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第八章
361:高揚と焦り、そしてわずかな狂い
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「状況はどうなっている!」
通信機に向けられたエイチ・ハドリの声が響いた。
OP社はインデストにある自社所有の採掘場内の事務所に司令部を構えている。
司令部にハドリらしき姿はあるのだが、これは彼と背格好が近い影武者であった。
本物のハドリは「オーシャンリゾート」から、通信で司令部や各所に命令を出している。
しかし、そのことを知る者はOP社の中でもごく一部に限られていた。
ハドリはウォーリーを捕らえるため、OP社の精鋭中の精鋭を率いていた。
そして「オーシャンリゾート」でハドリは密かに離脱した。
一方、戦闘部隊の二人のトップ、セキュリティ・センター長のオオカワとパトロール・チームのリーダー、ホンゴウの二人と彼らが率いる部隊はインデスト市街へと進んだ。
ハドリの声はオオカワに向けられていた。
ホンゴウからは先ほど、「包囲の網を徐々に縮めながら潜伏先を調査中」という連絡が入ったためだ。
勿論、ハドリは部下の報告をそのまま鵜呑みにするような男ではない。
各チームに二、三名ずつ発信機をつけた者を紛れ込ませ、その動きを監視している。
ホンゴウに関してはスピードに不満はあるものの、ほぼ報告どおりの動きを展開している。
ハドリは対応が遅いと叱責した後、ウォーリーの捜索を続けるよう彼に命じた。
一方、オオカワからは報告が入っていなかった。
オオカワは「サウスセンター」を包囲し、建物の中にいる敵を無力化するという重要な役を担っている。
「何をしている?! 賊が動かんのなら、お前のところからもホンゴウのところに人を回せ!」
ハドリの叱咤が続けて飛ぶ。
「俺の言うことが理解できないのか!?
理解しているのなら、即実行しろ! お前等は、俺の指示通り動けばいい。
頭は要らないから、身体くらい俺の言うとおりに動かさないか!」
ハドリは一気に言い終えると通信を一方的に切った
そして、部下に端末を用意させ、ウォーリーの目撃情報と部隊の配置状況を表示させる。
これらの情報から推測すると、ウォーリーは市街の中央からやや北西よりのエリアに追い詰められている。
街の外に出る道は既に遮断してあるから、街の外に逃げられる心配はない。
下水や放水路を使って逃げられる恐れもあるが、そのときは容赦なく「サウスセンター」に集まった者を人質にすればよい。
「サウスセンター」には一万を超える敵がいるものと思われる。
しかし、その過半は無力な市民であり、こちらに攻撃を仕掛けてくる度胸もない。
周辺を囲んでおき、人や物の流れを遮断すれば容易に無力化できる存在だ。
いまだウォーリーを捕らえたという情報は入ってこないが、焦ったところで彼を取り逃がしてしまっては意味がない。
ウォーリーの身柄を拘束するのは時間の問題である。
ここは油断なく包囲の網を徐々に小さくしていき、確実に捕らえるのが望ましい。
(焦ることはない、落ち着け……)
ハドリは自らにそう言い聞かせ続けていた。
彼にしては珍しいことである。
普段の彼であれば一度落ち着けと言い聞かせれば腹の虫も治まるし、いつもの切れ味を取り戻すはずだ。
しかし、今回に限っては何度も自らに落ち着けと言い聞かせ続けないと平静を保てない。
彼も、自らを縛るものから完全に自由にはなり得なかったのである。
愛する母と、その純潔を奪った母の叔父……
その両者の血を引く甥の生命を奪おうとする自分……
彼がウォーリーの顔を思い浮かべると、決まって母の顔がちらつくのである。
ウォーリーと彼の母は目元がよく似ている。
しかし、その実態は、忌むべき母親の叔父の血を引いた男であり、彼が断罪すべき敵でもある。
ハドリは腹立ち紛れに部下を呼び、こう命じた。
「オオカワに伝えろ! 二千名を割いて、ホンゴウを手伝わせろ、とな」
この命令を受けたオオカワは、珍しくハドリの意思に逆らった。
「それだけの人員を割いては、『サウスセンター』の包囲が困難になる、せめて一千にして欲しい、と答えていますが……」
部下からその報告を聞いたハドリは、直接オオカワとの通信をつながせた。
「屁理屈を言うな! 二千だと言ったら、二千だ!
それとも俺に逆らおうというのか?
ならばお前も賊と同じだ! 死か俺に従うか、好きなほうを選べ」
オオカワはハドリの勢いに気圧されて、その意思に従った。
しかし、この瞬間、オオカワの中で何かが音をたてて崩れたのも事実であった。
ハドリは、司令部の一角に設けられた自室に篭り、端末の画面に表示される情報を追っていた。
(もうすぐだ……しかし、まだ油断は禁物だ)
敵を追い詰めすぎるのも、思わぬ反撃を受ける可能性を考慮すると望ましいものではない。
そのため、敢えて包囲網を縮める速度を緩めているのだ。
ハドリもいつもの彼ではなかった。
やはり、ウォーリーにちらつく母親とその叔父の影が彼の怜悧さに綻びを生じさせている。
それでも彼は自らを奮い立たせ、少しでも冷静さを取り戻そうともがいていた。
ウォーリー・トワがこの世に在る限り、ハドリの負けなのだ。
母の純潔を奪った者の血をこの世から根絶しない限り、彼の勝ちはない。
戦いは勝利してこそ意味があるのだ。
そのためにも、彼はウォーリーの殺害に執念を燃やしている。
「あの……あの男の血を……」
ハドリは、呻くような声をあげながら、モニタを掴む手を振るわせた。
額からは汗が流れ落ち、目は赤く血走っている。
ウォーリーを殺害しない限り、母は安心して眠ることはできないであろう。
ハドリ自身の勝利、そして母親の魂の安らぎを得るためにも、ウォーリーは抹殺されなければならないのだ。
通信機に向けられたエイチ・ハドリの声が響いた。
OP社はインデストにある自社所有の採掘場内の事務所に司令部を構えている。
司令部にハドリらしき姿はあるのだが、これは彼と背格好が近い影武者であった。
本物のハドリは「オーシャンリゾート」から、通信で司令部や各所に命令を出している。
しかし、そのことを知る者はOP社の中でもごく一部に限られていた。
ハドリはウォーリーを捕らえるため、OP社の精鋭中の精鋭を率いていた。
そして「オーシャンリゾート」でハドリは密かに離脱した。
一方、戦闘部隊の二人のトップ、セキュリティ・センター長のオオカワとパトロール・チームのリーダー、ホンゴウの二人と彼らが率いる部隊はインデスト市街へと進んだ。
ハドリの声はオオカワに向けられていた。
ホンゴウからは先ほど、「包囲の網を徐々に縮めながら潜伏先を調査中」という連絡が入ったためだ。
勿論、ハドリは部下の報告をそのまま鵜呑みにするような男ではない。
各チームに二、三名ずつ発信機をつけた者を紛れ込ませ、その動きを監視している。
ホンゴウに関してはスピードに不満はあるものの、ほぼ報告どおりの動きを展開している。
ハドリは対応が遅いと叱責した後、ウォーリーの捜索を続けるよう彼に命じた。
一方、オオカワからは報告が入っていなかった。
オオカワは「サウスセンター」を包囲し、建物の中にいる敵を無力化するという重要な役を担っている。
「何をしている?! 賊が動かんのなら、お前のところからもホンゴウのところに人を回せ!」
ハドリの叱咤が続けて飛ぶ。
「俺の言うことが理解できないのか!?
理解しているのなら、即実行しろ! お前等は、俺の指示通り動けばいい。
頭は要らないから、身体くらい俺の言うとおりに動かさないか!」
ハドリは一気に言い終えると通信を一方的に切った
そして、部下に端末を用意させ、ウォーリーの目撃情報と部隊の配置状況を表示させる。
これらの情報から推測すると、ウォーリーは市街の中央からやや北西よりのエリアに追い詰められている。
街の外に出る道は既に遮断してあるから、街の外に逃げられる心配はない。
下水や放水路を使って逃げられる恐れもあるが、そのときは容赦なく「サウスセンター」に集まった者を人質にすればよい。
「サウスセンター」には一万を超える敵がいるものと思われる。
しかし、その過半は無力な市民であり、こちらに攻撃を仕掛けてくる度胸もない。
周辺を囲んでおき、人や物の流れを遮断すれば容易に無力化できる存在だ。
いまだウォーリーを捕らえたという情報は入ってこないが、焦ったところで彼を取り逃がしてしまっては意味がない。
ウォーリーの身柄を拘束するのは時間の問題である。
ここは油断なく包囲の網を徐々に小さくしていき、確実に捕らえるのが望ましい。
(焦ることはない、落ち着け……)
ハドリは自らにそう言い聞かせ続けていた。
彼にしては珍しいことである。
普段の彼であれば一度落ち着けと言い聞かせれば腹の虫も治まるし、いつもの切れ味を取り戻すはずだ。
しかし、今回に限っては何度も自らに落ち着けと言い聞かせ続けないと平静を保てない。
彼も、自らを縛るものから完全に自由にはなり得なかったのである。
愛する母と、その純潔を奪った母の叔父……
その両者の血を引く甥の生命を奪おうとする自分……
彼がウォーリーの顔を思い浮かべると、決まって母の顔がちらつくのである。
ウォーリーと彼の母は目元がよく似ている。
しかし、その実態は、忌むべき母親の叔父の血を引いた男であり、彼が断罪すべき敵でもある。
ハドリは腹立ち紛れに部下を呼び、こう命じた。
「オオカワに伝えろ! 二千名を割いて、ホンゴウを手伝わせろ、とな」
この命令を受けたオオカワは、珍しくハドリの意思に逆らった。
「それだけの人員を割いては、『サウスセンター』の包囲が困難になる、せめて一千にして欲しい、と答えていますが……」
部下からその報告を聞いたハドリは、直接オオカワとの通信をつながせた。
「屁理屈を言うな! 二千だと言ったら、二千だ!
それとも俺に逆らおうというのか?
ならばお前も賊と同じだ! 死か俺に従うか、好きなほうを選べ」
オオカワはハドリの勢いに気圧されて、その意思に従った。
しかし、この瞬間、オオカワの中で何かが音をたてて崩れたのも事実であった。
ハドリは、司令部の一角に設けられた自室に篭り、端末の画面に表示される情報を追っていた。
(もうすぐだ……しかし、まだ油断は禁物だ)
敵を追い詰めすぎるのも、思わぬ反撃を受ける可能性を考慮すると望ましいものではない。
そのため、敢えて包囲網を縮める速度を緩めているのだ。
ハドリもいつもの彼ではなかった。
やはり、ウォーリーにちらつく母親とその叔父の影が彼の怜悧さに綻びを生じさせている。
それでも彼は自らを奮い立たせ、少しでも冷静さを取り戻そうともがいていた。
ウォーリー・トワがこの世に在る限り、ハドリの負けなのだ。
母の純潔を奪った者の血をこの世から根絶しない限り、彼の勝ちはない。
戦いは勝利してこそ意味があるのだ。
そのためにも、彼はウォーリーの殺害に執念を燃やしている。
「あの……あの男の血を……」
ハドリは、呻くような声をあげながら、モニタを掴む手を振るわせた。
額からは汗が流れ落ち、目は赤く血走っている。
ウォーリーを殺害しない限り、母は安心して眠ることはできないであろう。
ハドリ自身の勝利、そして母親の魂の安らぎを得るためにも、ウォーリーは抹殺されなければならないのだ。
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