ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
310 / 436
第七章

302:不機嫌な社長秘書

しおりを挟む
 三月二九日、オイゲンはOP社へ向けての出発を翌日に控えていた。
 準備は整いつつあるが、ひとつ頭の痛い出来事の対応に追われている。
 出発すれば、最悪生命を失う危険もある。そうでなくても長期間社を空けることになるのは間違いない。何とか出発までには片付けておきたいところだ。

 問題になっているのは、秘書のメイ・カワナの様子がおかしいことである。
 この一週間ほどで二、三日欠勤があり、多少様子が変だという認識はあった。
 それが、今日になって大きく変わった。
 普段外へ使いに出ることなどまったくといっていいほどしない彼女が、オイゲンに使いを頼んでくれと申し出たのである。
 ちょうど社長室の蛍光灯が二本切れていたので、代わりを持ってくるように依頼した。
 携帯端末で総務部門に申請した後、地下の倉庫から蛍光灯を持ってくればよい。
 大した用事ではないが、近いうちに片付けなければならないことも事実だった。

 オイゲンがメイを送り出してしばらくすると携帯端末が鳴った。画面はメイの番号を表示している。
「カワナさんか……どうしたのかな?
 あ、イナですが……」
 オイゲンが通信に出ると、メイが蛍光灯のある場所がわからないと訴えてきた。
 普段、囁くような声で語りかける彼女が、明らかに不機嫌そうな声なので驚いた。
「えーと、今、倉庫のどの辺りにいますか?」
「暗くてよくわからないです」
「目の前に見えるものを言っていただけませんか?」
「金属の棚と、白い箱……」
「棚に番号は書いてありませんか?」
「どこにあるかわかりません」
 参ったなぁ、とオイゲンは思った。
 メイの回答が要領を得ないので、正しい棚に導きようがないのだ。
「えーと、入ってきた入り口はわかりますか?」
「……行ってみます」
 オイゲンは携帯端末のバッテリーの残量を気にしながらメイの答えを待った。出発の準備の関係であちこちと通信をしていたため、バッテリーが減っていたのだ。
 何とか視界の隅に充電用のコードを捉え、それを手繰り寄せる。
 充電器と携帯端末を接続するとほぼ同時にメイが入口に到着した、と伝えてきた。
 とりあえずバッテリーの心配はなくなったので、メイの案内に専念する。
「左側に壁があると思いますが、それでいいですか?」
「……はい」
「そうしたら、左から三本目の通路に入ってください」
「……入りました」
 こうして格闘すること十数分、オイゲンは何とか彼女を蛍光灯のある棚に導いた。
 そこで通信を切り、彼女の戻りを待つ。
 倉庫から社長室までは一〇分もかからないはずだが、三〇分経ってもメイは姿を見せない。

 (……一体どうしたのだろう? ここのところ様子が変だしなぁ……)
 オイゲンは彼女の身を案じつつも明日の準備を進めていく。
 準備が整った頃にメイが息を切らせて帰ってきた。
「どうしたのですか、一体?」
 メイはオイゲンの言葉を無視して、手に持った袋をオイゲンの机の上に置いた。
 蛍光灯が袋から顔を覗かせていたので、オイゲンは蛍光灯を手にした。
「カワナさん、ありがとう」
 メイに礼を言いながら、オイゲンは机の上に立って蛍光灯を交換した。
 古い蛍光灯は給湯室に置かれている資源回収ボックスへと持っていった。
 蛍光灯の入っていた袋を見ると、中に小さな箱が入っている。
 それは、メイが愛用している栄養補助のビスケットだった。
 おそらく彼女が取り出し忘れたのだろう、とオイゲンは思った。
 なかなか戻ってこなかったのも、これを買いに行ったからに違いない。
「カワナさん、これ」
 オイゲンがメイにビスケットの箱を差し出したが、メイは首を横に振った。
「社長のです」
 オイゲンは困惑したが、それを表情に出さないようにして箱を机の上に置いた。
「……ありがとう」
 その言葉と同時にチャイムが鳴った。昼休みに入ったのだ。
 メイは自席で携帯端末を片手に栄養補助のビスケットをかじりだした。
 オイゲンはしばらく迷った後、メイからもらったビスケットを開封した。
「カワナさん、ありがとう。いただくことにします」
 メイの反応はなかった。

 (やっぱり様子がおかしいな……体調が悪いようには見えないのだけど……)
 オイゲンはメイの姿を横から窺うことにした。彼の席からはメイが左を向いている姿で見えるのだ。
 メイは携帯端末と格闘しながら気のない様子でビスケットをかじっている。
「あのー、カワナさん。昼休みはまだ時間があるし『ひと勝負』しますか?」
 オイゲンの誘いにもメイは乗ってこない。それどころか完全に無視を決め込んでいるようだ。
 (何か彼女を怒らせるようなことをしたのだろうか……?)
 オイゲンはそう思いながらも、これ以上彼女に話しかけることができなかった。
 OP社へ向けて旅立つにあたって、彼女に依頼しなければならないことがひとつある。
 それを片付けたいのだが、彼女が反応しないことには始まらない。
 午後も何度か彼女に話しかけたり、「打音メッセ」を送ってみたのだが、一向に彼女が反応する様子がない。

 気まずい空気が流れる中、ついに終業を示すチャイムが鳴ってしまった。
 まずい、とオイゲンは思った。
 メイへの依頼が伝えられなければ、彼の計画が頓挫する可能性がある。
 彼にも時間がない。
 意を決してオイゲンが彼女の方に向けて歩みだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...