ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第六章

271:迎えは「とぉえんてぃ? ず」

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 ロビーはセスの車椅子を押しながら、ハモネスまでの道を進んでいた。その後ろにはモリタの姿もある。
 三人は無言で南に向かって歩を進めている。言葉を発していないのは、主に疲労のためであった。

 「はじまりの丘」の麓にあるフェイ・イヴ・ユニヴァースの館を出発してから既に一〇日が経過している。
 セスはこの道中で二一回目の誕生日を迎えた。
 二一歳になったからといって特に変わったことなどないのだが、思えばこの三年ほどは兄を探してサブマリン島北西部をあちこち動き回ったのだなとセスは感慨にふけっていた。
 そのような点からは、実に密度の濃い三年だったかもしれない。
 兄のルーツを求めて彷徨ったこの三年で旅は折り返し点を過ぎたところに達していた。
 折り返し点を過ぎたところの最初の旅となるこの旅の道は思ったように進まず、予定より二日程度遅れてはいるが、行きほど切羽詰った状況にはなかった。

 一方でECN社本社から、応援も向かっている。
 通信で話したところ、応援部隊は総務部のアケミ・カネサキが中心になっているらしいことがわかった。
 オイゲンと同い年のキャリアウーマン風のこの女性従業員は何故かセスがお気に入りのようで、事あるたびにセスに絡んでこようとしている。
 今回もセスが絡んだ話なので、真っ先に飛びついてきたのだろうとロビーやモリタは考えている。
 一〇歳も年下のアルバイトを捕まえてどうするのだか、というのはモリタの弁だが、それを聞いたロビーは笑いを堪えることができなかった。
 セスに関してはロビーもモリタもその内心を図りかねている。
 しかし、邪険に扱わないところを見ると、カネサキに対してそれほどマイナスイメージを抱いているということはなさそうだ。
 そのカネサキたちが、もうすぐ合流するらしい。

 カネサキたちはハモネス側から街道を北上している。
 街道は広いところでも幅が五メートルもないから、街道から外れない限りどこかで彼女らとぶつかるはずである。
 カネサキたちはロビーやモリタ以上にこの道に不案内だったから、こまめに連絡を取り合いながら、現在位置を確認している。

 街道の脇には石で作られた表示板がおおよそ三キロメートルおきに設置されている。
 表示板には「はじまりの丘」から近い順に一、ニと番号が振られている。
 最後の番号は五〇であり、この表示板はハモネスから北に少し離れた位置に置かれている。都市の中には表示板は設置されていない。
 ところどころ数字が欠けている部分もあるのだが、これは災害などで表示板が失われたものであり、それが修復されていないためだ。

 一時間ほど前にカネサキから連絡があったとき、ロビーは「一九」の表示板を過ぎたところだった。道が悪いにも関わらず車椅子を無理矢理押して進んでいるので、その歩みは決して速くないのだ。
 カネサキたちはその時点で「二一」の表示板の前にいる、と言っていた。
 進む速度を考えればあと一時間ほどで合流できるはずだ。
 カネサキは先程の通信でセスに「秘密兵器を持ってきているから楽しみにしていて」と伝えてきた。
 「何を持ってくるのだか」と呆れ気味につぶやいたのはモリタだが、その表情は緩んでいるように見える。
 合流するメンバーには、ECN社の関係者でないにも関わらず、何故かレイカ・メルツまでいるためだ。
 カネサキが全てを明かしていないので、合流するメンバーの全容が正確にはわからないのだが、セス、ロビー、モリタの三人には大体の予想はついていた。
 レイカが混じっていたのは意外だったが、残りは職業学校からのカネサキの仲間、通称「とぉえんてぃ? ず」の残り二人、ユミ・オオイダ、サユリ・コナカなのだろう。
 カネサキ、オオイダ、コナカの三人をこう命名したのは、実はセスである。
 三人をまとめた呼称がないのを不便に感じて冗談半分で三人をそう呼んだのだ。
 何故がそれをカネサキとオオイダが気に入ってしまい、自ら名乗るようになった。

 このグループ名は、昨年末にカネサキが三一歳の誕生日を迎えたとき、オオイダから「もう二〇代じゃないんだから、往生際悪く居座ってないで、いいかげん脱退しなさい」と、からかいの材料にもなった。
 これに対してカネサキは、
「脱退なんて失礼な! 大人のいい女になるために『卒業』するのよ! 子供と一緒にしないでほしいわね!」
 と低レベルと言われかねない反論をしたものだった。

 セスが通信でこのやり取りを聞かされたのは、ユニヴァースの館に到着した直後だった。
 カネサキが憤慨し、ロビーとモリタが笑い転げる中、セスは茶目っ気たっぷりにこう答えたのだった。
「脱退も卒業も必要ありませんよ。クエスチョンマークがついているだもの。『かもしれない』って期待を持たせちゃいましょうよ!」
 この答えを聞いたカネサキは卒業を取り消し自ら「とぉえんてぃ? ず」のリーダーを名乗って、同僚の失笑を買いまくったのだった。普段は大人しいコナカまでもがオオイダに同調したくらいだ。
 もっとも、それを気にするような彼女ではないのだが。
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