ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
308 / 436
第七章

300:回復の先輩

しおりを挟む
 セスの目の前のモニタには緑色の丸印が表示されている。
 発音が正しいというサインだ。
 リハビリ開始後初めて、セスが正しい発音をしたことになる。
「繰り返してみて」
 医師がセスに指示した。
 セスに発音を促すとき、この医師は何故かオーケストラの指揮者のように手を振る。
 医師の手の動きに合わせて、セスが同じ発音を繰り返す。
 結果は同じだった。モニタには緑色の丸印が表示されている。

「いいよ、『a』は問題ない。次、『e』へ行こうか!」
 医師は指揮をするように振っていた手を握って、やや興奮した様子であった。意外と熱くなりやすいタイプのようだ。
 この医師だけではなく、周りの人々は皆、熱意を持ってセスを援助してくれている。
 (僕がうまくできなかったら……周りの人たちもがっかりするよね)
 セスは周りの想いにも答えようと必死だ。
 真剣な面持ちで次の課題である「e」の発音をイメージし始めた。

 左手で何とか携帯端末が操作できるようになってから、セスはロビーにリハビリ関係の電子書籍を調達してくるように依頼していた。
 空いた時間はそれらの電子書籍を読む時間に充て、少しでもリハビリが早く進むよう努めていた。
 (兄の情報にたどり着けなかったのは、僕が歴史や地理を知識を持っていなかったからだ……
 今度は同じ過ちを繰り返さない。
 早く回復するためには、リハビリの知識が必要なのだから、今はそれを知ることが大事なんだ……)

 あるとき、セスが電子書籍を読んでいるのを見かけたアイネスが、こう声をかけた。
「そういえば、前に同じようなことをしている患者がいました。彼は、予定よりずっと速く回復して退院していきましたよ」
 セスは声を出す代わりに大きくうなずいた。このときはまだ声を出すことができなかったのだ。
 セスが肯いたのを見て、アイネスが話を続けた。
「三年前に入院していたウォーリー・トワという患者です。もっとも、彼はわれわれの指示を無視してまで勝手に治療を進めるところがあったのが残念です。君は、そういうことをしないで医師の指示をしっかり守るように。そうすれば回復は速くなるはずです」
 アイネスの言葉にセスは微笑みながら、力強くうなずいた。
 兄らしい人と自分が似たような行動をとっている。
 この出来事をきっかけに、セスが持つ「ウォーリーが自分の兄である」という確信はさらに強いものとなった。
 それにしても、医師の指示を無視して自分で勝手に治療を進める患者とはどういう人なのだろう?
 (ロビーだったらやりかねないかもしれないな……)
 そう思うと、セスは吹き出しそうになった。
 話を聞く限り、ウォーリー・トワという人物は、どこかロビーと似たところがあるように思われた。
 爆発的なバイタリティを持ちながら。気さくでどこか人情に篤い。
 (ロビーみたいな人だったら、僕にとってもうれしいね。ウォーリー・トワ氏の人となりを知るためにも、早くここを退院しなきゃ)
 セスはその思いでリハビリに集中しているのである。

「セス、『u』が混じって聞こえるよ。もっと喉のほうから声を出したら?」
 今度はモリタが声をかけてきた。
 表には出さないが、モリタにもセスを気遣っている部分がある。
 ロビーと違って直線的ではないが、文句を言いながらもいままでセスに付き合ってきたのだ。
 このような友人たちを見ると、セスは自分が数多くの人たちに支えられていることを感じる。
 (皆、僕のために力を出してくれている……
 僕は、早く結果を出さなくちゃ!)
 モリタのアドバイスに従ってセスは声を出すポイントを変えてみる。
 モニタに表示されている図形の色がそれまでの赤からオレンジ色に変わった。
 先ほどよりは、かなりましな発音になったようだ。
「ストップ、休憩を入れよう。喉に負担がかかりすぎるとよくないからね」
 ここで医師が休憩を入れた。
 セスが何か言いたそうにしていたが、横からカネサキが割り込んできた。
 その隙に医師は病室から出ていった。
 絡まれると面倒だ、と思ったのかもしれなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...