいる代物だ。
ゲームや本にあまり馴染みのないメンバーは、精霊界のそれらとのギャップに首を傾げたり悩んだりすることになるだろう。
「では、森を進む、ということにいたしましょう。僭越ながら最初の出来事を決めるカードをわたくしが引かせていただきます。これは……」
ニーナが引いたカードは敵襲を示すものであった。
「えっ?! いきなり敵なの?! ってワイルドボアって何?」
荒れ狂うイノシシが描かれたカードを見てメラニーが首を傾げた。
「昔に偉い精霊たちが存在界で造った生物にそんなのがいたと思うけど……」
カーリンがカードを覗き込んで不思議そうな顔をしている。
考えてみたら、普通の精霊は精霊と魂霊、植物以外の生物を見聞きしたりする機会がほとんどない。
「存在界に住んでいる人間じゃない生き物、なのだが……あまり強い敵じゃないから戦いの練習にはもってこいだ」
私もその程度の説明しかできない。
「アーベル様、存在界では日常的にこのような生物との戦いが発生しているのでしょうか?」
「えっ?! 確かに狩りの対象となる生物ではあるのだが、多くの人間はそんな経験をしていないと思うが……」
ニーナから質問されて、思わず吹き出しそうになった。
精霊と人間の文化的ギャップの大きさを思い知った。
「えっ? アーベルさま。存在界で戦いは一般的ではないのですか? 本やゲームでは頻繁に行われているように書かれていますが?」
リーゼまで不思議そうな顔をして私に尋ねてきた。
ニーナは私と契約してから日が浅いが、リーゼはカーリンと一緒に最初に契約している。
それなりに長い (といっても精霊から見れば短いのだろうが)期間付き合っているが、未だにパートナーのことをわかっていないのだと気付かされた。
リーゼの場合は、私の本やゲームの選択が偏っていたのかもしれない。
もう少し日常を書いた本も勧めてみるべきだったか。
ワイルドボアとの戦闘の説明だけで十数分を要してしまったが、パートナーたちには楽しんでもらえたようだ。
大して強い敵ではなかったので、戦闘はあっさり終わってしまった。
「いい連携だったよ。この調子で進んでいこう」
その後も何度か戦闘が発生し、敵についてはその都度いろいろと説明しなければならなかったが、それを除けば順調に進むことができた。
私と違ってパートナーたちは飲み込みが早いし、連携するのは得意なようだ。
戦闘が精霊であるパートナーたちの性格に合うかどうか、ゲーム開始前には少し不安はあったのだけど、その心配は杞憂に終わったようだ。
遊びの中で架空の生物相手の戦闘なら、そうと割り切れている。
味方同士、この場合はパートナー同士の争いにならないのも割り切れる要因になっていると思う。
しかし、このときの私の認識は少し甘かったのかもしれない。
「アーベルさん、森の出口ですが敵が待ち構えています。えーと、これは……?!」
カードを開いたカーリンが一瞬固まった。
「どれどれ、何があったの? ってコレと戦えるの? 何かすごい恰好にされているけど……」
メラニーがカードを覗き込んでポカンとしている。
「アーベルさま。トロールです。厳しい戦いになるかも、です」
リーゼの表情は険しかったが、これは単純に戦闘に勝てるかどうかを気にしているだけだ。
カーリンやリーゼが固まっているのは別の理由だ。
「あの……アーベル様。カーリンやメラニーはトロールが存在界でどのような扱いになっているかご存知ないのでは?」
意外にもニーナは状況を正しく理解しているようだ。彼女に存在界の本やゲームを楽しむ趣味はなかったと思ったのだが……
こんな状況になったのは、トロールは立派な精霊だからだ。
穴ぐらなどを司る地属性の精霊で、精霊界では人間より少し背が低く、動物の耳と尾をもつ人の姿をしている。
カードに描かれていたトロールは毛むくじゃらの醜悪な巨人であり、精霊界で見られるそれとはかなり異なる。
「カーリン、メラニー。トロールは存在界へ行って妖精になるとそのカードに描かれているような姿になることもできるのです。もちろん、人間の姿にもなります」
ニーナが説明してくれた。なるほど、妖精としてのトロールの姿は正しく存在界に伝わっているのか。
「私も実際にトロールが存在界で何をしたのかは知らないのだが、存在界では人を襲うタイプや、悪戯をするタイプ、友好的なタイプがいると考えられているみたいで、創作だと人を襲うタイプが一番多そうだ」
「そう思われているのだと、ちょっと可愛そうですね」
カーリンの言うことも理解できる。トロールは存在界では云われなき不名誉を負わされているとも考えられるからだ。
私も迂闊なことは言えないので、少し考えてから口を開いた。
「確かにな……ただ、存在界のゲームや本には敵役も必要で、それらは存在界の生物や、存在界に来た妖精がモデルになっているのが少なくないと思う。ただ、人間が彼らに悪意を持っているというのとは違う気がするな」
「どのような意図から、なのでしょうか?」
「想像になるが、人間のよくないところを現すのに他の生物や妖精の姿を借りたのではないかと思っている。人間を悪く描くと角が立つだろうけど、他の生物や妖精の存在は知らない人間が多いからね」
私は妖精やモンスターなどの敵役は人間が想像で描いていると考えている者がほとんどだ、ということを言いたかったのだが、この言葉で伝わっただろうか?
カーリンは少し考えていたが、不意にそうか、と手を叩いた。
「何となくですがわかったような気がします! 私たち精霊も噂話は好きですし、そこでネタになる精霊がいますよね? そういった感覚に近い気がします! その場にいる精霊をネタにはしませんから」
「なるほど。そういう考え方もあるのか。確かにその場にいない者をネタにしているという点では同じかもしれないな。人間はこのゲームに登場するような敵は存在していないと思っている者がほとんどだから、誰も傷つけないで済むと考えているのだろう」
「そうよね。いないと思っているものをどう描こうと勝手だものね。ここに出てくる敵は精霊と関係ない! って考えればいいことだし、たまたま名前が一緒ということなら笑うこともできるわよね」
メラニーはフィクションというものを理解してくれたようだ。
「メラニーのいう通りです。お姉ちゃん、それにこの描かれ方に問題があるなら、存在界に行っている精霊たちが直しにかかるはずです。それがない、ということは受け入れられていると思います」
実はリーゼも存在界における一部の精霊や妖精の描かれ方に不快感を訴えたことがあった。
そのとき私は、今回ほど上手に説明できなかった。
しかし、リーゼは本を読み込んだりゲームをやりこんだりしていくうちに、人間の感覚を理解してくれるようになった。
さっきの言葉は、存在界での精霊や妖精の描かれ方に関するリーゼなりの理解なのだと思う。
「皆さんが納得できたところで戦いを始めましょう。僭越ながらわたくしが先頭になって切り込みます」
ニーナがダイスを手に取った。
結局この日は夜になるまで砂浜でゲームを続けた。
存在界のゲームの面白さを皆、理解してくれたのだと思う。
精霊界移住相談所としてはもう少し広報活動のやり方を考えなければならないかもしれないな、と私は思った。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す
エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】
転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた!
元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。
相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ!
ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。
お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。
金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。


【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる