ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
349 / 436
第八章

340:セス達の役割

しおりを挟む
 病室ではロビーがセスに「タブーなきエンジニア集団」から伝えられたことを報告していた。
 五月一日にミヤハラをはじめとした「タブーなきエンジニア集団」のメンバーと支持者がOP社本社にデモを仕掛ける、という内容であった。

「明後日か……僕は明日に退院できるかな?」
 セスが不安そうな顔を見せた。
「いや、俺達はここのアイネス先生と一緒に別の任務につく。メディットもOP社の司法警察権返上を訴える運動に参加する。俺達はその手伝い、といったところだな」
「それならメルツ先生も動きやすいですね、どうでしょうか?」
 セスがレイカを気遣って声をかけた。
 レイカにはセスの気遣いが手に取るように理解できたので、敢えてそれに乗った。
「そうね。ここなら顔や名前を出さなくてもいいわね」
 レイカの意思が固まれば話は早い。
 ロビーが事実上のリーダーとなって、二日後に備え準備を始める。
「ランチボックスを用意したらどうかしら?」
 レイカの提案にロビーが、弁当ですか? と声をあげた。
「確かにお弁当を準備しておきなさい、って背の小さい幹部の人も言っていたわね」
 オオイダが準備の手を止めた。彼女の言う「背の小さい幹部の人」とはサクライのことなのだが、彼女はいちいちその名前まで覚えていない。

 彼らの任務はOP社の活動に反対する市民をメディット周辺に集めておくための準備だ。
 会場の設営もあれば、必要な機材の準備、当然食事の用意もその中に含まれている。
 多くの人々をメディットに集めれば、それだけOP社への圧力は大きくなる。
 OP社の活動へ反対の姿勢を示すという意味では、彼らの役割はかなり重要だ。
「ほら、ここは病院じゃない。普通だったら食事を楽しませることは必ずしも本業でないから、本来あまり期待するところではないけど、だからこそ来た人があっと驚くようなものを出すといいのじゃないかな、って」
 レイカが茶目っ気たっぷりに言った。まるでちょっとした悪戯をしかける子供のような表情である。
「大丈夫かな? ここには食事制限のある人もいるはずだけど……」
 モリタがやや遠慮がちに疑問を投げかけると、レイカが表情を曇らせる。
「大丈夫よ! そういう人にも食べられるものを準備できるって。それともあんた、先生の実力を疑っているの?」
 カネサキがレイカを励ますように背中を叩いてから、モリタのほうに詰め寄った。
 モリタは両手を広げ、首を大きく振ってカネサキに降伏したのだった。
「ここでの食事制限のある人のメニューなら廊下のモニタを見れば大体わかりますけど、参考になりますか?」
 レイカの表情がやや曇ったのを見逃さず、セスが口を挟んだ。
「それは参考になるわね。クルス君がよければ、手伝ってもらえるかしら?」
「それなら私も手伝うわよ」
 セスより先にカネサキが答えた。
 結局、レイカ、セス、モリタ、カネサキの四人が食事と機材の調達を担当することになった。

 ロビー、オオイダ、コナカが会場の設営を行う。こちらはアイネスを中心としたメディットの職員も手伝ってくれるとのことだった。
 セスにとって仕事があるのはありがたかった。それが兄であろう人物を助ける活動であるならばなおさらだ。
 セスの容態はかなり深刻なのだが、少なくとも彼自身は現在、比較的調子が良いと感じている。
 この活動を成功させれば、ウォーリーと直接会うこともできるだろう。
 そして、ウォーリーが本当にセスの兄なのか、確かめる手段がメディットにはある。
 あと少しで長年の夢がかなうところまで到達しているのだ。
(ウォーリー・トワさんが僕の何なのか……僕は、事実を知りたい。兄であるとするならば、彼に何が起きたのか……彼の歴史を知りたい)
 そう考えながらも、セスは車椅子でせわしなく動き回っている。
 セスは食事制限のある者の病院食の情報を調べあげ、それをレイカに伝えている。
 彼自身にも食事制限はあるし、話ができるようになってからは他の患者とも仲良くなっていた。そのおかげでセスには病院食に関する情報が多く集まっている。
 身寄りのない老人など話し相手に事欠いている患者の心をつかむのは、セスの十八番であるかも知れなかった。
 また、この会話がセスの言葉の回復をより確かにした、という一面もある。
 セスにとって、やるべきことが今あるのは幸いだった。
 兄と思われる人物が、大きな勝負に向かっている。
 セス自身はそれに直接手を貸すことはできない。
 しかし、今目の前にある仕事を片付ければ、兄の勝利に貢献することができる。
 幸いなことに、周りの仲間も「タブーなきエンジニア集団」を支持する活動に従事してくれている。
 セスからすればモリタの動きだけがやや気になる。モリタだけはあまりこの活動に乗り気な様子に見えなかったからだ。
 セスはモリタの様子を窺った。
 モリタはレイカと話をしながら、携帯端末で何かを調べている。どうやら食事の手配に関する情報を集めているようだ。
 レイカが投げかける質問にモリタが答えている、という様子でモリタの声も普段よりやや落ち着いた低めのトーンになっている。
 その横でオオイダが冷ややかな目線をモリタに浴びせているが、モリタが意に介した様子はない。

「クルス君、何か探しているの?」
 セスの後ろからカネサキが声をかけてきた。
 セスは調べた食事制限者の病院食のメニューをカネサキに差し出した。
「ここ二週間はこういった献立になっています。メルツ先生がこれからどういうものを探し出すか、楽しみですね。カネサキさんにも何かアイデアとかありそうだと思いますが、どうですか?」
「そうねぇ……ここはメルツ先生のお手並み拝見、でいいのじゃないかしら? クルス君も落ち着かないと思うけど、今は目の前にある仕事を片付けるといいわ。心配事があるとき、没頭する仕事があるのはいいことよ。そして、それがクルス君のお兄さんのしていることを手助けできるのだからなおさらね」
「そうですね! カネサキさん、ありがとう、気遣ってくれて」
 セスはカネサキの厚意を素直に受け止めることにした。
 これからセス自身や「タブーなきエンジニア集団」に何が起こるかはわからない。
 色々な予想が浮かんできてはセスの心を引っ掻き回す。
 それでも、今、セスには彼と心を同じくする仲間たちがいる。彼らの存在がどれだけセスを助けているか。
(とにかく、僕はやれることをやろう。することはたくさんあるのだから)
 セスは彼の心から湧き上がる様々な考えと戦いながら着々と目の前の仕事を片付けている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...