ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第七章

302:不機嫌な社長秘書

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 三月二九日、オイゲンはOP社へ向けての出発を翌日に控えていた。
 準備は整いつつあるが、ひとつ頭の痛い出来事の対応に追われている。
 出発すれば、最悪生命を失う危険もある。そうでなくても長期間社を空けることになるのは間違いない。何とか出発までには片付けておきたいところだ。

 問題になっているのは、秘書のメイ・カワナの様子がおかしいことである。
 この一週間ほどで二、三日欠勤があり、多少様子が変だという認識はあった。
 それが、今日になって大きく変わった。
 普段外へ使いに出ることなどまったくといっていいほどしない彼女が、オイゲンに使いを頼んでくれと申し出たのである。
 ちょうど社長室の蛍光灯が二本切れていたので、代わりを持ってくるように依頼した。
 携帯端末で総務部門に申請した後、地下の倉庫から蛍光灯を持ってくればよい。
 大した用事ではないが、近いうちに片付けなければならないことも事実だった。

 オイゲンがメイを送り出してしばらくすると携帯端末が鳴った。画面はメイの番号を表示している。
「カワナさんか……どうしたのかな?
 あ、イナですが……」
 オイゲンが通信に出ると、メイが蛍光灯のある場所がわからないと訴えてきた。
 普段、囁くような声で語りかける彼女が、明らかに不機嫌そうな声なので驚いた。
「えーと、今、倉庫のどの辺りにいますか?」
「暗くてよくわからないです」
「目の前に見えるものを言っていただけませんか?」
「金属の棚と、白い箱……」
「棚に番号は書いてありませんか?」
「どこにあるかわかりません」
 参ったなぁ、とオイゲンは思った。
 メイの回答が要領を得ないので、正しい棚に導きようがないのだ。
「えーと、入ってきた入り口はわかりますか?」
「……行ってみます」
 オイゲンは携帯端末のバッテリーの残量を気にしながらメイの答えを待った。出発の準備の関係であちこちと通信をしていたため、バッテリーが減っていたのだ。
 何とか視界の隅に充電用のコードを捉え、それを手繰り寄せる。
 充電器と携帯端末を接続するとほぼ同時にメイが入口に到着した、と伝えてきた。
 とりあえずバッテリーの心配はなくなったので、メイの案内に専念する。
「左側に壁があると思いますが、それでいいですか?」
「……はい」
「そうしたら、左から三本目の通路に入ってください」
「……入りました」
 こうして格闘すること十数分、オイゲンは何とか彼女を蛍光灯のある棚に導いた。
 そこで通信を切り、彼女の戻りを待つ。
 倉庫から社長室までは一〇分もかからないはずだが、三〇分経ってもメイは姿を見せない。

 (……一体どうしたのだろう? ここのところ様子が変だしなぁ……)
 オイゲンは彼女の身を案じつつも明日の準備を進めていく。
 準備が整った頃にメイが息を切らせて帰ってきた。
「どうしたのですか、一体?」
 メイはオイゲンの言葉を無視して、手に持った袋をオイゲンの机の上に置いた。
 蛍光灯が袋から顔を覗かせていたので、オイゲンは蛍光灯を手にした。
「カワナさん、ありがとう」
 メイに礼を言いながら、オイゲンは机の上に立って蛍光灯を交換した。
 古い蛍光灯は給湯室に置かれている資源回収ボックスへと持っていった。
 蛍光灯の入っていた袋を見ると、中に小さな箱が入っている。
 それは、メイが愛用している栄養補助のビスケットだった。
 おそらく彼女が取り出し忘れたのだろう、とオイゲンは思った。
 なかなか戻ってこなかったのも、これを買いに行ったからに違いない。
「カワナさん、これ」
 オイゲンがメイにビスケットの箱を差し出したが、メイは首を横に振った。
「社長のです」
 オイゲンは困惑したが、それを表情に出さないようにして箱を机の上に置いた。
「……ありがとう」
 その言葉と同時にチャイムが鳴った。昼休みに入ったのだ。
 メイは自席で携帯端末を片手に栄養補助のビスケットをかじりだした。
 オイゲンはしばらく迷った後、メイからもらったビスケットを開封した。
「カワナさん、ありがとう。いただくことにします」
 メイの反応はなかった。

 (やっぱり様子がおかしいな……体調が悪いようには見えないのだけど……)
 オイゲンはメイの姿を横から窺うことにした。彼の席からはメイが左を向いている姿で見えるのだ。
 メイは携帯端末と格闘しながら気のない様子でビスケットをかじっている。
「あのー、カワナさん。昼休みはまだ時間があるし『ひと勝負』しますか?」
 オイゲンの誘いにもメイは乗ってこない。それどころか完全に無視を決め込んでいるようだ。
 (何か彼女を怒らせるようなことをしたのだろうか……?)
 オイゲンはそう思いながらも、これ以上彼女に話しかけることができなかった。
 OP社へ向けて旅立つにあたって、彼女に依頼しなければならないことがひとつある。
 それを片付けたいのだが、彼女が反応しないことには始まらない。
 午後も何度か彼女に話しかけたり、「打音メッセ」を送ってみたのだが、一向に彼女が反応する様子がない。

 気まずい空気が流れる中、ついに終業を示すチャイムが鳴ってしまった。
 まずい、とオイゲンは思った。
 メイへの依頼が伝えられなければ、彼の計画が頓挫する可能性がある。
 彼にも時間がない。
 意を決してオイゲンが彼女の方に向けて歩みだした。
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