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第九章
423:「ストランディング・ワールド」
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九月二〇日、七人からなる「東部探索隊」の姿はドガン山脈の裾野にあった。
「はじまりの丘」を出発してちょうど一ヵ月後のことである。
九月に入ってからは雪の積もる道なき道を七人は進んでいった。
ドガン山脈を越えるにあたって、裾野のなるべく平坦な場所に第二の補給拠点を設置することを決めていた。
どうにか補給拠点となる場所を見つけたのが、昨日の昼のことである。
それから半日かけて、彼らはテントを設営した。
ECN社本社から、この拠点までは別のチームが何度かに分けて物資を輸送することになっている。
補給物資を運ぶ第二隊は、明日ECN社本社から「はじまりの丘」へ向けて出発する予定である。
補給拠点には電波を発信する発信機のみ残し、第二隊はこれを頼りに補給物資を運ぶのだそうだ。
テントの中では、今後の計画についてロビーが熱弁をふるっている。
「俺たちは山の頂上を目指すんじゃない。いかに楽に山を越えるか、を考えるんだ!
山と山の間の低いところを通って東に抜ける。これが基本方針だ」
ホンゴウは無言でロビーを見守っている。
彼はロビーが明らかに誤ったことを言わない限り、自ら口を挟むことはしないと決めていた。
あくまでもリーダーはロビーである。
彼はそのことをよくわきまえていた。
このような探索行においては、ホンゴウに一日の長がある。
その彼が口を挟めば、皆がその意見に流される危険がある。
それでは隊の規律は混乱し、秩序を保つことができなくなる。
秩序を保つためにはリーダーは一人でなければならない。
これこそが彼がOP社で学んだ哲学であった。
ロビーがテーブルを拳で叩いた。
その音に慌ててカネサキとオオイダが振り向く。
ロビーは、ほとんど真っ白な地図を広げた。
その隣には約三〇年前に「ルナ・ヘヴンス」から撮影された不鮮明な写真のコピーが並べられている。
「写真じゃよく見えないが、恐らくこのあたりが通りやすい道だと思う。俺たちの通ったところが道になるんだ! 慎重に道を考えるぞ!」
ロビーが写真の少し色が濃くなった部分を指し示す。
それに対しアイネスがこちらはどうか、と問い返した。
テーブルの隅のほうでコナカが心配そうな表情を浮かべている。
会議には参加しながらも、テントの外が気になるようで、ちらちらと入口の方に目を向けているのだ。
会議に参加しているのは六人であった。
そう、メイの姿だけがこの場にない。
彼女は会議が始まる直前に無言でテントの外に飛び出していってしまったのだ。
メイの姿はテントから十数メートル離れたところにあった。
その視線は彼女を含めた七人が通ってきた道に向けられている。
真っ白な大地に刻まれた一筋の道。
これが彼女等の軌跡である。
彼女は、その軌跡をじっと見つめる。
その先には宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が最初にこの地と接した跡があるはずだった。
しかし、それは雪に埋もれて彼女の目には捉えられない。
かつて、地球と月の間にはいくつもの宇宙ステーションが並び、それぞれのステーションで人々が日々の暮らしを営んでいたという。
ステーションは発展を続け、いつしか一つのステーションがひとつの世界を構成しているかのようになった。
地球と月の間に並ぶ「世界」の群れ……
ルナ・ヘヴンスも群れの一員として漆黒の海に漂っていた。
しかし、あるときルナ・ヘヴンスは群れからはぐれた。
ただひとつ、あてもなく漆黒の海を彷徨い、泳ぎ続けた。
ひとつでの旅は一八年近くにも及んだ。
永遠にもなろうかと思われた旅は、突如終わりを告げる。
「世界」が旅を終えることを選択したのだ。
漆黒の海を泳ぐことを止め、陸地に座礁することを選択した。
惑星エクザロームのサブマリン島という陸地に。
群れからはぐれ、座礁(ストランディング)した世界……
座礁した世界は息絶えたが、そこで新しい世界が生まれた。
この新しい世界という名の生命は、漆黒の海を安住の地に選ばなかった。
サブマリン島と名づけられた大地に住むことを選択したのだ。
それならば世界という生命を構成する私たちは何になるのだろう?
細胞のひとかけら、だろうか?
ならば、私は細胞のひとかけら、それも異質のものでしかないのだろうか?
異質なかけらでしかないこの私……
生命の力は体内から異質なもの、異常なものを排除するという。
異質なかけらの私は排除されるためにここにあるのだろうか……?
私は何のためにここにあるのだろう?
メイがおもむろに胸に手をやった。
ポケットを探り、金属製の塊を取り出す。
彼女はそれを目の高さに持ち上げ、手首を回すようにして動かしてみる。
それは、彼女がオイゲンからもらった腕時計である。
彼が目指した東は、ちょうど彼女の背中の方向になる。
「社長……」
不意に彼女の口から言葉が漏れた。
「私……必ず、報告します……」
そうつぶやいた直後、彼女の正面から強い風が吹いた。雪といっしょに彼女の黒く長い髪を吹き上げる。
その白と黒のコントラストは、かすみ草の束を髣髴させる。
メイの黒い髪が風になびいている。
黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳は、物憂げにオイゲンの腕時計を見つめている。
それは、彼女の首にかかったネックレスに結び付けられていた。
メイの視線が再び、今まで来た道へと移される。
あのとき、わたしが社長から放たれたとき、わたしという異質なかけらは……迷宮に落ちた
出口は東にあるかもしれないと言われているだけ……
ただ、その出口を出ても、わたしは次の迷宮に落ちるだけ……
でも、立ち止まったらわたしの前から道しるべが消えてしまう……
東へ進めば……わたしはどこにたどり着くのだろう?
メイがオイゲンの腕時計を引き寄せる。
今度は視線を落として腕時計を見つめる。
わたしはわたしが在るために東へと追い立てられるだけ
これに導かれるままに……
「社長……
どうして、私をいつものように見守っていてくださらないのですか?
どうして、何も仰ってくださらないのですか?
どうして、私を……導いてくださらないのですか?
私が在ることは……許していただけないのですね……」
直後、メイから嗚咽の声が漏れた。
その声は確かにテントの中のコナカの耳には届いた。
しかし、コナカは敢えてメイの方へと駆け寄ろうとはしなかった。
「はじまりの丘」を出発してちょうど一ヵ月後のことである。
九月に入ってからは雪の積もる道なき道を七人は進んでいった。
ドガン山脈を越えるにあたって、裾野のなるべく平坦な場所に第二の補給拠点を設置することを決めていた。
どうにか補給拠点となる場所を見つけたのが、昨日の昼のことである。
それから半日かけて、彼らはテントを設営した。
ECN社本社から、この拠点までは別のチームが何度かに分けて物資を輸送することになっている。
補給物資を運ぶ第二隊は、明日ECN社本社から「はじまりの丘」へ向けて出発する予定である。
補給拠点には電波を発信する発信機のみ残し、第二隊はこれを頼りに補給物資を運ぶのだそうだ。
テントの中では、今後の計画についてロビーが熱弁をふるっている。
「俺たちは山の頂上を目指すんじゃない。いかに楽に山を越えるか、を考えるんだ!
山と山の間の低いところを通って東に抜ける。これが基本方針だ」
ホンゴウは無言でロビーを見守っている。
彼はロビーが明らかに誤ったことを言わない限り、自ら口を挟むことはしないと決めていた。
あくまでもリーダーはロビーである。
彼はそのことをよくわきまえていた。
このような探索行においては、ホンゴウに一日の長がある。
その彼が口を挟めば、皆がその意見に流される危険がある。
それでは隊の規律は混乱し、秩序を保つことができなくなる。
秩序を保つためにはリーダーは一人でなければならない。
これこそが彼がOP社で学んだ哲学であった。
ロビーがテーブルを拳で叩いた。
その音に慌ててカネサキとオオイダが振り向く。
ロビーは、ほとんど真っ白な地図を広げた。
その隣には約三〇年前に「ルナ・ヘヴンス」から撮影された不鮮明な写真のコピーが並べられている。
「写真じゃよく見えないが、恐らくこのあたりが通りやすい道だと思う。俺たちの通ったところが道になるんだ! 慎重に道を考えるぞ!」
ロビーが写真の少し色が濃くなった部分を指し示す。
それに対しアイネスがこちらはどうか、と問い返した。
テーブルの隅のほうでコナカが心配そうな表情を浮かべている。
会議には参加しながらも、テントの外が気になるようで、ちらちらと入口の方に目を向けているのだ。
会議に参加しているのは六人であった。
そう、メイの姿だけがこの場にない。
彼女は会議が始まる直前に無言でテントの外に飛び出していってしまったのだ。
メイの姿はテントから十数メートル離れたところにあった。
その視線は彼女を含めた七人が通ってきた道に向けられている。
真っ白な大地に刻まれた一筋の道。
これが彼女等の軌跡である。
彼女は、その軌跡をじっと見つめる。
その先には宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が最初にこの地と接した跡があるはずだった。
しかし、それは雪に埋もれて彼女の目には捉えられない。
かつて、地球と月の間にはいくつもの宇宙ステーションが並び、それぞれのステーションで人々が日々の暮らしを営んでいたという。
ステーションは発展を続け、いつしか一つのステーションがひとつの世界を構成しているかのようになった。
地球と月の間に並ぶ「世界」の群れ……
ルナ・ヘヴンスも群れの一員として漆黒の海に漂っていた。
しかし、あるときルナ・ヘヴンスは群れからはぐれた。
ただひとつ、あてもなく漆黒の海を彷徨い、泳ぎ続けた。
ひとつでの旅は一八年近くにも及んだ。
永遠にもなろうかと思われた旅は、突如終わりを告げる。
「世界」が旅を終えることを選択したのだ。
漆黒の海を泳ぐことを止め、陸地に座礁することを選択した。
惑星エクザロームのサブマリン島という陸地に。
群れからはぐれ、座礁(ストランディング)した世界……
座礁した世界は息絶えたが、そこで新しい世界が生まれた。
この新しい世界という名の生命は、漆黒の海を安住の地に選ばなかった。
サブマリン島と名づけられた大地に住むことを選択したのだ。
それならば世界という生命を構成する私たちは何になるのだろう?
細胞のひとかけら、だろうか?
ならば、私は細胞のひとかけら、それも異質のものでしかないのだろうか?
異質なかけらでしかないこの私……
生命の力は体内から異質なもの、異常なものを排除するという。
異質なかけらの私は排除されるためにここにあるのだろうか……?
私は何のためにここにあるのだろう?
メイがおもむろに胸に手をやった。
ポケットを探り、金属製の塊を取り出す。
彼女はそれを目の高さに持ち上げ、手首を回すようにして動かしてみる。
それは、彼女がオイゲンからもらった腕時計である。
彼が目指した東は、ちょうど彼女の背中の方向になる。
「社長……」
不意に彼女の口から言葉が漏れた。
「私……必ず、報告します……」
そうつぶやいた直後、彼女の正面から強い風が吹いた。雪といっしょに彼女の黒く長い髪を吹き上げる。
その白と黒のコントラストは、かすみ草の束を髣髴させる。
メイの黒い髪が風になびいている。
黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳は、物憂げにオイゲンの腕時計を見つめている。
それは、彼女の首にかかったネックレスに結び付けられていた。
メイの視線が再び、今まで来た道へと移される。
あのとき、わたしが社長から放たれたとき、わたしという異質なかけらは……迷宮に落ちた
出口は東にあるかもしれないと言われているだけ……
ただ、その出口を出ても、わたしは次の迷宮に落ちるだけ……
でも、立ち止まったらわたしの前から道しるべが消えてしまう……
東へ進めば……わたしはどこにたどり着くのだろう?
メイがオイゲンの腕時計を引き寄せる。
今度は視線を落として腕時計を見つめる。
わたしはわたしが在るために東へと追い立てられるだけ
これに導かれるままに……
「社長……
どうして、私をいつものように見守っていてくださらないのですか?
どうして、何も仰ってくださらないのですか?
どうして、私を……導いてくださらないのですか?
私が在ることは……許していただけないのですね……」
直後、メイから嗚咽の声が漏れた。
その声は確かにテントの中のコナカの耳には届いた。
しかし、コナカは敢えてメイの方へと駆け寄ろうとはしなかった。
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