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第二章
サリのパートナー契約 前編
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「エリシア、アーベル。立ち会いよろしくね」
「承知しました」「オイラも大丈夫」
相談所の二階にある応接室にはアイリス、エリシア、私の三名の姿があった。
今日は先日精霊界に移住してきたサリのパートナー候補との顔合わせが行われる。
「サリに合う属性を調べてみたら火と光が同じくらいだったから、今回は火属性のヴルカンと光属性のジャック・オー・ランタンを候補にしたわ」
アイリスが書類をこちらに差し出してきた。
「えっ?! ジャック・オー・ランタンってカボチャをくり抜いた提灯だよね?」
「あのねぇ……存在界ではその姿ってことにされちゃっているけど、そもそもアレは迷った旅人を案内するために……」
アイリスが呆れた様子でエリシアに説明を始めた。
存在界でジャック・オー・ランタンといえばカボチャとかカブをくり抜いた提灯の姿で知られているようだが、これは存在界での姿の一つに過ぎない。
精霊界での姿は壮年男性のそれで、落ち着いた雰囲気の者が多いようだ。存在界でも通常は精霊界と同じ姿をとる。
「灯りのない山奥で人を道案内するためにカボチャの提灯に姿を変えたの? マジデスカ……いい人じゃん……」
アイリスの話を聞いたエリシアが言葉を失った。
「どちらも外見は人間と大差ないわよ。サリは『夜中に一緒に外を歩ける相手』を希望していたから彼らは合うと思う。お互いの意思は尊重しなければならないけどね」
パートナーと契約するまでの手順は次の通りだ。
最初に移住者本人が「精霊界移住相談所」の所長に希望を伝える。うちの場合は所長のアイリスに伝えればいい。
希望を伝えたら、所長による属性の確認が行われる。
属性の確認が終わったら、所長が合いそうな精霊をピックアップする。
移住者の側で契約したい精霊がいるなら所長にそれを伝えてもよい。
通常、移住直後の魂霊に知り合いの精霊はいないから所長から契約相手の候補を紹介されるケースがほとんどだ。
紹介は書類を見せられるだけで、魂霊側がオーケーを出せば顔合わせが行われる。
顔合わせでお互いが契約すると宣言すれば晴れてその場で契約が行われる。
必ずしも当日に契約をする必要はなく、何度か顔合わせが行われることもあるが、通常は三回以内に契約するかどうかの判断がなされる。
「おはようございます。もう入って大丈夫ですか?」
軽く息を切らせてサリが応接室に入ってきた。
「いいわよ。サリ、散歩でもしてきたの?」
「はい! 建物の中でじっとしているのは落ち着かないので」
サリが空いている椅子に腰をかけた。
彼女は移住者の中ではかなりアクティブな部類のように思う。私の勝手な想像だが、火と光の属性が合いそうというのは何となくイメージできる。
「カイルさんとレナードさんですか、楽しみです。お二方とも真摯そうで私の要望にも合っていそうなのですけど、いくつか確認させてもらっていいですか?」
サリは持っていた鞄から書類を取り出した。先ほどアイリスがエリシアと私に差し出したものと同じパートナー候補の情報が書かれたものだ。
「もちろん。そのためにサリには早めに来てもらっているのだから」
アイリスの答えにサリは書類からメモを取り出した。予め質問事項を整理していたようだ。
「火の精霊と一緒にお風呂に入ることはできるの? 私お風呂好きなのだけど」
「本人の好みを確認した方がいいけど、ヴルカンならお風呂の温度は苦にしないはずよ。結構強力な精霊だし」
「了解。次、レナードさんがジャック・オー・ランタンって合ってますか? カボチャの頭というのとイメージが違うのですけど……」
「……サリ、アンタもエリシアと同じこと言うか……」
アイリスが盛大にずっこけた。
そのあと気を取り直してエリシアにしたものと同じ説明をしたが、「存在界でのジャック・オー・ランタンのイメージどうなっているのよ?!」と頭を抱えていたのは言うまでもない。
それを見てエリシアが必死に笑いを堪えながらメモを取っていた。後で知り合いに触れて回るつもりだろう。
「サリ、次の質問は?」
「ブリスに聞いたのだけど、ヴルカンもジャック・オー・ランタンも結構強力な精霊みたいなんですけど、どうして私に?」
確かにサリの言う通りこれらの精霊はかなり強力だ。
何をもって「強力」というか明確な定義はないのだが、
・生まれた時期が早い
・司っている対象の数が多い
・司っている対象に異常が発生することによる存在界または精霊界への影響が大きい
というような精霊が「強力」と呼ばれているように思う。
「夜中に外を歩ける相手というサリの条件に合っていたのと、属性が火と光で相性よかったから、というのがメインの理由だけどね」
「それはわからないでもないけど……」
「正直なところ、カイルとレナートは溢壊するまで『揺らいで』いないけど、溢壊すると影響がマズそうなのよね……」
「そんなことだろうと思ったけど。魅力的な方たちだから構わないですけどね」
本音がダダ洩れのアイリスに対して、サリも余裕癪癪といった様子で応じた。
アイリスの相性を見る目は優れたものがあると思う。
私の四体のパートナーたちも、魅力的なメンバーばかりをよくも集めてくれたものだと感心するくらいだ。向こうがどう思っているかには一抹の不安があるが。
……そういえば、私のときもアイリスは相談所側の本音がダダ洩れの発言をしていたっけ。
「オイラも質問していいかな?」
エリシアがさっと手を挙げた。
「エリシアが? 聞くだけ聞くけど」
「ヴルカンやジャック・オー・ランタンが溢壊するとどのくらいの被害があるの?」
「……それを今聞く?」
アイリスがええっ? という顔をしたが、意外にもサリが、
「私も確認しておきたいです」
と言い出した。
「わかったわ。まず、ヴルカンはマグマと火山を司るから、地震とか火山の噴火とかが予想されるわね。精霊や魂霊は被害を受けないけど、精霊界の植物は無事じゃないだろうし、存在界なら大惨事は間違いないわね……」
「「「……」」」
「それとジャック・オー・ランタンだけど、こちらは正しい道筋を司るのよ。いろいろと影響の候補がありすぎて説明しきれないわよ……」
確かに「正しい道筋」などという範囲の広そうなものを司っているとなると、溢壊の影響がどう表れるかなど、いくらでも思いつきそうだ。
「……道路案内の看板が書き変わったりする?」
恐る恐るエリシアが尋ねた。
「可能性はあるわ」
アイリスは平然としている。
「位置情報を知るシステムの動作が狂うというのもありそうですね……」
「そうねぇ……」
「それって、私がやらかしたら存在界は大混乱じゃないですか! 責任重大だぁ……」
サリの表情が青ざめた。
「まあ、そこまでは心配いらないと思うわ。精霊は契約したら相手の嫌なことはしないから! 信頼度でいえばこれ以上ないパートナー!」
アイリスが拳を握って力説する。というよりかはその場を取り繕っているだけか。
間違ってはいないと思うが、安易にエリシアの質問に答えたのは失敗だったと思う。
「……契約前ですし、自信が無くなったらキャンセルしますので。アーベルさん、エリシアさんもマズそうだなと思ったらサイン出してください!」
サリが隣にいるエリシアに縋りついた。
と言われても私もエリシアも契約に関しては助言などはできない。
相談員のルールでそう定められているし、正直なところエリシアや私が適切な助言などできるとは思えない。
「ま、まあ、大丈夫だと思うよ、うん」
エリシアが無責任にうなずいてみせた。
何だか契約前に暗雲漂ってきたようだが、かえってこの方が上手くいくかもしれない。
などと私は無責任に考えてみた。
私が知る限りいままで契約関連でトラブルになったのは、魂霊を止めたゾーイの件だけだ。
彼女の場合も契約から問題が発覚するまで百年以上の歳月が流れているはずであり、対策する時間はあるかもしれない。
「そろそろ二人も到着するだろうから、サリ、覚悟決めなさい」
アイリスがビシッと指を突き出した。
サリが逡巡する原因の半分くらいは、自分が原因だということを理解しているのだろうか? 今回はサリにも責任あると思うけど。
「……ハアナントカヤッテミマス……」
サリの台詞が完全に棒読みだ。
コンコン
「アイリス! カイルさんとレナードさんが着いたけど、案内していい?」
応接室のドアがノックされて、外からユーリの声が聞こえてきた。
「いいわよ、案内して」
「はーい」
「?!」
アイリスとユーリのやり取りの後、サリがビシッと背筋を伸ばした。
「承知しました」「オイラも大丈夫」
相談所の二階にある応接室にはアイリス、エリシア、私の三名の姿があった。
今日は先日精霊界に移住してきたサリのパートナー候補との顔合わせが行われる。
「サリに合う属性を調べてみたら火と光が同じくらいだったから、今回は火属性のヴルカンと光属性のジャック・オー・ランタンを候補にしたわ」
アイリスが書類をこちらに差し出してきた。
「えっ?! ジャック・オー・ランタンってカボチャをくり抜いた提灯だよね?」
「あのねぇ……存在界ではその姿ってことにされちゃっているけど、そもそもアレは迷った旅人を案内するために……」
アイリスが呆れた様子でエリシアに説明を始めた。
存在界でジャック・オー・ランタンといえばカボチャとかカブをくり抜いた提灯の姿で知られているようだが、これは存在界での姿の一つに過ぎない。
精霊界での姿は壮年男性のそれで、落ち着いた雰囲気の者が多いようだ。存在界でも通常は精霊界と同じ姿をとる。
「灯りのない山奥で人を道案内するためにカボチャの提灯に姿を変えたの? マジデスカ……いい人じゃん……」
アイリスの話を聞いたエリシアが言葉を失った。
「どちらも外見は人間と大差ないわよ。サリは『夜中に一緒に外を歩ける相手』を希望していたから彼らは合うと思う。お互いの意思は尊重しなければならないけどね」
パートナーと契約するまでの手順は次の通りだ。
最初に移住者本人が「精霊界移住相談所」の所長に希望を伝える。うちの場合は所長のアイリスに伝えればいい。
希望を伝えたら、所長による属性の確認が行われる。
属性の確認が終わったら、所長が合いそうな精霊をピックアップする。
移住者の側で契約したい精霊がいるなら所長にそれを伝えてもよい。
通常、移住直後の魂霊に知り合いの精霊はいないから所長から契約相手の候補を紹介されるケースがほとんどだ。
紹介は書類を見せられるだけで、魂霊側がオーケーを出せば顔合わせが行われる。
顔合わせでお互いが契約すると宣言すれば晴れてその場で契約が行われる。
必ずしも当日に契約をする必要はなく、何度か顔合わせが行われることもあるが、通常は三回以内に契約するかどうかの判断がなされる。
「おはようございます。もう入って大丈夫ですか?」
軽く息を切らせてサリが応接室に入ってきた。
「いいわよ。サリ、散歩でもしてきたの?」
「はい! 建物の中でじっとしているのは落ち着かないので」
サリが空いている椅子に腰をかけた。
彼女は移住者の中ではかなりアクティブな部類のように思う。私の勝手な想像だが、火と光の属性が合いそうというのは何となくイメージできる。
「カイルさんとレナードさんですか、楽しみです。お二方とも真摯そうで私の要望にも合っていそうなのですけど、いくつか確認させてもらっていいですか?」
サリは持っていた鞄から書類を取り出した。先ほどアイリスがエリシアと私に差し出したものと同じパートナー候補の情報が書かれたものだ。
「もちろん。そのためにサリには早めに来てもらっているのだから」
アイリスの答えにサリは書類からメモを取り出した。予め質問事項を整理していたようだ。
「火の精霊と一緒にお風呂に入ることはできるの? 私お風呂好きなのだけど」
「本人の好みを確認した方がいいけど、ヴルカンならお風呂の温度は苦にしないはずよ。結構強力な精霊だし」
「了解。次、レナードさんがジャック・オー・ランタンって合ってますか? カボチャの頭というのとイメージが違うのですけど……」
「……サリ、アンタもエリシアと同じこと言うか……」
アイリスが盛大にずっこけた。
そのあと気を取り直してエリシアにしたものと同じ説明をしたが、「存在界でのジャック・オー・ランタンのイメージどうなっているのよ?!」と頭を抱えていたのは言うまでもない。
それを見てエリシアが必死に笑いを堪えながらメモを取っていた。後で知り合いに触れて回るつもりだろう。
「サリ、次の質問は?」
「ブリスに聞いたのだけど、ヴルカンもジャック・オー・ランタンも結構強力な精霊みたいなんですけど、どうして私に?」
確かにサリの言う通りこれらの精霊はかなり強力だ。
何をもって「強力」というか明確な定義はないのだが、
・生まれた時期が早い
・司っている対象の数が多い
・司っている対象に異常が発生することによる存在界または精霊界への影響が大きい
というような精霊が「強力」と呼ばれているように思う。
「夜中に外を歩ける相手というサリの条件に合っていたのと、属性が火と光で相性よかったから、というのがメインの理由だけどね」
「それはわからないでもないけど……」
「正直なところ、カイルとレナートは溢壊するまで『揺らいで』いないけど、溢壊すると影響がマズそうなのよね……」
「そんなことだろうと思ったけど。魅力的な方たちだから構わないですけどね」
本音がダダ洩れのアイリスに対して、サリも余裕癪癪といった様子で応じた。
アイリスの相性を見る目は優れたものがあると思う。
私の四体のパートナーたちも、魅力的なメンバーばかりをよくも集めてくれたものだと感心するくらいだ。向こうがどう思っているかには一抹の不安があるが。
……そういえば、私のときもアイリスは相談所側の本音がダダ洩れの発言をしていたっけ。
「オイラも質問していいかな?」
エリシアがさっと手を挙げた。
「エリシアが? 聞くだけ聞くけど」
「ヴルカンやジャック・オー・ランタンが溢壊するとどのくらいの被害があるの?」
「……それを今聞く?」
アイリスがええっ? という顔をしたが、意外にもサリが、
「私も確認しておきたいです」
と言い出した。
「わかったわ。まず、ヴルカンはマグマと火山を司るから、地震とか火山の噴火とかが予想されるわね。精霊や魂霊は被害を受けないけど、精霊界の植物は無事じゃないだろうし、存在界なら大惨事は間違いないわね……」
「「「……」」」
「それとジャック・オー・ランタンだけど、こちらは正しい道筋を司るのよ。いろいろと影響の候補がありすぎて説明しきれないわよ……」
確かに「正しい道筋」などという範囲の広そうなものを司っているとなると、溢壊の影響がどう表れるかなど、いくらでも思いつきそうだ。
「……道路案内の看板が書き変わったりする?」
恐る恐るエリシアが尋ねた。
「可能性はあるわ」
アイリスは平然としている。
「位置情報を知るシステムの動作が狂うというのもありそうですね……」
「そうねぇ……」
「それって、私がやらかしたら存在界は大混乱じゃないですか! 責任重大だぁ……」
サリの表情が青ざめた。
「まあ、そこまでは心配いらないと思うわ。精霊は契約したら相手の嫌なことはしないから! 信頼度でいえばこれ以上ないパートナー!」
アイリスが拳を握って力説する。というよりかはその場を取り繕っているだけか。
間違ってはいないと思うが、安易にエリシアの質問に答えたのは失敗だったと思う。
「……契約前ですし、自信が無くなったらキャンセルしますので。アーベルさん、エリシアさんもマズそうだなと思ったらサイン出してください!」
サリが隣にいるエリシアに縋りついた。
と言われても私もエリシアも契約に関しては助言などはできない。
相談員のルールでそう定められているし、正直なところエリシアや私が適切な助言などできるとは思えない。
「ま、まあ、大丈夫だと思うよ、うん」
エリシアが無責任にうなずいてみせた。
何だか契約前に暗雲漂ってきたようだが、かえってこの方が上手くいくかもしれない。
などと私は無責任に考えてみた。
私が知る限りいままで契約関連でトラブルになったのは、魂霊を止めたゾーイの件だけだ。
彼女の場合も契約から問題が発覚するまで百年以上の歳月が流れているはずであり、対策する時間はあるかもしれない。
「そろそろ二人も到着するだろうから、サリ、覚悟決めなさい」
アイリスがビシッと指を突き出した。
サリが逡巡する原因の半分くらいは、自分が原因だということを理解しているのだろうか? 今回はサリにも責任あると思うけど。
「……ハアナントカヤッテミマス……」
サリの台詞が完全に棒読みだ。
コンコン
「アイリス! カイルさんとレナードさんが着いたけど、案内していい?」
応接室のドアがノックされて、外からユーリの声が聞こえてきた。
「いいわよ、案内して」
「はーい」
「?!」
アイリスとユーリのやり取りの後、サリがビシッと背筋を伸ばした。
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