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第二章

アーベル、パートナーと旅行する その3

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「光の砂浜」に到着した翌朝、私と三体のパートナーたちは海を楽しむことにした。
 昨夜呑みながら話して、午前中は海の中を散歩しようと決めていた。
 また、海の中ではマーマンからとんでもなく面白い話が聞けると受付のヴァルキリーが教えてくれたので、それも聞いてみるつもりだ。

「じゃあ、行こうか。皆の水着姿は新鮮だな。いつもと違った良さがあるな」
 私は他人を褒めるのが得意ではないので、あまりいい言葉が思いつかないが、四体のパートナーたちの水着姿は皆魅力的だと思う。
「言われてみればそうですね。私やリーゼは家の前の泉に入るときは服のままか何も着ないか、ですものね」
 カーリンとリーゼは水の精霊ニンフであり、自身が管理する水場に入ることはよくある。
 確かにそのときは服を着たままか、逆に何も身に着けておらず、裸であることが多い。

「私たち精霊が服を着るようになったのって人間の影響らしいからね。リーゼやニーナは色々服を楽しんでいるわよね。私も水着は初めて着たけど、これは動きやすくていいわね」
 メラニーの水着は黄緑色のビキニスタイルだ。布の面積は少な目だ。
 私のパートナーの中では一番の長身でグラマーな身体をしているのが彼女なのだが、その身体を惜しげもなく披露している。

「アーベルさま、準備はバッチリです」
 リーゼが私の前に進み出てきた。こちらは白とピンクのストライプのビキニだ。お気に入りのゴーグルも忘れていない。
 メラニーと対照的にリーゼは小柄だが、出るところはしっかり出ている。平均的なスタイルなのだろうが。
 テンションが高めに感じるのは、彼女が水属性を持っているからだろうか? 海と言っても水の中、それこそ水を得た魚状態になるのだろうか?

「アーベルさん、出るときにお酒を冷やしていきましょう」
 カーリンはお酒の樽を手にしている。今晩の分だろう。
 彼女は赤いハイレグの競泳水着を身に着けている。活動的な彼女のイメージにはピッタリだ。

「アーベル様、そろそろ出発いたしましょう」
 奥に控えていたニーナが進み出てきた。
「格好いいな」
 思わず声をあげてしまったのは、ニーナの水着が原因だ。
 銀に光るビキニ、それもファンタジーものに出てくるようなビキニアーマーを模した水着だったからだ。

 落ち着いているときは執事風の話し方をする彼女なので微妙にイメージが違う気もするが、これはこれで良いものだ。
 メラニーと比較すると細身だが、ニーナもかなりスタイルは良い。
 背丈もメラニーの次に高いので、外見だけでいえば日本的ファンタジーの女戦士のコスプレと考えると似合っている。

「じゃあ、樽を冷やしながら行こうか」
 酒の樽を水が湧き出ている場所の砂に埋めてから海に向かった。

 水に入ってからしばらくして私は違和感を覚えた。
「……?」
 海に入って歩いて移動しているのだが、メラニーと私だけ浮き上がってしまう。
 カーリン、リーゼ、ニーナは海底を文字通り歩いているのだが……

「アーベルっ! どうやって沈むの、コレ?!」
 メラニーが手足をバタバタさせながら慌てた様子で私に尋ねてきた。
 傍から見ると溺れているように見える。
「私にもわからない! 落ち着いて私につかまってくれ!」
「う、うん……」
 ここぞとばかりにメラニーが私に抱き着いてきた。
 私もメラニーも肩から上は海面より上にあるので、溺れたりする心配はないだろうが……

「アーベル様っ、メラニー! どうなされました?!」
「ニーナか? どうやって沈めばいいのだろうか?」
 考えてみたら、人間時代の私は背の立たない場所というとプールでしか泳いだことがないし、精霊界に来てからはカーリンとリーゼの泉より深い水の中に入ったことがない。
 重りを持つべきだったか? と考えたが、目の前のニーナがそのようなものを持っているようには見えない。

「申し訳ありません。水に沈むときは力を抜いて手足をだらんとしてみてください」
「そうか……力を抜くのか、おっと」
 ニーナのいう通り力を抜くと、ゆっくりと身体が沈み始めた。
 驚いて足をばたつかせると身体が浮き始める。
「アーベル様、足を動かすと浮いてしまいます」
 ニーナが冷静に指摘してきた。
「ぷはっ! 要領はわかった! ありがとう!」
 私は水面から顔を出してニーナに礼を言ったが、ニーナは怪訝な表情を浮かべている。

「どうしたんだ? ニーナに話をするために浮かび上がったのだが……」
「……アーベル様、その……申し上げにくいのですが、水の中でも普通にお話しできます」
「?! そうか……そうだったな」
 迂闊にも魂霊は水中でも話ができることを失念していた。

 再び力を抜いて沈み始める。
 ゆっくりと身体が沈んでいき、少ししてトンと足先に軽い衝撃を感じた。
 海底に着底したのだ。
 このあたりの水深は三、四メートルといったところか。
 上を見ると家の天井よりちょっと上くらいの高さに水面が見える。
「なるほど。私も水の中に入ったことなかったから、やり方がわからなかったわ。やってみると面白いわ」
 メラニーが器用に浮いたり沈んだりししている。
 私もコツがつかめたようで海底を歩けるようになった。これなら大丈夫そうだ。

「だったら家でできないことをするわね。アーベルっ!」
 背中の方からメラニーの声がした直後、私の首に細い腕が回された。
 いつもは左腕に抱き着く彼女だが、今日は場所を変えるようだ。

「それなら私はここです」
 今度は腰のあたりに衝撃を覚えた。この声はリーゼだ。

「ニーナ、アーベルさんをご案内しましょう。私はこちら側で」
「ええ、承知しました。わたくしは反対側を担当いたします」
 カーリンが私の右手、ニーナが左手を引いた。
 どこかに案内してくれるらしい。

「このあたりはポセイドンが住んでいるそうです。見てみませんか? その後でマーマンのところへ行きましょう」
「家の近くにはいないタイプの精霊ですので、一見の価値はあると思いますがいかがでしょうか?」
 カーリンとニーナはこのあたりのことを事前に調べてきたようだ。
 私はポセイドンもマーマンも見たことがなかったから二つ返事で彼女たちの提案を受け入れた。

「アーベル様、あちらにポセイドンが……」
 ニーナが指差した先に、二体の筋骨隆々の男性型精霊の姿があった。
 白い布を身体に巻きつけており、昔何かの本で見たギリシャ神話の神様みたいな風貌だと私は思った。

「よう! お前さんたちはどこのレイヤから来たんだ?」
 ポセイドンのうちの一体がこちらに気付いて手を挙げた。
「青緑の水の二です」
 私が答えると、
「旅行者だな。楽しんでいきな! 俺らの遊びを見ても面白くないだろうが向こうにはマーマンがいるからな。見ていくといい」
 と指を立てた。一応は歓迎されているようだ。

 二体のポセイドンは、三又の槍を投げて的に当てる遊びをしているようだ。
 水中なのにギューンと音をたてながら魚雷のように槍が飛んでいくのには驚いた。
 ポセイドンはマッチョな精霊であるが、力の桁が違っているような気がする。

「アーベルさん、次、行きますか?」
 カーリンがくいくいと私の腕を引いた。
「行こうか。案内をお願いするよ」
 私の返事を合図にカーリンとニーナが進みだした。

 今になって気付いたが、カーリンとニーナの進み方はちょっと変わったものであった。
 最初に海底を蹴って少し浮きあがり、すいすいと足で水を蹴って進む。
 身体は六十度くらいに傾けた感じで、敢えて言えば泳ぐに近いのだが、もと人間の私が知る泳ぎと明らかに異なる。
 これも新たな発見だ。

 私も真似てみたのだが、どうしても力が入りすぎるか抜けすぎるかで水中での位置が安定しない。
 首と腰にしがみついているメラニーとリーゼが身体を動かして位置を調整してくれている。
 そうでなければ水面近くまで浮き上がったり、すっと海底に沈んだりしただろう。

 何度か沈んでそのたびに海底を蹴って浮かび上がる羽目になったが、魂霊になってから初めての水中移動なのでパートナーたちには勘弁してもらった。

「アーベル様、あの岩の周りがマーマンの住処です」
 ニーナが二つの小山のようなつながった岩を指差した。

 低い方の岩は円柱に近い形で上が平らになっている。表面はこげ茶色でごつごつしている。
 低い方でも五階建ての建物くらいの高さはある。
 実は私が人間だったころ、一番長く住んでいたのが五階建てのマンションだったのだが、それと同じくらいの高さに見えるのだ。

 高い方の岩はそれよりもだいぶ高いようで、てっぺんは海面より上にあるようだ。
 今いる位置から海面まではニ五から三〇メートルくらいか。
 水はきれいに透き通っており、陽の光が降り注いでいるから明るいが、人間であるなら恐怖を感じる深さだ。
 少なくとも人間時代の私がこの水深に放り込まれたら、あっという間にお陀仏だっただろう。

「おお、昔本で見た通りだ!」
 思わず声をあげてしまったのは、上半身が人間、下半身が魚という姿の精霊が何体も低い方の岩のてっぺんに集まっているのが見えたからだ。
 男性型と女性型の両方がいて、何やら話をしているようだ。
 ニーナとカーリンの先導で私たちも岩の上へと向かう。

「失礼します。青緑の水の二レイヤから来た旅の者ですが」
 ニーナが近くのマーマンに声をかけた。
「ああ、こっちに来て空いている椅子に座りな。すぐに始めるから」
 訳もわからないうちに椅子を勧められたが、すぐに話が始まるということか。
 ならば、と私たちも近くの空いた椅子に腰かけた。

「そこの男は魂霊だな? ちょうどいい。今日は我らの間で伝わる存在界の秘密の話をしよう。私は語り部のライムントという」
 唯一杖を持っている男性型のマーマンが私に向かって告げた。語り部ということは、このライムントが話をするのだろう。
 私は水中で彼の持っている杖が役に立つのかが気になって仕方ないのだがが、「面白い」のはそこではないだろう。存在界の秘密を話すらしいし。

「準備はよいか? なら始めよう……」
 ライムントの声のトーンが低くなった。
 ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。
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