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第二章
視察を終えて
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「……」
ユーリが私に背中を向けて座ったまま考え込んでいる。
「海の家」の視察を終えて戻ってきた私、ユーリ、アイリスはそのまま「ケルークス」の店内に留まった。
アイリスはいつもの奥の席、同じく私もカウンターの隅に陣取っている。
ユーリはカウンターを挟んで厨房側に椅子を持ってきて、厨房の方を向いて座っている。
「アーベル! アーベルのところのパートナーたちって、どのくらいの魔力を支払える?」
「へっ?! きちんと調べたことはないけど……」
ユーリの唐突な質問に、私はすぐに答えることができなかった。
少し考えてみる。
私のパートナーの中で一番魔力が多いのは多分メラニーだ。
彼女は魔法を使わないが、魔術はよく使っている。他のパートナーたちも同様だが……
「……本人に直接聞いたことがないからわからないけど、一番魔力の多そうなメラニーで一日一〇〇ドロップくらいじゃないか?」
「そうよねぇ……このあたりの平均的な精霊はそこまで魔力は持っていないわよね? だとすると……」
ユーリがノートパソコンを引っ張り出してなにやら表を作り始めた。
「このあたりは魔力の多い精霊が少ないからね。支払という意味では一日に三、四〇ドロップがいいところよ。魔力の蓄え厳しいの?」
アイリスが立ち上がってユーリの方に向かって歩いてきた。
ちなみにドロップというのは魔力の単位で、魔力が結晶化したときの一粒を意味する。
魔力はどの精霊がいつ、どこで結晶化させても同じ大きさになるため、これが精霊界では通貨の代わりに利用されている。
「いま、冷蔵庫とコーヒーメーカーで一日に一〇〇ドロップちょっと魔力を使っているんですよ。調理をするとなると魔力が厳しいかな、って。あと私、料理はほとんどしたことがないのよ!」
「料理は」のところでユーリが立ち上がった。
存在界から持ってきた電化製品は魔法をかけることで魔力で動かすことができる。
「ケルークス」の冷蔵庫とコーヒーメーカーもこのように魔力で動かしているのだ。
ただ、コンロやオーブンくらいなら精霊界にも存在するし、精霊界のものなら大した魔力は消費しないはずなのだが……
あと確かに魔力も問題だが、ユーリにとっては自分が料理をしなければならないという事態の方が問題になっているように私には思われた。
「調理はブリスができるから大丈夫よ。ブリスが調理するなら、魔術で調理させればいいから魔力はそんなに要らないでしょ」
「??」
アイリスに指摘されてユーリはぽかんと口を開けた。
「オーブンかコンロで焼いたり煮たりするくらいなら一日で一〇ドロップもあれば十分じゃない? そのくらいなら私でも融通できるわよ」
「え、ええっ?!」
ユーリが跳び上がって驚いた。
そう、精霊界には冷蔵庫やコーヒーメーカーはないが、火を使うための道具はある。
魔力で動かす場合、精霊界の道具は電化製品よりも遥かに効率が良い。
「そうか、ユーリは魔力のやりくりを計算していたのか。そういえば電子レンジを……」
「アーベルっ! その話は……」
ユーリの殺気がとんでもないことになっていたので、私も最後まで言葉を言い切ることができなかった。
前にユーリが電子レンジを使おうとしたのだが、そのときは大量の魔力を消費してしまい「使い物にならない」と文句を言っていたのだ。どうやらユーリにとってその話は禁句らしい。
「ふぅん。そういえば、ユーリ。こっちに来て料理したことあるのぉ?」
アイリスが意味深な笑みを浮かべながら私とユーリを交互に見ている。
「こ、ここのお仕事が忙しくて……」
ユーリが厨房の方に向けてじりじりと後退しながら答えた。
「魂霊は食事不要ですからなかなか料理の機会もないですよね」
ユーリの旗色が悪そうなので、ここはフォローした方がよさそうだと思った。
「そ、そうでしょ! アーベルの言う通りよ」
「あら? この前メラニーがアーベルにマナを焼いてもらったって盛大に惚気ていたけど?」
「……(ギロッ!)」
ユーリの視線が痛い。
確かに家では私かカーリンかニーナが料理をするので私がマナを焼くこともある。
たまたま私がマナを焼いた直後にメラニーとアイリスが顔を合わせる機会があったのだろう。
どう考えてもこれはメラニーが悪い訳じゃない。
「まあ、たまには……それにカーリンやニーナに教わりながらだし……」
私の答えにアイリスがニタァリと不気味な笑みを浮かべた。
「フフ……カフェ『ケルークス』の店長さんが精霊界での料理の経験がないのはマズいんじゃないかしらぁ?」
「そ、それは……」
さすがにこれはアイリスが調子に乗りすぎだ。
「必要な経験を積む機会を設けない上司の責任を追及する必要がありますね」
私はもともとこういう思考をするタイプだし、このくらいは口にしてもいいだろう。
「……へっ? あ、アーベルさん?」
アイリスがキョトンとしている。思わぬところから攻撃を喰らったと感じたのだろう。
「ちょっと話が混乱しているような気がしてきました。ユーリは『ケルークス』で火を使った料理を出すにはどうしたらよいか? というような話をしていたと思うのですが……」
「そ、そうよ。だからこっちのコンロやオーブンを使ってブリスに調理させれば魔力の問題もないし、何とかなりそうじゃない、って言ったけど?」
アイリスの声のトーンがあがり、早口になった。傍から見れば明らかに挙動不審だ。
「……ブリスだけだと体制的に不安だと思います。他に調理ができるメンバーが必要でしょう。それに、火を使う料理って何を出すのかって決まっていませんよね?」
「た、確かにアーベルの言う通りよ。調理担当は私より新しく入ったピアがクアンの方が向いていそうだけど……」
ユーリがいつの間にかカウンターの近くに椅子を移動させていた。
「なら、やることは決まっていると思うのですが、ちょっと気になりますね……」
「「??」」
どうにか脱線していた話をもとに戻すことはできそうだ。
「店長のユーリが私のパートナーの魔力を気にしていた点だ。何が気になるのだろうか?」
その理由についておおよその見当はついているが、これはユーリに話をさせた方が良さそうだ。「ケルークスの」店長は彼女なのだから。
「……『海の家』のメニューを見て、うちのお客さんに手が出るかな、ってずっと思っていたのよ……」
「確かに三人で二〇〇ドロップ近くしたものね……まともに飲んだら一人一〇〇ドロップ超えるわよねぇ」
「アイリス、うちの客単価、四〇ドロップちょっとなのよ。うちはカフェであって居酒屋ではないけど……」
「ケルークス」の来店客はアイリスによれば魔力量の多くない精霊が多い。周囲に住んでいる精霊がそのような性質を持つ者ばかりだし、魔力量の最大値は増やせる性質のものではないらしい。
「調理したものを出すのはいいけど、うちのお客さんにも手が出るようにはしたいのよ!」
ユーリが拳を握って力説している。
彼女が「ケルークス」を開店する際、苦労して提供する品物や値段を決めていたのを知っているので、彼女のこの希望は何とかしたいところだ。
「ユーリ、貴女がやりたいメニューは何なのよ? それがわからないと魔力の問題がどうなるかもわからないわよ」
アイリスが言い放った。
変なところでツッコミを求めてボケる彼女であるが、基本的には有能だ。
私が四の五の言わなくても、要点を的確に整理してくれる。
「……スイーツと軽食、お酒のおつまみを充実させたい……存在界で入手したものを袋から出して盛り付けるしかしてないから……」
ユーリが搾り出すような声で言った。
確か彼女は甘いものと酒が好きだったはずだ。これらを「ケルークス」で提供したいという願望があっても不思議ではないと思う。
「イマイチはっきりしていないわねぇ。具体的な品名を出さないとメニュー化できるかどうかわからないわよ。アーベルもそう思わない?」
「……『ケルークス』の設備だと品数を大幅に増やすのは難しいと思う。ユーリの好きなものを三、四品追加するくらいがいいと思う」
ユーリが追加したい品名を明言しない理由がわからないから、私は背中を押してみることにした。
「……カレーかラーメン……」
ユーリはそう言って顔を両手で覆ってしまった。
「はぁ?」
アイリスは何故か凄んでいる。
しかし、私はユーリがマズいことを言ったようには思えなかった。
ただ、「スイーツと軽食、お酒のおつまみ」というジャンルに入らないものを言い出したので多少面食らったのも事実だ。
「……確かに今の『ケルークス』にない要素だな。『海の家』にもなかったな……焼きそばは微妙だが……」
これは私個人の感覚なのだが、精霊界で食事らしい食事をすることはまずない。
精霊界で「食べること」は娯楽の一つであるが、私の感覚では「おやつ」というイメージだ。
「ケルークス」では「おつまみ」を出すようになり、「海の家」でも火を通したものという違いはあるが「おつまみ」はある。
でも食事らしい食事はない。
「アーベル? どうかした?」
アイリスが不思議そうな顔をしている。
「あ、食事らしい食事のメニューって今までなかったな、と思いまして……」
「食事らしい食事? ナニソレ?」
アイリスは首を傾げて私に更なる説明を求めた。ユーリはうんうんとうなずいている。
どうやら精霊ともと人間の感覚の差が露わになったようだ。
「人間は一度にたくさん食べることが娯楽になり、時には生きる手段になるのです。精霊と違って生きるのに食べる必要があるので……」
我ながらひどい説明だと思ったが、これ以上上手に説明できるだけの知識や語彙が私にはない。
「……存在界に行っているメンバーの話を聞いただけだからよくわからないけど、人間って短い時間にたくさん食べるのをよくやるわよね? それのこと?」
「……多分そうです」
詳しく説明できる自信が無かったので、アイリスの認識でいいことにした。
「うーん。よくわからない感覚だけど、アーベルは理解しているみたいだし、ユーリが望むのならアリじゃない? 候補をいくつか出してカフェのメンバーで試食して決めたら?」
「わ、わかったわ! 候補を決めるからしばらく待って。視察に行ったのだからアイリスとあ、アーベルも試食に参加で!」
ユーリがそう言うのであれば、私に異存はない。
「じゃ、それで決まり。今日は相談業務は休みだし、『ケルークス』もピアとクアンに任せたのだからユーリとアーベルは休んだら?」
アイリスがそう言って身体を伸ばした。
「アーベルはそれでいいと思うけど、私は……」
ユーリが厨房に目をやった。
さすがに新人を残して自分だけが休むのは、気が引けるのだろう。
「というか私が疲れたのよねー。寝たいわ」
アイリスが大欠伸をして二階へと向かった。
いろいろと台無しだが、もしかしたら我々にもう休め、と言ったのかもしれない。
……それはないか。
ユーリが私に背中を向けて座ったまま考え込んでいる。
「海の家」の視察を終えて戻ってきた私、ユーリ、アイリスはそのまま「ケルークス」の店内に留まった。
アイリスはいつもの奥の席、同じく私もカウンターの隅に陣取っている。
ユーリはカウンターを挟んで厨房側に椅子を持ってきて、厨房の方を向いて座っている。
「アーベル! アーベルのところのパートナーたちって、どのくらいの魔力を支払える?」
「へっ?! きちんと調べたことはないけど……」
ユーリの唐突な質問に、私はすぐに答えることができなかった。
少し考えてみる。
私のパートナーの中で一番魔力が多いのは多分メラニーだ。
彼女は魔法を使わないが、魔術はよく使っている。他のパートナーたちも同様だが……
「……本人に直接聞いたことがないからわからないけど、一番魔力の多そうなメラニーで一日一〇〇ドロップくらいじゃないか?」
「そうよねぇ……このあたりの平均的な精霊はそこまで魔力は持っていないわよね? だとすると……」
ユーリがノートパソコンを引っ張り出してなにやら表を作り始めた。
「このあたりは魔力の多い精霊が少ないからね。支払という意味では一日に三、四〇ドロップがいいところよ。魔力の蓄え厳しいの?」
アイリスが立ち上がってユーリの方に向かって歩いてきた。
ちなみにドロップというのは魔力の単位で、魔力が結晶化したときの一粒を意味する。
魔力はどの精霊がいつ、どこで結晶化させても同じ大きさになるため、これが精霊界では通貨の代わりに利用されている。
「いま、冷蔵庫とコーヒーメーカーで一日に一〇〇ドロップちょっと魔力を使っているんですよ。調理をするとなると魔力が厳しいかな、って。あと私、料理はほとんどしたことがないのよ!」
「料理は」のところでユーリが立ち上がった。
存在界から持ってきた電化製品は魔法をかけることで魔力で動かすことができる。
「ケルークス」の冷蔵庫とコーヒーメーカーもこのように魔力で動かしているのだ。
ただ、コンロやオーブンくらいなら精霊界にも存在するし、精霊界のものなら大した魔力は消費しないはずなのだが……
あと確かに魔力も問題だが、ユーリにとっては自分が料理をしなければならないという事態の方が問題になっているように私には思われた。
「調理はブリスができるから大丈夫よ。ブリスが調理するなら、魔術で調理させればいいから魔力はそんなに要らないでしょ」
「??」
アイリスに指摘されてユーリはぽかんと口を開けた。
「オーブンかコンロで焼いたり煮たりするくらいなら一日で一〇ドロップもあれば十分じゃない? そのくらいなら私でも融通できるわよ」
「え、ええっ?!」
ユーリが跳び上がって驚いた。
そう、精霊界には冷蔵庫やコーヒーメーカーはないが、火を使うための道具はある。
魔力で動かす場合、精霊界の道具は電化製品よりも遥かに効率が良い。
「そうか、ユーリは魔力のやりくりを計算していたのか。そういえば電子レンジを……」
「アーベルっ! その話は……」
ユーリの殺気がとんでもないことになっていたので、私も最後まで言葉を言い切ることができなかった。
前にユーリが電子レンジを使おうとしたのだが、そのときは大量の魔力を消費してしまい「使い物にならない」と文句を言っていたのだ。どうやらユーリにとってその話は禁句らしい。
「ふぅん。そういえば、ユーリ。こっちに来て料理したことあるのぉ?」
アイリスが意味深な笑みを浮かべながら私とユーリを交互に見ている。
「こ、ここのお仕事が忙しくて……」
ユーリが厨房の方に向けてじりじりと後退しながら答えた。
「魂霊は食事不要ですからなかなか料理の機会もないですよね」
ユーリの旗色が悪そうなので、ここはフォローした方がよさそうだと思った。
「そ、そうでしょ! アーベルの言う通りよ」
「あら? この前メラニーがアーベルにマナを焼いてもらったって盛大に惚気ていたけど?」
「……(ギロッ!)」
ユーリの視線が痛い。
確かに家では私かカーリンかニーナが料理をするので私がマナを焼くこともある。
たまたま私がマナを焼いた直後にメラニーとアイリスが顔を合わせる機会があったのだろう。
どう考えてもこれはメラニーが悪い訳じゃない。
「まあ、たまには……それにカーリンやニーナに教わりながらだし……」
私の答えにアイリスがニタァリと不気味な笑みを浮かべた。
「フフ……カフェ『ケルークス』の店長さんが精霊界での料理の経験がないのはマズいんじゃないかしらぁ?」
「そ、それは……」
さすがにこれはアイリスが調子に乗りすぎだ。
「必要な経験を積む機会を設けない上司の責任を追及する必要がありますね」
私はもともとこういう思考をするタイプだし、このくらいは口にしてもいいだろう。
「……へっ? あ、アーベルさん?」
アイリスがキョトンとしている。思わぬところから攻撃を喰らったと感じたのだろう。
「ちょっと話が混乱しているような気がしてきました。ユーリは『ケルークス』で火を使った料理を出すにはどうしたらよいか? というような話をしていたと思うのですが……」
「そ、そうよ。だからこっちのコンロやオーブンを使ってブリスに調理させれば魔力の問題もないし、何とかなりそうじゃない、って言ったけど?」
アイリスの声のトーンがあがり、早口になった。傍から見れば明らかに挙動不審だ。
「……ブリスだけだと体制的に不安だと思います。他に調理ができるメンバーが必要でしょう。それに、火を使う料理って何を出すのかって決まっていませんよね?」
「た、確かにアーベルの言う通りよ。調理担当は私より新しく入ったピアがクアンの方が向いていそうだけど……」
ユーリがいつの間にかカウンターの近くに椅子を移動させていた。
「なら、やることは決まっていると思うのですが、ちょっと気になりますね……」
「「??」」
どうにか脱線していた話をもとに戻すことはできそうだ。
「店長のユーリが私のパートナーの魔力を気にしていた点だ。何が気になるのだろうか?」
その理由についておおよその見当はついているが、これはユーリに話をさせた方が良さそうだ。「ケルークスの」店長は彼女なのだから。
「……『海の家』のメニューを見て、うちのお客さんに手が出るかな、ってずっと思っていたのよ……」
「確かに三人で二〇〇ドロップ近くしたものね……まともに飲んだら一人一〇〇ドロップ超えるわよねぇ」
「アイリス、うちの客単価、四〇ドロップちょっとなのよ。うちはカフェであって居酒屋ではないけど……」
「ケルークス」の来店客はアイリスによれば魔力量の多くない精霊が多い。周囲に住んでいる精霊がそのような性質を持つ者ばかりだし、魔力量の最大値は増やせる性質のものではないらしい。
「調理したものを出すのはいいけど、うちのお客さんにも手が出るようにはしたいのよ!」
ユーリが拳を握って力説している。
彼女が「ケルークス」を開店する際、苦労して提供する品物や値段を決めていたのを知っているので、彼女のこの希望は何とかしたいところだ。
「ユーリ、貴女がやりたいメニューは何なのよ? それがわからないと魔力の問題がどうなるかもわからないわよ」
アイリスが言い放った。
変なところでツッコミを求めてボケる彼女であるが、基本的には有能だ。
私が四の五の言わなくても、要点を的確に整理してくれる。
「……スイーツと軽食、お酒のおつまみを充実させたい……存在界で入手したものを袋から出して盛り付けるしかしてないから……」
ユーリが搾り出すような声で言った。
確か彼女は甘いものと酒が好きだったはずだ。これらを「ケルークス」で提供したいという願望があっても不思議ではないと思う。
「イマイチはっきりしていないわねぇ。具体的な品名を出さないとメニュー化できるかどうかわからないわよ。アーベルもそう思わない?」
「……『ケルークス』の設備だと品数を大幅に増やすのは難しいと思う。ユーリの好きなものを三、四品追加するくらいがいいと思う」
ユーリが追加したい品名を明言しない理由がわからないから、私は背中を押してみることにした。
「……カレーかラーメン……」
ユーリはそう言って顔を両手で覆ってしまった。
「はぁ?」
アイリスは何故か凄んでいる。
しかし、私はユーリがマズいことを言ったようには思えなかった。
ただ、「スイーツと軽食、お酒のおつまみ」というジャンルに入らないものを言い出したので多少面食らったのも事実だ。
「……確かに今の『ケルークス』にない要素だな。『海の家』にもなかったな……焼きそばは微妙だが……」
これは私個人の感覚なのだが、精霊界で食事らしい食事をすることはまずない。
精霊界で「食べること」は娯楽の一つであるが、私の感覚では「おやつ」というイメージだ。
「ケルークス」では「おつまみ」を出すようになり、「海の家」でも火を通したものという違いはあるが「おつまみ」はある。
でも食事らしい食事はない。
「アーベル? どうかした?」
アイリスが不思議そうな顔をしている。
「あ、食事らしい食事のメニューって今までなかったな、と思いまして……」
「食事らしい食事? ナニソレ?」
アイリスは首を傾げて私に更なる説明を求めた。ユーリはうんうんとうなずいている。
どうやら精霊ともと人間の感覚の差が露わになったようだ。
「人間は一度にたくさん食べることが娯楽になり、時には生きる手段になるのです。精霊と違って生きるのに食べる必要があるので……」
我ながらひどい説明だと思ったが、これ以上上手に説明できるだけの知識や語彙が私にはない。
「……存在界に行っているメンバーの話を聞いただけだからよくわからないけど、人間って短い時間にたくさん食べるのをよくやるわよね? それのこと?」
「……多分そうです」
詳しく説明できる自信が無かったので、アイリスの認識でいいことにした。
「うーん。よくわからない感覚だけど、アーベルは理解しているみたいだし、ユーリが望むのならアリじゃない? 候補をいくつか出してカフェのメンバーで試食して決めたら?」
「わ、わかったわ! 候補を決めるからしばらく待って。視察に行ったのだからアイリスとあ、アーベルも試食に参加で!」
ユーリがそう言うのであれば、私に異存はない。
「じゃ、それで決まり。今日は相談業務は休みだし、『ケルークス』もピアとクアンに任せたのだからユーリとアーベルは休んだら?」
アイリスがそう言って身体を伸ばした。
「アーベルはそれでいいと思うけど、私は……」
ユーリが厨房に目をやった。
さすがに新人を残して自分だけが休むのは、気が引けるのだろう。
「というか私が疲れたのよねー。寝たいわ」
アイリスが大欠伸をして二階へと向かった。
いろいろと台無しだが、もしかしたら我々にもう休め、と言ったのかもしれない。
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