ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第六章

273:張り切る自称「お姉さん」

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 ハモネスへ向かう街道を若い男女が曳くソリが進んでいく。
 ソリの動きは滑らかに見えるが、街道には小さな凸凹があるから、意外に大きな音をたてている。また、細かい振動もある。

「あ、あの……酔っちゃいそうなんですけど……」
「コナカ! もうちょっと丁寧に引っぱって! クルス君が酔っちゃうから!」
 ソリに寝かされたセスのか細い抗議に、カネサキが慌てて前に向かって叫んだ。
「わかりました、すみません」
 コナカが素直に従ったのを見て、隣のロビーが納得できない、という表情で話しかける。ソリを曳くのはこの二人だ。
「おい、コナカさん。いくら先輩とはいえあんなこと言われて、腹が立たないのか?」
 コナカは静かに首を横に振った。
「私がミスしちゃったのですから……」
「馬鹿正直と言うか素直と言うか、気が知れん」
「多分、馬鹿正直のほうですよ」

 ロビーとコナカの身長差は三〇センチ以上あるから、ロビーはコナカを見下ろすようにして話をしなければならない。
 それでも話をしたのは、カネサキのテンションにあきれたのと、コナカの反応が意外だったからということからだ。
 普段、セスやモリタといった口が回る友人と接しているせいか、口数の少ないコナカのような人間が珍しく感じる。
 ロビーがここ数年接触した人間で、もっとも口数が少ないのは、ECN社社長秘書のメイ・カワナだ。彼女の場合は極度の対人恐怖症であり、口数が少ないというランキングに入れること自体に無理があるように思われる。
 それを除けばコナカがもっとも口数が少なく、自己主張をしていないように見える。

 メディットで一緒に仕事をやりはじめた頃、コナカは多少人見知りをする素振りを見せていた。
 しかし、時間が経過するに連れて人見知りも解消され、誰とでも普通に話をするようになっている。
 カネサキ、オオイダという二人の自己主張の強いメンバーに囲まれているせいか、コナカは目立たない存在であるが、それでいて違和感を与えないところがある。
 珍しい人もいるものだね、と思いながらロビーはソリを曳いていた。
 すると、また後ろからカネサキの声が飛んだ。
 今度は後ろに向けてのようだ。
「オオイダ! あんまり遅れると置いて行っちゃうからね! ちゃんと団体行動とらないとダメじゃない!」
「ちゃんと見える位置にいるじゃないの! 少しは静かにしないとクルス君が可哀想よ!」
 オオイダの反論にカネサキはセスに「ごめんね」と声をかけた。
 そして、「オオイダ、私が怒鳴らなくてもいいように、もう少し近くを歩きなさい!」と叫ぶ。
 オオイダはしぶしぶながら、カネサキの指示に従った。
 肝心のセスはというと、「そんなに慌てなくてもいいですよ」と言いながら笑顔を見せていた。
 実のところは、カネサキの大声に辟易しかけていたのだが、自分を気遣っての指示だったので、無理に止めることができなかったのだ。
 揺れはカネサキがコナカに注意したせいか、十分我慢できる水準になっていた。
 ソリの底と路面とがこすれて発する音はうるさいが、我慢できないほどのものでもない。
「セス! このペースならかなり早く着けそうだぞ!」
 ロビーの声が前のほうから聞こえてきた。
 確認すると車椅子を押すのと比較して、三倍くらいの速度で進んでいるようだ。
 これならば、あと五日ほどでハモネスに到着できる。
 到着後、セスはジンにある医療施設メディットで診察を受けることになっている。
 残っている薬の量からあまり時間的な余裕はないが、まずはハモネスに到着することが先だ。
 ハモネスからメディットのあるジンまでは鉄道で三〇分程度だから、ハモネスに到着さえできればよい。
 メディットで検査を受け、薬をもらったらいよいよ兄とされるウォーリー・トワのいるインデストへ向かうつもりだ。
 ハモネスやポータル・シティなどからインデストまではかなり遠い。ハモネスから「はじまりの丘」までの距離の倍近くであり、途中の移動は相当な困難が予想される。
 セスに不安が無いわけではない。
 材料を考えれば、いくらでも思いつくくらいに不安はある。
 セスの表情を見たカネサキが心配そうに声をかける。
「大丈夫なの?」
「あ、大丈夫です。考え事をしていたので……」
「何か悩み事とかあったら、お姉さんに相談なさい。伊達に年食っているわけじゃないんだから」
「あ、いや、大丈夫です」
「何事も一人で抱えちゃダメだからね。人が多いところで話しにくいのなら、場所だって考えるから」
「あ、そのときはぜひお願いします、カネサキさん」
「任せておきなさい!」
 カネサキの言い草に、セスの顔から思わず笑みがこぼれた。

 メディットへ戻り、準備が整ったら……
 いよいよ次はセスの兄探しの最終ステップになる。
 サブマリン島を駆けずり回った旅もいよいよ最後になるのだ。
 「はじまりの丘」から戻る旅はまだ終わっていない。
 だが、セスの心は「はじまりの丘」とハモネスやメディットとの間にはなかった。
 (次が……いよいよ最後のステップになる……
 兄さん、ウォーリー・トワさんに会ったら、何て挨拶をしようか……)
 セスは早くも次の旅に想いを馳せるのであった。
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