ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
288 / 436
第七章

280:戻ってはきたものの……

しおりを挟む
 手術室から程近い第二ICU (集中治療室)では、手術を終えたセスが寝かされていた。
 セスの意識はまだ戻っていない。
 (何が起きているのだろう……?)
 セスは目の前がぼんやりと明るくなってくるのを感じた。
 徐々に感覚が戻ってくると共に、急激な寒気が彼を襲う。
 身体が言うことをきかず、小刻みに震えてくるのを感じたところで、意識が完全に戻った。

 目を開くと、二人の看護師が彼を囲んで何やら機械のようなものをセットしているのがおぼろげに見えた。
「……す、すみません……ものすごく寒いんですけど……」
 セスは一人の看護師に向かって、かすれる声でそう言ったつもりだった。
 しかし、看護師はそれには気付かない。
 セスですら、自分の声が言葉として伝わらないように思えた。正常な発音ができていないのだ。自分ですら何を言っているのかよくわからなかったのだ。

 意識ははっきりしている。だが、身体の感覚は意識を失う前の自分と異なるようにセスには思えた。
 (左手は……大丈夫だ)
 最初に左手を動かしてみたが、こちらは思い通りに動く。
 (右手は……?! わからない……)
 問題は右手だ。こちらがまったく彼の意思に従わない。
 肩から下が無くなったような感覚さえ覚える。
 (ま、まさか?!)
 ぞっとして、セスは思わず右腕のある位置を見やった。首はゆっくりと動かせる。
 右腕は完全な姿で存在していた。目ではそれを確認できるのだが、どうしてもそれが自分のものだとは思えない感覚がある。
 (腕はどうしたのだろう……寒いよ……)
 腕に意識を向けていても震えは止まらない。とにかく寒いのだ。

「大丈夫ですかー? 今毛布をかけますからね」
 ようやく看護師の一人がセスの状態に気付いて、毛布をかけた。
 それまでにも数枚の毛布がかけられていたのだが、その上に更に毛布を重ねたため。セスの姿は毛布の着ぐるみのようですらあった。
 毛布が増えたためか、それとも別の理由かはわからなかったが、ようやく寒さが落ち着いてきたようにセスには感じられた。

 セスの意識が戻ったとの連絡を受けて主治医が飛んできた。
 主治医は手術の概要と今後の予定を説明した。
 退院するまで二ヶ月くらいかかるだろう、というところでセスの背筋が凍りついた。
 数ヶ月前まで長期入院していたのに、再び長期の入院である。
 治療をしているとはいえ、それが効を奏したとは考えにくい。
 (もしかしたら、このまま死んでしまうような病気なのではないか?)
 セスの考えはそこに至った。
 必死でセスは自分の疑問を伝えようとしたが、どうしても明瞭に言葉を発音できない。
 セスは自分の症状が現在の医療では根治できないことを知らされていない。
 ところが、彼は想像の翼をめちゃくちゃに羽ばたかせた結果、正しい結論にたどり着いてしまったのである。
 主治医の説明を聞いてはいるものの、セスは自分が近いうちに死を迎える可能性があるという考えの方に意識を向けている。
 相手に伝わる言葉を発することはできないようだし、筆談をしようにも利き手の右手がまるで動かない。
 自由になる左腕には何本かの点滴用のチューブが繋がっている。
 主治医の話によれば、右半身の麻痺が多少あるので、リハビリで治していきましょう、ということらしい。
 その説明には納得できたものの、今度は医学的な面以外での不安が湧き起こってくる。
 ロビーやモリタは来てくれるだろうか?
 回復するまで、ウォーリー・トワ氏は無事だろうか?
 今後、ECN社の協力は得られるのだろうか?
 セスはあれこれ想像を膨らませていたが、それを言葉にすることもできない。
 主治医に彼の意思は伝わらないのか、医師は一通りの説明を終えると看護師にいくつかの注意を与えて部屋を出て行った。

 二人の看護師も作業を終えるとICUを出て行き、セス一人が取り残された。
 どうやら手術の影響で、二ヶ月はメディットを出られないらしい。
 手術が遅れれば、致命的な結果になった可能性もあると指摘されたから、かなり重大な症状だったのだろう。
 具体的な症状や手術内容は説明されなかった。手術直後ということでセスの身体を気遣ったのか、精神面を気遣ったのかは判断がつかない。
 兄らしき人物に会える数歩手前までは到達できたのに、自分の身体のことで足止めをされるのはセスとしても腹立たしい。
 誰かに当り散らしたい気分にもなるのだが、親しい人間はここにはおらず、一人取り残されているのだ。
 自分が動けないのなら……相手に来てもらう方法もある。
 しかし、セスにはどうすればウォーリーに来てもらえるかわからない。
 ウォーリーの連絡先も知らないのだから。

 このジンの街に「タブーなきエンジニア集団」の幹部が滞在していることは、セスもニュースなどを見て知っている。
 彼らと接触してみるという手もある。
 このためには、ECN社の内規で「タブーなきエンジニア集団」との接触が禁じられていることがネックとなる。
 セスは更に思考を進めようとしたが、寒気が治まらないのと手術の疲労からか考えが具体的な形にならない。
 何とか形にしようとする努力も空しく、そのまま眠りに落ちてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...