ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第九章

390:失われた承認者

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 コナカが去った後もメイはそのまま自室で携帯端末の前に座り込んだままだった。
 (何故、あのようなことを言ってしまったのだろう……
 そして、何故社長は何もできない私の言うことを聞いてしまったのだろう……)
 彼女はオイゲンに向かって発した言葉の数々を呪っていた。
「私にとっては、まったく関係の無い人や、こちらが意識をしていない人が突然攻めてくるときや、攻撃する者がその意思を持っていないときの方がよほど怖い場合もあるように思うのです……」
「意志を支える要素は三つあると考えられます。まずは本人の精神。意志を具現化する能力……これは肉体の存在、と考えてもよいかもしれません。
 そして……最後に意志に同調する同調者の存在……これがもっとも対処が難しいのです……」
 取るに足らない自分のような存在からの言葉が、オイゲンにハドリを誅させる決断を促したのではないか、と考えたのである。
 メイはハドリやオイゲンが行方不明となった爆発事件について、特別な情報を持っている訳ではない。
 しかし、彼女はオイゲンがECN社のために、自らが犠牲となってハドリを誅していたのだと固く信じていた。
 思い起こせば、彼女自身、それを教唆する発言を繰り返していたではないか。
 取るに足らない自分のような存在だから、このような言葉を聞かせても影響は無いと思っていた。
 それにも関わらず、現実は……
 彼女の唯一の居場所として存在を認めてくれていた人の存在を消し去ってしまったのだ。
 彼女から見てオイゲンは唯一自分を責めるという意思を感じさせない存在だった。
 他の人と接するときもそうであったように思う。
 ならば、ハドリと接するときも攻撃の意思を感じさせなかったのだろう。
 ハドリはオイゲンの意図に気づかないまま、爆発によって葬り去られたのだとメイは推察していた。攻撃する意思を感じさせない者が相手だったのだから。
 これによって、ハドリは肉体と精神を失った。
 意志を支える三要素のうちの二つを奪い去ってしまったのだ。
 同調者の存在だけは消し去ることができなかった。
 しかし、オイゲンは異なる考えで同調者を無力化したのではないかと思う。
 意志の対象となる相手を消し去ってしまうこと。
 ハドリを葬り去ったオイゲンも、ハドリと同時に消え去ってしまった。
 同調者が意志を向ける相手が存在しなくなったのだ。
 意志を向ける相手がなくなれば、意志は行き所を失い、たちまち萎えてしまうだろう。
 たとえ、意志が萎えなかったとしても、意志を向けられさえしなければそれでいいのかもしれない。
 どうして自分の存在を消し去るという選択ができたのだろうか、とメイは思う。
 肉体が滅び去るのは、恐ろしくはあるが、まだ耐えられるように思う。
 精神が滅び去るのが耐えられないのだ。
 自らが抱えてきた想い、それが霧消して何者でもなくなること。
 それは、彼女にとって自分の存在が消え去ることを意味していた。とても耐えられることではない。
 オイゲンの存在が消えてしまったことで、彼女も自身の存在が危うくなっていることを感じていた。
 彼女の存在を認め、唯一、彼女が存在を許されていた場所を失ってしまった……
 そう思うと、涙が止まらなかった。
 ECN社の社長室から放たれ、この場に来たときから不安であった。
 メイは自分自身がオイゲンの目の届く空間でこそ、自由に心の翼をはためかせることが可能だということを悟っていた。心の翼をはためかせることこそ、彼女が自らの存在を明確に意識するために必要なことであった。
 その空間を提供する人は、既にこの世にない。
 それは、彼女が存在できる場所がなくなったことを意味する。
 彼女は携帯端末を前に、膝をかかえて座っていることしかできなかった。
 端末の画面にはインデスト郊外での爆発事件に関する記事が表示されている。
 不意に彼女の肩が落ちる。
 その瞬間、シャツの胸ポケットから大ぶりの腕時計がこぼれ落ちた。
 腕時計は床には到達せずに宙に留まって揺れる。
 彼女は腕時計を首にかけた金属製のネックレスに通していたのだ。
 メイは時計を手に取り、その文字盤をじっと見つめる。
「社長……東へ行ってみたい、と仰っていましたよね……」
 かすれた声でそうつぶやく。
 オイゲンと過ごした夜、無理を言ってオイゲンから貰った時計だ。
 何故か方位磁針の機能がある。
「これが、社長の存在の証し……
 これが私を導いてくれるの……?」
 メイは腕時計を動かして、方位磁針の機能が生きていることを確認する。
 しかし、彼女の存在を承認する上司はもういない。
 メイは自分自身が薄いもやのように、風に吹かれ、その存在が消滅するような感覚を覚えている。
 (もう、私を置いておいてもらえる場所はないんだ……)
 再び彼女の視線が、携帯端末の画面に戻った。
 その焦点はどこに合わされているかわからない……
 (みんな、私自身のせい……
 私は、自分の言葉で社長を不幸に陥れ、その存在を奪った……
 そして、それで……私自身の存在も否定されるんだ……)
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