ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
433 / 436
第九章

423:「ストランディング・ワールド」

しおりを挟む
 九月二〇日、七人からなる「東部探索隊」の姿はドガン山脈の裾野にあった。
 「はじまりの丘」を出発してちょうど一ヵ月後のことである。
 九月に入ってからは雪の積もる道なき道を七人は進んでいった。
 ドガン山脈を越えるにあたって、裾野のなるべく平坦な場所に第二の補給拠点を設置することを決めていた。
 どうにか補給拠点となる場所を見つけたのが、昨日の昼のことである。
 それから半日かけて、彼らはテントを設営した。
 ECN社本社から、この拠点までは別のチームが何度かに分けて物資を輸送することになっている。
 補給物資を運ぶ第二隊は、明日ECN社本社から「はじまりの丘」へ向けて出発する予定である。
 補給拠点には電波を発信する発信機のみ残し、第二隊はこれを頼りに補給物資を運ぶのだそうだ。

 テントの中では、今後の計画についてロビーが熱弁をふるっている。
「俺たちは山の頂上を目指すんじゃない。いかに楽に山を越えるか、を考えるんだ!
 山と山の間の低いところを通って東に抜ける。これが基本方針だ」
 ホンゴウは無言でロビーを見守っている。
 彼はロビーが明らかに誤ったことを言わない限り、自ら口を挟むことはしないと決めていた。
 あくまでもリーダーはロビーである。
 彼はそのことをよくわきまえていた。
 このような探索行においては、ホンゴウに一日の長がある。
 その彼が口を挟めば、皆がその意見に流される危険がある。
 それでは隊の規律は混乱し、秩序を保つことができなくなる。
 秩序を保つためにはリーダーは一人でなければならない。
 これこそが彼がOP社で学んだ哲学であった。

 ロビーがテーブルを拳で叩いた。
 その音に慌ててカネサキとオオイダが振り向く。
 ロビーは、ほとんど真っ白な地図を広げた。
 その隣には約三〇年前に「ルナ・ヘヴンス」から撮影された不鮮明な写真のコピーが並べられている。
「写真じゃよく見えないが、恐らくこのあたりが通りやすい道だと思う。俺たちの通ったところが道になるんだ! 慎重に道を考えるぞ!」
 ロビーが写真の少し色が濃くなった部分を指し示す。
 それに対しアイネスがこちらはどうか、と問い返した。
 テーブルの隅のほうでコナカが心配そうな表情を浮かべている。
 会議には参加しながらも、テントの外が気になるようで、ちらちらと入口の方に目を向けているのだ。
 会議に参加しているのは六人であった。
 そう、メイの姿だけがこの場にない。
 彼女は会議が始まる直前に無言でテントの外に飛び出していってしまったのだ。

 メイの姿はテントから十数メートル離れたところにあった。
 その視線は彼女を含めた七人が通ってきた道に向けられている。
 真っ白な大地に刻まれた一筋の道。
 これが彼女等の軌跡である。
 彼女は、その軌跡をじっと見つめる。
 その先には宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が最初にこの地と接した跡があるはずだった。
 しかし、それは雪に埋もれて彼女の目には捉えられない。

 かつて、地球と月の間にはいくつもの宇宙ステーションが並び、それぞれのステーションで人々が日々の暮らしを営んでいたという。
 ステーションは発展を続け、いつしか一つのステーションがひとつの世界を構成しているかのようになった。
 地球と月の間に並ぶ「世界」の群れ……
 ルナ・ヘヴンスも群れの一員として漆黒の海に漂っていた。

 しかし、あるときルナ・ヘヴンスは群れからはぐれた。
 ただひとつ、あてもなく漆黒の海を彷徨い、泳ぎ続けた。
 ひとつでの旅は一八年近くにも及んだ。
 永遠にもなろうかと思われた旅は、突如終わりを告げる。

 「世界」が旅を終えることを選択したのだ。
 漆黒の海を泳ぐことを止め、陸地に座礁することを選択した。
 惑星エクザロームのサブマリン島という陸地に。

 群れからはぐれ、座礁(ストランディング)した世界……

 座礁した世界は息絶えたが、そこで新しい世界が生まれた。
 この新しい世界という名の生命は、漆黒の海を安住の地に選ばなかった。
 サブマリン島と名づけられた大地に住むことを選択したのだ。

 それならば世界という生命を構成する私たちは何になるのだろう?
 細胞のひとかけら、だろうか?
 ならば、私は細胞のひとかけら、それも異質のものでしかないのだろうか?

 異質なかけらでしかないこの私……
 生命の力は体内から異質なもの、異常なものを排除するという。
 異質なかけらの私は排除されるためにここにあるのだろうか……?
 私は何のためにここにあるのだろう?

 メイがおもむろに胸に手をやった。
 ポケットを探り、金属製の塊を取り出す。
 彼女はそれを目の高さに持ち上げ、手首を回すようにして動かしてみる。
 それは、彼女がオイゲンからもらった腕時計である。
 彼が目指した東は、ちょうど彼女の背中の方向になる。
「社長……」
 不意に彼女の口から言葉が漏れた。
「私……必ず、報告します……」
 そうつぶやいた直後、彼女の正面から強い風が吹いた。雪といっしょに彼女の黒く長い髪を吹き上げる。
 その白と黒のコントラストは、かすみ草の束を髣髴させる。
 メイの黒い髪が風になびいている。
 黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳は、物憂げにオイゲンの腕時計を見つめている。
 それは、彼女の首にかかったネックレスに結び付けられていた。
 メイの視線が再び、今まで来た道へと移される。
 
 あのとき、わたしが社長から放たれたとき、わたしという異質なかけらは……迷宮に落ちた
 出口は東にあるかもしれないと言われているだけ……
 ただ、その出口を出ても、わたしは次の迷宮に落ちるだけ……
 でも、立ち止まったらわたしの前から道しるべが消えてしまう……
 東へ進めば……わたしはどこにたどり着くのだろう?

 メイがオイゲンの腕時計を引き寄せる。
 今度は視線を落として腕時計を見つめる。

 わたしはわたしが在るために東へと追い立てられるだけ
 これに導かれるままに……

「社長……
 どうして、私をいつものように見守っていてくださらないのですか?
 どうして、何も仰ってくださらないのですか?
 どうして、私を……導いてくださらないのですか?
 私が在ることは……許していただけないのですね……」
 直後、メイから嗚咽の声が漏れた。
 その声は確かにテントの中のコナカの耳には届いた。
 しかし、コナカは敢えてメイの方へと駆け寄ろうとはしなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...