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第六章

260:「タブーなきエンジニア集団」のフォロー役エリック・モトムラ

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 エリックの作業場はOP社グループ労働者組合の第二事務所のはずだ。
 現在ウォーリーがいる部屋のふたつ下のフロアであり、歩いていっても二分とかからない。
 仕事の速いエリックのことだ、そろそろ片付いているはずだ。
 部屋を出てウォーリーは階段を勢いよく下っていった。
 そして第二事務所の扉を勢いよく開けて、中に入り込もうとする。
「おいっ! そろそろ終わったか?」
 その声に慌てた様子でエリックがウォーリーの方を振り向いた。
「あ、作業は済んでいます。いくつか説明しておくことがあったので、それを説明しているところですが……」
 エリックはアカシと数人の組合員に機器を示しながらなにやら説明していたようだ。説明の手を止めて、扉の方を振り返っている。
「途中だったらいい、続けてくれ」
 ウォーリーが手を振ってこちらはいいと伝えると、エリックは再び説明に戻った。

 ウォーリーも頼まれたことを断れないほうだが、エリックはウォーリーから見てもお人好しに見える。
 元上司のオイゲンも似たようなところがあるのだが、エリックの場合は後輩で部下だから腹も立たないのかもしれない。

 一方のエリックはエリックで、ウォーリーがいるのが気になって仕方がない。
 (こんなところでのんびりしていていいのだろうか……
 自分が言ったところで聞く人じゃないけど、OP社に対する備えは問題ないのだろうか?)
 そう思ったところで、なかなか口に出せるエリックではない。
 今はお客様であるOP社グループ労働者組合に、彼が調整した通信関連設備のメンテナンス方法について説明している最中だ。だからお客様に注力しなければならない。

 ウォーリーは「タブーなきエンジニア集団」の心得の一つに「上司よりもお客様を優先せよ」という文言を入れている。
「タブーなきエンジニア集団」の幹部として、エリックはこれを守らなければならない。
 そうでなければ他のメンバーに示しがつかないからだ。

「マネージャー、終わりました。もう大丈夫です。組合の方もこれでメンテナンスができるようになると思います」
「おう。エリック、ご苦労」
 一五分ほど後にアカシらの要望と質問攻めから解放されて、ようやくエリックがウォーリーのもとへと戻ってきた。
 ウォーリーが飯にするか、というのでエリックもそれに付き合うことにした。
 エリックは「タブーなきエンジニア集団」の幹部としては最も若く、ウォーリーより六歳年少の二五歳でしかない。
 しかし、メンバーの中では「緊急事態ではないとき」という条件付きでミヤハラの次に大人びて見える。
 ミヤハラと異なりエリックの場合外見は年齢相応なのだが、普段のテンションの上下動が大きくないのでそう見えるようだ。

 エリックはECN社在籍時代から徐々に自らの役目を自覚するようになった。
 技術者としては現場作業者として独自の技術を持つこと。
 幹部としてはメンバーの調停役となること。
 そして他の幹部と親しいメンバーとして主にウォーリーやサクライのフォロー役となること。
 この三つがエリックの役割(ロール)である。
 エリックはこれらのことを金を稼ぐための仕事として行っていたのではなかった。ウォーリー率いるチームの中で、自然と己の役割と認識するようになったのだ。
 特にウォーリーがECN社から離れ、「タブーなきエンジニア集団」を立ち上げてからは三つの役割が重要になってきたと思うようになった。

 このうち技術はエリックがもっとも自信を持っている分野だ。
 この分野に関しては、努力を怠らず今まで通り続けていけばよい。
 問題は他の二つだ。
 ECN社に在籍していた時点では、少なくとも調停役やフォロー役の一部は社長のオイゲン・イナが代行していたとエリックは考えている。
 「タブーなきエンジニア集団」になった後では、調停役の一部をミヤハラが担当していたのではないかと思う。
 しかし、エリックから見るとミヤハラは腰が重くて特別重要な場面にだけ出てくるので、普段の担当はどうしてもエリックがやらなければならない。
 フォロー役に関してはエリックの代わりに担当する者がいそうもない。
 これらの要素から必然的にエリックの負荷が大きくなる。

 エリックが危険を冒してOP社の通信回線に入り込み通信を傍受したのも、あまりにウォーリーが能天気なので危機意識を喚起しようと思ってのことだ。これはフォロー役としての仕事だ。
 エリックは自分自身が心配性な方だとは思わない。
 周りの評価は必ずしもそうではないのだが、本人は危険に対して極めて普通の感性を持っていると考えている。
 それだからなのか、それとも周囲の評価が正しいからなのかは不明であるが、エリックはウォーリーやミヤハラ、サクライなどをかなり能天気な方だと見ている。
 それどころか、脳のネジが数百本まとめて抜けているのではないかと疑いたくもなってくる。
 だから、彼は差し出がましく見えないか気にしながらもフォロー役を務めている。
 それはきっと「タブーなきエンジニア集団」の中では彼にしかできない役割なのだから。
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