ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第九章

407:新しい所属先

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 ウォーリー・トワが兄と判明してから一ヶ月、セスはある決断を下した。
「兄とイナ社長が望んだ島の東部の探索……この意思を引き継ぐんだ……」
 セスは早速ロビーと相談し、この計画に参加するメンバーを募ろうとした。
 話を聞いた後のロビーの行動は迅速だ。
 ECN社社長 (正式には「代行」だが)に就任したばかりのミヤハラのもとへと赴き、ECN社の事業としてサブマリン島東部の探索を提案したのである。

 ミヤハラの社長就任に伴い、LH五一年七月一日付でセスやロビーなど「タブーなきエンジニア集団」の大部分のメンバーはECN社に転籍した。
 社長就任にあたって、ミヤハラはECN社の組織や人事にほとんど手を加えなかった。
 社内では色々な噂が流れたが、ミヤハラが単に面倒くさがっただけ、という理由を正しく言い当てる者は多くはなかった。
 正しく言い当てた一人に、副社長に就任したサクライがいる。
 サクライの場合、「正しく言い当てた」というよりも「面倒くさがった当事者の一人」と言った方が正しいかもしれない。
 社長就任時にミヤハラが行った数少ない人事が、副社長のポスト新設とサクライの副社長への就任である。
 自分ひとりで面倒ごとを抱えるのはかなわない、ということで強引にサクライを巻き込んだのである。
 ミヤハラの社長就任を煽ったことへの仕返しの意味もあった。
 「副社長」の下に「代行」と付かないのもそのためであった。
 ECN社にはもともと副社長の役職がなかったので、当然と言えば当然なのだが、ミヤハラ自身は本来の社長が戻れば責務から解放される「代行」であるのに対して、サクライの役職には同じような逃げを許さないよう手を打ったのである。

「イナ社長の依頼書があるのですよ。これは島の東側を探索する十分な理由にならないですかね?」
 オイゲンがオオイダに宛てて書いた島東部探索の依頼書を手にロビーがミヤハラに詰め寄った。
「いくらイナ……前社長の依頼書があるとはいえ、個人名だからな。さすがにこれでは今の俺の立場で許可を出すことはできん。こういう場合は直属の上司と相談して対応を考えてくれ」
 オイゲンがオオイダに宛てて書いた島東部探索の依頼書を手にロビーがミヤハラに詰め寄った。
 詰め寄られた方のミヤハラはエリックに相談するようにアドバイスした。
「たらいまわし、ってことはないですよね、社長」
 ミヤハラは、「俺がそんなことをすると思っているのか」と、大して怒った様子も見せずに答えた。
 ロビーは、「ま、社長に限ってそんなことはないっすね」と言い残して社長室を出て行った。
 ミヤハラにとってECN社に手を入れるのがよほど面倒だったのか、社長室も先代のオイゲンが使っていた状態から机一つ動かしていない。
 以前と異なることは、秘書席が副社長席になったくらいである。サクライも机を動かすのを面倒臭がったため、「タブーなきエンジニア集団」の事務所から持ってきた袖机を隣に置いただけで済ませてしまっている。
 組織の方もほとんど変わっていない。
 「タブーなきエンジニア集団」のメンバーは、かつてウォーリーがトップを務めていたタスクユニットに配属された。
 ウォーリー、ミヤハラがECN社を去った後、このタスクユニットはテツヤ・ヘンミがトップを務めていたが、彼はミヤハラの社長代行就任時にOP社に乞われてOP社へ転籍している。
 ヘンミに代わって、このチームを率いる上級チームマネージャーになったのがエリックであった。
 要するにミヤハラはロビーに、「自分の所属チームのトップと話をしなさい」と言ったのである。
 所属部署の上長をすっ飛ばして、トップに要望を持ち込むのはかつて故ウォーリー・トワがしばしば用いた手法であったが、直属の上長から見てあまり気分のよい行為ではない。
 エリックはこうしたことを気にするタイプの人物ではないようだが、ロビーに悪い癖がつくのは好ましいことではない。ウォーリーが許されても、ロビーが許されない可能性は十分に考えられる。
 ミヤハラは、こうしたことも考慮に入れてエリックと話をするように命じたのである。もちろん、単に面倒だというのが最大の理由なのだが。

 ロビーはエレベーターホールでエリックをつかまえ、強引に会議スペースへと引きずり込んだ。
「モトムラさん、じゃなかったモトムラマネージャー、ちょっとお願いしたいことがあるのだけどね」
 ロビーの口調は、まるで親しい友人に軽い頼みごとをするかのようなものであった。
 実際に二人が知り合ってから一ヶ月ほどなのだが、そんなことは微塵も感じさせない。
 気軽に声をかけられたエリックも気にしていない様子だ。
「わざわざここへ来る、ってことはそれなりに重要な話なのかい?」
「ああ、勿論だ。セスの奴が島の東部の探索を望んでいる。亡くなったトワさんも、ここの前の社長も同じことを考えていたらしいことは知っていますよね?」
「……話には聞いているけど?」
「社の事業として、セスの奴を全面的にバックアップしてもらえないかな?」
 ロビーの申し出は唐突であった。
 あまりにストレートで図々しく聞こえるのだが、この男が言うと大したことではないように聞こえるから不思議だ。
 エリックもついつい、無意識に「いいよ」と返事をしてしまいそうになってから、慌てて口を手で塞ぐ。
 返事の代わりに額に手をやって考え込むポーズをとった。
「そんなに難しいことじゃないっすよ。少しの人と予算を出せば足りることじゃないですか。モトムラマネージャーの権限でそのくらいどうにかなりますよ」
「……おいおい、ちょっと待ってくれよ。社長に掛け合ってみるから、それまで待ってくれないか?」
「ミヤハラ社長には、マネージャーと話をしろ、って言われたんですよ。これじゃたらいまわしじゃないですか」
 その言葉にエリックは少し考えてから、
「こういう提案は計画書を作って持ってくるものだよ。費用も人もどのくらい必要かわからないじゃないか。そんなことに人や予算を割くことはできない、っていわれるのがオチだよ」
 と丁寧にアドバイスした。
「しょうがないっすね。だったら、セスと俺とで計画書を作るんで、マネージャーも手伝ってください。それでいいでしょ」
「それなら……」
「じゃ、午後の遅い時間でも空けておいてください。必要になったら呼びに行きますので、よろしく」
 ロビーはそう言って会議スペースから出て行った。
 あまりにも急なことで、エリックが返事をする間もなかったが、ロビーはよい返事が得られたに違いないと思っていたようだった。
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