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第八章
354:会見中の異変
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一〇時五分前にアイネスが会見場に到着した。
会見そのものは一一時からであるが、余裕を持って到着したい、という心理の表れだろう。その証拠にアイネスは落ち着きのない様子で原稿に目をやったり、マイクを確認したりしている。それでもスーツにはシワ一つ無く、髪も一本たりとも乱れていないところが彼らしい。
セスが駆け寄ってアイネスに手伝うことがないかと尋ねる。セスもじっとしていられないようだ。
遅れてカネサキとオオイダが駆け寄るが、アイネスは「手伝いは一人で十分」だと彼女等の申し出を丁重に断った。
カネサキとオオイダは憤慨した様子でアイネスに詰め寄ったが、アイネスは二人の申し出を頑として受け入れなかった。
結局二人は「医者の考えることはわからない!」と呆れ果てた様子で会見場を出て行ってしまった。
サクライはやれやれ、というポーズを見せながらも会見場に留まっている。
アイネスの指示にセスがスピーカーの音量を調整したり、向きを変えたりし始めた。
相変わらず二人とも落ち着きはない。落ち着いているのはサクライ一人、という体たらくである。
(何をそんなにそわそわしているのか、この二人は……)
会見場に取材陣を入れる時間が迫っても、セスとアイネスは準備に余念が無い。
アイネスは腕時計に何度も目をやり、会見開始一五分前の一〇時四五分になってから会見場の入口を開けた。
ぞろぞろと取材陣が中へと入ってくる。
現在、多くのサブマリン島の島民はOP社と「タブーなきエンジニア集団」の対立に関して必ずしも強い関心を持っているわけではない。
強い関心を持っているのは、「タブーなきエンジニア集団」の勢力が強いジン、ポータル・シティのOP社本社周辺、そしてインデストの住民が多い。
メディットはジンの中心部にあり、周辺住民は現在の情勢に強い関心があったから、集まった取材陣の数も比較的多い。
四〇名ほどの取材陣が中で会見の開始を待ちわびている。
事件は会見開始の少し前に起こった。
会見場の照明が数回点滅した後、消えてしまったのである。
取材陣からざわざわと声があがったが、直後に照明が再び点灯する。
「何だ、調子が悪いのか……?」
「ちょっと暗くなってない?」
「心なしか暗くなったような……何かあったのか?」
会見を始めようと席に向かっていたアイネスが内線の呼び出し音に立ち止まる。
しばし呆然としていたアイネスであったが、取材陣の指摘で内線を手に取った。
通話を終えて、アイネスが青ざめた顔で取材陣に向けて、こう宣言した。
「だ、大規模な停電です……
現在、当院も自家発電で電力を何とか支えている状況です。
取材の皆様も、節電にご協力を……」
アイネスが受けたのはメディットへの電力の供給がストップした、という情報だった。
取材陣はアイネスの言葉にそれぞれ自分の会社などに連絡を取った。
すると、停電がメディットにとどまらず、ポータル・シティの東部やニジョウなどの都市にも及んでいることが判明した。
アイネスが右往左往しているところで、サクライがのんびりとマイクを手に取った。
サクライはそれまでカネサキとオオイダが携帯端末をあわただしく操作している様を見物していた。
カネサキがそれを咎めて、「どうにかして来なさいよ!」と強い口調で言ったのだが、サクライは慌てる様子も見せず、ゆるゆると歩いてアイネスのもとへ来たのである。
「えー、取材の皆さん、とりあえず電力の供給が回復するまで会見は延期します。鉄道も動いていないようですので、こちらで待機してもらっても問題ありません」
取材陣から抗議の声があがったが、サクライはそのままその場を立ち去ろうとした。
カネサキが取材陣に文句を言おうと飛び出しかけた瞬間、取材陣からおおっ、という歓声があがった。
歓声の原因となった人物は颯爽と会見場の奥まで歩いていき、マイクを手にした。
その動作は洗練されており、優雅さと躍動感が絶妙なバランスで調和している。
「報道関係の皆様、お疲れ様です」
声の主はレイカ・メルツであった。
職業学校の教官を辞してから、これまで彼女が公の場に姿を見せることはなかった。
その彼女が突然、マスコミの前に姿を現したのだ。
当然、会見場は急遽、彼女への取材の場へと変貌する。
「何故、いまここにいらっしゃるのですか?」
「『タブーなきエンジニア集団』との関係は?」
「職業学校を辞められてから、どうされていたのでしょうか?」
レイカに、数々の質問が投げかけられる。
彼女はその一つ一つに丁寧に答えていく。
「本日はこのメディットへ食事提供のお手伝いに来ているのです。取材の皆様にも、後でメニューをお渡ししますので、お好きなものをオーダーしてください」
彼女は表向きメディットで提供する食事のプロデュースを行うという名目でこの場に来ている。結局、「タブーなきエンジニア集団」との関係を前面に出すことは避けたのだ。
ただ、報道陣の質問に対して、一言「『タブーなきエンジニア集団』の活動を非難することはしません」と無難に答えただけだった。
報道陣がレイカに質問を浴びせている隙に、カネサキとオオイダがアイネスを引っ張り出した。
アイネスにはやらねばならない仕事がある。
患者と病院を守るため、停電時用の非常事態プログラムを発動しなければならないのだ。
病院のナンバーツーとして、彼の責任は重い。
アイネスが自室にたどり着くと、既にセスやロビーなど主だったメンバーがアイネスの到着を待っていた。
「アイネス先生、停電はここだけじゃない。ポータル・シティの中心部以外はどこもかしこも停電、って話のようだぜ」
ロビーがやや緊張した声でアイネスに現況を報告した。
メディットには大規模な自家発電装置があり、多少の不便に目をつぶりさえすれば、二、三日程度は、電力の供給がストップしても耐えることができる。
「まずはこの手順に従って動いてくれ。プログラムを正しく実施しなければ、作った意味がない」
そう言ってアイネスは手にした携帯端末に表示された「非常事態対応プログラム」の項目をひとつひとつ読み上げ始めた。
この直後にセスからミヤハラへ通信で電力供給が停止したという報告がなされた。
通信の画面に映るミヤハラはわずかに笑みを浮かべて、これでよい、と答えたのだった。
会見そのものは一一時からであるが、余裕を持って到着したい、という心理の表れだろう。その証拠にアイネスは落ち着きのない様子で原稿に目をやったり、マイクを確認したりしている。それでもスーツにはシワ一つ無く、髪も一本たりとも乱れていないところが彼らしい。
セスが駆け寄ってアイネスに手伝うことがないかと尋ねる。セスもじっとしていられないようだ。
遅れてカネサキとオオイダが駆け寄るが、アイネスは「手伝いは一人で十分」だと彼女等の申し出を丁重に断った。
カネサキとオオイダは憤慨した様子でアイネスに詰め寄ったが、アイネスは二人の申し出を頑として受け入れなかった。
結局二人は「医者の考えることはわからない!」と呆れ果てた様子で会見場を出て行ってしまった。
サクライはやれやれ、というポーズを見せながらも会見場に留まっている。
アイネスの指示にセスがスピーカーの音量を調整したり、向きを変えたりし始めた。
相変わらず二人とも落ち着きはない。落ち着いているのはサクライ一人、という体たらくである。
(何をそんなにそわそわしているのか、この二人は……)
会見場に取材陣を入れる時間が迫っても、セスとアイネスは準備に余念が無い。
アイネスは腕時計に何度も目をやり、会見開始一五分前の一〇時四五分になってから会見場の入口を開けた。
ぞろぞろと取材陣が中へと入ってくる。
現在、多くのサブマリン島の島民はOP社と「タブーなきエンジニア集団」の対立に関して必ずしも強い関心を持っているわけではない。
強い関心を持っているのは、「タブーなきエンジニア集団」の勢力が強いジン、ポータル・シティのOP社本社周辺、そしてインデストの住民が多い。
メディットはジンの中心部にあり、周辺住民は現在の情勢に強い関心があったから、集まった取材陣の数も比較的多い。
四〇名ほどの取材陣が中で会見の開始を待ちわびている。
事件は会見開始の少し前に起こった。
会見場の照明が数回点滅した後、消えてしまったのである。
取材陣からざわざわと声があがったが、直後に照明が再び点灯する。
「何だ、調子が悪いのか……?」
「ちょっと暗くなってない?」
「心なしか暗くなったような……何かあったのか?」
会見を始めようと席に向かっていたアイネスが内線の呼び出し音に立ち止まる。
しばし呆然としていたアイネスであったが、取材陣の指摘で内線を手に取った。
通話を終えて、アイネスが青ざめた顔で取材陣に向けて、こう宣言した。
「だ、大規模な停電です……
現在、当院も自家発電で電力を何とか支えている状況です。
取材の皆様も、節電にご協力を……」
アイネスが受けたのはメディットへの電力の供給がストップした、という情報だった。
取材陣はアイネスの言葉にそれぞれ自分の会社などに連絡を取った。
すると、停電がメディットにとどまらず、ポータル・シティの東部やニジョウなどの都市にも及んでいることが判明した。
アイネスが右往左往しているところで、サクライがのんびりとマイクを手に取った。
サクライはそれまでカネサキとオオイダが携帯端末をあわただしく操作している様を見物していた。
カネサキがそれを咎めて、「どうにかして来なさいよ!」と強い口調で言ったのだが、サクライは慌てる様子も見せず、ゆるゆると歩いてアイネスのもとへ来たのである。
「えー、取材の皆さん、とりあえず電力の供給が回復するまで会見は延期します。鉄道も動いていないようですので、こちらで待機してもらっても問題ありません」
取材陣から抗議の声があがったが、サクライはそのままその場を立ち去ろうとした。
カネサキが取材陣に文句を言おうと飛び出しかけた瞬間、取材陣からおおっ、という歓声があがった。
歓声の原因となった人物は颯爽と会見場の奥まで歩いていき、マイクを手にした。
その動作は洗練されており、優雅さと躍動感が絶妙なバランスで調和している。
「報道関係の皆様、お疲れ様です」
声の主はレイカ・メルツであった。
職業学校の教官を辞してから、これまで彼女が公の場に姿を見せることはなかった。
その彼女が突然、マスコミの前に姿を現したのだ。
当然、会見場は急遽、彼女への取材の場へと変貌する。
「何故、いまここにいらっしゃるのですか?」
「『タブーなきエンジニア集団』との関係は?」
「職業学校を辞められてから、どうされていたのでしょうか?」
レイカに、数々の質問が投げかけられる。
彼女はその一つ一つに丁寧に答えていく。
「本日はこのメディットへ食事提供のお手伝いに来ているのです。取材の皆様にも、後でメニューをお渡ししますので、お好きなものをオーダーしてください」
彼女は表向きメディットで提供する食事のプロデュースを行うという名目でこの場に来ている。結局、「タブーなきエンジニア集団」との関係を前面に出すことは避けたのだ。
ただ、報道陣の質問に対して、一言「『タブーなきエンジニア集団』の活動を非難することはしません」と無難に答えただけだった。
報道陣がレイカに質問を浴びせている隙に、カネサキとオオイダがアイネスを引っ張り出した。
アイネスにはやらねばならない仕事がある。
患者と病院を守るため、停電時用の非常事態プログラムを発動しなければならないのだ。
病院のナンバーツーとして、彼の責任は重い。
アイネスが自室にたどり着くと、既にセスやロビーなど主だったメンバーがアイネスの到着を待っていた。
「アイネス先生、停電はここだけじゃない。ポータル・シティの中心部以外はどこもかしこも停電、って話のようだぜ」
ロビーがやや緊張した声でアイネスに現況を報告した。
メディットには大規模な自家発電装置があり、多少の不便に目をつぶりさえすれば、二、三日程度は、電力の供給がストップしても耐えることができる。
「まずはこの手順に従って動いてくれ。プログラムを正しく実施しなければ、作った意味がない」
そう言ってアイネスは手にした携帯端末に表示された「非常事態対応プログラム」の項目をひとつひとつ読み上げ始めた。
この直後にセスからミヤハラへ通信で電力供給が停止したという報告がなされた。
通信の画面に映るミヤハラはわずかに笑みを浮かべて、これでよい、と答えたのだった。
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