ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第七章

288:ユニヴァース、ポータル・シティを訪れる

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 LH五一年三月一四日、「はじまりの丘」の麓に居を構えるフェイ・イヴ・ユニヴァースは、実に一三年ぶりにポータル・シティの中心部に足を踏み入れていた。
 かつて「海岸エリア」と呼ばれていたこの地で、彼は他人に雇われる形で仕事をしていた。彼が他人に雇われて仕事をしたのは、このときが最初で最後である。
 彼が目指す先はOP社の本社ビルであった。
 道行く人々が彼のいでたちを見て驚きの声をあげたり、慌てて道を空けたりする。
 無理もない。彼はスーツ姿で馬に跨っていたのである。

 ポータル・シティのような都会で馬に跨って移動する者は稀有な存在である。
 サブマリン島に馬がいない訳ではないが、数は多くないし、人を運ぶ手段として用いられているものではない。農業地帯で大量の荷物を輸送する際に利用されるか、あとは大部分が食肉用である。

 ユニヴァースは人々の視線が気にならないのか、平然と馬を進めている。
 馬での移動はOP社のルールでも禁じられていないため、街に点在するOP社治安改革センターの職員たちも茫然とユニヴァースが通り過ぎるのを見守るだけだ。
 今のところ他者に危害を加えていないので、治安維持の目的でもOP社はユニヴァースに手出しができないのだ。

 しばらく馬を歩かせるとユニヴァースの視界に巨大なビルの姿が入ってきた。目的のOP社本社ビルである。
 目的地が見えてきても、ユニヴァースは馬を急がせることをしない。
 たっぷりと一〇分ほどかけて、ビルの入口にたどり着いた。
 ビルの前の街路樹に馬を繋ぎとめると、ユニヴァースは単身、入口へと向かっていった。
 受付を見つけツカツカと歩み寄ると、ユニヴァースはポケットから折りたたまれた紙を取り出し、それを広げて一人の受付嬢に手渡した。

 OP社の受付は社内から選りすぐりの美人を集めているということで評判である。この日ユニヴァースの前に姿を見せている三人の受付嬢も例外ではなかった。
 社長のハドリはことのほか受付嬢には厳しく、徹底した礼儀作法の教育を施してから現場に送り出す。その教育は毎日深夜まで及び、想像を絶する厳しい選抜が繰り返されるという。
 また、受付嬢として現場に出てからも安心はできない。
 何かミスや不始末でもあればその地位を追われ、再び教育を受けるだけの立場に逆戻りさせられることもある。OP社社内でも屈指の厳しい業務とさえ言われている。
 こうした事情を知らないのか、ユニヴァースは超然たる態度で彼女らに接しており、その姿がかえって異様に見えるほどであった。
 ユニヴァースから紙を受け取った受付嬢は、「アポイントメントはございますか?」、とユニヴァースに問いかけた。
 マニュアル通りの対応であるが、奇をてらう場面ではない。むしろユニヴァースのいでたちに狼狽えたりしたらハドリからの容赦ない叱責を受ける可能性が高い。
 ユニヴァースが、
「ヤマガタ君に招待されたのです! そのメールに書いてあります」
 と強い調子で言い返したので、受付嬢はかしこまってヤマガタと連絡を取りだした。
 それを見た他の受付嬢たちがほっと胸をなで下ろした。
 厄介な相手に当たらなくてよかった、と彼女たちの顔には書いてあった。
 受付嬢たちには今回の対応が正しいか判断がつかなかった。
 つまり、もしハドリが今回の対応に問題ありと判断した場合、処分の対象となる可能性があるのだ。受付の仕事をする者としてそれは避けたい事態だった。
 少ししてヤマガタから応接室に案内して欲しいと回答が得られたので、それに従い受付嬢がユニヴァースを応接室へと案内した。
 案内した受付嬢の顔は引きつっていたが、ユニヴァースは気付かないのか悠然と応接室へと向かっていった。

 ユニヴァースは案内された応接室でソファに腰掛けて相手を待った。むすっとした顔で入口をじっと見据えている。彼にとって腹に据えかねる状況のようだ。
 しばらくするとヤマガタが一人で入ってきた。
「五分待ちました」
 ユニヴァースがヤマガタを制して言った。その口調は棒読みに近いものであったが、ヤマガタがすぐに来なかったことを責めているのには間違いない。
 ヤマガタは申し訳ないと頭を下げたが、その心中は釈然としなかった。
 こちらは大企業なのだし、こちらの事情も理解してくれ、という気持ちだったのだ。
 しかし、すぐにユニヴァースがこのような人間だということを思い出した。
 ユニヴァースはアポイントメントを取っていなかったのだから、ヤマガタがすぐに出てこられなかったのも無理はない。それでも、すぐにヤマガタが出てくると考えているあたりがユニヴァースらしいといえばそうなのだが。
 ヤマガタが最初に切り出す。
「わざわざ出向いていただく形になって申し訳ありません。ところで、弊社の社長が『フジミの大虐殺』に関する情報を得たいと考えているのですが、あなたは確かこの事件を調べていると聞いています。その背景とかに関する情報があれば教えていただきたいのですが……」
「……」
 依頼内容を聞いたユニヴァースは大して興味がないと言わんばかりの視線をヤマガタに向けた。
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