ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第九章

394:「新しいこと」

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 それまで黙っていたエリックが不意に口を開いた。
「途方も無い話ですね……僕には想像できない世界ですよ」
 社会に出て以来、エンジニア一筋でやって来たエリックにとって、このような世界は縁遠いものであった。
 エリックの言葉を聞いたサクライがモニタ越しにエリックをからかうような様子を見せる。
「まあ、エリックにはこういうドロドロした世界は想像もつかないだろうな。住んでいる世界が違う、ってことよ」
「サクライの言うとおりだな。エリックにこういう世界は合わないぜ」
 ウォーリーもサクライに乗ってきた。
 すると、いつの間にかミヤハラを加えた三人が大きな笑い声をあげた。
 こうなるとエリックも立場がないが、抗議する言葉も思いつかない。

 しばらくエリックを除いた三人が笑い続けた後、ウォーリーが不意に声のトーンを落として話し始める。
「……こうして考えるとハドリの奴も、案外幸の薄い男だったのかもな。あれだけのことをやらかしておきながら、最後の最後で躓いちまった、と。まあ、俺を消そうとしたことが間違いだったわけだが……」
 不意に低くなったウォーリーの声はエリックを除く誰もが聞いていなかった。
「……なぁ、おい」
「何でしょうか?」
 ウォーリーの言葉に反応したのはやはりエリックだった。
「……俺はハドリの奴は嫌いだし、居なくなってせいせいしたと思っているが、奴が居なくなって困る人間もいるだろう。俺も正直困っている部分がある」
 ウォーリーが酒を煽った。忌々しさを打ち払うためか、グラスの中の酒を空にすると首を横に大きく振った。
「そうですね……それは……『お前が居なければ俺が困る、俺が居なければ誰かが困る』ってやつでしょうか……?
 皆がそう思えば、この世に排除されるものなんて無くなるのでしょうけどね……難しいですね」
 ウォーリーの隣に座ったエリックが答えた。彼はちびちびとグラスの渕を舐めるようにして中の酒を飲んでいる。
 モニタからお猪口を手にしたミヤハラが語りかけてきた。
「世の中そう都合よく行くものではないと思うがな。どう見ても許せない奴の一人や二人居るだろう」
 ミヤハラの言うことが正論であろう。それはエリックにも理解できる。
「そうそう。できないけど近づくよう努力しなさい、ってことだろうな」
 サクライもミヤハラに同調したようだった。
「だったら、俺がエリックの言うような『お前が居なければ俺が困る、俺が居なければ誰かが困る』って世界を実現してやろうじゃないか、なぁ、エリック。なに、やればできるさ。まずは、今回の後片付けだな」
 ミヤハラとサクライの態度を見て、ウォーリーはエリックの肩を引き寄せながら宣言した。
 ウォーリーからすれば単に仲間から「できない」と決めつけられたことだからやってやろう、という気になっているだけなのだが、隣に居るエリックはそう思わなかった。
 この人だったらやりかねない、とエリックは思う。
「お前が居なければ俺が困る。俺が居なければ誰かが困る」という世界がどのようなものか、エリックにも明確なイメージがあるわけではない。
 しかし、それはエリックにとって非常に魅力的に見える世界でもある。
 ウォーリーの言葉はほとんど思いつきに等しいのだが、何故かエリックにはそれが非常に強い説得力を持っているように感じられた。

 不意にウォーリーが不機嫌そうな声をあげた。
「ただ、どうしても一つだけ腹立たしくてしょうがないことがある」
「何でしょうか?」
 すかさずエリックが聞き返す。こういうときに限って、彼の反応は早い。
「俺は自分で選んだ仕事をするのは嫌いじゃねぇ。
 ハドリの奴は嫌いだが、それで腹を立てているのでもねぇ。
 あの馬鹿野郎……うちの社長も含めてだが、勝手にくたばりやがって! 
 これ以上、てめえらの都合で俺に尻拭いを押し付けるんじゃねぇ! 
 俺は、自分の仲間や部下の仕事なら喜んで後始末するけどな、敵や上司の尻拭いまでやらされる筋合いはねえってんだよ!!」
 ウォーリーは一気にまくし立てるとグラスに勢いよく酒を注ぎ、それを一気にを煽った。
 これが彼の本音なのかもしれない。

 通信を終えるに当たってウォーリーはミヤハラにこう命じた。
「ミヤハラ。済まないが俺が戻ったら、社長から預かっているワインを開けるぞ。準備しておいてくれ。俺だけお預けを食うのはごめんだからな。
 その後は少し別のことをしたいものだ。ボンクラ社長が言っていたそうだが、島の東を探検してみるというのも案外面白いかも知れんな。正直、『タブーなきエンジニア集団』の活動も一区切りしたから、何か新しいこともしてみたいものだ」
 このときエリックは何も思わなかったのだが、後になって、この言葉が何かの意図を持って発されたものであったのかと考えさせられることになる。
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