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第八章
320:オイゲン、ハドリの意図を読みかねる
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それにしても妙だ。
テントに戻る途中、オイゲンは自分が覚えている違和感について考えていた。
OP社、いや、ハドリという男は、他人の弱みを察知し、それを徹底して攻めることに長けているように思われる。オイゲンも交渉の席などで、徹底してオイゲン自身やECN社の弱みに付け込まれた経験がある。
それにもかかわらず、今の状況はむしろ逆に見える。ハドリが背中を見せているのである。
オイゲンとしても、絶対確実にハドリを葬り去れるのであれば、隙を見つけて後ろから攻撃したかもしれない。
しかし、手にした装備はせいぜい警棒と手錠くらいのもので、とてもではないがハドリを一撃で葬るのは難しい。先制して一撃で葬らない限り、自分に勝ち目はないとオイゲンは思っている。
彼は子どもの頃から人を殴るくらいなら、自分が殴られたほうがマシだと考えるような人間だった。ECN社の社長の一人息子という背景があったから、彼に執拗に手出しをするような者は少なかった。そのことを考慮しても、彼は物心ついてから一度として人を傷つけるために手を上げたことがないくらい、暴力が嫌いなのである。
彼はもともと争いごとが好きではない。目に見える範囲で人が争っているのを見ても萎縮するというほどなのだ。
そして人に手を上げるのは相手に一分の理も認められないと確信したとき、と決めている。少なくとも三一年の人生の中で、そう感じたことはほとんどない。
(一体OP社は何を考えているのだろうか……? 僕をどうしたいというのだろう……?)
しかし、いくら考えてもオイゲンの脳裏には、これといった考えは浮かんでこなかった。
こうなった場合、彼としては思考を停止するしかない。
OP社と「タブーなきエンジニア集団」との衝突を回避したいとは考えているが、具体的な対応策は見えてこない。
ハドリと話をして止められるのであれば既に止めている。オイゲンが見る限り、ハドリは他人の話を聞き入れるような人物ではない。
(意志と能力と同調者……)
オイゲンの心の奥底で不意に彼の秘書メイ・カワナの言葉が響いた。
「タブーなきエンジニア集団」を打倒しようとする意志は、ハドリに明確にあるように思われる。能力もこれだけの戦力をもっていれば十分であろう。
同調者がやや引っかかるが、少なくともハドリの意志を受けてこれだけの人数が動員されているのである。完全に彼の意志に同調しているかどうかは不明であるが、二万の人員はある意味「同調者」である。
メイが示した三要素のうち、どれひとつとしてオイゲンに排除できそうなものはない。
それなのに彼女が示したのはこれらの三要素全ての排除なのである。
途方もないな、とオイゲンは思う。
インデストへの到着まで、それほど猶予はない。
雨の状況にもよるが、順調ならあと一〇日ほどでインデストに達してしまうはずだ。
ハドリとウォーリーが一度衝突したら、その後お互いが対等な形で和解するのは困難だとオイゲンは思う。ハドリはもちろんのこと、ウォーリーも衝突したらそう簡単に相手に頭を下げる人間ではないだろうから。
ウォーリーのもと上司として、自身が人質になる可能性もオイゲンは考えている。
場合によっては殺害される可能性もあるだろう。さすがに、それは回避したい。
(結局はわが身が可愛い、ってことだよな……
しょせん、自分はこの程度か。やはり企業の社長の器でもないし、その資格も無い小人物に過ぎない、ということだよ……)
オイゲンは自分の考えに嫌悪感を覚えた。社長という立場にある以上、自分の身よりも従業員の身を案じるべきだ、という考えがあるからだ。ウォーリーは正確にはECN社の従業員ではないのだが、もと部下として自分が負うべき責任はあると考えている。
もし、彼が害される場合は……自分が代わりに犠牲になるべきであろう。それが最低限の義務ではないだろうか?
オイゲンからすれば上司は部下の責任を取る義務を負う、というのが当然である。それは、彼にとって上司としての最低限の条件である。
万が一、ウォーリーが捕らえられて害されそうになったときは、自分が身代わりにならなければならないな、とオイゲンは誓った。
しかし、直後にその思いを打ち消す。
(何を縁起でもないことを考えているんだ? ウォーリーの勝利を信じられなくてどうする?)
部下を信じることも上司の義務だ、とオイゲンは思う。
ただし、オイゲンはウォーリーなどを自分の下位者、という見方はしていない。
あくまで彼らのしたことの責任を負うための存在とだけ考えている。能力も人望も彼らの方がずっと上だと思っているのだ。
彼自身、役職に上下関係があるという考え方をしていないのも、彼がウォーリーたちを自分の下位者という見方をしない要因なのかもしれない。
彼は、あくまでも「上の役職」というのは人を束ねる適性のある者の、「下の役職」というのは人に束ねられる適性のある者の、組織を運営する上での便宜上の役割であると考えている。そして、役割の間に優劣も上下も無い、と思っている。
すなわち、「マネージャーと社員」の違いと「総務と営業」の違いとが等価なのだ。
もっとも、オイゲンのこの考えはすこぶる評判が悪いので、彼は自分と極めて親しい人間にしかこの話をしないことにしている。
それに、彼自身はとても自分の役割を果たせていると思っていないから、その点については大いに恥じている。
テントに戻る途中、オイゲンは自分が覚えている違和感について考えていた。
OP社、いや、ハドリという男は、他人の弱みを察知し、それを徹底して攻めることに長けているように思われる。オイゲンも交渉の席などで、徹底してオイゲン自身やECN社の弱みに付け込まれた経験がある。
それにもかかわらず、今の状況はむしろ逆に見える。ハドリが背中を見せているのである。
オイゲンとしても、絶対確実にハドリを葬り去れるのであれば、隙を見つけて後ろから攻撃したかもしれない。
しかし、手にした装備はせいぜい警棒と手錠くらいのもので、とてもではないがハドリを一撃で葬るのは難しい。先制して一撃で葬らない限り、自分に勝ち目はないとオイゲンは思っている。
彼は子どもの頃から人を殴るくらいなら、自分が殴られたほうがマシだと考えるような人間だった。ECN社の社長の一人息子という背景があったから、彼に執拗に手出しをするような者は少なかった。そのことを考慮しても、彼は物心ついてから一度として人を傷つけるために手を上げたことがないくらい、暴力が嫌いなのである。
彼はもともと争いごとが好きではない。目に見える範囲で人が争っているのを見ても萎縮するというほどなのだ。
そして人に手を上げるのは相手に一分の理も認められないと確信したとき、と決めている。少なくとも三一年の人生の中で、そう感じたことはほとんどない。
(一体OP社は何を考えているのだろうか……? 僕をどうしたいというのだろう……?)
しかし、いくら考えてもオイゲンの脳裏には、これといった考えは浮かんでこなかった。
こうなった場合、彼としては思考を停止するしかない。
OP社と「タブーなきエンジニア集団」との衝突を回避したいとは考えているが、具体的な対応策は見えてこない。
ハドリと話をして止められるのであれば既に止めている。オイゲンが見る限り、ハドリは他人の話を聞き入れるような人物ではない。
(意志と能力と同調者……)
オイゲンの心の奥底で不意に彼の秘書メイ・カワナの言葉が響いた。
「タブーなきエンジニア集団」を打倒しようとする意志は、ハドリに明確にあるように思われる。能力もこれだけの戦力をもっていれば十分であろう。
同調者がやや引っかかるが、少なくともハドリの意志を受けてこれだけの人数が動員されているのである。完全に彼の意志に同調しているかどうかは不明であるが、二万の人員はある意味「同調者」である。
メイが示した三要素のうち、どれひとつとしてオイゲンに排除できそうなものはない。
それなのに彼女が示したのはこれらの三要素全ての排除なのである。
途方もないな、とオイゲンは思う。
インデストへの到着まで、それほど猶予はない。
雨の状況にもよるが、順調ならあと一〇日ほどでインデストに達してしまうはずだ。
ハドリとウォーリーが一度衝突したら、その後お互いが対等な形で和解するのは困難だとオイゲンは思う。ハドリはもちろんのこと、ウォーリーも衝突したらそう簡単に相手に頭を下げる人間ではないだろうから。
ウォーリーのもと上司として、自身が人質になる可能性もオイゲンは考えている。
場合によっては殺害される可能性もあるだろう。さすがに、それは回避したい。
(結局はわが身が可愛い、ってことだよな……
しょせん、自分はこの程度か。やはり企業の社長の器でもないし、その資格も無い小人物に過ぎない、ということだよ……)
オイゲンは自分の考えに嫌悪感を覚えた。社長という立場にある以上、自分の身よりも従業員の身を案じるべきだ、という考えがあるからだ。ウォーリーは正確にはECN社の従業員ではないのだが、もと部下として自分が負うべき責任はあると考えている。
もし、彼が害される場合は……自分が代わりに犠牲になるべきであろう。それが最低限の義務ではないだろうか?
オイゲンからすれば上司は部下の責任を取る義務を負う、というのが当然である。それは、彼にとって上司としての最低限の条件である。
万が一、ウォーリーが捕らえられて害されそうになったときは、自分が身代わりにならなければならないな、とオイゲンは誓った。
しかし、直後にその思いを打ち消す。
(何を縁起でもないことを考えているんだ? ウォーリーの勝利を信じられなくてどうする?)
部下を信じることも上司の義務だ、とオイゲンは思う。
ただし、オイゲンはウォーリーなどを自分の下位者、という見方はしていない。
あくまで彼らのしたことの責任を負うための存在とだけ考えている。能力も人望も彼らの方がずっと上だと思っているのだ。
彼自身、役職に上下関係があるという考え方をしていないのも、彼がウォーリーたちを自分の下位者という見方をしない要因なのかもしれない。
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もっとも、オイゲンのこの考えはすこぶる評判が悪いので、彼は自分と極めて親しい人間にしかこの話をしないことにしている。
それに、彼自身はとても自分の役割を果たせていると思っていないから、その点については大いに恥じている。
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