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第八章
331:エリックの苦悩
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ウォーリーから彼の執務室を追い出されたエリックは、作業には戻らず自分に割り当てられた宿泊用の個室へと移動していた。
(まさか、マネージャーは命に関わる状況にあるのだろうか……? 声を出すのも苦しそうだったし……)
ウォーリーの言葉はいつになく真剣であった。
口から発せられたものではなく、乱暴にペンで紙に書かれたものであったが、そのことで言葉の意味が変わるものでもない。乱れた文字がかえって事態の切迫を示しているようにすらエリックには思えた。
エリックはウォーリーの状態についてひとつ思い違いをしていた。
ウォーリーが重要事項を紙に書いたのは、発声が困難だという理由ではなかった。
盗聴の可能性を危惧して、敢えて筆談にしたのだ。
ウォーリーの字はお世辞にも綺麗とは言えないから、仮に隠しカメラなどで撮影されたとしても、彼の字に慣れていない者は解読すら困難なのだ。
(……マネージャーは普段こんな話をしない。だとすると……)
ウォーリーは酒を飲んだ上で愚痴を吐くことは少なくなかったし、この手の愚痴はエリックもよく耳にしている。
だが、当人の生命に関わるような深刻な会話をすることは多くなかったから、エリックも事態を重大だと認識している。
(マネージャーが倒れたら、どうすればいいのだろうか?)
エリックはウォーリーが倒れた後の「タブーなきエンジニア集団」の運営を懸念していた。このようなときは、自分の考え得る範囲で最悪の事態を想像して動くのが彼だ。
トップが機能しなくなるのであれば、新たなトップを立てればよいということくらいはエリックにも理解できる。一時的になるだろうが、新しいトップをお前がやれ、とウォーリーには言われている。
(本来ならマネージャーの次はミヤハラTMだよな……あらかじめ伝えておかなければ混乱しそうだけど、マネージャーから口止めされているのにどうやって伝えるんだ?)
問題はウォーリーが自分の身体の異変について他人に話すな、としたことである。
せめてミヤハラかサクライといった他の幹部か、共闘しているOP社グループ労働者組合のサン・アカシあたりとでも情報が共有できていれば、とエリックは思う。
情報が共有できていれば、その相手と万が一のときに備えて相談して対策を立てることもできる。
先ほど名前の挙がった三人のうちアカシは「タブーなきエンジニア集団」の所属ではないが、彼らならウォーリー不在のときの対応を考えることくらいのことはできるだろう。
しかし、今回、情報を持っているのはウォーリー本人とエリックだけである。
ウォーリー本人と対策を考えるのは気が引ける。
彼は今、身体の異変とハドリの部隊との二正面作戦を余儀なくされている状態である。更に余計な相談を持ちかけて彼の心配の種を増やす訳にはいかない。
(自分で結論を出すしかないのか……でも、僕がどうやって……?)
エリックは、この数年間一貫してウォーリーの部下として仕事をしてきている。
ウォーリーも危惧している部分なのだが、エリックは判断や決断が苦手である。
リーダーとしての適性にやや欠けるとさているのも、この点が原因である。
エリックは自身が判断や決断が苦手だということを、ウォーリーや周りの人々よりもよく知っている。今まではウォーリーの部下だからやっていけた、という面がある。
今になってウォーリーに判断や決断を頼っていたツケが回ってきたのだろう。
ウォーリーが無事であれば、それに越したことはない。
しかし、最悪の事態が発生した場合、最初の対応はエリックが行わなければならない。
自分に一時的とはいえ、ウォーリーの代わりが務まるとは思えない。
エリックは自分自身に人を率いる素質そのものがないのだと考えている。
「タブーなきエンジニア集団」そのものは、副代表のミヤハラにトップを引き継いでもらうのがベストだろう。そのくらいのことはエリックでも見当がつく。
その際の問題はインデストに常駐しているメンバーとOP社グループ労働者組合の支持を受けられるか、という点にある。
インデストにおける「タブーなきエンジニア集団」の支持者はウォーリーがこの地にいるから支持している、という者が多いようにエリックには思われるのだ。
ウォーリーが倒れ、一時的とはいえエリックがウォーリーの立場を引き継いだとき、何人が自分を信じてくれるだろうか……?
仮に自分を信じてくれる人がいたとして、その後ミヤハラか誰かにトップを引き継いでもらうまで彼らを引き留めることができるだろうか?
エリック自身ですら、人を率いる立場の自分を信頼できない。そのような人物を支持する他人というのは、一体どのような人物だろうか?
(マネージャーに何かあったら、まずはミヤハラTMと相談するしかないな……)
結局、エリックが選択したのは信頼できる他人に決断を委ねることであった。
(まさか、マネージャーは命に関わる状況にあるのだろうか……? 声を出すのも苦しそうだったし……)
ウォーリーの言葉はいつになく真剣であった。
口から発せられたものではなく、乱暴にペンで紙に書かれたものであったが、そのことで言葉の意味が変わるものでもない。乱れた文字がかえって事態の切迫を示しているようにすらエリックには思えた。
エリックはウォーリーの状態についてひとつ思い違いをしていた。
ウォーリーが重要事項を紙に書いたのは、発声が困難だという理由ではなかった。
盗聴の可能性を危惧して、敢えて筆談にしたのだ。
ウォーリーの字はお世辞にも綺麗とは言えないから、仮に隠しカメラなどで撮影されたとしても、彼の字に慣れていない者は解読すら困難なのだ。
(……マネージャーは普段こんな話をしない。だとすると……)
ウォーリーは酒を飲んだ上で愚痴を吐くことは少なくなかったし、この手の愚痴はエリックもよく耳にしている。
だが、当人の生命に関わるような深刻な会話をすることは多くなかったから、エリックも事態を重大だと認識している。
(マネージャーが倒れたら、どうすればいいのだろうか?)
エリックはウォーリーが倒れた後の「タブーなきエンジニア集団」の運営を懸念していた。このようなときは、自分の考え得る範囲で最悪の事態を想像して動くのが彼だ。
トップが機能しなくなるのであれば、新たなトップを立てればよいということくらいはエリックにも理解できる。一時的になるだろうが、新しいトップをお前がやれ、とウォーリーには言われている。
(本来ならマネージャーの次はミヤハラTMだよな……あらかじめ伝えておかなければ混乱しそうだけど、マネージャーから口止めされているのにどうやって伝えるんだ?)
問題はウォーリーが自分の身体の異変について他人に話すな、としたことである。
せめてミヤハラかサクライといった他の幹部か、共闘しているOP社グループ労働者組合のサン・アカシあたりとでも情報が共有できていれば、とエリックは思う。
情報が共有できていれば、その相手と万が一のときに備えて相談して対策を立てることもできる。
先ほど名前の挙がった三人のうちアカシは「タブーなきエンジニア集団」の所属ではないが、彼らならウォーリー不在のときの対応を考えることくらいのことはできるだろう。
しかし、今回、情報を持っているのはウォーリー本人とエリックだけである。
ウォーリー本人と対策を考えるのは気が引ける。
彼は今、身体の異変とハドリの部隊との二正面作戦を余儀なくされている状態である。更に余計な相談を持ちかけて彼の心配の種を増やす訳にはいかない。
(自分で結論を出すしかないのか……でも、僕がどうやって……?)
エリックは、この数年間一貫してウォーリーの部下として仕事をしてきている。
ウォーリーも危惧している部分なのだが、エリックは判断や決断が苦手である。
リーダーとしての適性にやや欠けるとさているのも、この点が原因である。
エリックは自身が判断や決断が苦手だということを、ウォーリーや周りの人々よりもよく知っている。今まではウォーリーの部下だからやっていけた、という面がある。
今になってウォーリーに判断や決断を頼っていたツケが回ってきたのだろう。
ウォーリーが無事であれば、それに越したことはない。
しかし、最悪の事態が発生した場合、最初の対応はエリックが行わなければならない。
自分に一時的とはいえ、ウォーリーの代わりが務まるとは思えない。
エリックは自分自身に人を率いる素質そのものがないのだと考えている。
「タブーなきエンジニア集団」そのものは、副代表のミヤハラにトップを引き継いでもらうのがベストだろう。そのくらいのことはエリックでも見当がつく。
その際の問題はインデストに常駐しているメンバーとOP社グループ労働者組合の支持を受けられるか、という点にある。
インデストにおける「タブーなきエンジニア集団」の支持者はウォーリーがこの地にいるから支持している、という者が多いようにエリックには思われるのだ。
ウォーリーが倒れ、一時的とはいえエリックがウォーリーの立場を引き継いだとき、何人が自分を信じてくれるだろうか……?
仮に自分を信じてくれる人がいたとして、その後ミヤハラか誰かにトップを引き継いでもらうまで彼らを引き留めることができるだろうか?
エリック自身ですら、人を率いる立場の自分を信頼できない。そのような人物を支持する他人というのは、一体どのような人物だろうか?
(マネージャーに何かあったら、まずはミヤハラTMと相談するしかないな……)
結局、エリックが選択したのは信頼できる他人に決断を委ねることであった。
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