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第八章
373:それぞれの矜持
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ハドリは「オーシャンリゾート」イベントホール棟一階の廊下を歩いていた。
戻ってこないオイゲンを無視して宴を終えさせ、先に他の参加者を帰した。
OP社の宴は派手だが、だらだらと長時間続くことはない。
宴が終われば皆、すぐに次の業務に備えた待機モードに切り替える。それがOP社の掟だ。トップのハドリとて例外ではない。
ハドリは最後に三階のホールから外に出て、自らの居室へ戻ろうとしていた。
居室へ移動するためにはイベントホール棟一階と本館一階とを結ぶ連絡通路を通る必要がある。
事件はハドリが連絡通路の十数メートル手前を歩いているときに起きた。
「?!」
不意に目の前が白くなり、轟音が鳴り響く。
強い衝撃を全身に感じた後、彼の意識は途絶えた。
※※
「何だ?!」
気がつくと、彼の身体は海岸近くの砂浜に投げ出されていた。
「これは……」
腹からは内臓が飛び出し、千切れた左腕が前方に投げ出されている。
事実を理解するまでに数秒を要したが、彼は自らの身に何が起きたかを把握することができた。
思うように身体を動かすことはできないが、それでも強靭な意志で強引に手足を動かす。
そして、震える両脚で立ち上がった。
(あの……あの男の仕業か! 母を……母を汚した男の血を引く者の!)
ハドリは憤怒の表情で吹き飛んだ建物の跡を睨みつけた。
討つべき相手はインデストの街の一角に確実に追い詰めたはずだった。
ならば犯人は憎んでいる男の仲間だろう。
「卑怯者! どこへ逃げた!」
建物の付近に人影は見えない。
犯人を捕らえようと建物に向かって歩を進めようとしたが、身体は思うように動かない。
「なるほどな……そういうことか……ならば!」
彼は致命傷を負っていることを悟った。
そして声を振り絞って叫ぶ。
「俺のこの肉体、腸、腕の一本……そして血の一滴までも貴様などに汚させはせん!」
残った右手で内臓を押し込み、吹き飛んだ左腕を拾い上げた。
そして、海へと向かって歩を進め始める。
この男のどこにそのような力が残っていたのだろうか……?
夥しい量の血を砂浜に滴らせながら、一歩一歩海へと近づいていく。
血の滴った砂を海へと押しやりながら。
「貴様……貴様などに汚されてたまる……ものか!」
ついに彼は海に足を踏み入れた。
服についたどす黒い血が波に洗われる。
大きな波が彼を襲う。
一度バランスを崩し、膝をついたが、再び立ち上がって沖へと向かう。
十数メートル先は激流が渦巻いている。
渦を見据えるように沖へと向かって仁王立ちになった。
「覚えておけ……貴様等などにこの俺を辱めることなどできない……ということを!
俺は、誰にも汚されることなく消えていく……
これからは見えない俺の姿に怯えるがいい……」
そして、ハドリはためらうことなく激流に足を踏み入れた。
彼の身体は流れに飲まれ、いずこかへと消え去った。
ただ、黒く渦巻いている水面が見えるだけだ。
このときから後に彼の姿を見た者は無かった。
※※
爆発の瞬間、ジン・ヌマタは爆発する建物の方向へ走っていた。
不意に目の前が白く光り、身体が地面に叩きつけられる。
しばらくして意識を取り戻すと、彼が爆破しようとしていた建物は、崩れ去った無残な姿を晒していた。
「一体何が……起きた?」
彼は手にしたリモコンに目をやった。
リモコンを操作した形跡はない。
ならば何者がこの爆発を引き起こしたのか?
釈然としない思いを胸に、ヌマタは海のほうへと目をやった。
何者かが、悠然と海へ足を踏み入れている。
首から下げた双眼鏡は無事に残されている。
ヌマタは急いで双眼鏡を構えた。
「あれは……奴に間違いない! 何を抱えているのだ?」
彼には双眼鏡を通して見えるシルエットに見覚えがあった。
それは以前彼が勤めていた会社の社長であり、彼がその命を奪うことに執念を燃やしていた相手だった。
彼は食い入るようにその光景を見つめている。
影は沖のほうへと歩いていくと、不意に前方へ倒れこみ、そのまま水の渦へと飲まれていった。
大願が果たされた瞬間であったが、どうしても受け入れがたい現実がある。
ハドリは彼の手によって誅されなかったのだ。
ヌマタもその存在を知らない何者かが、ハドリの命を奪ったのだ。
(インデストに戻ることのできる身でもなくなった……
トワさんに合わせる顔もない……ならば!)
ヌマタは忽然とその日から姿を消した。
LH五一年五月三日の深夜のことであった。
この爆発で行方不明になった者は二名、負傷者は一七名であった。
行方不明者は当然のことながらハドリとオイゲンの二人である。
爆発の規模と比較して犠牲者が少なかったのは、多くの要素が複雑に絡み合った結果だった。
イベントホール棟が本館と離れた場所にあったこと
爆発の中心がイベントホール棟のほぼ中央であったこと
二階ホールの片付けが完了し従業員が残っていなかったこと
三階の宴会が終わり、ほとんどの参加者が本館に戻っていた一方で片付けに向かう従業員の多くは本館を移動中だったこと
等々である。
戻ってこないオイゲンを無視して宴を終えさせ、先に他の参加者を帰した。
OP社の宴は派手だが、だらだらと長時間続くことはない。
宴が終われば皆、すぐに次の業務に備えた待機モードに切り替える。それがOP社の掟だ。トップのハドリとて例外ではない。
ハドリは最後に三階のホールから外に出て、自らの居室へ戻ろうとしていた。
居室へ移動するためにはイベントホール棟一階と本館一階とを結ぶ連絡通路を通る必要がある。
事件はハドリが連絡通路の十数メートル手前を歩いているときに起きた。
「?!」
不意に目の前が白くなり、轟音が鳴り響く。
強い衝撃を全身に感じた後、彼の意識は途絶えた。
※※
「何だ?!」
気がつくと、彼の身体は海岸近くの砂浜に投げ出されていた。
「これは……」
腹からは内臓が飛び出し、千切れた左腕が前方に投げ出されている。
事実を理解するまでに数秒を要したが、彼は自らの身に何が起きたかを把握することができた。
思うように身体を動かすことはできないが、それでも強靭な意志で強引に手足を動かす。
そして、震える両脚で立ち上がった。
(あの……あの男の仕業か! 母を……母を汚した男の血を引く者の!)
ハドリは憤怒の表情で吹き飛んだ建物の跡を睨みつけた。
討つべき相手はインデストの街の一角に確実に追い詰めたはずだった。
ならば犯人は憎んでいる男の仲間だろう。
「卑怯者! どこへ逃げた!」
建物の付近に人影は見えない。
犯人を捕らえようと建物に向かって歩を進めようとしたが、身体は思うように動かない。
「なるほどな……そういうことか……ならば!」
彼は致命傷を負っていることを悟った。
そして声を振り絞って叫ぶ。
「俺のこの肉体、腸、腕の一本……そして血の一滴までも貴様などに汚させはせん!」
残った右手で内臓を押し込み、吹き飛んだ左腕を拾い上げた。
そして、海へと向かって歩を進め始める。
この男のどこにそのような力が残っていたのだろうか……?
夥しい量の血を砂浜に滴らせながら、一歩一歩海へと近づいていく。
血の滴った砂を海へと押しやりながら。
「貴様……貴様などに汚されてたまる……ものか!」
ついに彼は海に足を踏み入れた。
服についたどす黒い血が波に洗われる。
大きな波が彼を襲う。
一度バランスを崩し、膝をついたが、再び立ち上がって沖へと向かう。
十数メートル先は激流が渦巻いている。
渦を見据えるように沖へと向かって仁王立ちになった。
「覚えておけ……貴様等などにこの俺を辱めることなどできない……ということを!
俺は、誰にも汚されることなく消えていく……
これからは見えない俺の姿に怯えるがいい……」
そして、ハドリはためらうことなく激流に足を踏み入れた。
彼の身体は流れに飲まれ、いずこかへと消え去った。
ただ、黒く渦巻いている水面が見えるだけだ。
このときから後に彼の姿を見た者は無かった。
※※
爆発の瞬間、ジン・ヌマタは爆発する建物の方向へ走っていた。
不意に目の前が白く光り、身体が地面に叩きつけられる。
しばらくして意識を取り戻すと、彼が爆破しようとしていた建物は、崩れ去った無残な姿を晒していた。
「一体何が……起きた?」
彼は手にしたリモコンに目をやった。
リモコンを操作した形跡はない。
ならば何者がこの爆発を引き起こしたのか?
釈然としない思いを胸に、ヌマタは海のほうへと目をやった。
何者かが、悠然と海へ足を踏み入れている。
首から下げた双眼鏡は無事に残されている。
ヌマタは急いで双眼鏡を構えた。
「あれは……奴に間違いない! 何を抱えているのだ?」
彼には双眼鏡を通して見えるシルエットに見覚えがあった。
それは以前彼が勤めていた会社の社長であり、彼がその命を奪うことに執念を燃やしていた相手だった。
彼は食い入るようにその光景を見つめている。
影は沖のほうへと歩いていくと、不意に前方へ倒れこみ、そのまま水の渦へと飲まれていった。
大願が果たされた瞬間であったが、どうしても受け入れがたい現実がある。
ハドリは彼の手によって誅されなかったのだ。
ヌマタもその存在を知らない何者かが、ハドリの命を奪ったのだ。
(インデストに戻ることのできる身でもなくなった……
トワさんに合わせる顔もない……ならば!)
ヌマタは忽然とその日から姿を消した。
LH五一年五月三日の深夜のことであった。
この爆発で行方不明になった者は二名、負傷者は一七名であった。
行方不明者は当然のことながらハドリとオイゲンの二人である。
爆発の規模と比較して犠牲者が少なかったのは、多くの要素が複雑に絡み合った結果だった。
イベントホール棟が本館と離れた場所にあったこと
爆発の中心がイベントホール棟のほぼ中央であったこと
二階ホールの片付けが完了し従業員が残っていなかったこと
三階の宴会が終わり、ほとんどの参加者が本館に戻っていた一方で片付けに向かう従業員の多くは本館を移動中だったこと
等々である。
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