ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第八章

369:慰労会にて

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 午後六時半、イベントホール棟ではOP社の従業員を労う慰労会が開始された。
 参加者は、主に「サウスセンター」に勤務していたOP社の従業員である。
 夕方近くまで市街にいたECN社社長のオイゲンもハドリによって招かれている。
 二階のホールはで贅を尽くした料理や酒による立食パーティーが開催されている。
 ハドリやオイゲンもその会場で一時間強を過ごした。
 そして、ハドリは後を部下に任せ、オイゲンと十数名の女性従業員を引き連れて三階へと移動する。
 ハドリはソファにどっと腰を下ろすと、オイゲンの方を向いた。
「イナ君。これからは教育の時間でもある。君は従業員の躾が苦手なようだから、俺のやりようをよく見ておけ」
 ハドリの口調はまるで出来の悪い生徒を意地悪く教えるかのようであった。
「は……」
 困惑するオイゲンをよそに、ハドリは指を鳴らして、連れてきた女性従業員を一列に並べさせた。
 並べられた女性従業員たちはハドリの合図で一人一人順番にハドリの前まで歩いていき、一礼してから飲み物を出していく。
 ハドリは歩くときの姿勢や礼の角度、グラスへの手の添え方など、事細かに問題点を指摘し、彼が納得するまでやり直しを命じる。
 その様子を見てオイゲンは自分が同じことをしたらセクハラかパワハラでクレームを投げつけられるのが落ちだ、と感じていた。それでも表面上はハドリの言葉にうなずいてみせている。
 (それにしても……どこへ行っても、ここの社の女性は派手な格好をしていますね……)
 オイゲンは並べられた女性従業員の服装を見てそう感じていた。
 皆、スーツ姿ではあるのだが、色が派手なのと不必要なほどスカートの丈が短い。
 彼の秘書も勤務中は大抵スーツ姿である。
 しかし、リクルートスーツに見えそうな地味な色で、スカート丈も長めであるから、派手とは程遠い姿である。
 彼とて健全な成人男子であるから異性に興味がないわけではない。
 しかし、彼の嗜好からすると、目の前を歩いている女性たちは派手すぎるのである。
 どうもハドリ氏とは住む世界が違いすぎるな、オイゲンはと感じていた。
 いつの間にか、ハドリとオイゲンの目の前には十数個のグラスが並べられていた。
 
 ハドリがオイゲンに並べられたグラスを指し示した。
「イナ君、好きなのを飲んでみろ」
 オイゲンはほとんど酒が飲めないのだが、ハドリに逆らう度胸はない。
「では、こちらを。失礼します」
 適当なグラスを一つ手にして、中の液体を少し流し込む。
 オイゲンにとってはややアルコールが強すぎるカクテルであったが、味は悪くない。
 オイゲンの自制心が飲みすぎると危険だと訴えかけてきた。

 その後、ハドリの命によって何杯か飲まされると、オイゲンの顔が真っ赤に染まってきた。
 鼓動が速まっているのもわかる。
「わははイナ君、社長たるものそのくらいの酒で酔ってどうするのだ?」
 ハドリはオイゲンの顔が真っ赤に染まったのを見て、豪快に笑いながら言った。
 それ以降もハドリはオイゲンを肴にして飲み続けた。
 ひとしきり笑いものにされた後、オイゲンがハドリに席を立つ許可を求めた。
「何だ、トイレか? 行ってこい」
 ハドリの答えにオイゲンが眼鏡を置いて席を立つ。その足元はおぼつかず、ややふらつきながらホールを出て行く。
 その姿を見てハドリは再び豪快に笑った。彼にしては珍しいくらいに上機嫌であった。

 (少し歩いて酔いを覚ました方がいいな……)
 オイゲンは敢えてホールのある三階ではなく、下のフロアのトイレへと向かった。
 何とか歩くことはできているが、辛うじて残された自制心がこれ以上のアルコール摂取は危険だと訴え続けている。
 二階のホールは既に慰労会が終了しており、部屋が片付けられ始めている。
 オイゲンは更に下のフロアへと向かう。
 かつて彼の父とともにここを訪れたとき、地下にある実験場を見せられたことがある。
 オイゲンの父カズトがECN社の社長として息子を伴って、施設の視察に訪れたときの話だ。
 当時、この建物はホテルではなく鉄鉱石の加工実験場だった。

 (地下へ行ってみるか……さすがに実験場の設備とかは残っていないよな……)
 オイゲンは地下一階へと向かう。
 実験場への通路は立入禁止となっていたが、地下一階の北端には実験場が見える部屋があることを知っている。
 慰労会が始まる前に訪れたところ、現在はソファが置かれてくつろぐスペースになっていた。実験場が見える窓には木製の扉がつけられていて、実験場が見えない状態になっていたが、扉を開けることはできそうだった。
 オイゲンは何故か実験場を見たいと思い、何かに導かれるように地下へと足を進めていく……
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