ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
370 / 436
第八章

361:高揚と焦り、そしてわずかな狂い

しおりを挟む
「状況はどうなっている!」
 通信機に向けられたエイチ・ハドリの声が響いた。
 OP社はインデストにある自社所有の採掘場内の事務所に司令部を構えている。
 司令部にハドリらしき姿はあるのだが、これは彼と背格好が近い影武者であった。
 本物のハドリは「オーシャンリゾート」から、通信で司令部や各所に命令を出している。
 しかし、そのことを知る者はOP社の中でもごく一部に限られていた。

 ハドリはウォーリーを捕らえるため、OP社の精鋭中の精鋭を率いていた。
 そして「オーシャンリゾート」でハドリは密かに離脱した。
 一方、戦闘部隊の二人のトップ、セキュリティ・センター長のオオカワとパトロール・チームのリーダー、ホンゴウの二人と彼らが率いる部隊はインデスト市街へと進んだ。

 ハドリの声はオオカワに向けられていた。
 ホンゴウからは先ほど、「包囲の網を徐々に縮めながら潜伏先を調査中」という連絡が入ったためだ。
 勿論、ハドリは部下の報告をそのまま鵜呑みにするような男ではない。
 各チームに二、三名ずつ発信機をつけた者を紛れ込ませ、その動きを監視している。
 ホンゴウに関してはスピードに不満はあるものの、ほぼ報告どおりの動きを展開している。
 ハドリは対応が遅いと叱責した後、ウォーリーの捜索を続けるよう彼に命じた。
 一方、オオカワからは報告が入っていなかった。
 オオカワは「サウスセンター」を包囲し、建物の中にいる敵を無力化するという重要な役を担っている。

「何をしている?! 賊が動かんのなら、お前のところからもホンゴウのところに人を回せ!」
 ハドリの叱咤が続けて飛ぶ。
「俺の言うことが理解できないのか!?
 理解しているのなら、即実行しろ! お前等は、俺の指示通り動けばいい。
 頭は要らないから、身体くらい俺の言うとおりに動かさないか!」
 ハドリは一気に言い終えると通信を一方的に切った
 そして、部下に端末を用意させ、ウォーリーの目撃情報と部隊の配置状況を表示させる。
 これらの情報から推測すると、ウォーリーは市街の中央からやや北西よりのエリアに追い詰められている。
 街の外に出る道は既に遮断してあるから、街の外に逃げられる心配はない。
 下水や放水路を使って逃げられる恐れもあるが、そのときは容赦なく「サウスセンター」に集まった者を人質にすればよい。

 「サウスセンター」には一万を超える敵がいるものと思われる。
 しかし、その過半は無力な市民であり、こちらに攻撃を仕掛けてくる度胸もない。
 周辺を囲んでおき、人や物の流れを遮断すれば容易に無力化できる存在だ。
 いまだウォーリーを捕らえたという情報は入ってこないが、焦ったところで彼を取り逃がしてしまっては意味がない。
 ウォーリーの身柄を拘束するのは時間の問題である。
 ここは油断なく包囲の網を徐々に小さくしていき、確実に捕らえるのが望ましい。

(焦ることはない、落ち着け……)
 ハドリは自らにそう言い聞かせ続けていた。
 彼にしては珍しいことである。
 普段の彼であれば一度落ち着けと言い聞かせれば腹の虫も治まるし、いつもの切れ味を取り戻すはずだ。
 しかし、今回に限っては何度も自らに落ち着けと言い聞かせ続けないと平静を保てない。
 彼も、自らを縛るものから完全に自由にはなり得なかったのである。
 愛する母と、その純潔を奪った母の叔父……
 その両者の血を引く甥の生命を奪おうとする自分……
 彼がウォーリーの顔を思い浮かべると、決まって母の顔がちらつくのである。
 ウォーリーと彼の母は目元がよく似ている。
 しかし、その実態は、忌むべき母親の叔父の血を引いた男であり、彼が断罪すべき敵でもある。

 ハドリは腹立ち紛れに部下を呼び、こう命じた。
「オオカワに伝えろ! 二千名を割いて、ホンゴウを手伝わせろ、とな」
 この命令を受けたオオカワは、珍しくハドリの意思に逆らった。
「それだけの人員を割いては、『サウスセンター』の包囲が困難になる、せめて一千にして欲しい、と答えていますが……」
 部下からその報告を聞いたハドリは、直接オオカワとの通信をつながせた。
「屁理屈を言うな! 二千だと言ったら、二千だ!
 それとも俺に逆らおうというのか?
 ならばお前も賊と同じだ! 死か俺に従うか、好きなほうを選べ」
 オオカワはハドリの勢いに気圧されて、その意思に従った。
 しかし、この瞬間、オオカワの中で何かが音をたてて崩れたのも事実であった。

 ハドリは、司令部の一角に設けられた自室に篭り、端末の画面に表示される情報を追っていた。
 (もうすぐだ……しかし、まだ油断は禁物だ)
 敵を追い詰めすぎるのも、思わぬ反撃を受ける可能性を考慮すると望ましいものではない。
 そのため、敢えて包囲網を縮める速度を緩めているのだ。
 ハドリもいつもの彼ではなかった。
 やはり、ウォーリーにちらつく母親とその叔父の影が彼の怜悧さに綻びを生じさせている。
 それでも彼は自らを奮い立たせ、少しでも冷静さを取り戻そうともがいていた。
 ウォーリー・トワがこの世に在る限り、ハドリの負けなのだ。
 母の純潔を奪った者の血をこの世から根絶しない限り、彼の勝ちはない。
 戦いは勝利してこそ意味があるのだ。
 そのためにも、彼はウォーリーの殺害に執念を燃やしている。
「あの……あの男の血を……」
 ハドリは、呻くような声をあげながら、モニタを掴む手を振るわせた。
 額からは汗が流れ落ち、目は赤く血走っている。
 ウォーリーを殺害しない限り、母は安心して眠ることはできないであろう。
 ハドリ自身の勝利、そして母親の魂の安らぎを得るためにも、ウォーリーは抹殺されなければならないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...