338 / 436
第八章
329:トニーの誤算
しおりを挟む
トニーは「リスク管理研究所」の事務所に戻ると、入ってくるなとメンバーに命じて会議室に閉じこもった。次の対応を一人で考えるためだ。
先ほどのハドリとの会話で、OP社とECN社をぶつけて潰し合わせるのが困難になったとトニーは判断した。彼の意図はハドリに読まれている可能性が高い。
(あのウォーリー・トワがどこまでやれるか、だな……)
トニーはエンジニアとしてはともかく、職業人として、そして戦略家・戦術家としてのウォーリーをそれほどは評価していない。
容易に他人を信用しすぎ、疑うということをあまり知らない人間だ。それに感情的に過ぎる。
このような人間は、いくら優れた能力を持っていても、悪意を持つ人間に容易に害されるものだとトニーは思う。
ハドリはその点に関しては非常に疑り深い人間だ。
特に敵対する者の弱みを的確に突く、という点においてウォーリーを遥かに凌駕する。
ウォーリーにこうした考えが薄いことは彼の美徳でもあるのだが、世界を生き抜いていく上ではマイナスにしかならない、とトニーには思える。
最低限、OP社の発電事業が破綻するまでウォーリーが時間を稼いでくれさえすれば、トニーとしては十分である。
そうなればOP社の矛先が「リスク管理研究所」に向くことはないと考えられるからだ。
(市民と労働者組合をいかに活用できるか、だ。うまく彼らを前面に押し出して、ハドリの奴が「罪もない市民を傷つけている」、そして「OP社内で仲間割れが起きている」という状況を同時に作り出せれば、事態の長期化も十分に可能だが……
ただ、トワの単純野郎がそこまで気を回すとは思えんな……)
トニーは自分の身の安全を確保するために、最善を尽くさなければならないと考えている。
そして、今こそがその正念場に入りつつある状況である。
ここで決断を誤ってはならない。
トニーからすればハドリが力を持ちすぎるのも、ウォーリーが力を持ちすぎるのも有害なのだ。
それぞれの者が自分の才覚に見合った財産なり権力なりを持てばよい。
今の状況ではハドリにしろ、ウォーリーにしろ、分不相応なものを追い求めすぎなのだ。
彼らが分相応なものだけを追い求めれば、このような混乱は発生しなかった。
トニーに関係なく勝手に争う分には問題がないが、トニーや「リスク管理研究所」にその禍が及ぶとなれば、問題は別だ。黙って犠牲を受け入れるなど論外である。
トニーの心情的にはハドリとウォーリーが共倒れになるのが一番良い。そうなれば、自分が裏で分相応な財産なり、権力なりを持つことができるだろう。
トニー自身は大勢力のトップの座に就くつもりはない。
何かと制約が多く、自分の思うよう人生が楽しめなくなるからだ。
トップは部下を規則で縛るが、その規則にもっとも縛られるのがトップ自身なのだ。そうでなければ、部下はトップに従わない。
それがトニーにとっては厄介であった。
規則に縛られるのは見かけの地位や権力の欲しい者に任せておいて、自分は規則を作り、それを利用する側に回るのがベストであるとトニーは考える。
また、トップは他の勢力や部下から攻撃を受けやすい危険な地位である。そのような危険にわが身を晒すこともないだろう。
もし、どちらかを勝たせなければならないとするならば……
その場合はウォーリーに勝たせたほうが良い。
彼ならトップとして自ら規則に縛られる道を望む男だ。
また、彼は必要以上に周りの素行に干渉する男ではない。
トニーが自分の才覚に応じた財産や権力を得ても、そう簡単に攻撃してくることはないはずだ。
これらの考えを総合して、トニーはハドリとウォーリーの争いを長期化させることを選んだのだった。
今回、ハドリの警戒をECN社に向けるという計画は失敗したと思われる。
次の報告でハドリの不興を買えば、トニーの身にも危険が及ぶ可能性が高い。
(ECN社に反乱でも起こさせるか……? それとも職業学校にするか……?)
トニーは次なるターゲットを探し求めるとともに、八名の所員をOP社へと送った。トニーは所員に同行しない。
副所長であるサワムラをリーダーとして、次なる調査に当たらせる。その間、トニーはECN社か職業学校の動きを見極め、反乱の種を撒くことにした。OP社に逆らった事実までは必要ない。逆らおうとする証拠が見つかりさえすればよいのだ。
トニーはハドリの心理を大きく読み違えた。
ハドリの母親に対するこだわりに彼は気づかなかったのである。
ハドリとウォーリーの出生に関する情報を彼が得ていれば、ハドリの意図を読みきれた可能性はある。
しかし、両者の出生についてはオイゲンなどわずかな者が知るのみであり、トニーがそれを知らないのも無理はない。
母親を陵辱した男の血統を抹殺することが目的だと気づくためには、トニーが持っている情報は不足していた。
いつもの冷徹なハドリからは考えられない暴挙である。ハドリの母親に関するこだわりが彼の冷徹さに大きな綻びを生じさせていたのだ。
しかし、母親という一点を除けば、彼の冷徹さには傷ひとつ見当たらない。これが、彼を見る者の目を狂わせたのかもしれない。
先ほどのハドリとの会話で、OP社とECN社をぶつけて潰し合わせるのが困難になったとトニーは判断した。彼の意図はハドリに読まれている可能性が高い。
(あのウォーリー・トワがどこまでやれるか、だな……)
トニーはエンジニアとしてはともかく、職業人として、そして戦略家・戦術家としてのウォーリーをそれほどは評価していない。
容易に他人を信用しすぎ、疑うということをあまり知らない人間だ。それに感情的に過ぎる。
このような人間は、いくら優れた能力を持っていても、悪意を持つ人間に容易に害されるものだとトニーは思う。
ハドリはその点に関しては非常に疑り深い人間だ。
特に敵対する者の弱みを的確に突く、という点においてウォーリーを遥かに凌駕する。
ウォーリーにこうした考えが薄いことは彼の美徳でもあるのだが、世界を生き抜いていく上ではマイナスにしかならない、とトニーには思える。
最低限、OP社の発電事業が破綻するまでウォーリーが時間を稼いでくれさえすれば、トニーとしては十分である。
そうなればOP社の矛先が「リスク管理研究所」に向くことはないと考えられるからだ。
(市民と労働者組合をいかに活用できるか、だ。うまく彼らを前面に押し出して、ハドリの奴が「罪もない市民を傷つけている」、そして「OP社内で仲間割れが起きている」という状況を同時に作り出せれば、事態の長期化も十分に可能だが……
ただ、トワの単純野郎がそこまで気を回すとは思えんな……)
トニーは自分の身の安全を確保するために、最善を尽くさなければならないと考えている。
そして、今こそがその正念場に入りつつある状況である。
ここで決断を誤ってはならない。
トニーからすればハドリが力を持ちすぎるのも、ウォーリーが力を持ちすぎるのも有害なのだ。
それぞれの者が自分の才覚に見合った財産なり権力なりを持てばよい。
今の状況ではハドリにしろ、ウォーリーにしろ、分不相応なものを追い求めすぎなのだ。
彼らが分相応なものだけを追い求めれば、このような混乱は発生しなかった。
トニーに関係なく勝手に争う分には問題がないが、トニーや「リスク管理研究所」にその禍が及ぶとなれば、問題は別だ。黙って犠牲を受け入れるなど論外である。
トニーの心情的にはハドリとウォーリーが共倒れになるのが一番良い。そうなれば、自分が裏で分相応な財産なり、権力なりを持つことができるだろう。
トニー自身は大勢力のトップの座に就くつもりはない。
何かと制約が多く、自分の思うよう人生が楽しめなくなるからだ。
トップは部下を規則で縛るが、その規則にもっとも縛られるのがトップ自身なのだ。そうでなければ、部下はトップに従わない。
それがトニーにとっては厄介であった。
規則に縛られるのは見かけの地位や権力の欲しい者に任せておいて、自分は規則を作り、それを利用する側に回るのがベストであるとトニーは考える。
また、トップは他の勢力や部下から攻撃を受けやすい危険な地位である。そのような危険にわが身を晒すこともないだろう。
もし、どちらかを勝たせなければならないとするならば……
その場合はウォーリーに勝たせたほうが良い。
彼ならトップとして自ら規則に縛られる道を望む男だ。
また、彼は必要以上に周りの素行に干渉する男ではない。
トニーが自分の才覚に応じた財産や権力を得ても、そう簡単に攻撃してくることはないはずだ。
これらの考えを総合して、トニーはハドリとウォーリーの争いを長期化させることを選んだのだった。
今回、ハドリの警戒をECN社に向けるという計画は失敗したと思われる。
次の報告でハドリの不興を買えば、トニーの身にも危険が及ぶ可能性が高い。
(ECN社に反乱でも起こさせるか……? それとも職業学校にするか……?)
トニーは次なるターゲットを探し求めるとともに、八名の所員をOP社へと送った。トニーは所員に同行しない。
副所長であるサワムラをリーダーとして、次なる調査に当たらせる。その間、トニーはECN社か職業学校の動きを見極め、反乱の種を撒くことにした。OP社に逆らった事実までは必要ない。逆らおうとする証拠が見つかりさえすればよいのだ。
トニーはハドリの心理を大きく読み違えた。
ハドリの母親に対するこだわりに彼は気づかなかったのである。
ハドリとウォーリーの出生に関する情報を彼が得ていれば、ハドリの意図を読みきれた可能性はある。
しかし、両者の出生についてはオイゲンなどわずかな者が知るのみであり、トニーがそれを知らないのも無理はない。
母親を陵辱した男の血統を抹殺することが目的だと気づくためには、トニーが持っている情報は不足していた。
いつもの冷徹なハドリからは考えられない暴挙である。ハドリの母親に関するこだわりが彼の冷徹さに大きな綻びを生じさせていたのだ。
しかし、母親という一点を除けば、彼の冷徹さには傷ひとつ見当たらない。これが、彼を見る者の目を狂わせたのかもしれない。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる