ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第六章

258:ウォーリーの違和感

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「こんなところか……」
 エリックが残していった端末をいったん手放し、ウォーリーは考えた。
 エリックはハドリがウォーリーや協力者であるアカシを殺害しようとしている、と警告していた。その根拠が端末に記録されている様々な情報だということらしい。
 念のため、ウォーリーはこれらの情報の一部にさっと目を通した。
 ウォーリーが見た範囲では、彼やアカシを殺害するという意図を感じさせるものはないように思われた。
 エリックは心配性だなと呆れた。
 だが、それでもウォーリーはどこかすっきりしないものを感じていた。

 確かに、かつてウォーリーはOP社治安改革部隊に一度殺されかけた経験がある。
 この時は本気でOP社はウォーリーを殺しにかかったのだと思われる。
 OP社はウォーリーをはじめとした「タブーなきエンジニア集団」の関係者を「風力エネルギー研究所」の建物に閉じ込め、爆破しようとしたのだ。
 エリックが機転を利かせて建物から避難していなければ、ウォーリーだけではなく建物にいた全員が木っ端みじんに吹き飛ばされたはずであった。さすがにこのときのOP社にウォーリーを殺害する意図がなかったなどと主張する気はウォーリーにもない。

 しかし、それ以降OP社が直接ウォーリーを殺害しようとした気配はない。
 ウォーリーとしてもOP社の動きには警戒していたが、殺害しようと思えばいくらでも方法はあったと思っている。
 未だ釈放されていないメンバーを人質に使ってウォーリーに出頭を求めれば、自分の身柄の拘束などたやすいことなのだ。
 しかし、OP社がウォーリーの出頭を求めたことは一度もない。

 ハドリの狙いはウォーリーにも把握しかねるところがある。これがすっきりしない原因であることはウォーリー自身理解している。
 OP社の動きを見ている限り、何か別の目的を隠すために「タブーなきエンジニア集団」を攻撃しているようにも見える。
 「タブーなきエンジニア集団」に対するOP社の発言は容赦がないが、その割に実力行使の回数は少ない。
 過去に一度「風力エネルギー研究所」で襲撃された以外は、少なくともOP社側から直接、実力行使されたことはなかった。
 OP社の「タブーなきエンジニア集団」に対する発言と行動との間に整合性がないことについて、ウォーリーも違和感を覚えている。
 過去の例を見れば、OP社というよりハドリは、盾突いた者に対しては徹底的に攻撃を加えている。

 「タブーなきエンジニア集団」もジン、ハモネス、インデストと三箇所でOP社治安改革センターに対して武断的ではないが実力行使をしている。ハドリから見れば十分に「盾突いた」といえる行動だろう。
 しかし、反撃らしい反撃もなく、OP社治安改革センターの職員は撤退している。
 最小限の犠牲で目的を達成できたことはウォーリーにとって喜ばしいことではあるが、OP社の対応が「らしくない」のは明らかだ。
「タブーなきエンジニア集団」もチクハ・タウンに関してはOP社治安改革センターの職員追放に失敗している。
 だが、これは「リスク管理研究所」の協力が得られなかったため決起を断念した結果であって、OP社による反撃が原因ではない。
 OP社の動きが鈍すぎるのはウォーリーとしても気にかかるが、それを気にして歩みを止めるような彼ではない。

 (まったく……ハドリの奴は何を考えているのだ? さっぱりわからねえ。
 まあ、やれるだけのことをやっておけば、うまくいくさ)
 実のところ、ウォーリーは「OP社による市民の監視」を止めさせた後のことはあまり考えていない。
 OP社に代わって監視活動をする気もないし、このまま市民運動の活動家への道を進もうとも思っていない。
 ECN社を辞したのは勢いだったが、現在のエンジニアを率いるリーダー稼業についても潮時だと考えている。

 ウォーリーは今年で三一歳になる。職業人としてはまだまだ若手だが、エンジニアのリーダーとしてやり残したことはもはやないと考えている。
 OP社、特にハドリとの戦いは一市民としての戦いであって、エンジニアのリーダーとして戦っている訳ではない。
 戦っている時期にたまたまエンジニアのリーダーをしていただけである。
 エンジニアのリーダーとして最大の目標である後継者の育成も、エリックが後継者の任に耐えそうだ。
 度胸とリーダーシップには欠けるが、技術力では他の追随を許さない。
 ミヤハラやサクライの補佐があれば、「タブーなきエンジニア集団」も問題なく運営できるであろう。
 あるいはミヤハラをトップとして、エリックを技術の専門家のリーダーとする方法もある。技術者のトップと組織のトップがイコールである必要はあるまい。

 (ハドリの奴は一体何を考えているのだか……仕方ねえな!)
 ウォーリーは舌打ちしながら再びエリックが置いていった端末を手に取った。

 ハドリの意図が読み取れないのが気味悪く感じられたのだ。
 それだけではない。やはりエリックの忠告がどこかで引っかかっているようであった。

 その証拠に短い時間とはいえ、ウォーリーはOP社による市民の監視を止めさせるという目的の第一歩を踏み出したばかりなのに、遠い将来のことを考えていた。

「ちっ、もう少し見極めてからでいいか……」
 ウォーリーは舌打ちとぼやきの後に端末の操作を再開した。
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