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第七章
279:手術の終わり
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「私のことは自分だけのことだからいいのよ。カネサキは他人に迷惑かけているじゃない!」
「大量に冷蔵庫に残されたビンが誰にも迷惑をかけてないとでもいうの? そこまでの図太さやズボラさは私にはないわよ。こっちは最終的には正しい本数になるのだしね」
更にカネサキのズボラさを指摘したオオイダに、カネサキがやり返した。あまりレベルの高い言い争いとは言えない。周囲の者達は二人のやり取りを冷ややかに見守っている。
「カネサキだって……」
それに対してオオイダが何か言い返そうとしたとき、コナカが中に割って入った。
「あのぅ、お二人とも。病院ですから静かにしたほうがいいかと……」
コナカに分けられたカネサキとオオイダがよろける。
コナカはとりたてて大柄でもないし、ごくありふれた女性の体型なのだが、見かけによらず力がありそうだ。カネサキが力仕事に彼女を使っていたのも理解できる。
「あ……オオイダ、アンタが余計なことを言うから」
「カネサキが余計なことを言ったからでしょう?」
「まだ手術が続いていますから、静かにしてくださいね」
「……わかった」
「……はい」
コナカの冷ややかな笑みにカネサキとオオイダがたじろいだ。
「大したものだな」
ロビーが感心した様子を見せた。
「あまりうるさくすると迷惑になってしまいますから……」
ロビーに答えるコナカの言葉はゆっくりだ。表情もいつものそれに戻っている。少し照れているように見えるのはあまり褒められるのに慣れていないからなのかもしれない。
コナカは「とぉえんてぃ? ず」の三人の中では最年少の二四歳なのだが、一番落ち着いて見える。
彼女のことを「とぉえんてぃ? ず」唯一の常識人、という者もいるのだが、カネサキとオオイダが圧倒的に声が大きいため、単に目立たない存在になってしまっている面も否めない。
そうこうしているうちに、いつの間にか手術中のランプが消えた。
「終わった?!」
最初にそれに気づいたモリタが声をあげた。
廊下にいる六人に緊張が走った。
手術室のドアが開き、セスの主治医がふらりと出てきた。長時間の手術だったためか、疲労の色が隠せない。
レイカが時計を確認したところ、手術時間は七時間を超えている。
「成功しました。あとは……患者の体力次第です」
「よかった……」「無事だったか……」
主治医の言葉に一同が安堵の息を漏らした。
主治医の後にアイネスが手術室から出てきた。こちらにも疲労はうかがえるが、背筋をピンと伸ばして隙の無い姿勢を見せている。
「イナ社長、よろしいでしょうか?」
アイネスはオイゲンを呼び止め小声で明日に詳しい話をする旨を伝えてきた。
既に時刻は午後九時を回っていた。
オイゲンはセスが無事に手術を受けられた環境に対して、父とメディットに感謝した。
オイゲンの母親は彼が物心つかないLHニ四年に病死している。
当時はエクザロームに人が居住するようになって一〇年も経っていない時期で、人々が満足に医療を受けられる状況になかった。それがこの地における最大の企業の社長夫人であったとしても。
ポータル・シティの東部に隣接しているジンに巨大医療機関メディットが設立されたのはこの翌年である。
それまで分散していた医療資源を集中管理するだけではなく、医療従事者の育成も行う。これにより、医療資源をサブマリン島に安定供給するのが狙いだった。
ECN社は社長カズト・イナの主導のもとに、メディットの設立に多額の資金を提供しただけではなく、毎年売上の約一.五パーセントに相当する額を運営資金として提供した。
これはオイゲンの代になっても引き継がれている。ECN社の資金が全てではないが、メディットは医療機関としてだけではなく、医療従事者の育成機関として多くの人材も輩出してきた。
その結果、サブマリン島では十分とは言えないものの、主要都市周辺では一定水準の医療を受けることができるようになったのだ。
それまでは医療を必要とする者を医療機関につなぐことすら困難な場所も少なくなかった。
都市部ですら、有力者とのつながりが無い者が医療を受けることができない地域が多く存在していたくらいだ。
メディットが設立されたLHニ五年は食料の供給が安定しだした時期であった。
食うのに困らなくなってようやく医療の充実に意識や資源を割り当てることができるようになったのだった。
オイゲンはメディット設立の経緯を亡き父から度々聞かされていたので、セスが無事に手術を受けられたときに父とメディットに意識を向けることができたのである。
セスは集中治療室に入れられたため、この日は付き添いの全員が一旦帰宅することとなった。翌日にオイゲンとロビーがメディットに赴き、主治医とアイネスの話を聞く予定だ。
カネサキをはじめとした「とぉえんてぃ? ず」の三人が、明日以降セスに付き添いたいと申し出た。
オイゲンは「本社事務所に必ず一人以上が残ること」を条件にこれを許可した。
「大量に冷蔵庫に残されたビンが誰にも迷惑をかけてないとでもいうの? そこまでの図太さやズボラさは私にはないわよ。こっちは最終的には正しい本数になるのだしね」
更にカネサキのズボラさを指摘したオオイダに、カネサキがやり返した。あまりレベルの高い言い争いとは言えない。周囲の者達は二人のやり取りを冷ややかに見守っている。
「カネサキだって……」
それに対してオオイダが何か言い返そうとしたとき、コナカが中に割って入った。
「あのぅ、お二人とも。病院ですから静かにしたほうがいいかと……」
コナカに分けられたカネサキとオオイダがよろける。
コナカはとりたてて大柄でもないし、ごくありふれた女性の体型なのだが、見かけによらず力がありそうだ。カネサキが力仕事に彼女を使っていたのも理解できる。
「あ……オオイダ、アンタが余計なことを言うから」
「カネサキが余計なことを言ったからでしょう?」
「まだ手術が続いていますから、静かにしてくださいね」
「……わかった」
「……はい」
コナカの冷ややかな笑みにカネサキとオオイダがたじろいだ。
「大したものだな」
ロビーが感心した様子を見せた。
「あまりうるさくすると迷惑になってしまいますから……」
ロビーに答えるコナカの言葉はゆっくりだ。表情もいつものそれに戻っている。少し照れているように見えるのはあまり褒められるのに慣れていないからなのかもしれない。
コナカは「とぉえんてぃ? ず」の三人の中では最年少の二四歳なのだが、一番落ち着いて見える。
彼女のことを「とぉえんてぃ? ず」唯一の常識人、という者もいるのだが、カネサキとオオイダが圧倒的に声が大きいため、単に目立たない存在になってしまっている面も否めない。
そうこうしているうちに、いつの間にか手術中のランプが消えた。
「終わった?!」
最初にそれに気づいたモリタが声をあげた。
廊下にいる六人に緊張が走った。
手術室のドアが開き、セスの主治医がふらりと出てきた。長時間の手術だったためか、疲労の色が隠せない。
レイカが時計を確認したところ、手術時間は七時間を超えている。
「成功しました。あとは……患者の体力次第です」
「よかった……」「無事だったか……」
主治医の言葉に一同が安堵の息を漏らした。
主治医の後にアイネスが手術室から出てきた。こちらにも疲労はうかがえるが、背筋をピンと伸ばして隙の無い姿勢を見せている。
「イナ社長、よろしいでしょうか?」
アイネスはオイゲンを呼び止め小声で明日に詳しい話をする旨を伝えてきた。
既に時刻は午後九時を回っていた。
オイゲンはセスが無事に手術を受けられた環境に対して、父とメディットに感謝した。
オイゲンの母親は彼が物心つかないLHニ四年に病死している。
当時はエクザロームに人が居住するようになって一〇年も経っていない時期で、人々が満足に医療を受けられる状況になかった。それがこの地における最大の企業の社長夫人であったとしても。
ポータル・シティの東部に隣接しているジンに巨大医療機関メディットが設立されたのはこの翌年である。
それまで分散していた医療資源を集中管理するだけではなく、医療従事者の育成も行う。これにより、医療資源をサブマリン島に安定供給するのが狙いだった。
ECN社は社長カズト・イナの主導のもとに、メディットの設立に多額の資金を提供しただけではなく、毎年売上の約一.五パーセントに相当する額を運営資金として提供した。
これはオイゲンの代になっても引き継がれている。ECN社の資金が全てではないが、メディットは医療機関としてだけではなく、医療従事者の育成機関として多くの人材も輩出してきた。
その結果、サブマリン島では十分とは言えないものの、主要都市周辺では一定水準の医療を受けることができるようになったのだ。
それまでは医療を必要とする者を医療機関につなぐことすら困難な場所も少なくなかった。
都市部ですら、有力者とのつながりが無い者が医療を受けることができない地域が多く存在していたくらいだ。
メディットが設立されたLHニ五年は食料の供給が安定しだした時期であった。
食うのに困らなくなってようやく医療の充実に意識や資源を割り当てることができるようになったのだった。
オイゲンはメディット設立の経緯を亡き父から度々聞かされていたので、セスが無事に手術を受けられたときに父とメディットに意識を向けることができたのである。
セスは集中治療室に入れられたため、この日は付き添いの全員が一旦帰宅することとなった。翌日にオイゲンとロビーがメディットに赴き、主治医とアイネスの話を聞く予定だ。
カネサキをはじめとした「とぉえんてぃ? ず」の三人が、明日以降セスに付き添いたいと申し出た。
オイゲンは「本社事務所に必ず一人以上が残ること」を条件にこれを許可した。
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