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第八章
340:セス達の役割
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病室ではロビーがセスに「タブーなきエンジニア集団」から伝えられたことを報告していた。
五月一日にミヤハラをはじめとした「タブーなきエンジニア集団」のメンバーと支持者がOP社本社にデモを仕掛ける、という内容であった。
「明後日か……僕は明日に退院できるかな?」
セスが不安そうな顔を見せた。
「いや、俺達はここのアイネス先生と一緒に別の任務につく。メディットもOP社の司法警察権返上を訴える運動に参加する。俺達はその手伝い、といったところだな」
「それならメルツ先生も動きやすいですね、どうでしょうか?」
セスがレイカを気遣って声をかけた。
レイカにはセスの気遣いが手に取るように理解できたので、敢えてそれに乗った。
「そうね。ここなら顔や名前を出さなくてもいいわね」
レイカの意思が固まれば話は早い。
ロビーが事実上のリーダーとなって、二日後に備え準備を始める。
「ランチボックスを用意したらどうかしら?」
レイカの提案にロビーが、弁当ですか? と声をあげた。
「確かにお弁当を準備しておきなさい、って背の小さい幹部の人も言っていたわね」
オオイダが準備の手を止めた。彼女の言う「背の小さい幹部の人」とはサクライのことなのだが、彼女はいちいちその名前まで覚えていない。
彼らの任務はOP社の活動に反対する市民をメディット周辺に集めておくための準備だ。
会場の設営もあれば、必要な機材の準備、当然食事の用意もその中に含まれている。
多くの人々をメディットに集めれば、それだけOP社への圧力は大きくなる。
OP社の活動へ反対の姿勢を示すという意味では、彼らの役割はかなり重要だ。
「ほら、ここは病院じゃない。普通だったら食事を楽しませることは必ずしも本業でないから、本来あまり期待するところではないけど、だからこそ来た人があっと驚くようなものを出すといいのじゃないかな、って」
レイカが茶目っ気たっぷりに言った。まるでちょっとした悪戯をしかける子供のような表情である。
「大丈夫かな? ここには食事制限のある人もいるはずだけど……」
モリタがやや遠慮がちに疑問を投げかけると、レイカが表情を曇らせる。
「大丈夫よ! そういう人にも食べられるものを準備できるって。それともあんた、先生の実力を疑っているの?」
カネサキがレイカを励ますように背中を叩いてから、モリタのほうに詰め寄った。
モリタは両手を広げ、首を大きく振ってカネサキに降伏したのだった。
「ここでの食事制限のある人のメニューなら廊下のモニタを見れば大体わかりますけど、参考になりますか?」
レイカの表情がやや曇ったのを見逃さず、セスが口を挟んだ。
「それは参考になるわね。クルス君がよければ、手伝ってもらえるかしら?」
「それなら私も手伝うわよ」
セスより先にカネサキが答えた。
結局、レイカ、セス、モリタ、カネサキの四人が食事と機材の調達を担当することになった。
ロビー、オオイダ、コナカが会場の設営を行う。こちらはアイネスを中心としたメディットの職員も手伝ってくれるとのことだった。
セスにとって仕事があるのはありがたかった。それが兄であろう人物を助ける活動であるならばなおさらだ。
セスの容態はかなり深刻なのだが、少なくとも彼自身は現在、比較的調子が良いと感じている。
この活動を成功させれば、ウォーリーと直接会うこともできるだろう。
そして、ウォーリーが本当にセスの兄なのか、確かめる手段がメディットにはある。
あと少しで長年の夢がかなうところまで到達しているのだ。
(ウォーリー・トワさんが僕の何なのか……僕は、事実を知りたい。兄であるとするならば、彼に何が起きたのか……彼の歴史を知りたい)
そう考えながらも、セスは車椅子でせわしなく動き回っている。
セスは食事制限のある者の病院食の情報を調べあげ、それをレイカに伝えている。
彼自身にも食事制限はあるし、話ができるようになってからは他の患者とも仲良くなっていた。そのおかげでセスには病院食に関する情報が多く集まっている。
身寄りのない老人など話し相手に事欠いている患者の心をつかむのは、セスの十八番であるかも知れなかった。
また、この会話がセスの言葉の回復をより確かにした、という一面もある。
セスにとって、やるべきことが今あるのは幸いだった。
兄と思われる人物が、大きな勝負に向かっている。
セス自身はそれに直接手を貸すことはできない。
しかし、今目の前にある仕事を片付ければ、兄の勝利に貢献することができる。
幸いなことに、周りの仲間も「タブーなきエンジニア集団」を支持する活動に従事してくれている。
セスからすればモリタの動きだけがやや気になる。モリタだけはあまりこの活動に乗り気な様子に見えなかったからだ。
セスはモリタの様子を窺った。
モリタはレイカと話をしながら、携帯端末で何かを調べている。どうやら食事の手配に関する情報を集めているようだ。
レイカが投げかける質問にモリタが答えている、という様子でモリタの声も普段よりやや落ち着いた低めのトーンになっている。
その横でオオイダが冷ややかな目線をモリタに浴びせているが、モリタが意に介した様子はない。
「クルス君、何か探しているの?」
セスの後ろからカネサキが声をかけてきた。
セスは調べた食事制限者の病院食のメニューをカネサキに差し出した。
「ここ二週間はこういった献立になっています。メルツ先生がこれからどういうものを探し出すか、楽しみですね。カネサキさんにも何かアイデアとかありそうだと思いますが、どうですか?」
「そうねぇ……ここはメルツ先生のお手並み拝見、でいいのじゃないかしら? クルス君も落ち着かないと思うけど、今は目の前にある仕事を片付けるといいわ。心配事があるとき、没頭する仕事があるのはいいことよ。そして、それがクルス君のお兄さんのしていることを手助けできるのだからなおさらね」
「そうですね! カネサキさん、ありがとう、気遣ってくれて」
セスはカネサキの厚意を素直に受け止めることにした。
これからセス自身や「タブーなきエンジニア集団」に何が起こるかはわからない。
色々な予想が浮かんできてはセスの心を引っ掻き回す。
それでも、今、セスには彼と心を同じくする仲間たちがいる。彼らの存在がどれだけセスを助けているか。
(とにかく、僕はやれることをやろう。することはたくさんあるのだから)
セスは彼の心から湧き上がる様々な考えと戦いながら着々と目の前の仕事を片付けている。
五月一日にミヤハラをはじめとした「タブーなきエンジニア集団」のメンバーと支持者がOP社本社にデモを仕掛ける、という内容であった。
「明後日か……僕は明日に退院できるかな?」
セスが不安そうな顔を見せた。
「いや、俺達はここのアイネス先生と一緒に別の任務につく。メディットもOP社の司法警察権返上を訴える運動に参加する。俺達はその手伝い、といったところだな」
「それならメルツ先生も動きやすいですね、どうでしょうか?」
セスがレイカを気遣って声をかけた。
レイカにはセスの気遣いが手に取るように理解できたので、敢えてそれに乗った。
「そうね。ここなら顔や名前を出さなくてもいいわね」
レイカの意思が固まれば話は早い。
ロビーが事実上のリーダーとなって、二日後に備え準備を始める。
「ランチボックスを用意したらどうかしら?」
レイカの提案にロビーが、弁当ですか? と声をあげた。
「確かにお弁当を準備しておきなさい、って背の小さい幹部の人も言っていたわね」
オオイダが準備の手を止めた。彼女の言う「背の小さい幹部の人」とはサクライのことなのだが、彼女はいちいちその名前まで覚えていない。
彼らの任務はOP社の活動に反対する市民をメディット周辺に集めておくための準備だ。
会場の設営もあれば、必要な機材の準備、当然食事の用意もその中に含まれている。
多くの人々をメディットに集めれば、それだけOP社への圧力は大きくなる。
OP社の活動へ反対の姿勢を示すという意味では、彼らの役割はかなり重要だ。
「ほら、ここは病院じゃない。普通だったら食事を楽しませることは必ずしも本業でないから、本来あまり期待するところではないけど、だからこそ来た人があっと驚くようなものを出すといいのじゃないかな、って」
レイカが茶目っ気たっぷりに言った。まるでちょっとした悪戯をしかける子供のような表情である。
「大丈夫かな? ここには食事制限のある人もいるはずだけど……」
モリタがやや遠慮がちに疑問を投げかけると、レイカが表情を曇らせる。
「大丈夫よ! そういう人にも食べられるものを準備できるって。それともあんた、先生の実力を疑っているの?」
カネサキがレイカを励ますように背中を叩いてから、モリタのほうに詰め寄った。
モリタは両手を広げ、首を大きく振ってカネサキに降伏したのだった。
「ここでの食事制限のある人のメニューなら廊下のモニタを見れば大体わかりますけど、参考になりますか?」
レイカの表情がやや曇ったのを見逃さず、セスが口を挟んだ。
「それは参考になるわね。クルス君がよければ、手伝ってもらえるかしら?」
「それなら私も手伝うわよ」
セスより先にカネサキが答えた。
結局、レイカ、セス、モリタ、カネサキの四人が食事と機材の調達を担当することになった。
ロビー、オオイダ、コナカが会場の設営を行う。こちらはアイネスを中心としたメディットの職員も手伝ってくれるとのことだった。
セスにとって仕事があるのはありがたかった。それが兄であろう人物を助ける活動であるならばなおさらだ。
セスの容態はかなり深刻なのだが、少なくとも彼自身は現在、比較的調子が良いと感じている。
この活動を成功させれば、ウォーリーと直接会うこともできるだろう。
そして、ウォーリーが本当にセスの兄なのか、確かめる手段がメディットにはある。
あと少しで長年の夢がかなうところまで到達しているのだ。
(ウォーリー・トワさんが僕の何なのか……僕は、事実を知りたい。兄であるとするならば、彼に何が起きたのか……彼の歴史を知りたい)
そう考えながらも、セスは車椅子でせわしなく動き回っている。
セスは食事制限のある者の病院食の情報を調べあげ、それをレイカに伝えている。
彼自身にも食事制限はあるし、話ができるようになってからは他の患者とも仲良くなっていた。そのおかげでセスには病院食に関する情報が多く集まっている。
身寄りのない老人など話し相手に事欠いている患者の心をつかむのは、セスの十八番であるかも知れなかった。
また、この会話がセスの言葉の回復をより確かにした、という一面もある。
セスにとって、やるべきことが今あるのは幸いだった。
兄と思われる人物が、大きな勝負に向かっている。
セス自身はそれに直接手を貸すことはできない。
しかし、今目の前にある仕事を片付ければ、兄の勝利に貢献することができる。
幸いなことに、周りの仲間も「タブーなきエンジニア集団」を支持する活動に従事してくれている。
セスからすればモリタの動きだけがやや気になる。モリタだけはあまりこの活動に乗り気な様子に見えなかったからだ。
セスはモリタの様子を窺った。
モリタはレイカと話をしながら、携帯端末で何かを調べている。どうやら食事の手配に関する情報を集めているようだ。
レイカが投げかける質問にモリタが答えている、という様子でモリタの声も普段よりやや落ち着いた低めのトーンになっている。
その横でオオイダが冷ややかな目線をモリタに浴びせているが、モリタが意に介した様子はない。
「クルス君、何か探しているの?」
セスの後ろからカネサキが声をかけてきた。
セスは調べた食事制限者の病院食のメニューをカネサキに差し出した。
「ここ二週間はこういった献立になっています。メルツ先生がこれからどういうものを探し出すか、楽しみですね。カネサキさんにも何かアイデアとかありそうだと思いますが、どうですか?」
「そうねぇ……ここはメルツ先生のお手並み拝見、でいいのじゃないかしら? クルス君も落ち着かないと思うけど、今は目の前にある仕事を片付けるといいわ。心配事があるとき、没頭する仕事があるのはいいことよ。そして、それがクルス君のお兄さんのしていることを手助けできるのだからなおさらね」
「そうですね! カネサキさん、ありがとう、気遣ってくれて」
セスはカネサキの厚意を素直に受け止めることにした。
これからセス自身や「タブーなきエンジニア集団」に何が起こるかはわからない。
色々な予想が浮かんできてはセスの心を引っ掻き回す。
それでも、今、セスには彼と心を同じくする仲間たちがいる。彼らの存在がどれだけセスを助けているか。
(とにかく、僕はやれることをやろう。することはたくさんあるのだから)
セスは彼の心から湧き上がる様々な考えと戦いながら着々と目の前の仕事を片付けている。
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