ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第七章

287:アイネスの戦い

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 メディットの副院長ヴィリー・アイネスは、セスとウォーリーの症状を比較しているうちにこれらが類似していることに気付いた。
 (早急にウォーリー・トワ氏に検査に来る様、伝えねば……)

 アイネスはここで二つの可能性を考えていた。
 ひとつは、ウォーリーを検査することでセスの治療方法が見つけられる可能性である。
 そしてもうひとつは、ウォーリー自身が致命的な状態になる可能性である。
 前者を実現し、後者を回避するのが自身の義務であるようにアイネスには思われた。
 アイネスにはウォーリーと直接接触する手立てがないので、メディットと同じジンに滞在する「タブーなきエンジニア集団」のメンバーと接触することに決めた。

「……つながらない、か……」
 アイネスは早速「タブーなきエンジニア集団」の事務所に通信で連絡を入れたが、誰も出なかった。
 仕方なく、折り返しの連絡を入れるよう「タブーなきエンジニア集団」の受付に向けてメッセージを送付した。
 いつ連絡があってもいいように、アイネスは病院に泊り込むことにした。泊まり込むのには慣れている。
 ソファに腰掛け、セスとウォーリーのことを考える。
 大して広くもないこの地で血縁の者を探すのに何故、これほどの苦労が必要なのだろうか?
 アイネスは過去から現在に至るサブマリン島の状況に怒りを覚えていた。

 かつて、この地にある各都市は地元の有力者がばらばらに住民を管理していた。
 当時は一部の例外を除いて有力者間の交流は少なかった。
 また、管理のレベルもまちまちで、住民の氏名すら把握していない有力者も多かった。
 OP社が司法警察権を掌握してからは管理の面で少しはましになっている。
 しかし、それでも未だ住民の管理が十分とは言いがたい。
 こうした管理ができていないことで、メディットでも問題になるケースがある。
 地球から宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」に移住してきた世代は、七〇代の者が多い。
 老齢期にある彼らのうち、メディットで人生の終末を迎える者は少なくない。
 アイネスは人生の終末くらいは身内の者に看取って欲しいと思うのだが、実際は独りで亡くなる者も多い。
 「ルナ・ヘヴンス」から脱出し、この地で安住の地を探す放浪の旅に出た際、家族が離れ離れになったケースも数多くある。
 だが、こうしたケースで家族が再会できたケースはあまり多くない。
 独りで亡くなる老人には、こうして家族が散り散りになった者が多いのだ。
 亡くなる本人が望まなければ問題ないのだが、実際には亡くなるまでに家族と会うことを望むケースが多い。
 また、骨髄などのドナーを探す際も近親者の情報が適切に管理されていれば、探す労力が小さくなる。この場合は相手側に提供の意思があるかが問題になってくるが。
 現在も白血病などの患者で、ドナーを探している間にメディットで亡くなるという者も少なくないのだ。

 都市横断的に住民の情報を管理し、これらの情報を適切に活用する仕組みがあれば、こうした悲劇は激減したはずだ。
 それを有力者の都合で住民情報の管理や活用を放棄するなど、権力者の怠慢としかアイネスには思えない。
 OP社のような圧政ともいえる監視は論外である。人命を軽視する組織に住民の管理を任せる訳にはいかない。

 二年ほど前にOP社が「エクザローム防衛隊」なるテロリスト集団の残党を処断する際、周辺に犠牲が出るのを承知の上で、残党の潜むアパートを建物ごと爆破したことをアイネスは鮮明に覚えている。
 あのとき、アイネスは身体を張ってでもOP社の動きを止めるべきだったと後悔している。
 実際には身体が動かなかった。行動すべきときに、行動できなかったことが悔やまれる。
 (OP社のような好戦的な組織では駄目だ。平和を愛し、自らを厳しく律する組織が住民の管理をしなければ……)
 そうであるならば、孤独にメディットで亡くなる老人も減るであろう。ドナーを待っている間に亡くなる患者も減るに違いない。

 セスの場合はこれらのケースと多少事情が異なるが、それでもこれほどまで兄の捜索に苦労することはなかったように思われる。
 そして、現在セスが兄と思われるウォーリー・トワと会い、事実を確認するための障害にもOP社が含まれている。
 アイネスが見る限り、セスにはそれほど命数が残されていない。
 あと一、二回大きな発作があれば、その時点で助かる見込みはほとんどないような容態である。
 医師としてはセスを助けた上でウォーリーとの兄弟関係を証明したい。
 個人としては何とかこの兄弟を引き合わせてやりたい。
 まずは、医師としてセスの命を少しでも永らえさせること、そして可能であれば助けること、これが当面のアイネスの義務である。

 (余計な事は考えるな。まずは、彼を助けるのだ……)
 アイネスはソファで姿勢を正し、「タブーなきエンジニア集団」からの連絡を待ち続けた。
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