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第七章
299:リハビリテーション
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「ああ~」
部屋の中に青年のぎごちない声が響いた。
セスのリハビリが開始されてから、一〇日余りが経過していた。
「とぉえんてぃ? ず」の三人、レイカ、ロビー、モリタが入れ替わりでセスの病室を訪れ、リハビリを手伝っている。
右手の動きはまだまだだが、声は多少出るようになってきた。先ほどの声はセスのものだ。
ロビーとレイカの提案でセスが話すことができるようになってから「タブーなきエンジニア集団」と接触することを決めた。
やはり、この切実な状況をセスの口から伝えてこそ、「タブーなきエンジニア集団」に訴えるものがあるだろう、と判断したのだ。
三月二八日の午後、セスの病室には「とぉえんてぃ? ず」の三人と、レイカ、ロビー、モリタの六人が集まっていた。
誰かが一緒にいたほうが、リハビリの進みが速いようだ、という医師の言葉から全員が集まるようにしたのである。
セスのリハビリは右半身と言葉とが並行で進められている。
右半身のほうは、ようやく自分の意思で腕を上下できるようになったところだ。腰から下はほとんど異状がなかったので、今は問題がない。
計画と現状を比較すると、右半身はほぼ予定通りだが、言葉のほうがやや遅れている。
「タブーなきエンジニア集団」と接する以上、言葉の方が優先される状況においては少々困った事態である。
そこでロビーが医師と相談し、言語のリハビリでの有効な手立てを求めた。その結果、可能な限り多くの親しい者をリハビリに同席させることとなったのだ。
セスは落ち着いた様子でリハビリを受けている。
彼は現在、表情でしか自分の意志を伝えることができない。
文字を書こうにも利き手はようやく上下させることができる程度だし、声も言葉として発することができない。
ロビーなどが聞いていると、セスの発音は母音すらはっきりしない。
一方、セスは周りにロビーたちがいるのを見て安堵している。
医師は信用できるものの、セスから見ればやや恐ろしい存在である。
セスとの付き合いがそれほど長くないのが主な原因で、セスのことをどれだけ理解しているかがよくわからないからだ。
ロビーやモリタなどがリハビリに同席してくれれば、セスにとっては心強い。
特にロビーは必要に応じて医師に意見もするからありがたい存在だ。今のセスには言葉で意志を伝える能力がないのだから。
右半身と言葉が不自由だとはいえ、セスの意識は明確であり、意識の中では正常に言葉を紡ぐことができる。
だが、それを正確に伝えられないのがもどかしい。それどころか誤って捉えられることもあり、意に反した対応をされるのは不安がある。
セスとしては、間違った解釈による対応で重大な事態が訪れるのを警戒せざるを得ない。
セスは担当医の医師としての能力にはまったく疑念を抱いていない。
しかし、言葉を正常に発することができない者の意思を正確に捉える能力についてはよくわからないのだ。
それがセスの不安の種である。
今のところ意志が正確に伝わらなかったことで重大な結果を招いたことはない。
それでも心配があることには変わりがないのだ。
自分で心配の種を生み出すことを止められればよいのだが、どうやらセスはその能力があまり高くないようだ。
足を動かしたり、左手で文字を書いて筆談することも試みたが、どちらも思うようにはいかなかった。
現在のところ緊急の場合は左手でベッドを叩き、携帯端末を持ってきてもらって、キーボードで意思を伝える方法が最終手段になっている。
しかし、この方法に頼るとリハビリが遅れるから、ということであまり使用を認めてもらえない。
伝えたいことが伝えられないもどかしさがリハビリを劇的に進める、という医師の意見は理解できる。
一日でも早く、彼の兄の可能性があるウォーリーとも話をしてみたい。
また、医師はほとんどセスに付きっきりで対応してくれる。
それもセスにとって、リハビリを急ぐ理由になる。
ロビーがいるのも心強い。
現在、周辺にいる人物でセスがもっとも信頼しているのが彼である。
セスとは職業学校の同級生であるが、ロビーはセスより二歳年長である。セスにとっては同級生ながら面倒見の良い兄貴分のような存在である。
ロビーはセスの兄探しに職業学校時代から協力してくれている。
そして、その目的はもうすぐ達成されそうなところまできている。
しかし、自身の身体が回復しなければ、ここから先には進めないのだ。
(早く……このリハビリを終えないと……)
兄探しには多くの人が関わってきたことをセスもよく理解している。
ロビー以外にも目の前にいるモリタや現在の主治医もそうであるし、メディットの副院長であるアイネスもそうだ。
古い情報を閲覧することを認めてくれたオイゲン、そしてその情報を解読してみせたユニヴァース……
セスの頭の中に多くの人々の姿が浮かんでくる。
あとは自身が回復すればよい。
協力してくれた人々のためにも、セスは心から回復したい、と思っている。
「あ、あ~あ」
セスの声に反応して、目の前のモニタが緑色の丸印を表示した。
「発音が正しくできている」という意味を示すサインである。
「よっしゃ!」
ロビーがモニタを見て歓声をあげた。
部屋の中に青年のぎごちない声が響いた。
セスのリハビリが開始されてから、一〇日余りが経過していた。
「とぉえんてぃ? ず」の三人、レイカ、ロビー、モリタが入れ替わりでセスの病室を訪れ、リハビリを手伝っている。
右手の動きはまだまだだが、声は多少出るようになってきた。先ほどの声はセスのものだ。
ロビーとレイカの提案でセスが話すことができるようになってから「タブーなきエンジニア集団」と接触することを決めた。
やはり、この切実な状況をセスの口から伝えてこそ、「タブーなきエンジニア集団」に訴えるものがあるだろう、と判断したのだ。
三月二八日の午後、セスの病室には「とぉえんてぃ? ず」の三人と、レイカ、ロビー、モリタの六人が集まっていた。
誰かが一緒にいたほうが、リハビリの進みが速いようだ、という医師の言葉から全員が集まるようにしたのである。
セスのリハビリは右半身と言葉とが並行で進められている。
右半身のほうは、ようやく自分の意思で腕を上下できるようになったところだ。腰から下はほとんど異状がなかったので、今は問題がない。
計画と現状を比較すると、右半身はほぼ予定通りだが、言葉のほうがやや遅れている。
「タブーなきエンジニア集団」と接する以上、言葉の方が優先される状況においては少々困った事態である。
そこでロビーが医師と相談し、言語のリハビリでの有効な手立てを求めた。その結果、可能な限り多くの親しい者をリハビリに同席させることとなったのだ。
セスは落ち着いた様子でリハビリを受けている。
彼は現在、表情でしか自分の意志を伝えることができない。
文字を書こうにも利き手はようやく上下させることができる程度だし、声も言葉として発することができない。
ロビーなどが聞いていると、セスの発音は母音すらはっきりしない。
一方、セスは周りにロビーたちがいるのを見て安堵している。
医師は信用できるものの、セスから見ればやや恐ろしい存在である。
セスとの付き合いがそれほど長くないのが主な原因で、セスのことをどれだけ理解しているかがよくわからないからだ。
ロビーやモリタなどがリハビリに同席してくれれば、セスにとっては心強い。
特にロビーは必要に応じて医師に意見もするからありがたい存在だ。今のセスには言葉で意志を伝える能力がないのだから。
右半身と言葉が不自由だとはいえ、セスの意識は明確であり、意識の中では正常に言葉を紡ぐことができる。
だが、それを正確に伝えられないのがもどかしい。それどころか誤って捉えられることもあり、意に反した対応をされるのは不安がある。
セスとしては、間違った解釈による対応で重大な事態が訪れるのを警戒せざるを得ない。
セスは担当医の医師としての能力にはまったく疑念を抱いていない。
しかし、言葉を正常に発することができない者の意思を正確に捉える能力についてはよくわからないのだ。
それがセスの不安の種である。
今のところ意志が正確に伝わらなかったことで重大な結果を招いたことはない。
それでも心配があることには変わりがないのだ。
自分で心配の種を生み出すことを止められればよいのだが、どうやらセスはその能力があまり高くないようだ。
足を動かしたり、左手で文字を書いて筆談することも試みたが、どちらも思うようにはいかなかった。
現在のところ緊急の場合は左手でベッドを叩き、携帯端末を持ってきてもらって、キーボードで意思を伝える方法が最終手段になっている。
しかし、この方法に頼るとリハビリが遅れるから、ということであまり使用を認めてもらえない。
伝えたいことが伝えられないもどかしさがリハビリを劇的に進める、という医師の意見は理解できる。
一日でも早く、彼の兄の可能性があるウォーリーとも話をしてみたい。
また、医師はほとんどセスに付きっきりで対応してくれる。
それもセスにとって、リハビリを急ぐ理由になる。
ロビーがいるのも心強い。
現在、周辺にいる人物でセスがもっとも信頼しているのが彼である。
セスとは職業学校の同級生であるが、ロビーはセスより二歳年長である。セスにとっては同級生ながら面倒見の良い兄貴分のような存在である。
ロビーはセスの兄探しに職業学校時代から協力してくれている。
そして、その目的はもうすぐ達成されそうなところまできている。
しかし、自身の身体が回復しなければ、ここから先には進めないのだ。
(早く……このリハビリを終えないと……)
兄探しには多くの人が関わってきたことをセスもよく理解している。
ロビー以外にも目の前にいるモリタや現在の主治医もそうであるし、メディットの副院長であるアイネスもそうだ。
古い情報を閲覧することを認めてくれたオイゲン、そしてその情報を解読してみせたユニヴァース……
セスの頭の中に多くの人々の姿が浮かんでくる。
あとは自身が回復すればよい。
協力してくれた人々のためにも、セスは心から回復したい、と思っている。
「あ、あ~あ」
セスの声に反応して、目の前のモニタが緑色の丸印を表示した。
「発音が正しくできている」という意味を示すサインである。
「よっしゃ!」
ロビーがモニタを見て歓声をあげた。
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