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第六章
269:イナ一族が抱えるもの その2
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「ルナ・ヘヴンス」の軌道がずれたことが判明した翌日、カズト・イナが所属するチームの全員が借り出され、本格的な調査が開始された。
最初に問題が発見されたのは通信を制御するプログラムだった。
特定の文字列が流れると、それを「通信回路を一時閉鎖する信号」と誤認するという欠陥が発見されたのだ。
三日間の検討と検証の後、九月三〇日にプログラムの修正が実施され、通信の遅延は解消した。
しかし、翌日再び「ルナ・ヘヴンス」が軌道を外れた。
再びチームが原因究明と対応に借り出された。
真っ先にプログラムの修正が疑われたが、こちらには問題がないようだった。
機器と通信経路の確認も行われたが、異常は発見されなかった。
最初と異なり今回の調査は長引いた。
内容によっては重大な事態を招くため、チームは文字通り不眠不休で調査に当たっていたのだが、何一つ手がかりは得られなかったのだ。
第二次の調査が始まってから四日目の一〇月四日夕方、カズト・イナは一人である通信制御装置の前に立っていた。
制御装置には「本装置には手を触れないこと。異常発生ランプ点灯時は、速やかに中央管理室監視センターへ連絡のこと」と書かれた張り紙があった。
調査はチェックミスの防止のため三人一組になって実施されていたが、このとき他の二人は何らかの理由でこの場を離れており、カズトが一人で残されていた。
さすがに不眠不休の作業は堪える。睡魔に意識を飛ばされそうになりながら、彼は必死で身体を支えていた。
一瞬、睡魔に意識を奪われる。
その瞬間、身体のバランスを崩し、何かに足を引っ掛けた。
慌てて意識を取り戻して体勢を立て直すと、足の先に抜け落ちたケーブルが転がっているのが見えた。
(まずい! 何のケーブルだろう?)
辺りを見回すと張り紙のある通信制御装置に繋がっていたケーブルのうち、一本だけが抜け落ちていることがわかった。
(しまった! 早くもとに戻さないと!)
カズトがケーブルを拾い上げ、制御装置に繋ごうとした瞬間、「ルナ・ヘヴンス」が揺れた。
本来の軌道を外れ、いずこかへと投げ出されたからなのだが、カズトにそのことを認識するだけの余裕はなかった。
(俺はとんでもないことをしてしまったのか……?)
カズトは慌ててケーブルを本来の位置に繋ぎなおそうとしたが、手が震えてしまってうまくいかない。
それでも十数秒格闘して、何とかケーブルを繋ぎなおした。
「ルナ・ヘヴンス」の揺れも治まったようだ。
(何とか無事に終わったかな。それに他の誰にも見つからなかったようだ)
安堵の思いから、カズトは胸を撫で下ろした。
しかし、携帯端末から発せられた通信の着信音によってその思いは打ち砕かれた。
チームのメンバーが全員中央管理室に集められたのである。
そして、「ルナ・ヘヴンス」が本来の軌道を外れ、未だあらぬ方向へと移動を続けていることが発表されたのだ。
カズトは自分の過ちを報告しようと思ったのだが、対処が先だという声に押し切られ、報告のきっかけを失ってしまった。
まる一日対処のための行動がなされた。しかし、必死の努力も実らず、「ルナ・ヘヴンス」の軌道は修正されず、あらぬ方向へと飛びつづけている。
「ルナ・ヘヴンス」の中央管理室の行動は迅速だった。
「ルナ・ヘヴンス」が軌道を外れ、あらぬ方向に移動を開始してから一七分後には、ステーション内にこの情報を発表し、二時間おきに会見を開いては情報を提供していったのだ。
発表から二六時間後のLH元年一〇月五日二〇時に中央管理室は「ルナ・ヘヴンス」の軌道復帰断念を発表したのだった。
衛星軌道を外れた以上、地球や他の宇宙ステーションからの物資補給は望めない。
そこで、中央管理室は「ルナ・ヘヴンス」での自給自足を実現するために東奔西走した。
軌道制御システムを管理していたECN社も責任を認め、中央管理室に全面協力したのだった。
「ルナ・ヘヴンス」の中に中央管理室やECN社を非難する声がなかった訳ではない。
しかし、中央管理室とECN社の両者のトップが陣頭指揮を執り、自給自足のための活動を行っていたし、彼らは責任から逃げることを一切しなかった。
特に当時のECN社社長、ユウダイ・イナは寝る間も惜しんで活動した。
ECN社は総力を挙げて自給自足のためのプラントを構築するとともに、地球への帰還を目指すための航行エンジンの研究開発を行った。
その結果、ユウダイ・イナは「ルナ・ヘヴンス」が軌道を外れた一三年後に四八歳でこの世を去った。早世の原因が過労と心労にあったのは明らかであった。
幸か不幸かその後、表面上は中央管理室やECN社を責める声がそれほど大きくなることはなかった。
一時的に将来に絶望した者の自殺が増えたが、数年もすると多くの住民が落ち着きを取り戻したのだ。
しかし、例外もあった。
その一人がカズト・イナである。
自らの過失が重大な結果を招いた上、それを告白するタイミングすら失ってしまった。
彼は悶々とした日々を過ごしていた。
事実を話せば確実に糾弾される……
その恐れの気持ちが彼の事実を話す力を奪っていたのだ。
彼は、悩みの迷宮から抜け出せないまま、兄の死を迎え、そしてECN社の社長に就任した。兄は生涯独身で子も無かったからだ。
この後、「ルナ・ヘヴンス」の住民が新天地となる惑星にたどり着くまでには、更に五年近くの時間を要したのだった。
最初に問題が発見されたのは通信を制御するプログラムだった。
特定の文字列が流れると、それを「通信回路を一時閉鎖する信号」と誤認するという欠陥が発見されたのだ。
三日間の検討と検証の後、九月三〇日にプログラムの修正が実施され、通信の遅延は解消した。
しかし、翌日再び「ルナ・ヘヴンス」が軌道を外れた。
再びチームが原因究明と対応に借り出された。
真っ先にプログラムの修正が疑われたが、こちらには問題がないようだった。
機器と通信経路の確認も行われたが、異常は発見されなかった。
最初と異なり今回の調査は長引いた。
内容によっては重大な事態を招くため、チームは文字通り不眠不休で調査に当たっていたのだが、何一つ手がかりは得られなかったのだ。
第二次の調査が始まってから四日目の一〇月四日夕方、カズト・イナは一人である通信制御装置の前に立っていた。
制御装置には「本装置には手を触れないこと。異常発生ランプ点灯時は、速やかに中央管理室監視センターへ連絡のこと」と書かれた張り紙があった。
調査はチェックミスの防止のため三人一組になって実施されていたが、このとき他の二人は何らかの理由でこの場を離れており、カズトが一人で残されていた。
さすがに不眠不休の作業は堪える。睡魔に意識を飛ばされそうになりながら、彼は必死で身体を支えていた。
一瞬、睡魔に意識を奪われる。
その瞬間、身体のバランスを崩し、何かに足を引っ掛けた。
慌てて意識を取り戻して体勢を立て直すと、足の先に抜け落ちたケーブルが転がっているのが見えた。
(まずい! 何のケーブルだろう?)
辺りを見回すと張り紙のある通信制御装置に繋がっていたケーブルのうち、一本だけが抜け落ちていることがわかった。
(しまった! 早くもとに戻さないと!)
カズトがケーブルを拾い上げ、制御装置に繋ごうとした瞬間、「ルナ・ヘヴンス」が揺れた。
本来の軌道を外れ、いずこかへと投げ出されたからなのだが、カズトにそのことを認識するだけの余裕はなかった。
(俺はとんでもないことをしてしまったのか……?)
カズトは慌ててケーブルを本来の位置に繋ぎなおそうとしたが、手が震えてしまってうまくいかない。
それでも十数秒格闘して、何とかケーブルを繋ぎなおした。
「ルナ・ヘヴンス」の揺れも治まったようだ。
(何とか無事に終わったかな。それに他の誰にも見つからなかったようだ)
安堵の思いから、カズトは胸を撫で下ろした。
しかし、携帯端末から発せられた通信の着信音によってその思いは打ち砕かれた。
チームのメンバーが全員中央管理室に集められたのである。
そして、「ルナ・ヘヴンス」が本来の軌道を外れ、未だあらぬ方向へと移動を続けていることが発表されたのだ。
カズトは自分の過ちを報告しようと思ったのだが、対処が先だという声に押し切られ、報告のきっかけを失ってしまった。
まる一日対処のための行動がなされた。しかし、必死の努力も実らず、「ルナ・ヘヴンス」の軌道は修正されず、あらぬ方向へと飛びつづけている。
「ルナ・ヘヴンス」の中央管理室の行動は迅速だった。
「ルナ・ヘヴンス」が軌道を外れ、あらぬ方向に移動を開始してから一七分後には、ステーション内にこの情報を発表し、二時間おきに会見を開いては情報を提供していったのだ。
発表から二六時間後のLH元年一〇月五日二〇時に中央管理室は「ルナ・ヘヴンス」の軌道復帰断念を発表したのだった。
衛星軌道を外れた以上、地球や他の宇宙ステーションからの物資補給は望めない。
そこで、中央管理室は「ルナ・ヘヴンス」での自給自足を実現するために東奔西走した。
軌道制御システムを管理していたECN社も責任を認め、中央管理室に全面協力したのだった。
「ルナ・ヘヴンス」の中に中央管理室やECN社を非難する声がなかった訳ではない。
しかし、中央管理室とECN社の両者のトップが陣頭指揮を執り、自給自足のための活動を行っていたし、彼らは責任から逃げることを一切しなかった。
特に当時のECN社社長、ユウダイ・イナは寝る間も惜しんで活動した。
ECN社は総力を挙げて自給自足のためのプラントを構築するとともに、地球への帰還を目指すための航行エンジンの研究開発を行った。
その結果、ユウダイ・イナは「ルナ・ヘヴンス」が軌道を外れた一三年後に四八歳でこの世を去った。早世の原因が過労と心労にあったのは明らかであった。
幸か不幸かその後、表面上は中央管理室やECN社を責める声がそれほど大きくなることはなかった。
一時的に将来に絶望した者の自殺が増えたが、数年もすると多くの住民が落ち着きを取り戻したのだ。
しかし、例外もあった。
その一人がカズト・イナである。
自らの過失が重大な結果を招いた上、それを告白するタイミングすら失ってしまった。
彼は悶々とした日々を過ごしていた。
事実を話せば確実に糾弾される……
その恐れの気持ちが彼の事実を話す力を奪っていたのだ。
彼は、悩みの迷宮から抜け出せないまま、兄の死を迎え、そしてECN社の社長に就任した。兄は生涯独身で子も無かったからだ。
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