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第一章
宣伝活動
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「アーベルさま、もう一冊読みたい本があるのですが……」
「買えばいいのかい?」
「ケルークス」の店内のカウンター席で私の隣に座っているリーゼが尋ねてきた。
先ほどまで、精霊界に強制送還? されてきたバネッサに振り回されていた店内であるが、現在はバネッサが再び存在界に向けて出発した後なので落ち着いている。
「いえ、お店に置いてある本なので、買う必要はないです。アーベルさまのお時間が大丈夫かどうか……」
そういうことか。まだ、出勤してから四時間弱だから時間に余裕はある。
店に置いてある本ということは雑誌だろう。これなら「ケルークス」の客は誰でも無料で読むことができる。
「まだ時間はあるから大丈夫。何の本かい?」
「あ、私が自分で持ってくるので大丈夫です」
リーゼが席を立って、店の奥にある棚の方に向かった。
現在、「ケルークス」の店内には従業員であるユーリとブリス、相談員がアイリスと私、そして客がリーゼの五人だけがいる。
ノームの二人組はバネッサが存在界に向かった直後に店を出たし、存在界から戻ってきたヴァルターもアイリスに報告書を出して住処へと戻っていった。
アイリスが気だるそうに報告書に目を通している。
「アーベルぅ、精霊界関係の情報を見てくれる人間が減っているみたいなんだけど、何かいい案ないかしら?」
いきなりアイリスに相談を持ち掛けられた。まあ、よくあることだ。
「状況がまったくわからないのですが? そもそも精霊界の情報を発信しているって伝えてます?」
広告宣伝の専門家ではない私に相談しているアイリスもアイリスなのだが、精霊界には情報を広めるなどという仕事が存在しないらしいので仕方ない。
「精霊界へ移住してみませんか? みたいな情報は流しているみたいなのだけど、すぐに消されちゃうらしいのよねぇ。何てことしてくれるのかしら、まったく」
アイリスがむくれた。
そうだとすると、精霊界に関する情報を見ることができる機会そのものが減っているのだろう。
ちなみに私が人間だった頃の仕事は計測器の検査員だった。広告宣伝の分野は完全に門外漢である。
「消されちゃうということは、誰かが精霊界への移住に関する情報を問題視している、って気がしますね。宣伝の場所を変えるとか、隠語を使うとかして情報を消されないようにした方がよさそうです」
門外漢の考える対策などこんなものだ。
「隠語? そうかぁ、それはいいわね。だったらアーベル、私が『意見ない?』って聞いたら、揺らぎが大きくなりそう、って意味だから」
アイリスがいい顔をしてこちらをじっと見ている。これは構って欲しいサインの一つだ。
そもそも構って欲しい状態が「揺らぎ」が大きくなりそうな状態らしいということはわかっているので、隠語を使う必要はないと思うのだが……
「隠語、って精霊界への移住を表現する隠語ですよ? わかってやってますよね?」
「うん、もちろん!」
あざとく振る舞っているつもりなのか、両手を握って顎のあたりに当てながらアイリスが答えた。
所長としての威厳はゼロだ。
「おーい、『移住相談所』というのはここか? 客が来たぞ!」
入口の方から怒鳴っているような声が聞こえてきた。
経験上、自分で客という相談客にロクな者がいた例はないのだが、一度は相談客と会うのが「精霊界移住相談所」のモットーだ。
所長のアイリスが入口に向かっていった。
しばらくして上に上がっていく足音が聞こえたから、過去に出禁にした相談客ではないことがわかる。
「何か雰囲気悪そうな客じゃなかった?」
ユーリが心配そうな顔をしながら厨房から出てきた。
「アイリスならこの手の輩も上手に料理するとは思うけど。いざとなったら魔法を使ってでも追い出すだろうし」
何だかんだ言っても、相談経験の豊富なアイリスだ。
厄介な相手でも何とかすると思うし、生身の人間が精霊のアイリスとやり合って勝てるとは思えない。
妖精なら話は別だが、生身の人間が精霊に触れることはできないので、手の出しようがないからだ。
一方、アイリスは生命を司る精霊ナイアスである。
人間の生命を操るのはお手の物で、死なない程度に相手の生命の炎を弱めるなど、寝ぼけていても簡単にやってのけるはずだ。
私としては、相談客の安全のためにも横柄な態度は厳に慎んでほしいと思っている。
「そうね。私のカンが当たっているなら、痛めつけて追い出してほしいところだけど」
こういう時のユーリは過激だ。
魂霊になる人間に過激な者は少ないのだが、ユーリは少数派に属するのだろう。
「責任者を出せ! 従業員の教育がなっていないぞ!」
上から相談客の怒鳴り声が聞こえてきた。
一階にはっきり聞こえてきたし、窓がビリビリ言っていたから、かなり大きな声だ。
「ちょっと上を見てくる」
アイリスなら心配は要らないとは思うが、やりすぎたらマズいので私は二階の応接室へと向かった。
「アーベル!」
「アーベルさま、気を付けて」
後ろでユーリとリーゼが私を案じてくれたようだが、心配は要らないはずだ。
「失礼します!」
私が応接室に入ると、相談客が立ち上がって上からアイリスを怒鳴りつけていた。
「お前が責任者か? 従業員教育がなってないぞ! だから移住者が集まらずこのように寂れていくのだ!」
相談客は恰幅の良い初老の男性だ。
この手の輩は指導とか支援とか称して、自分に都合のいい世界を造りたがることが多いと思う。
「所長なら貴方の目の前に座っているこちらのアイリスです。お客様が大きな声を出されたので何が起きたのかと思って駆けつけてまいりましたが、ご不便などございましたでしょうか?」
仕事でも外部からのクレーム処理などやったことがないから、この手の輩の相手は苦手なのだが、とりあえず状況を確認してみる。
「何だと? 所長がこんなのだから成果が出ておらんのだ! 悪いことは言わない。私の指導を受ければ成果がついてくるのだ。今なら遅くない。改心して私の提案を受け入れるのが最善の道だぞ」
相手はこちらを脅迫しているのか、それとも営業をかけているのかよくわからない様子だ。
アイリスは冷ややかに相談客の方を見ている。いや、目の前にいるのは相談客でなくて悪意を売っている押し売りの類だな。
「その手の話は間に合っているわよ。それと、こちらでの暮らしが知りたいなら体験させてあげるわ」
アイリスは妖艶に微笑んだ後、指をパチンと鳴らした。
すると、相談客、もとい悪意を売っている押し売りの姿は真っ白な箱に覆われた。
あーあ、これはアイリスを完全に怒らせたな。
「アーベルぅ、手伝ってくれる?」
アイリスが可愛らしく? 私に頼んできたが、こちらとしては頭が痛い。
「入口と裏の窓から投げ捨てるのはナシですよ」
「じゃ、廊下の突き当りの窓からね。アーベル、反対側お願い」
「準備できました。せーのっ!」
アイリスと私とで白い箱を持ち上げて廊下の突き当りへと向かう。
そして窓を開けて二人? がかりで箱を放り投げた。
箱は音を立てて転がっていったが、中の人間に影響はないはずだ。
アイリスが魔法で造り上げた箱は、精霊界の空間を魔法で存在界の空間に変換したものだ。
中は真っ暗で何も見えず、何も聞こえないし、中に入っている者は浮遊感を覚えているはずだ。
このような場所に閉じ込められれば、大抵の人間は気が狂ってしまう。
魔法の持続時間は恐らく一日くらいだが、恐怖を味わうには十分すぎるはずだ。魔法が切れれば、無事外に出られる。
多分この押し売りは二度とここへは来ないと思う。精霊界に移住しようとする人たちを阻止する側に回らないといいが。
「アイリス、あの客、何をしたですか?」
「移住情報の広告を見たらしいんだけど、こんな寂れたところじゃ人なんか来やしないから娯楽施設を作れとか、美男美女を並べて人を呼びこめとか言ってきたのよ。挙句の果てには自分は町おこしの専門家だから契約してアドバイスを受けろとか、って何言っているのよ、と思ったけどね」
さすがにそんな話を持ちだしたらアイリスが怒るに決まっている。
精霊界への移住は、本性をさらけ出せる相手を探している精霊と、その相手を未来永劫続ける人とのマッチングを意味している、と私は思う。
精霊界は変化の少ない穏やかな世界だし、精霊は極端な変化をあまり得意としていない。
存在界と比べれば「寂れた」世界である、という指摘はある意味正しい。
ただ、この「寂れた」世界こそが精霊に合った世界なのだと思う。
それを劇的に変えようとする人間は、精霊界への移住には向いていないと断言できる。
「希望者が少ないのも困るけど、変な輩が相談に来るのも困るのよね。宣伝方法を変えた方がいいかしら?」
アイリスが珍しく真剣に悩みだした。
変な輩、にはいくつかパターンがある。
今日のようにこちらが求めてもいないアドバイスを押し売りする輩。
素敵な異性を自分の好きなようにできると勘違いしている輩、ってこれは自分も他人のことは言えないかもしれない。
精霊界を自分好みの世界に作り替えようと企む輩。
このあたりが主だったところだろうか。
人間は絶対に精霊を傷つけることができないから、何をしようとすべて無駄なのだけど。
「穏やかに、静かに暮らしたい人に刺さる内容にできるといいのですけどね」
私にもこれくらいしか言えない。
「精霊界移住相談所」からは常時百体近い精霊たちが妖精に姿を変えて、存在界で精霊界への移住の宣伝活動に従事している。
彼らは存在界でネットや口コミなどを駆使しながら、精霊界での暮らしの情報を伝えたり、相談所の場所を広めたりしている。
宣伝活動を担当している妖精たちは存在界では人間として暮らしており、会社などに所属して仕事に就いている者もいる。
存在界の物を調達する資金や、宣伝活動に必要な資金は、このように存在界の会社で仕事をしている妖精たちの給与で賄われている。
存在界では妖精たちも食べなければ生きていけないので、宣伝活動に必要な資金はカツカツだろう。
「そうねぇ。でも、宣伝活動担当の精霊は、バタバタ動き回っているのも少なくないのよ」
実情はアイリスの仰る通りで食費や住居費を節約するため、一日に数時間だけ存在界で宣伝活動をして終わったら精霊界に戻る、ということを毎日のように繰り返している精霊も少なくないのだ。
一般的なサラリーマンほど忙しくはないと思うが、これでは精霊界の実情が半分も伝わらないような気がする。
なかなか難しいものだ。
「買えばいいのかい?」
「ケルークス」の店内のカウンター席で私の隣に座っているリーゼが尋ねてきた。
先ほどまで、精霊界に強制送還? されてきたバネッサに振り回されていた店内であるが、現在はバネッサが再び存在界に向けて出発した後なので落ち着いている。
「いえ、お店に置いてある本なので、買う必要はないです。アーベルさまのお時間が大丈夫かどうか……」
そういうことか。まだ、出勤してから四時間弱だから時間に余裕はある。
店に置いてある本ということは雑誌だろう。これなら「ケルークス」の客は誰でも無料で読むことができる。
「まだ時間はあるから大丈夫。何の本かい?」
「あ、私が自分で持ってくるので大丈夫です」
リーゼが席を立って、店の奥にある棚の方に向かった。
現在、「ケルークス」の店内には従業員であるユーリとブリス、相談員がアイリスと私、そして客がリーゼの五人だけがいる。
ノームの二人組はバネッサが存在界に向かった直後に店を出たし、存在界から戻ってきたヴァルターもアイリスに報告書を出して住処へと戻っていった。
アイリスが気だるそうに報告書に目を通している。
「アーベルぅ、精霊界関係の情報を見てくれる人間が減っているみたいなんだけど、何かいい案ないかしら?」
いきなりアイリスに相談を持ち掛けられた。まあ、よくあることだ。
「状況がまったくわからないのですが? そもそも精霊界の情報を発信しているって伝えてます?」
広告宣伝の専門家ではない私に相談しているアイリスもアイリスなのだが、精霊界には情報を広めるなどという仕事が存在しないらしいので仕方ない。
「精霊界へ移住してみませんか? みたいな情報は流しているみたいなのだけど、すぐに消されちゃうらしいのよねぇ。何てことしてくれるのかしら、まったく」
アイリスがむくれた。
そうだとすると、精霊界に関する情報を見ることができる機会そのものが減っているのだろう。
ちなみに私が人間だった頃の仕事は計測器の検査員だった。広告宣伝の分野は完全に門外漢である。
「消されちゃうということは、誰かが精霊界への移住に関する情報を問題視している、って気がしますね。宣伝の場所を変えるとか、隠語を使うとかして情報を消されないようにした方がよさそうです」
門外漢の考える対策などこんなものだ。
「隠語? そうかぁ、それはいいわね。だったらアーベル、私が『意見ない?』って聞いたら、揺らぎが大きくなりそう、って意味だから」
アイリスがいい顔をしてこちらをじっと見ている。これは構って欲しいサインの一つだ。
そもそも構って欲しい状態が「揺らぎ」が大きくなりそうな状態らしいということはわかっているので、隠語を使う必要はないと思うのだが……
「隠語、って精霊界への移住を表現する隠語ですよ? わかってやってますよね?」
「うん、もちろん!」
あざとく振る舞っているつもりなのか、両手を握って顎のあたりに当てながらアイリスが答えた。
所長としての威厳はゼロだ。
「おーい、『移住相談所』というのはここか? 客が来たぞ!」
入口の方から怒鳴っているような声が聞こえてきた。
経験上、自分で客という相談客にロクな者がいた例はないのだが、一度は相談客と会うのが「精霊界移住相談所」のモットーだ。
所長のアイリスが入口に向かっていった。
しばらくして上に上がっていく足音が聞こえたから、過去に出禁にした相談客ではないことがわかる。
「何か雰囲気悪そうな客じゃなかった?」
ユーリが心配そうな顔をしながら厨房から出てきた。
「アイリスならこの手の輩も上手に料理するとは思うけど。いざとなったら魔法を使ってでも追い出すだろうし」
何だかんだ言っても、相談経験の豊富なアイリスだ。
厄介な相手でも何とかすると思うし、生身の人間が精霊のアイリスとやり合って勝てるとは思えない。
妖精なら話は別だが、生身の人間が精霊に触れることはできないので、手の出しようがないからだ。
一方、アイリスは生命を司る精霊ナイアスである。
人間の生命を操るのはお手の物で、死なない程度に相手の生命の炎を弱めるなど、寝ぼけていても簡単にやってのけるはずだ。
私としては、相談客の安全のためにも横柄な態度は厳に慎んでほしいと思っている。
「そうね。私のカンが当たっているなら、痛めつけて追い出してほしいところだけど」
こういう時のユーリは過激だ。
魂霊になる人間に過激な者は少ないのだが、ユーリは少数派に属するのだろう。
「責任者を出せ! 従業員の教育がなっていないぞ!」
上から相談客の怒鳴り声が聞こえてきた。
一階にはっきり聞こえてきたし、窓がビリビリ言っていたから、かなり大きな声だ。
「ちょっと上を見てくる」
アイリスなら心配は要らないとは思うが、やりすぎたらマズいので私は二階の応接室へと向かった。
「アーベル!」
「アーベルさま、気を付けて」
後ろでユーリとリーゼが私を案じてくれたようだが、心配は要らないはずだ。
「失礼します!」
私が応接室に入ると、相談客が立ち上がって上からアイリスを怒鳴りつけていた。
「お前が責任者か? 従業員教育がなってないぞ! だから移住者が集まらずこのように寂れていくのだ!」
相談客は恰幅の良い初老の男性だ。
この手の輩は指導とか支援とか称して、自分に都合のいい世界を造りたがることが多いと思う。
「所長なら貴方の目の前に座っているこちらのアイリスです。お客様が大きな声を出されたので何が起きたのかと思って駆けつけてまいりましたが、ご不便などございましたでしょうか?」
仕事でも外部からのクレーム処理などやったことがないから、この手の輩の相手は苦手なのだが、とりあえず状況を確認してみる。
「何だと? 所長がこんなのだから成果が出ておらんのだ! 悪いことは言わない。私の指導を受ければ成果がついてくるのだ。今なら遅くない。改心して私の提案を受け入れるのが最善の道だぞ」
相手はこちらを脅迫しているのか、それとも営業をかけているのかよくわからない様子だ。
アイリスは冷ややかに相談客の方を見ている。いや、目の前にいるのは相談客でなくて悪意を売っている押し売りの類だな。
「その手の話は間に合っているわよ。それと、こちらでの暮らしが知りたいなら体験させてあげるわ」
アイリスは妖艶に微笑んだ後、指をパチンと鳴らした。
すると、相談客、もとい悪意を売っている押し売りの姿は真っ白な箱に覆われた。
あーあ、これはアイリスを完全に怒らせたな。
「アーベルぅ、手伝ってくれる?」
アイリスが可愛らしく? 私に頼んできたが、こちらとしては頭が痛い。
「入口と裏の窓から投げ捨てるのはナシですよ」
「じゃ、廊下の突き当りの窓からね。アーベル、反対側お願い」
「準備できました。せーのっ!」
アイリスと私とで白い箱を持ち上げて廊下の突き当りへと向かう。
そして窓を開けて二人? がかりで箱を放り投げた。
箱は音を立てて転がっていったが、中の人間に影響はないはずだ。
アイリスが魔法で造り上げた箱は、精霊界の空間を魔法で存在界の空間に変換したものだ。
中は真っ暗で何も見えず、何も聞こえないし、中に入っている者は浮遊感を覚えているはずだ。
このような場所に閉じ込められれば、大抵の人間は気が狂ってしまう。
魔法の持続時間は恐らく一日くらいだが、恐怖を味わうには十分すぎるはずだ。魔法が切れれば、無事外に出られる。
多分この押し売りは二度とここへは来ないと思う。精霊界に移住しようとする人たちを阻止する側に回らないといいが。
「アイリス、あの客、何をしたですか?」
「移住情報の広告を見たらしいんだけど、こんな寂れたところじゃ人なんか来やしないから娯楽施設を作れとか、美男美女を並べて人を呼びこめとか言ってきたのよ。挙句の果てには自分は町おこしの専門家だから契約してアドバイスを受けろとか、って何言っているのよ、と思ったけどね」
さすがにそんな話を持ちだしたらアイリスが怒るに決まっている。
精霊界への移住は、本性をさらけ出せる相手を探している精霊と、その相手を未来永劫続ける人とのマッチングを意味している、と私は思う。
精霊界は変化の少ない穏やかな世界だし、精霊は極端な変化をあまり得意としていない。
存在界と比べれば「寂れた」世界である、という指摘はある意味正しい。
ただ、この「寂れた」世界こそが精霊に合った世界なのだと思う。
それを劇的に変えようとする人間は、精霊界への移住には向いていないと断言できる。
「希望者が少ないのも困るけど、変な輩が相談に来るのも困るのよね。宣伝方法を変えた方がいいかしら?」
アイリスが珍しく真剣に悩みだした。
変な輩、にはいくつかパターンがある。
今日のようにこちらが求めてもいないアドバイスを押し売りする輩。
素敵な異性を自分の好きなようにできると勘違いしている輩、ってこれは自分も他人のことは言えないかもしれない。
精霊界を自分好みの世界に作り替えようと企む輩。
このあたりが主だったところだろうか。
人間は絶対に精霊を傷つけることができないから、何をしようとすべて無駄なのだけど。
「穏やかに、静かに暮らしたい人に刺さる内容にできるといいのですけどね」
私にもこれくらいしか言えない。
「精霊界移住相談所」からは常時百体近い精霊たちが妖精に姿を変えて、存在界で精霊界への移住の宣伝活動に従事している。
彼らは存在界でネットや口コミなどを駆使しながら、精霊界での暮らしの情報を伝えたり、相談所の場所を広めたりしている。
宣伝活動を担当している妖精たちは存在界では人間として暮らしており、会社などに所属して仕事に就いている者もいる。
存在界の物を調達する資金や、宣伝活動に必要な資金は、このように存在界の会社で仕事をしている妖精たちの給与で賄われている。
存在界では妖精たちも食べなければ生きていけないので、宣伝活動に必要な資金はカツカツだろう。
「そうねぇ。でも、宣伝活動担当の精霊は、バタバタ動き回っているのも少なくないのよ」
実情はアイリスの仰る通りで食費や住居費を節約するため、一日に数時間だけ存在界で宣伝活動をして終わったら精霊界に戻る、ということを毎日のように繰り返している精霊も少なくないのだ。
一般的なサラリーマンほど忙しくはないと思うが、これでは精霊界の実情が半分も伝わらないような気がする。
なかなか難しいものだ。
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