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第七章

301:知ることが近道

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 セスの喉に負担がかかったと判断して、医師が休憩を入れた。
 休憩開始とほぼ同時にカネサキがセスの横に割り込んできた。
 カネサキの手にはオレンジジュースのビンがあり、それをセスの頬に押し当てる。
「クルス君、そらっ!」
 冷たい感触がセスの頬を伝わる。
「あんまり根詰めると良くないぞ、ってね」
 カネサキが微笑みを浮かべながらセスの隣に座った。
「カネサキ、どさくさにまぎれて何やっているのよ!」
 オオイダが声を荒げた。そして、負けじとカネサキと反対側に腰掛ける。
 セスが二人を制するように左腕を振った。右腕が自由になるのであれば、両腕を広げたに違いない。
 セスの表情は穏やかであったが、内心は辟易していた。
 (この二人、いったい何をしているのだか……
 親切にしてくれるのはありがたいのだけど……
 女性同士の争いはちょっとなぁ……)
 セスの心情に気づいたのか、レイカが面白がってセスに声をかける。
「クルス君、両手に花、ね。今はいいけど、あんまり美人に囲まれていると、生気を吸い取られちゃうかもしれないわよ。気をつけてね」
「両手に花、っていいますけどね。反対側がねぇ……メルツ先生ならともかく」
 カネサキが首を振って、レイカの言葉を否定した。
「そうね、反対側がねぇ……」
 オオイダがカネサキの方を見ながら毒気を帯びた声でつぶやいた。
 間に挟まれたセスは苦笑するしかない。
 対応に困ったのか、セスはロビーとモリタを交互に見やった。
「まあ、とって食われはしないから大丈夫だろうよ」
 ロビーの言葉にカネサキとオオイダが非難の視線を浴びせる。
 二人の顔には「どういう意味よ?」と描かれているようだった。
 それを察したロビーは、
「あ、いやー、セスに危険はない、って意味ですよ」
 とあっさり答えた。

(ある意味セスにとっては貞操の危機というか災難じゃないの……?)
 モリタは人の悪い笑みを浮かべながらセスを見ていた。
 モリタから見れば、二人とも見かけは悪くないが、キャラクターがキツすぎる。
 セスは少々口の悪いところはあるが、基本的にはおとなしい性格なので、この二人が相手では主導権をとるのは難しいだろう。モリタはそんなことを考えていた。

 一方でセスは声が出せない自分がもどかしい、と思っていた。
 声を出せれば二人の間に割って入ってなだめることができるのだろうが、右半身もろくに動かない状況ではそれもままならない。
 カネサキとオオイダの二人が勝手に争うのは構わないが、自分を巻き込むのは何とかして欲しいのだ。
(二人ともこれだからなぁ。もうちょっと状況を見て欲しいよ。まったく……
 女性だからなのかな……)
 セスが不機嫌になるのも無理はない。
 ロビーなどは笑って見ているが、セスは割と必死だ。
 ただ、セスにとって助かっているのはカネサキもオオイダも割と「頼りになる」キャラクターで、根に持たない性質であることだ。
 どちらかというとセスは自分を頼ってくるタイプの女性は苦手である。
 車椅子であることや、その外見からセスに色目を使う異性は保護者的な者が多かったし、セスもその方が落ち着くと思っている。
 その点では、カネサキやオオイダが絡んでくる方がセスにとっては対処しやすい。
 二人が争いさえしなければ、笑って済ませられるからだ。それに、セスとしても気分が落ち着くのである。
 むしろ、セスにとってはコナカの方が対処しにくい。
 最近、コナカはロビーの顔色を窺ってから話をすることが多い。
 セスもロビーをあてにすることが多い。
 しかし、コナカがロビーの顔色を窺っているタイミングに割って入るのは、やや躊躇する。
 コナカもセスの動きを見ているようで、セスがロビーに視線を向けると一歩引くことが多い。
 あるときから、ロビーに視線を向けるとき、セスも一度コナカの動きを見るようになった。大抵年上のコナカが一歩引くのだが、セスとしてはどうもやりにくい。

「セス、今日は調子良いみたいだな! 今日はかなり進めるだろうよ」
 ロビーがセスに声をかけてきた。セスはうなずくことでそれに応える。
 セスがうなずいたのを確認すると、コナカが何かロビーに話しかけた。
 ロビーはコナカの言葉にそうだな、と言ってからセスの両隣に座っているカネサキとオオイダに話しかけた。カネサキとオオイダは、まだセスを挟んで何か言い争っている。
「カネサキさん、オオイダさん、あんまり騒ぐと周りから苦情がきますよ。セスだって困っていますし」
 その言葉にカネサキとオオイダが争いを止めた。「セス」の二文字がきいたらしい。
 その直後、コナカがセスに向けて、照れくさそうに笑みを浮かべた。どうやら、ロビーを使ってカネサキとオオイダを止めさせるように仕向けたようだ。
 コナカは苦手だが、それでも自分の回復を手助けしようとしている。そのことがセスにも感じとれた。
 セスを応援してくれる人は多い。何とかその人たちの期待にこたえて、兄と会いたい。
 そのためにも自分が頑張らなくてはならない。
 今は目の前にあるリハビリに専念しよう。
 セスは、そう決意した。
 リハビリが終わったらまた、電子書籍を読もう。
 知ることが回復するための近道であるのは間違いない。
 知らないことで後悔することは、二度とあってはならないのだから……
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