267 / 436
第六章
260:「タブーなきエンジニア集団」のフォロー役エリック・モトムラ
しおりを挟む
エリックの作業場はOP社グループ労働者組合の第二事務所のはずだ。
現在ウォーリーがいる部屋のふたつ下のフロアであり、歩いていっても二分とかからない。
仕事の速いエリックのことだ、そろそろ片付いているはずだ。
部屋を出てウォーリーは階段を勢いよく下っていった。
そして第二事務所の扉を勢いよく開けて、中に入り込もうとする。
「おいっ! そろそろ終わったか?」
その声に慌てた様子でエリックがウォーリーの方を振り向いた。
「あ、作業は済んでいます。いくつか説明しておくことがあったので、それを説明しているところですが……」
エリックはアカシと数人の組合員に機器を示しながらなにやら説明していたようだ。説明の手を止めて、扉の方を振り返っている。
「途中だったらいい、続けてくれ」
ウォーリーが手を振ってこちらはいいと伝えると、エリックは再び説明に戻った。
ウォーリーも頼まれたことを断れないほうだが、エリックはウォーリーから見てもお人好しに見える。
元上司のオイゲンも似たようなところがあるのだが、エリックの場合は後輩で部下だから腹も立たないのかもしれない。
一方のエリックはエリックで、ウォーリーがいるのが気になって仕方がない。
(こんなところでのんびりしていていいのだろうか……
自分が言ったところで聞く人じゃないけど、OP社に対する備えは問題ないのだろうか?)
そう思ったところで、なかなか口に出せるエリックではない。
今はお客様であるOP社グループ労働者組合に、彼が調整した通信関連設備のメンテナンス方法について説明している最中だ。だからお客様に注力しなければならない。
ウォーリーは「タブーなきエンジニア集団」の心得の一つに「上司よりもお客様を優先せよ」という文言を入れている。
「タブーなきエンジニア集団」の幹部として、エリックはこれを守らなければならない。
そうでなければ他のメンバーに示しがつかないからだ。
「マネージャー、終わりました。もう大丈夫です。組合の方もこれでメンテナンスができるようになると思います」
「おう。エリック、ご苦労」
一五分ほど後にアカシらの要望と質問攻めから解放されて、ようやくエリックがウォーリーのもとへと戻ってきた。
ウォーリーが飯にするか、というのでエリックもそれに付き合うことにした。
エリックは「タブーなきエンジニア集団」の幹部としては最も若く、ウォーリーより六歳年少の二五歳でしかない。
しかし、メンバーの中では「緊急事態ではないとき」という条件付きでミヤハラの次に大人びて見える。
ミヤハラと異なりエリックの場合外見は年齢相応なのだが、普段のテンションの上下動が大きくないのでそう見えるようだ。
エリックはECN社在籍時代から徐々に自らの役目を自覚するようになった。
技術者としては現場作業者として独自の技術を持つこと。
幹部としてはメンバーの調停役となること。
そして他の幹部と親しいメンバーとして主にウォーリーやサクライのフォロー役となること。
この三つがエリックの役割(ロール)である。
エリックはこれらのことを金を稼ぐための仕事として行っていたのではなかった。ウォーリー率いるチームの中で、自然と己の役割と認識するようになったのだ。
特にウォーリーがECN社から離れ、「タブーなきエンジニア集団」を立ち上げてからは三つの役割が重要になってきたと思うようになった。
このうち技術はエリックがもっとも自信を持っている分野だ。
この分野に関しては、努力を怠らず今まで通り続けていけばよい。
問題は他の二つだ。
ECN社に在籍していた時点では、少なくとも調停役やフォロー役の一部は社長のオイゲン・イナが代行していたとエリックは考えている。
「タブーなきエンジニア集団」になった後では、調停役の一部をミヤハラが担当していたのではないかと思う。
しかし、エリックから見るとミヤハラは腰が重くて特別重要な場面にだけ出てくるので、普段の担当はどうしてもエリックがやらなければならない。
フォロー役に関してはエリックの代わりに担当する者がいそうもない。
これらの要素から必然的にエリックの負荷が大きくなる。
エリックが危険を冒してOP社の通信回線に入り込み通信を傍受したのも、あまりにウォーリーが能天気なので危機意識を喚起しようと思ってのことだ。これはフォロー役としての仕事だ。
エリックは自分自身が心配性な方だとは思わない。
周りの評価は必ずしもそうではないのだが、本人は危険に対して極めて普通の感性を持っていると考えている。
それだからなのか、それとも周囲の評価が正しいからなのかは不明であるが、エリックはウォーリーやミヤハラ、サクライなどをかなり能天気な方だと見ている。
それどころか、脳のネジが数百本まとめて抜けているのではないかと疑いたくもなってくる。
だから、彼は差し出がましく見えないか気にしながらもフォロー役を務めている。
それはきっと「タブーなきエンジニア集団」の中では彼にしかできない役割なのだから。
現在ウォーリーがいる部屋のふたつ下のフロアであり、歩いていっても二分とかからない。
仕事の速いエリックのことだ、そろそろ片付いているはずだ。
部屋を出てウォーリーは階段を勢いよく下っていった。
そして第二事務所の扉を勢いよく開けて、中に入り込もうとする。
「おいっ! そろそろ終わったか?」
その声に慌てた様子でエリックがウォーリーの方を振り向いた。
「あ、作業は済んでいます。いくつか説明しておくことがあったので、それを説明しているところですが……」
エリックはアカシと数人の組合員に機器を示しながらなにやら説明していたようだ。説明の手を止めて、扉の方を振り返っている。
「途中だったらいい、続けてくれ」
ウォーリーが手を振ってこちらはいいと伝えると、エリックは再び説明に戻った。
ウォーリーも頼まれたことを断れないほうだが、エリックはウォーリーから見てもお人好しに見える。
元上司のオイゲンも似たようなところがあるのだが、エリックの場合は後輩で部下だから腹も立たないのかもしれない。
一方のエリックはエリックで、ウォーリーがいるのが気になって仕方がない。
(こんなところでのんびりしていていいのだろうか……
自分が言ったところで聞く人じゃないけど、OP社に対する備えは問題ないのだろうか?)
そう思ったところで、なかなか口に出せるエリックではない。
今はお客様であるOP社グループ労働者組合に、彼が調整した通信関連設備のメンテナンス方法について説明している最中だ。だからお客様に注力しなければならない。
ウォーリーは「タブーなきエンジニア集団」の心得の一つに「上司よりもお客様を優先せよ」という文言を入れている。
「タブーなきエンジニア集団」の幹部として、エリックはこれを守らなければならない。
そうでなければ他のメンバーに示しがつかないからだ。
「マネージャー、終わりました。もう大丈夫です。組合の方もこれでメンテナンスができるようになると思います」
「おう。エリック、ご苦労」
一五分ほど後にアカシらの要望と質問攻めから解放されて、ようやくエリックがウォーリーのもとへと戻ってきた。
ウォーリーが飯にするか、というのでエリックもそれに付き合うことにした。
エリックは「タブーなきエンジニア集団」の幹部としては最も若く、ウォーリーより六歳年少の二五歳でしかない。
しかし、メンバーの中では「緊急事態ではないとき」という条件付きでミヤハラの次に大人びて見える。
ミヤハラと異なりエリックの場合外見は年齢相応なのだが、普段のテンションの上下動が大きくないのでそう見えるようだ。
エリックはECN社在籍時代から徐々に自らの役目を自覚するようになった。
技術者としては現場作業者として独自の技術を持つこと。
幹部としてはメンバーの調停役となること。
そして他の幹部と親しいメンバーとして主にウォーリーやサクライのフォロー役となること。
この三つがエリックの役割(ロール)である。
エリックはこれらのことを金を稼ぐための仕事として行っていたのではなかった。ウォーリー率いるチームの中で、自然と己の役割と認識するようになったのだ。
特にウォーリーがECN社から離れ、「タブーなきエンジニア集団」を立ち上げてからは三つの役割が重要になってきたと思うようになった。
このうち技術はエリックがもっとも自信を持っている分野だ。
この分野に関しては、努力を怠らず今まで通り続けていけばよい。
問題は他の二つだ。
ECN社に在籍していた時点では、少なくとも調停役やフォロー役の一部は社長のオイゲン・イナが代行していたとエリックは考えている。
「タブーなきエンジニア集団」になった後では、調停役の一部をミヤハラが担当していたのではないかと思う。
しかし、エリックから見るとミヤハラは腰が重くて特別重要な場面にだけ出てくるので、普段の担当はどうしてもエリックがやらなければならない。
フォロー役に関してはエリックの代わりに担当する者がいそうもない。
これらの要素から必然的にエリックの負荷が大きくなる。
エリックが危険を冒してOP社の通信回線に入り込み通信を傍受したのも、あまりにウォーリーが能天気なので危機意識を喚起しようと思ってのことだ。これはフォロー役としての仕事だ。
エリックは自分自身が心配性な方だとは思わない。
周りの評価は必ずしもそうではないのだが、本人は危険に対して極めて普通の感性を持っていると考えている。
それだからなのか、それとも周囲の評価が正しいからなのかは不明であるが、エリックはウォーリーやミヤハラ、サクライなどをかなり能天気な方だと見ている。
それどころか、脳のネジが数百本まとめて抜けているのではないかと疑いたくもなってくる。
だから、彼は差し出がましく見えないか気にしながらもフォロー役を務めている。
それはきっと「タブーなきエンジニア集団」の中では彼にしかできない役割なのだから。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる