ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第七章

305:精神と肉体と同調者

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「意志を支える要素は三つあると考えられます。まずは本人の精神。次に意志を具現化する能力……これは肉体の存在、と考えてもよいかもしれません。
 そして……最後に意志に同調する同調者の存在……これがもっとも対処が難しいのです……」
 メイの言葉にオイゲンは寒気を覚えた。これらの存在を消さない限り、ハドリを翻意させることができないのではないか、と言っているように思われたのだ。
 もしかしたら、原因となるハドリとその同調者を消せという意味ではないかと考えて、オイゲンはその考えを否定した。
 ときにメイの言動は過激になることがあるが、他者の痛みには敏感な性質だ。その彼女が他者を傷つけろということは考えにくい。単に冷静に状況を分析しているだけだ、とオイゲンは自身に言い聞かせた。

 精神や肉体の破壊……そして同調者の消去……それらは全て殺人かそれに匹敵する行為でしか実現できないように思われる。
 彼女の言葉は時として、氷でできた刃物のように人の心に突き刺さる。
 彼女がこうした胸のうちの思いを他人に語ることは滅多にない。今現在、現世でその言葉を聞けるのはオイゲン以外にないであろう。
 こうした言葉こそ彼女の知恵の真骨頂だとオイゲンは思うのだが、これを理解して受け入れられる人間はそう多くないだろうとも思う。
 更に、彼女は自分が「在ることを許される」ことに相当なこだわりを持っているようにオイゲンには思われる。
 この「在る」ことは肉体的な存在よりも精神的なもののようで、彼女は自分の言葉やそれに含まれた意図が理解されるまで執拗に説明を繰り返す傾向がある。
 彼女の話が長いと感じられるのは、多分にその傾向が影響しているのだろう。
 彼女の話はまだ続いている。
「意志を実現する能力を持っていれば……当然意志が実現される可能性があります。例えば……私が一六のとき、私の母は……権限、すなわち『処罰する』能力を持った学校の上層部の人たちから処分を受けました。母はその処分を受けて、自ら死を選ばなければならなくなったのだと思います。私はただ、それを受け入れることしかできませんでした……」
 話が飛躍しているな、とオイゲンは感じた。しかし、ここで聞く耳を持たなければ彼女は自分を閉ざしてしまうだろう。また、この言葉から何か得られるものがあるかもしれない、とも思う。オイゲンは、何とか彼女の真意を理解しようと彼女の言葉に耳を傾け続けた。
「精神は更に深刻です。精神が燃え尽きてしまえば……何かをするという気も起こらないでしょう。母や私のことでもわかるように、『あの教師の血筋を罰したい』という意志が母の命を絶ったのですから……
 そして、最後は同調者の存在……
 『あの教師の血筋を罰したい』という意志が周りの人に広がって……
 私はその存在を世界から拒否されました……」
「……」
 メイの言葉にオイゲンが思わず唾を飲んだ。
「……当たり前ですよね、母は確かに世界から拒否される原因を作ってしまったし、母が居なくなった以上、唯一の肉親が責められるのは……
 それに私は、瞳を見ていただければわかるように、この通り異形の者です。世界に拒否される存在として生まれついてしまったのだと思います……
 社長も私を拒否してくださって結構なのですけど、私……ときどき、世界と一緒に私も粉々に砕け散って、宇宙の藻屑となって消え去ってしまえばいいんだ、って気持ちになってしまうのです……
 こういうことを考えるから、世界に受け入れてもらえないのですよね……」
 そう言い切ると、メイは両手で顔を覆い、わっと泣き出した。
 あまりに話が飛躍しているので、オイゲンとしても困惑するしかなかったが、メイが精神的に大きな傷を負っていることだけは理解できる。
 オイゲンは彼女の艶やかな髪に手を通し、彼女の注意を引きつけてから、言葉を選んで話しだす。こうしないと彼女の耳に言葉が入らないことがあるためだ。過去の経験からオイゲンはこのことをよく理解している。
「えーと……僕はカワナさんの存在を拒否していません。カワナさんにはよく知恵を借りていますから、あなたが居ないと、『在って』くださらないと困ってしまうのです……
 それと……異形だといいますけど、そんなことはないと思いますよ。ここではカワナさんのような瞳の色は珍しいようですが、僕らのルーツとなった星にはカワナさんのような瞳の方も結構いらっしゃったそうなので……」
「え……?」
 オイゲンの言葉にメイが顔を上げた。
「そういうことですよ」
 とオイゲンは静かに、メイに言い聞かせるように語った。
 それにしても、とオイゲンは思う。
 恐ろしい話ではあるが、彼女の話は一面の真理を突いているように思われるのだ。
 精神と肉体と同調者……
 これらを奪わない限り人の意思は変わらない……
 だとしたら自分は何をすべきなのだろうか……?
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